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織音
2025-09-12 08:19:04
2535文字
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Lost.
『失って』作り上げられたひとりの夜。
リーを失った指揮官が苦しむだけ。
あの日は
……
よく晴れていた、と思う。
白日光に照らされた戦場。そこで散った、青色の循環液に塗れた機械の青年。
剥がれ落ちるバイオニックスキン、乱雑に引き千切られたケーブルと粉々に砕けた手指。上半身と下半身は分かれ、未だ流出が止まらない青色は海になっていた。
身体のおおよそ三分の一は破片となって戦場に散らばってしまったらしい。視界の中で幾つも、彼が生きていた証たる身体の破片が白日光を反射しては揺れる。
――
せめて、手の届く範囲だけでも。
傷が悪化します、と制止する声も聞かず自分の身体から流れ出る赤色に汚れながら、その破片を一つ一つ拾い集めた。壊さぬよう、傷付けぬよう、慎重に、丁寧に。
ようやくリーの亡骸の前に戻った頃には破片を集めていた両の手が、傷つく場所がないほどに赤く染まっていた。そっと流れ出た命の海に横たわる彼の上半身を起こして、集めた破片を彼に返す。彼に破片を返したところで生き返るわけでもない、なんの意味もない行動だった。それでもまだ、さようならと告げるには君が眠っているだけにように見えてしまったから。
「
……
君も、ちゃんと
……
失われてしまう命だったんだね」
抱きしめた機械の体躯は酷く破損していた。既に満身創痍だったというのに鋭く破損した部分が皮膚へと突き刺さっては肉を裂いて血を呼び、また新しい傷を作る。
冷たい循環液と温い血。青い命の海に赤が落ち、混ざり合う。しかしその二色が混ざり合うことはなく、青の上を赤が滑っていくだけ。最早痛いという感覚はどこにもなかった。
「ゆっくり、おやすみ」
――
それから?
そうやって別れを告げてから一体何日経ったのだろう?日付を見ることを避けるようになってから感覚が曖昧になってしまった。満月の夜を何度越えた?思い出せない、あの広がり続ける命の海の温度だけはよく覚えているのに。
「リー」
今はもう、その名は犠牲者の名を刻む石碑でしかなぞれない。
構造体は戦う為の道具。指揮し、戦場を駆け巡る駒。人類の為に戦う兵器。そう扱われてきたからか、彼が亡くなったことを悼む人間は両手で指折り数えられる程度しかいなかった。
それでも彼を弔ってくれる構造体は多くいた。ストライクホークをはじめ、レイヴン隊と多く接触のあったひと達。
灰鴉の一翼を亡くしたことで、気遣ってくれるひともいた。だが
……
彼の死を嘆き、止まってはいられない。
彼が繋いだものが此処に在る。命を賭して託した未来と可能性がある。せめて、彼の一番近くにいた僕だけは彼が、レイヴン隊が望んだ『ハッピーエンド』のために今も命を奪い続けている絶望の赤色に抗わなければならない。他でもない彼に生かされたのだから。
きちんと弔って火葬も埋葬もできない構造体の遺体が安置されるのを見届ける。そしてまた、すぐにいつも通りの『日常』が視界を覆った。
多すぎる事務作業や地上での任務。そして自室で眠って、また朝から執務室へ向かう。リーが亡くなる前と全く同じことの繰り返し。ただ、その『日常』の中に彼という存在がいないだけで。
疾うに過ぎたものが戻ることはない。そう分かっている。だから進み続けた。任務をこなした。約束したから、これが『日常』だから、と言い聞かせて。
……
こんな思い込みなど、その場凌ぎ程度にしかならなかったというのに。
ある時気が付いてしまったのだ。
……
リーの声が、思い出せなくなっていること。
彼から貰った言葉たちは鮮明で、他愛ない会話も、交わした約束も
……
ちゃんと覚えているのに。
あの声が好きだったという記憶はある。それなのに彼がどんな声をしていたのか、思い出せなくて。
ミニロボとイヤホン
――
彼の声が記録された物なら幾つかある。
しかしイヤホンはかなり前の戦場で鉄屑と化し、ミニロボは定期的なメンテナンスとアップデートの機会を失い、デスクで埃を被ったまま動かなくなった。
もう聞けない。確かに愛していたあの声を。
そう気付いてしまった途端、何かが変わってしまった。今まで気付かなかった
……
いや、気付いていないふりをしていた喪失の痛みが胸の奥を蝕んで、残酷な時間の不可逆性が嘲笑うように記憶の色彩を奪う。
――
僕の中の、君が死んでいく。
失われていく。あの何よりも綺麗な青の色彩が流れ出すように、色褪せていく。
いかないで。忘れたくない、まだ覚えていたい。そう願い、記憶に手を伸ばしても忘却という無情な理によって指の隙間から零れ落ちては錆びついていく。
……
ああ、痛い。
忘却の痛みに耐えようと震えた指先が、縋る先を失っていた。
今はもう、ひとりあの青に焦がれながら虚空に手を伸ばすだけ。何一つ掴むことも得ることもできない、過去の虚像に縛り付けられた意味のない行動。そうわかっていても
……
伸ばした手が虚空で力無く投げ出されるのを、見ているしかできなかった。
どうして忘れてしまう?どうして思い出せなくなっていく?誰よりも
……
一番大切なひとだったはずだろう。
あれほど、好きだったのに。
あれほど、傍にいたのに。
あれほど
……
自分を愛してくれたのに。それなのに、どうして。
『僕はずっとグレイレイヴンのリーです。永遠に貴方の傍にいます』
いつしか貰った彼の誓い
――
その言葉だけが頭の片隅で揺れた。
「
………
ごめん、リー」
永遠を約束してくれた君を、忘れていってしまって。
静かに瞳を閉じ、かつて彼が何度も寝かしつけてくれた寝具の上でまた、夜明けを怖がって息を殺す。
彼のいない明日ならば訪れなければ良いと、ひとり夜の底で願いながら。
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