tsugaruringo
2025-09-10 13:09:23
4786文字
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(片♂主︎︎ ♀)那岐と那美の出会い

新刊で書ききれなかった、那美ネキと那岐ニキが隠し刀になる前の話。
那岐ニキのルーツというか、性格を掘り下げたくて...



自分の村を管理する黒洲の藩士が「養女を取ったらしい」という話は、タケルにとって毒にも薬にもならなかった。

13を超えたあたりから1人前の男として大人たちに混じって昼間は農作業、夜は武器づくりに勤しむ毎日。「村」が世界の中心であり、山を超えた隣村や城下町までが世界の全てだった彼にとって、雲の上で歩いているような武士が何を考えているのかまで頭を巡らせる義理もない。
「それは俺たちになにか意味があるのか」
タケルが2人の兄たちに尋ねると、縄を編んでいた各々が手を止めてにやりと笑う。
「そのお侍様が今度家族ぐるみで俺らの村に視察に来るって噂だ」
「新しい養女様っていうのがまたちょっと風変わりらしい、俺たちも見に行こうぜ」
なるほど、めったに来客がないこの村にお侍様が来るって言うんなら皆がざわつく理由としては納得だ。

後日、作業を終えて兄たちと家を出た時には、わが村の珍しい「お客様」たちを見物しに既に人だかりができていた。
人で形どられた1本の道の中心を通るように、籠が数個と、それらを背負う家来、そして、先導して人だかりをかき分け、籠を守るための家来たちが厳かに前進する。

タケルは呆気に取られていた。
これがお侍様。威風堂々とした出で立ち、一人一人が腰に携えた、長く光沢を放つ獲物。普段自分たちが打っている鉄の塊とは比べ物にならないくらい輝いて見えた。

「あ、ほら例の養女様だ」
上の兄に背を叩かれて指さす方を見ると、藩士と家来たちに守られるように、少女が恐る恐る外に顔をのぞかせる。自分と同じくらいか、もう少し幼いか。

「風変わり」と兄たちが言った意味は、おそらく彼女の髪色にある、とタケルは理解した。タケルが知っている人間の髪色というのはみな黒い。たまに長く陽に当たって色がやや薄くなった者は見たことがあるが、その少女の髪色は混じりけのない檜皮色であり、そもそも初めから生えているようだった。おまけにくるりと跳ねた毛先はまとまりがなく、それも異質な感じを受けた。

「先程まで大名様に謁見した帰りだったのだが、先日の雨で道を直すのに足止めを食らってしまってな。ここの村長のご好意に預かり、修繕が終わるまで我々はしばらく滞在しようと思っている。何、気にする事はない、皆は普段通り働きたまえ」
藩士は妻らしき女性と息子らしき少年、そして養女を脇に固めながら、悠々と挨拶をする。

「...そして、そこの者」
穏やかだった藩士の目の色が急に変わり、ぎょろりと右側で見物していた女数人を睨む。
「今私の伊予を"枯れ木のような髪"と申したか?」

一同に緊張が走る。
指された女は目を見開き顔を引き攣らせ、言葉を詰まらせた。当の少女は気まずそうに俯いている。
「ま ま まっこと申し訳ねえです!」
咄嗟に女たちは膝から崩れ落ちるように土下座を作った。
「父上...」
この後何が起こるか察した少女が青い顔で藩士を見上げると、藩士の鬼のような冷ややかな瞳がわずかに揺れる。
「...いつもなら問答無用で斬るところだが、今回だけは可愛い娘に免じて見逃してやろう。ありがたく思え」
額を地面に擦り続ける女たちを後にして、腰が完全に低くなった村長に案内され一行は去っていった。

「あいつら本当に馬鹿だ、死人を見るところだったぜ」
兄たちは帰宅するなり大きなため息をつく。タケルもまた、経験したことのない緊迫感に肌を粟立てていた。
お侍様はあの養女が大層お気に入りのようだ。あの女たちのように陰口を叩くのはあまりに愚かだとしても、あの様子では下手に手を出した瞬間に頭が体から切り離されるだろう。

