しったか
2025-09-11 22:49:20
4779文字
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風見鶏の言う通り・前

(パー)バソと(ベディ)トリの愉快なおしゃべり
弊デアでこの二人はクイック仲間としてだいぶ前から仲良し設定ですという小話

 かつての友、伴侶、主従、同郷あるいは同世代。カルデアのコミュニティは生前の縁で出来上がっていることがほとんどだ。
 しかし人類最後のマスターのサーヴァントとしての務めを「仕事」と定義すれば、共にレイシフトや鍛錬を重ねるうちに自然と仲の良い同僚が現れるのも必然である。
 そこは生身の人間が形成する社会と何ら変わりはない。大人になればなるほど、子どもたちのように無邪気に打ち解けることは難しい。生まれも育ちもまったく異なる大人同士がもう一歩親しくなるには、何か結束を高めるきっかけが必要だった。
 カルナ、パーシヴァル、バーソロミューの三騎が親交を深めたのも、マスターの夏休みに同伴するという使命があってこそだった。道行くひとにバーソロミューが普段つるんでいる相手といえばと尋ねれば、十中八九海賊か、オタクを公言している者の名前を挙げるだろう。カルナであればインド神話の面々を、パーシヴァルであれば騎士たちを。時代も立場も価値観も異なり、縁もゆかりもないと思われがちだからこそ、パーシヴァルとバーソロミューがめでたくお付き合いと相成りましたと聞けば誰もが仰天し、前のめりに事情を聞きたがる。
 しかし、いわゆる凸凹カップル――というセンセーショナルな響きに負けて皆事実を見落としていやしないかと、バーソロミューは内心苦笑している。バーソロミューにとって、初めて親しくなった円卓の騎士はパーシヴァルではない。
 彼よりもずっと前から、互いに友と呼んで差支えない相手が、騎士たちの中にひとりいる。
 
 やたら手強いエネミーとの戦闘に適正あり、君たちが本イベント周回最適メンバーだと全くありがたくない名誉に浴して呼び出された面々の中に、バーソロミューは久々にその姿を見つけた。
 やや遅れての到着となったが、緊迫した雰囲気はないようで安堵する。集められたサーヴァントとマスターが、作戦会議なのか雑談なのかいまひとつわからない会話を繰り広げている――その輪の中に加わっているように見えて、どこかぽつねんと佇んでいる背中に忍び足で近づく。ぽん、と肩に手を置くと、俯き加減だったうなじがぴんと伸び上がった。
――トリスタン卿?」
「なんですか私は寝てません」
 今ここにはいない銀の腕を持つ騎士を真似て、怒気を含んだようにわざと声を低めて呟けば――次の瞬間、聞いてもいない早口の返事と共に絹のような赤毛が翻る。
 バーソロミューはくつくつと喉を鳴らし、無実を示すようにぱっと両手を挙げた。
「やあ、おはよう!」
「ですから寝てま……おや、これはこれは。ご無沙汰ですね。ずっとお会いしたかったのですよ」
 思わせぶりな囁きと共に微笑む美丈夫に、バーソロミューも負けじと目を細める。寝ていない、と主張する割に目の前にいる人物を判じるのに時間がかかったな、などとは言わぬが花である。
 嘆きのトリスタン――聞くも悲しげな二つ名を持つ彼とは、いわゆるクイック仲間というやつだ。
「あいかわらず熱烈だね」
「熱烈にもなりましょう。耳に入ってくるのは人の口を介した噂話ばかり。貴方の声が聞きたくてたまりませんでした。貴方ときたらパーシヴァル卿にすっかり夢中で、ちっとも私を構ってくださらないのですから……
 決して声を張り上げてはいないのにじんと鼓膜に響く、おっとりとしたテノール。それがいかに凄まじいことかを久々に肌に感じ、バーソロミューはひそかに身震いした。
