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鶏屋栄/夢鮪 20↑
2025-09-10 15:45:05
2738文字
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月見
過ぎたけど月食ネタ。コヨイ夢。
月食が見れるらしい。
そう聞いて、1番に声をかけたのは高瀬コヨイだった。男プリトップアイドルのWITHで夜を担当する男と月見。これはなかなか趣きがあるだろう、と思った。
「な、今夜月食なんだって。一緒に見ねえ?」
奇跡的に一人で歩いていた高瀬にそう声をかけると、眠たげな目をぱちりと瞬かせ、「月食?」と首を傾げた。
「そー。月食! 二人でさ」
「
……
わかった。いいよ」
そう言って笑みを浮かべる高瀬にドキッとする。意図していなくても高瀬は雰囲気が色っぽいので油断するとすぐこうだ。
しかし、すんなり受け入れてくれるとは思わなかった。三鷹は寝てる時間だし夢川は中坊だから付き合わせにくいとか、理由は用意していたのに。
「どこに集合する?」
あまりに都合のいい現実に気を取られていたら、高瀬が口を開いていた。
アボカド学園は全寮制。つまり寮の部屋を監督生の目を掻い潜り抜け出す必要がある。
高瀬も自分も寮を抜け出したことがないような優等生というわけではない。多少の危ないことも出来る、というわけで。
「寮の屋根の上なんてどうよ。月見には高いところがいいだろ」
「いいね。じゃあ、日付が変わる頃に上がればいいかな」
「あ〜なんか2時くらいから? って聞いたな」
「じゃあ、30分前にはいるよ」
「オッケー。じゃあオレもそのくらいに出るわ。夜な!」
そう言って高瀬から離れる。それからの授業はフワフワとした心地で受けて正直記憶がない。
高瀬、お菓子とか持ってくるかな。味噌汁持ってきたりして。まだ夜も暑いから麦茶入れた水筒でも持っていくか。なんて夢みたいなことを考えていた。
そうして夜。高瀬との約束の時間を待ってヤキモキする。
どれだけ願っても時計は平等に時を進める。こんなに準備万端なのに!
同室の友達には寝る前に「お前なんでそんなにそわそわしてんの?キモ」と言われた。
そこまで言うことないだろ!
でもオレが夜中に出ていくのを咎めはしないし(そもそもこいつも前科者だ)、いちいち用事に干渉しはしないからありがたい存在だ。
25時35分。約束の時間がジリジリと近づいてきている。
そろそろ出るかと窓を開けと生ぬるい夜風が頬を撫でる。冷やした麦茶が無駄になることはなさそうだと安堵の胸を撫で下ろした。
窓から身を乗り出し、屋根まで登っていく。
屋根から頭を出すと、高瀬はすでにそこにいた。俺に気付いたのか、小さく手を振っている。
満月の明かりに照らされた高瀬を見て、なんだかホッとする。
ステージの上に立って輝きを放つこいつも、月光の下では等しくほの明るい光に包まれている。それはなんだか嬉しかった。
「先、来てたんだな」
高瀬の隣に座って、そう声をかけた。
「ああ。月見ってどんなのかなって気になったから、先に堪能させてもらってた」
「オレ抜きで?」
「
……
だめ?」
「ダメじゃないけど!」
意味もなく開けた間を使って、高瀬が上目遣いで言うものだから許す以外の選択肢がない。
自分が高瀬に甘いのはわかっている。きっとこの夜の纏わりつく暑さの中でも高瀬から味噌汁を差し出されれば喜んで飲むだろう。
高瀬に夢中で目を向けられていなかった月を見れば、手の届かない場所で煌々と輝いている。
コヨイと共に描かれる月、それそのものが輝いている。にわかに翳りがさしていた。
「これからって感じだな」
「ああ。いい時間に出てこれたね」
きっと少しづつ月は影に飲み込まれていっているのだろう。さっきとあまり変わった気はしないなと思いながら、高瀬と腕が触れ合う距離まで詰め寄った。そうして腕に抱えていたものを下ろす。
「高瀬、一応麦茶持ってきてるから喉乾いたら言ってくれよな。小腹空いた時用におにぎりもあるぜ!」
「ありがとう。麦茶は
……
いいかな。おにぎりはもらうよ」
「やっぱ味噌汁持ってきてんのか?おにぎり、塩とおかか作ってきた!三角が塩で丸がおかかな!余ってもオレが明日食うから」
「じゃあ遠慮なく」
そう言ってお手製のおにぎりに手を伸ばした高瀬が、ラップを剥いで口に運ぶところをジッと見る。
形の良い唇に白米が乗り、その奥に消えた塊が咀嚼され、喉仏が動き嚥下してしまうまで。
「うん、美味しい。味噌汁によく合いそうだ」
「よかった! オレも食お〜っと」
そう言っておにぎりを片手に月を見る。
「なんか、全然月食って感じしねーな」
「そうかな? だいぶ欠けてるような気がするけど」
「確かに? 初め見た時より細い
……
気はするな」
目を細めて月を見ていると、コヨイの笑い声がした。
「月食が終わるのが3時なんだろう? ゆっくり待とう」
「
……
そーだな」
それから、互いに持ち寄ったおにぎりを食べたり、味噌汁を飲んだりしながら月が消えていくのを待った。
「大分暗くなってきたね」
高瀬が言う。確かに来た頃に比べて随分と手元が見えなくなったと思う。けれどそれは完全に視界を妨げている訳ではなかった。
「月食ってこんな感じなんだな」
「不思議だね。一度昇ったはずの月が、一夜の内に消えてしまう」
高瀬が言うと意味深長に感じられて、落ち着かない。月が隠れているうちにどこかに行ってしまうような気がした。
「明るくなるまでここにいよう」
高瀬が、オレの手を掴む。暗闇が視界を奪ってしまう前に、体温で証明にするように。
「おう。今戻ったら滑り落ちて怪我しそうだしな」
そう笑って、オレは高瀬の手を握った。高瀬の手が驚いたように跳ねた気がしたが、今やその表情は見えない。
月の場所を見失って、握った高瀬の手だけが今隣合っていることを伝えてくれている。
悠久にも思える時間が、刹那に思える。
ゆっくりとまた顔を覗かせた月は赤い色彩を帯びていた。
「
……
赤?」
「珍しいね、赤い月なんて」
高瀬の言葉に手を握り直した。
「いい色だな」
色鮮やかな赤。黄色が精々の月の色が血を浴びたような赤色になるのはロマンチックな気がする。
高瀬も、あんな風に赤くなるのだろうか。なんて思っていたら邪な想像をしそうになって慌てて気を逸らす。友達だぞ。
高瀬を見れば、視線が合った。
「
……
月、見ないのか」
「見てるよ。ただ、君と見る月は格別に綺麗だと思って」
「オレのこと見る必要はなくねえ!?」
あからさまに取り乱すオレを見て高瀬はふふ、と笑った。高瀬が喜ぶなら、オレの情緒など安いものだ。
肌がふれあいそうなほど顔が近づく。
「月食が終わるまで
……
一緒にいてくれる?」
そう誘われて、断ることなどできない。
無論、翌日の授業はめちゃくちゃ寝た。
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