「それにしても、新しい養女様、髪色は置いといて別嬪だったなあ」
下の兄がうっとりとこぼす。
「やめとけ、お前の打首を見るのはごめんだぜ」
上の兄が冗談めいて小突きながら、タケルにも目を向ける。
「タケルはタケルで、ずっと刀ばっか見てるしなあ」
「そんなことない、ちゃんと養女様も見た」
「ま、お前に色はちいと早いか」
いつものように愛おしそうに髪をくしゃっとなでられると、馬鹿にされたようでタケルは少し不貞腐れた。
実際、タケルは武士たちの特権である刀に興味津々だった。しかしそれよりも、自分たちより良い身分にも関わらず終始浮かない顔の少女も気にかかっていた。

「伊予様は、海の向こうの血が入ってるとかなんとか」
翌日にもなれば、村中は真偽が怪しい噂でもちきりだった。
「本当は別の藩のお偉いさんの娘なのに、不義の子だって疑われて手放されたって」
「かわいそうに、そんな証拠ないだろう」
「でもそうでもなきゃ生まれないでしょう、あの色は...」
伊予が正当な子かどうかはタケルにとっては、というか村にとって全く関係の無い話なのに、よく飽きずに議論できるものである。

「あっこに行けばお侍様の宿だそうだが....」
下の兄は近所の住民たちと目を細め、向こうの立派な小屋を眺める。
「村長には入るなと言われてるしなあ」
「それにあのお侍様の様子じゃあ覗きがバレたら今度こそ命はないな」
タケルはちらと目をやるだけで、黙々と収穫作業に勤しんでいた。武士と農民は関わることは無い。藩士一行も、日があと何度か上ればすぐに発ってしまい二度と会うこともないだろう。

*

「おい、なんかきな臭くないか」
タケルの横で眠っていた上の兄が不意に起き上がる。
「火事じゃないか?だれか厨房で薪の始末をさぼったんだろう」
下の兄とタケルも追随するようにゆっくり頭を上げた。火事ということなら放置していたら危ない。タケルは水の確保、兄たちは火の出処を探り、周辺住民に避難を呼びかけるために家を飛び出した。

状況は一刻を争う。徐々に慣れてくる夜目を駆使し、山中で馴染みの沢を探し当て、速攻できた道を走りながら戻る。
すると上方で馬の足音が聞こえた。こんな夜中に?しかも音が1頭ではない。よく見るといくつもの火の玉が列をなして行進している。向かう先は、自分の村_______

より一層急いで戻ると、確かな熱と殺意が村を飲み込んで景色が様変わりしていた。

タケルは立ち尽くして状況を理解できずにいた。これは火事なんかじゃない。明らかに、見知らぬ男たちが家々に火を放ち殺戮をしているのだ。兄たち...兄たちは無事なのか?家の陰で息を潜めて様子を伺う。
「この辺は全員処理できた」
「あっちの倉庫は銃や刀がぎっしりだったぞ、噂は本当なんだな」
2人の兵士らしき男たちの会話。全員、兄たちもそこに含まれているのだろうか。
ただ今まで暮らしを営んでいただけなのに。なんで。なんで。努めて口元を抑えて震えながら続きを待つ。

「そういえばここにたまたま藩士も泊まってると聞いたが、見つかったか」
「いんや、手当たりしだい火を投げてるがそれらしい御方は見つからんな」

タケルは自分でも訳が分からないまま咄嗟に宿の方へ走り出していた。
「おい待て!」
何人かの兵士に追われながら、向こうの宿を見据える。遠目から見てもわかるくらいにごうごうと燃え盛っていた。
「生き残りか.....ッ!」
もう少しでたどり着くというところで後ろから首根っこを掴まれる。

しかし腕の力が途端に弛緩する。振り返ると見知らぬ壮年の女が盾となって男たちと対峙していた。
事情は分からないがどうやら命拾いしたらしい。そのまま炎の前まで駆け寄ると、溶けそうな熱さで息が詰まる。