 歌うように歯の浮くような言葉を紡ぎ、そして頬を膨らませて甘えた物言いをする詩人を、あれは魔性ですよと形容したのは誰だったか。それを聞いたトリスタン本人はいたく悲しげに肩を落としていたが、おそらく魔性、の意味をひどく自虐的に捉えていたのだと思う。
 天然ものの恐ろしさに舌を巻きながら、バーソロミューはとぼけたように肩をすくめた。
「何だいそれは、人を浮気者わるいおとこみたいに」
「悪いひとでしょう、貴方は。伊達男とはそういうものです」
「トリスタン卿のお墨付きとは光栄だね。こんな話を誰かに聞かれれば、またいらぬ噂が立ってしまいそうだ」
「ええ、このくらいにしておきましょう。私とて、馬に蹴られたいわけではありません」
 ブリーフィングらしきものそっちのけで、二人ひそひそと肩を揺らし笑う。
 無論、トリスタンとの間にやましいことなど何一つない。久々に会う友人との他愛ないやり取りを楽しんでいるのは、バーソロミューとて同じことだ。
 それでも一応は気を使ってか、トリスタンは軽く周りを窺った後にやや声量を落として言った。
「でも、貴方とゆっくりおしゃべりをしたいのは本当ですよ。これが終わったらお茶でもいかがでしょう? もちろん、」
「気力体力が残っていれば……だがね……
……このメンツで出るの自体久々ですもの、ね……
 互いに冗談めかしてはいるが、宙を泳ぐ目は虚ろである。
 戦闘における役割として、味方への支援を主軸としつつ攻撃の要としても立ち回れるのが二人の共通点だ。支援の策としても、敵の動きを妨げるトリスタンと味方の火力を向上させるバーソロミューではそれぞれ明確な分担がある。バスター戦法一辺倒であったマスターが「星出しまくってクリティカルで殴るの気持ちいいよね」と、ようやく戦略というものに目覚めた頃からの付き合いだ。なお、今度はクリティカル戦法一辺倒になったことは言うまでもない。
 そうして永劫に続くかと思われた周回から気を紛らわせるための、当たり障りのない世間話がはじまりだったと思う。独特の思考回路を持つトリスタンとの会話が存外に面白くて、見かければ挨拶をし、次第に打ち解けた言葉を交わすようになった。トリスタンの方も自身の意を的確に汲んでくれる相手は貴重らしく、バーソロミューとの軽快な会話を心から気に入ってくれたようだった。
 そんなありきたりに育まれた友情にドラマはない。最近ではサバフェス合わせで新譜を出すのでぜひゲストボーカルに、と誘われ丁重にお断りした、その程度に気の置けない友人同士である。
 地獄の日々を思い返して口の端が引き攣る。トリスタンなど元々白い肌をさらに白くして口元を抑えていた。
……出撃直前に言うことじゃなかった、すまない」
「いえ……こうして久々に話せただけでも喜ばしいですので」
「まったくいつぶりだろうね?」
「思い出せないほどには前、でしょうか」
 からかう調子でもなく、のんびりとトリスタンは答えた。バーソロミューはううん、と小さく呻く。
 お付き合いを始めたからといって、四六時中パーシヴァルと過ごしているわけではない。
 しかし、そもそもが期間限定の――悲観的な意味ではなく、いずれ我らのマスターは必ず旅を終えるという信頼ゆえの――ごく短い、約束のない愛の日々なのだ。
 故に、あたかも生前の歩みを追うかのように、極太く短く躊躇なく蜜月を貪っている自覚はある。それ自体の是非を問われたら、野暮を言うなと眉を顰めるしかバーソロミューに出来ることはない。
 かといって他の縁を蔑ろにしているつもりもないが、結果的にそう思われるような有り様ならば、分別の付いた大人としては一応、配慮は必要かもしれない。
 半分くらいは本気で反省しながら、バーソロミューは芝居がかったしぐさで胸に手を当てた。
「いやはや、改めて非礼をお詫びしよう、友よ。浮かれていることは認めるさ。これは君を心から信頼しているから告白するんだがね」
「おお、なんと飾らないお言葉。私、照れてしまいます」
 トリスタンもおどけたように、両手を頬に添えて恥じらいを真似て返す。
