草笛の下手な私
2025-09-10 18:51:39
5192文字
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すべてはあなたへ収束する

17歳スゼモールデートを目撃するモブ(名無し無害)と
その後ドライブデートへ繰り出すスゼの二本立て

スタゼノワンドロワンライ 218回目「ショッピング」「あんた/君が選んで」 

山盛り買い物カートを一人で運ぶスタ様(17)と手ぶらのゼノぴ(17、プリンセス)を書きたかった





ハイスクールにスタンリーっていうかっこいい男の子がいるの。ううん、Jockっていうよりloner cool ね。写真? これ。……そうでしょ? 彼が廊下を歩くと自然と人が避けていくの。
彼ってミステリアスなのよ。誰ともつるまないけど孤立してるってわけじゃない。でも放課後はいつの間にか居ないし、パーティーにも来たことないの。もちろん毎回一番に誘われてるわよ。
身長? だいたい六フィートくらいね。もちろん運動もできるわ。返されたテストもレポートも全部Aだったって後ろの子が言ってた。そうなの、完璧なのよ。
それでね……。あそこに停まってる車、スタンリーのじゃないかと思う。絶対にそう。Jeepのラングラー。射撃大会の賞金で買ったらしいって誰かが言ってた。うーん、お母さんの買い物に付き合ってるとか? どうかしら……スタンリーって全然わからないから。ね、戻ってくるまでここで待ってない? 姉さんも見てみたいでしょ、動いてるスタンリー・スナイダーを。


