せっかくの休みなのに、松本さんは会社の恒例行事だからと言って昼前には出て行った。オレを置いて。ほんのちょっと行ってほしくないという雰囲気を出したんだけど、伝わったかどうか…。言葉にしなかったのは仕方ないことを嘆いて怒られるのが嫌だったから。松本さんってそういうとこあるから。
確か今日は花見って言ってたっけ。昼間から酒飲んで騒いで…松本さんもそういうの楽しいのかな。だとしたらオレじゃない誰かと楽しんでんのすげーやだ。
オレも松本さんと花見したい!!
◇
松本さんの帰りはオレが思っていたより早くて、日が暮れるよりも前に玄関が開いた。
「おかえりなさい。早かったっすね」
「おう。お前が待ってるからさっさと帰ってきた」
そういうことさらっと言っちゃうのずるい。
「伝わってたんだ…」
「当たり前だろ」
優しい手がオレの頭を撫で、そのまま引き寄せられて唇が重なる。
「……酒飲んでないの?」
「飲んでねぇよ」
「じゃあオレと飲みましょうよ!」
そうは言ったが冷蔵庫に酒類は入ってない。それを知っている松本さんは「酒買ったのか?」と不思議そうに訊ねてきた。
「今から買いに行くんす!んで、そのまま花見行きましょうよ」
「あ?」
花見から帰ってきた松本さんを花見に誘ったら思いっきり眉間にシワを寄せた。
「松本さんだけ花見で楽しい時間過ごしたのずるいからオレとも花見してくださいよ!!」
「はぁ!?今からか?」
「そうですよ!」
「いや、でもまだ桜…」
「いいからほら早く!」
まだ上着も脱がずにいる松本さんの手を引けば一歩後ろで小さな溜息が漏れる。だけど手を振りほどかないのは許してくれてる証拠。玄関を出ればその足並みが揃ってオレは嬉しくなった。
◇◇◇
お酒を買って桜が有名な公園に着いた頃には日が暮れていた。
「桜咲いてねーじゃん!!」
「咲いてるだろ、一応」
確かに松本さんの言葉通り、桜は“一応”咲いている。だけどオレが想像していたのは見上げれば視界がピンク一色になるような、そんな満開の桜だ。なのに今目の前の公園は申し訳程度に咲いているだけで花見というにはまだまだだった。
「つまんない。こんな咲いてないなら教えてくれたらよかったじゃん」
「つまんないって…お前なぁ。言おうとしたけど話聞かずに家を出たのはお前だろ?」
松本さんの言い方がオレを責めてるように聞こえて反論してしまった。
「え?じゃあオレが悪いわけ?」
「別にそんなこと言ってねぇだろ」
「そういう言い方してるじゃん!オレは松本さんと花見したかっただけなのに!!」
ライトアップされた桜の下でお酒飲んで他愛もない話をしたら楽しそうだなって思っただけなのに。
「だから来てやったじゃねぇか」
「はぁ!?なにその言い方!嫌なら振りほどけばよかったじゃん!」
言葉にすればするほど感情が高ぶって視界が滲む。
日が暮れた公園は日中の暖かさは影もなく、時折吹く風が心と身体を冷やしていく。自分の腕で自分をさすってもちっとも温かくならない。上着を脱いで貸してくれる…なんてこともない。これが同僚の女子ならしてあげんのかな。だって松本さん優しいもんな。
そんなことを考えてたら限界を越えた目から伝い落ちた涙。気づかれないように背を向けて袖でゴシゴシと涙を拭う。
「もう帰りましょ…」
あぁ、花見しようなんて言わなきゃよかったな。
「栄治」
歩き出したオレを引き止めるように名前を紡いだ松本さん。普段呼ばれることのないファーストネームに思わず足を止めて振り返ると視界が真っ暗になった。
「………ま、松本さん?」
人気のない公園で木々が揺れる音に混ざるのはオレと松本さんの心音。松本さんの腕の中はいつもと変わらず温かくて、さっきまで身体が震えていたのが嘘のようだ。
「オレが悪かった」
「……へ?」
「桜があってもなくてもいいと思ったから最後まで言わなかったし、手も振りほどかなかった。でもこんなことになるなら無理やり引き止めればよかったな」
それはそれで違う。
オレは松本さんと花見がしたかったのもあるけど、オレじゃない誰かと楽しんだ松本さんの時間を上書きしたかったんだ。
あーもしかしてオレってすげー重たい?
「桜なくてもいいし今から花見しよーよ。…くしゅん」
「ほら、風邪引くから帰るぞ」
松本さんはオレを解放して手を差し出してきた。
「えー!上着貸してくれたらいーじゃん!」
「オレが寒いだろ!」
「うわー!優しくない!モテないっすよ?」
「モテなくていいんだよ」
「何で?」
「モテたらお前が妬くから」
なかなか手を取らないオレに痺れを切らせた松本さんは無理やり指を絡めて、ふっと口角を上げた。
「は、はぁ!?もーほんとやだ!」
何だかんだいつだって松本さんのペース。昔はこんなんじゃなかったはずなのに!
「来週なら満開かもな」
「え?」
「花見、するんだろ?」
酒とつまみの入ったコンビニ袋を軽く掲げる。
「……いいの?」
「沢北の願いだからな」
「急に優しいのやめて」
「お前にはモテてたいからな」
「なっ…!何それ!?じゃあ上着――っ!!」
貸してよって、最後まで言わせてもらえなかった。
唇を唇で塞がれたから。
そういうとこがずるいんだってば!!
「来週はちゃんと防寒して行くんだぞ」
「はいはい!わかりましたよ!」
寒いから走って帰るって言ったのに、こうしてれば温かいだろ?ってオレの手をコートのポケットにしまったから、振りほどけなかったんだ。
手しか温かくなくて文句言ったら、玄関入った瞬間に襲われた。
本当に最低な人。
だけどオレの大好きな人。
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