ごほっ ごほっ
子供の咳き込む音。

だれかいる?
兵士が攻め込まずとも、この宿はどの道焼け落ちてしまう。生き残りがいることに賭けて、タケルは思い切って火の手が薄い戸から飛び込んだ。

咳の音が近づいてくる。倒れて半壊した箪笥の下から聞こえているようだ。火がつき始めている。必死で箪笥を向こうに押しやると、明るい茶色を持った、あの少女が苦しげに横たわっていた。
「生きてるか!」
タケルが声を掛けると、少女は泣きそうな顔で首だけをこちらに向ける。
「逃げなきゃお前まで殺されるぞ」
しかし少女はぐったりしたままうんともすんとも言わない。タケルは彼女の両脇を掴み、半ば強引に出口側まで引きずり出す。そして、彼女の左腕を自分の左肩に回し、けが人を運ぶ姿勢でよたよたと宿から1歩でも長く距離を取った。

「助けたのか」
背後から聞こえる低い女の声がタケルの歩みを止める。
「どこへゆく」
先程自分を守った白髪の女が、腕を組んで2人を見下ろす。
「...医者」
「ならば、その娘は間に合わんだろうな」
タケルがきっと睨むと、女の後ろから似た格好をした男女が現れる。
「こやつらを里に連れて治療しろ。見込みがある...特に小僧はな」
男女は頷き、男はタケルを、女は少女を背負いどこかへと走り去った。

*

空では太陽が照り、夏の虫たちが何かを訴えるように縁側で叫んでいる。思ったように動けない日々の中で、タケルは周囲をつぶさに観察していた。
この里の者たちは明らかにタケルが知る村の人々と様子が異なっていた。決まった時間に適度な治療を施すも、その顔に表情はなく、どこかからくり人形のように作業をこなすようだ。

「お前の助けた娘は目が覚めた」
あの日自分たちを助けた女が、杖をついてタケルの元を訪れた。
「...それは良かった」
「わざわざお前に礼が言いたいそうだ」
その言葉を合図に、女の背後からひょこっとあの少女が現れた。

「あなたは...私の恩人です」
伊予はタケルの枕元に跪き、まだ横たわっている彼の手を握る。
「どうか、早く快復なさってください」
「...伊予さまはもう大丈夫なのですか」
タケルの問いかけに、伊予は彼の手を撫でながら深く頷く。

「...お前たち、このあとなにか当てはあるのか」
女は2人の様子を眺めながら尋ねる。彼の世界の中心だった村はもう焼き払われてしまった。タケルは黙り込む。

「もし、どこにもないなら『刀』にならないか」

「『刀』になる...?」
タケルが目を見開くと、女は僅かに目を細める。
「この黒洲では、今でもお前たちのように幕府によって不当に蹂躙されているものが数多くいる。かのような幕府に対抗するには、ただ武器を作るのでは間に合わぬ...だから我々が己が武器となることで力を磨いておる」
彼と伊予の周りに座る若者たちがいっせいに頷く。

鍛治仕事は好きだ。刀を打ったり研いだりすることも大好きだ。だが、自分が「刀」そのものになるとはどういうことだろうか。
同時に、自分の村を襲った幕府の者たちの影が黒い炎をまとって脳裏によぎる。兄たちのために、いつか彼らに報いることができるなら、俺はなんでもやろう。この女のいう「刀」にだってなってやろう。

「...だが、もしお前が刀になるというならもう一人必要だ。我々『刀』は2人揃ってようやく完成する」
「私も、『刀』になります」
伊予が咄嗟に口を挟む。
「いや、伊予さまはまだ家族が...」
タケルが言いかけると、少女は首を横に振った。

「大嫌いなの。あんな人たち」

穏やかな表情からは信じられないほど冷たい返答にタケルは思わず首をもたげる。
「あなたに成し遂げたいことがあるなら、私はずっとそばであなたを支えたい」

伊予とタケルの様子を黙って見ていた女は見計らうように口を開いた。
「刀になるということは、今までの『人』の自分自身を斬り捨てることだ。お前たちがこれまで築いてきた因縁も消さねばならない」
「...」
2人は女の目をしっかりと見つめる。

しきりに鳴いていた虫が役目を終えて、ジリ、という音とともに静寂が訪れた。