モールの広大なパーキングでスタンリー・スナイダーの車の近くに停車していたのはまったく奇跡だった。シニアイヤーの新学期のために買い込んだ服をトランクに詰め込み、さあ帰ろうと助手席に乗り込んだときに気付いたのだ。斜め向かいに停車するガンメタリックのラングラーは彼のものに間違いない。みんなが躍起になってFord F150を手に入れようとしている中、彼は10thの初日からあれだった。
姉がスムージーキングでテイクアウトしてくれたパンプキンヴィーガンを半分ほど飲んだとき、ついにスタンリーの姿が遠くに見えた。煙草をふかしながら買い物袋が積まれたカートを押し、左肩には乗り切らなかったらしい荷物を抱えている。
「ほら!来たわ!彼よ!」
日差しを遮るものがないモールの駐車場でスタンリーは冗談みたいにきらきら輝いていた。サングラスを掛け損ねたのか眩しそうに瞳を細めている。こっちがそうしたいわ。
「もう一人は誰?」
「えっ?」
姉に尋ねられ、ようやくスタンリーが一人でないことに気付いた。おおかた母親だろうと思ったら、そこには少年がいた。スタンリーより少し背の低いプラチナブロンドの少年。いまいち似合わないティアドロップのサングラスを掛け、ホワイトオークレストランのテイクアウトバッグを一つだけ胸に抱えて、にこにこ喋りながらスタンリーの隣を歩いている。
「弟?」
「違うと思う」
スタンリーの家族構成はよく知らないけれど、歳の近い弟がいるなら噂になっているはず。それに二人は雰囲気がまるで違っていた。スタンリーは無地のTシャツにカーキのカーゴパンツだけれど、隣の少年は白いボタンダウンシャツに黒っぽいスラックスを履いている。兄弟にしてはちぐはぐだ。
スタンリーがラングラーのラゲッジスペースへ次々と荷物を積み込んでいく。重たそうな箱——何かのマシン——を軽々と持ち上げては荷台に積む手慣れた仕草に私たち姉妹は見惚れた。
あっという間に全ての荷物を積み終えたスタンリーは、隣の少年に体を向ける。吸いかけの煙草を携帯灰皿に突っ込み、正面から彼にハグしたかと思ったら、ひょいと持ち上げた。驚いたらしい少年は一瞬脚をばたつかせ、荷台に下ろされると明るい笑い声を上げたのが聞こえた。
「あらかわいい」
「やっぱり弟かしら」
よく考えたら荷物を運んだのも積み込んだのも全部スタンリー一人だった。少年の方は、まあ見るからに非力そうだけど、ホワイトオークの紙袋を抱きしめて突っ立っていただけ。だからスタンリーが少しふざけて、彼のことも荷台に乗せたんだろう。手伝えよ、みたいな。
彼にあんな一面があるなんて意外だった。そりゃ誰かと軽く笑うところくらいは見たことがあったけれど、あんな風にふざけているのを見るのは初めてだ。
少年はティアドロップのサングラスを外した。私たちの車とスタンリーの車は少し角度をつけて別レーンに並んでいたので、ここからは向き合っている彼らの横顔がよく見えた。
遠くからでも分かる丸い瞳は、プラチナブロンドにしては珍しく黒い色をしている。サングラス必要なのかしら? そう皮肉っぽく思った瞬間、少年は首を伸ばし——
「きゃっ」
「嘘でしょ!」
少年はスタンリーにキスをした。頬じゃない、唇だ。ちゅっと一瞬くっつけただけだが、間違いなくキスだった。少年はいたずらっぽく笑い、ぶらぶらさせていた脚を畳んで荷台の奥に引っ込む。スタンリーはそれを追って、上半身と片膝を荷台に突っ込んだ。私たちからは、彼のすらりとした左脚だけが見えている。
…………
…………
私たち姉妹は固唾を飲んで見守っていた。あのスタンリー・スナイダーがゲイだったこと、その相手がなんだかギークっぽい、でもちょっと可愛い顔した男の子であること、こんなアメリカのディープサウスの州にあるモールの駐車場で、かれこれ三十秒は荷台から動かないことが頭の中でぐるぐる回っている。ゲイのGを聞いただけで目を見開くうちのグランパがここにいたら、グローブボックスからグロック19を取り出して彼らに向かっていくだろう。他に誰にも見られていませんように——
スタンリーが荷台から出てきた。アンバーの瞳はティアドロップのサングラスに隠されて見えない。ああ、あれは彼のものだったんだ。すぐに理解できるくらい、それはスタンリーによく似合っていた。彼は空になったカートをカートリターンへ持っていくべく遠ざかっていった。
「スタンリーってゲイなの?」
「分からない……でも」
このことを誰かに言いたい。でも言いたくない。スタンリー・スナイダーは私たちにとって特別な存在なのだ。好きなハリウッドスターにスキャンダルが起きて欲しくない、そんな感覚。ずっとみんなの密かな憧れ、手の届かない存在として君臨しいてほしい。彼が男とキスしてたなんて噂が立ったら、彼のラングラーにはスプレーでひどい落書きがされるし、遠くから卵をぶつけられたりするだろう。そんなの、スタンリーは気にしないだろうし、相手をぶちのめしそうだけど——実際、フレッシュマンのときに言いがかりをつけてきた上級生をぶちのめしていた——だけどそんなところ、見たくなかった。
「ねえ、来たわよ」
姉が声を潜めて言う。スタンリーがもう戻ってきたのかと思ったら、さっき彼と荷台で一分近く"何か"をしていた少年が、こちらへ向かい歩いてきていた。私たち姉妹の顔を見比べて、にっこり微笑みひょいと片手を上げる。姉が運転席の窓を降ろした。
「やあ」
「こんにちは……何か?」
「君たち、スタンの同級生かな」
遠目では少年のように見えた彼は、滑らかな低い声に美しい発音を乗せ、老成した雰囲気で私たちに尋ねた。スタン、彼のことをそういう愛称で呼ぶ人は初めて見た。
「あの……私がそうよ」
「そう。先ほどのは見えていたかな」
「あの、あの……ごめんなさい、見えた」
「謝ることはない。申し遅れた、僕はゼノ。スタンリーの幼馴染だ」
ゼノと名乗った彼は腰をかがめ、開いた窓に近づく。鼻根にはサングラスの跡が少し残っている。フワリと煙草の香りが漂った。
「今日のことは見なかったことにしてほしい」
……誰かに言うつもりはないわ」
「それは助かるよ。どうもありがとう」
はいこれ、と彼は胸に抱えた紙袋から、さらに小さい紙袋を取り出した。甘い香りが漂う。
「口止め料だ。じゃ、さよなら」
ゼノは振り返ることなく歩き去り、ラングラーの助手席に乗り込んだ。ほどなくして戻ってきたスタンリーが運転席に乗り込む。ガンメタリックの車体は水の上を流れるように後退し、私たちの前から流星みたいに姿を消した。強い日差しの中で起こった蜃気楼みたいな出来事だった。
……ホワイトオークのワッフル!まだあったかいわよ、食べましょ」
「ほんと? やった!」


窓枠に片肘を掛け、右腕でハンドルを握り、新しい煙草の煙を窓の外へ逃している姿は先ほどの彼の同級生にも見せてやりたいくらいに様になっている。サングラスのコマーシャルみたいだ。
「よく似合うね」
「どーも」
「スタンリー、まだワッフルを注文し忘れたのを怒ってるのかい?」
「ワッフルを注文し忘れたフリしてんのにイラついてる」
「もう……ほら毒ガスを消して、口を開けて。カラマリをあげよう」