「ご機嫌取りがお上手で。これにはパーシヴァル卿も参ってしまいますねえ」
「君がご機嫌になってくれたなら嬉しいが、彼にはそういうの通じないよ」
「そうでしょうか? 貴方からの言葉なら何だって喜ぶのではないですか、彼の騎士は」
 噂による印象ではなく、どこか確証を持った問いかけだった。
 壮絶なマラソンの記憶はどこへやら、色を失くしていた頬は今やほんのり薔薇色だ。うふふ、と息を転がすように笑う彼に軽く肩をすくめてみせる。
「どうだろう。そりゃあ、彼は――
 バーソロミューはわざと言葉を切った。それからはっとしたように軽く眉を上げて、わかりやすくマスターのいる方へ顔を傾ける。その意味を察せられないトリスタンではなかった。
 すばやくマスターを振り向いた彼の髪がふわりとなびく。そして出撃の指示も無駄話を咎める叱責の気配もなく、まだ和気藹々と盛り上がってるのを視認してほっと肩の力を緩めた。決して粗野ではないゆえにどうにもコミカルな、一連の慌ただしさをバーソロミューは微笑ましく見守った。
 ――ちょろい。
 否、素直である。
 出撃の時間が迫っていることはきっと確かだが、それにしてもバーソロミューのしぐさはあからさますぎた。屋内でアッUFOと叫んで宙を指さしても、彼ならば振り返ってくれるのではないだろうか。
……まだ、大丈夫ですよね。それで、彼は、なんです?」
 改めて問う、形の良い唇はつんと尖っている。怒っているのではない。ただ、焦れているのだ。
「いや、この話をするにはね、ちょっと足りないかもしれないから」
 声に笑いが滲むのを堪えきれなかった。バーソロミューは一体何を笑っているのかと、トリスタンは口を尖らせたまま小鳥のように首を傾げる。
 彼は円卓のうちでは世話の焼ける末っ子めいた立ち位置にいるらしいと、自身の恋人や他の騎士たちからよく聞かされている。なるほど「あざとい」のではなく、「いとけない」のだ。
 ――彼の、トリスタンの恋人は、さぞ苦労していることだろう。
 カルデアのサーヴァントの中でも古株の、苦労性なその姿を――ついさっき、バーソロミュー自身が真似たとある騎士の姿を脳裏に描いた。そういえば、トリスタンの口から彼の話を――惚気話らしきものを、ほとんど聞いたことがない。
 気がつけば俄然気になってしまうのが人の性だ。自身の話はともかく、元来バーソロミューは恋バナなるものが好きである。そういう君はと水を向けてみようかと口を開きかけたところで、ぼちぼちいくよー、と気の抜けた号令が響いた。
 唐突に訪れたタイムリミットに顔を見合わせる。しかし二人とも一応は分別ある大人であるため、己のマスターに向かってエエーッ、などと頓狂な野次は飛ばさない。
 結局何一つ情報共有はされなかったが、つまりはいつも通りの感じで、ということなのだろう。はぁい、と間延びした返事をするサーヴァントたちも、まったく買い物にでも出かけるような調子であった。
「そら、時間だ――アイアイ、マスター!」
……は、只今」
 不満です、とはありありと顔に書いてあったが、トリスタンはあくまで優美にマントの裾を払う。居住まいを正した途端、彼を包む空気そのものが弓弦のようにぴんと冴え渡るようだった。
 こういったしぐさはやはり、彼と同じく騎士然としている――と、半ば憧れに近い気持ちを抱きながら、バーソロミューはあえて気安くその肩を叩いた。
「久々だが、よろしく頼むよ」
「ええ、無論です。帰ったら貴方の武勇を存分に弾き語り、パーシヴァル卿に聞かせましょう。お任せあれ」
「それは頼んでないかな!」
 意気揚々と胸を張るトリスタンに、バーソロミューは笑顔で溌溂と返した。
……これが恋人ができた途端付き合いもノリも悪くなる友達、というものですか……私は悲しい……
 しょんぼりです、と嘆く声色がさほど悲しんでいなかったので、バーソロミューはさっさと彼を追い越しマスターの元へ向かった。