望月 鏡翠
2025-09-11 02:00:57
866文字
Public 日課
 

#1836 「賢女」「沼」「米飯」

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 全く駄目だ。
 頼みの綱であった南の賢女にも断られてしまった。独特の考えで生きていて一番望みが読み取りづらく、頼み事をするのが難しい相手と言われていた。
 しかし自分のルールが最優先であるから、規則にとらわれることなく柔軟に対処をしてくれる相手でもある。そう聞かされていた。
 捧げ物は深海で取れる珍しい珊瑚。大粒の真珠。上等な翡翠。
 どれも手に入れるのに苦労した。旅費も合わせると途方もない金が掛かっている。これを西と東と南にも行ったのだから、もう財産は半分も残っていなかった。
 それでも望みをかけた赴いた先で、彼女は贈り物を一瞥し、金の問題ではないと唸るような声で告げた。
 その唸り声こそ、大海に住まうおおらかな賢女の怒りの証であった。何故に善良といわれる彼女たちに拒まれるのか、私には理解ができなかった。
 金で言うことを聞かせようと居丈高な態度をとったわけではない。心の底よりお願い申し上げた。
 ただ、祈りをかけでもしないと叶わぬことを望んだだけである。
 賢女は死者を冥界から引き戻したこともある。妖精に攫われた赤子を取り返したこともある。
 それと比べれば私の望みなど、実に些細なものではないか。
 船での帰路は、絶望の海が無限に広がりちっぽけな枯葉のように波に押しつぶされて沈んでしまうように感じられた。
 賢女は、北にもいる。
 誰も頼らない。訪ねない。沼地の魔女と揶揄される北の賢女である。
 何もその人柄や評判から、助けてはくれないと決めつけていたわけではない。可能性があるなら、藁にでも縋りたい。
 しかし北の賢女ときたら権能といえば、ただ一つ米飯を出すことくらいなのだ。
なるほど確かに、長い冬に閉ざされた凍てつく大地において、それは神の奇跡に等しい。
 しかし、食物が十分に実る国の生まれにとって、なんの役に立つと言うのだろう。
 炊き立ての米などにかける望みがなかったのだ。
 しかし、今となってはもう話を聞いてくれるだけでもかまわなかった。
 失意の中、北へ向かう最後の旅が始まった。