望月 鏡翠
2025-09-11 09:50:04
891文字
Public 日課
 

#1837 北の土地

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 北の賢女が住まう土地は、一年の半分が雪と氷に閉ざされる。人は短い夏の間しかその場所を訪れることができない。
 船旅の間に地図と睨め合い、船酔いに苦しみながら計算した結果、戻ってからすぐに準備を始めればなんとか今年のうちに北にむかうことができそうだった。
 ただし何か一つでも遅れればたどり着く前に雪に閉ざされるか行っても戻ってくることができない。後者の方がゾッとした。半年近く、偏屈もので不気味と噂の北の賢女と一緒に過ごすことになるのだ。
 しかも、これは彼女が雪の中に人間を放り出したりせず、一冬面倒を見てくれるという楽観的な予測の上に成り立っているので、まだ良い方ですらあるのだ。
 移動しながら旅の装備を集め、用意を整えながらそのまま北に向かった。
 北の大地は夏場は一日中陽が沈まない。この土地には緑がない。激しい風に吹きさらされて、冬の間に凍りつき、根を張ることができないのだ。短い夏の間しか生きない草と、地面にへばりつく地衣類以外は、存在しない。
 どこまで行っても木陰はないのだ。
 地面は夏場になると表面が少しだけ溶ける。溶けた水が流れて大地の表面を僅かに削り、地衣類が張り付いているところは残る。膝の高さより高いものがないから平らな大地がどこまでも続くように見えるが山があり谷がある。
 それに足を下ろしてみればぼこぼこで足を取られ、馬車を使うことなど到底できそうになかった。
 溶けた大地はぬかるみとなり、この辺りを一面の沼地と変えていた。そこには、大量の虫が沸いていて、顔に覆いをしていなければ口を開けることすらできない。
 北の賢女がいるのは、そんな不愉快な土地だった。
 馬を使うことすら困難な道のりを、ロバを使ってようやく越えた。案内人は、今にも引き返したそうにしていたが、帰りの道も助けてもらわなくてはならないし、その分の金は渡してある。首に縄をかけてでもついてきてもらわなくてはならなかった。
 賢女がいる場所は、一目で分かった。足元に転がる岩より高いものなど、この辺りには全く存在しないからだ。
 白く立ち上る煙が、居場所を教えてくれた。