シニアイヤーになったスタンリーのために何か選びたくてモールへ行こうと誘ったのだが、結局僕の欲しいものばかりを山盛りに買い込んでしまった。彼のものは一つだけ、今かけているティアドロップのサングラスだ。ウェリントンも捨てがたかったが、来年卒業したら空軍へ入隊する予定の彼にはやはりこの型を選びたかった。
「エレガント」
外見を褒められるのなんて彼にとっては風に吹かれるのと同じくらい自然なことなので、誰にそう言われても特にリアクションはない。それでも僕が何か言えば、それなりに嬉しそうにしてくれるのだ。
「君に似合うサングラスがなかったら僕が設計するつもりだったんだ。だけど似合うものばかりで逆に目移りしてしまったよ」
「あんたの手作りか。いいね、作ってよ」
「おお、もちろんだとも。ファッションデザインの勉強をしておくよ」
スタンリーの長い指がハンドルをトントンと叩く。
「俺のことはゼノが一番知ってっかんね。全部選んで」

この車は二年前に僕が見つけてきたものだ。九月一日生まれのスタンリーは同級生の誰よりも先に仮免許を取れるため、十六になる年の新学期早々に自分の運転でハイスクールへ乗りつける資格を取るつもりだった。僕はそんな彼の車通学を初手から快適にしてやろうと、全国の中古車ディーラーの情報(主に公開前の)をさらい、彼にぴったりの車種を選び出したのだ。
ライフルでもレールガンでも望遠鏡でも、なんでも乗せられるラゲッジスペース。四角いところがいい、無駄な隙間を生まない。悪路をものともしない頑丈なサスペンション。走行中に4WD切り替えが手動でできるのも合理的。僕らの目的地は大抵オフロードの先にあるのだ。ドライビングテクニック次第で性能を花開かせる車、という点もスタンリーにぴったりだと思った。
「天井外せんね、これ。いいじゃん。星見れるよ、ゼノ」
ディスプレイに映るラングラーを見て僕の頬にちゅっと吸い付いたスタンリーは、その場でディーラーへ電話をかけ始めた。父親の名前を勝手に使いキャッシュでラングラーを購入しているのを横で聞きながら、彼にぴったりだと思って選んだ車が、僕たちにぴったりだったことに気付かされ、僕は吸われた頬を赤くしていた。スタンリーは電話口で、後部座席を倒したら後ろに寝転べるか? と尋ねて、向こうの返事に満足そうな相槌を打ち僕の腰を抱き寄せた。

「Yo doc, カラマリまだ?」
「おお、すまない。思い出散歩に出ていたよ」
スタンリーはフッと鼻で笑い、僕が差し出したカラマリを一口で頬張った。その笑いは僕が何を思い出していたか想像しているな。幼馴染の恋人というのはこれだから怖い。僕は他の誰にも、もちろん両親にすら思考を読まれたことなんてないのに、スタンリーにはいつでもお見通しだった。
「いま僕が何を考えてるか分かる? スタン」
「わかるよ」
「なんだい?」
「あんたも俺に何か選んで欲しがってる」
正解。返事の代わりにもう一つカラマリを差し出した。
ラングラーは直進する。次のブロックで右へ曲がれば僕らの家の方向だ。スタンリーは車線を変えない。この先にはレールガンの試射に使ったあの砕石場へ続く道がある。とっくに閉鎖された荒地で、道が悪くて誰も近寄らない。こんな車に乗っているか、警察に見つからないよう試射したいレールガンでも持っていなければ。
「とりあえずこの後の時間の使い方を俺が選んでやんよ」
「それって……本当に君が選んだこと? 僕にそう仕向けられたのでは?」
「あんたは早くチーズバーガー食いたいって顔してるぜ」
カマかけを無視したスタンリーが僕の鼻を摘む。交差点を過ぎる前まではそうだった。でも今は、さっき確かめたラゲッジスペースの広さを思い出していた。もう脚を伸ばしては眠れないけれど、これからすることで脚を伸ばすことは実はあまりない。僕が最後にちょっと、斜め上の方に伸ばすことがあるだけ。荷物はたくさん積んだけれど僕一人の上にスタンリーが覆い被さるくらいの隙間は空いている。つくづくいい車を選んだものだと、僕はシートに沈み、僕が選んだティアドロップをかけるエレガントな恋人の横顔を、目的地到着まで眺めることを選択した。
君は僕に見つめられて満足そうだった。