こゆ
2025-09-10 00:03:45
2123文字
Public
 

鈍色の境界線の今、未来は黄金色だと気づく

ペンギン+シャチ
(相棒以上ペンシャチ未満)
スワロー島の残暑、湿度高め糖分控えめ+なふたりと海とこれからの話。




※AI学習無断転載禁止









鈍色の境界線の今、未来は黄金色だと気づく



 帰り際に立ち寄った夜の海で、ペンギンに手を引かれてすねまで水に浸かったとき、シャチは僅かに眉を寄せた。別に海も波も砂浜も、自分たちに敵意がないことは知っている。大丈夫、波打ち際を少し歩くだけ。そのつもりで、「海に行こう」というペンギンの言葉に頷いて、靴と靴下は脱いだが裾を捲るのを忘れた。いや、こんなにも深く海に入るつもりはシャチにはなかった。すでに膝から下がびしょ濡れだ。当たり前に着替えもタオルも持って来ていないのに、どうするつもりなのかと躊躇ったのは一瞬だった。前を行くペンギンは臆する様子は無く、そこから更に三歩。水位は膝上に達した。水の抵抗が増して脚が重くなる。それでもペンギンは歩みを止めない。
日常を海に奪われた夏、あれから一年。相も変わらずにこの島で、海に生かされている。ペンギンは戸惑いに立ち止まりかけるシャチの手をしっかりと掴んだまま、じゃぶじゃぶと波を立てて進む。あっという間にももまで浸かって、下着の裾に海水が染みた。
ちょっとペンギン、と不安を露わにした声を投げ掛けても、ペンギンは答えない。じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ、浜辺から遠ざかる。前を行くペンギンは振り返りもしなくて、顔が見えなくて、シャチは急に緊張をした。何、考えてるの、ペンギン。水面はもう腰より高い位置にまで届いた。蒸し暑い夏の夕方なのに、ひどく背筋が寒くなった。さっきまで、一緒に「あちー」って嘆きあって、夕飯はさっぱりと冷やし茶漬けにするか、とか。そんな話をしていた。穏やかで、幸せ過ぎて気づかなかった日常への慣れ。スワロー島の夏は短く、夏至も過ぎたこの頃、すでに暗い空を吸い込み始めた海。水平線は鈍色の空と混ざり合って、境界が判別出来なくて余計にシャチの不安を煽る。
ざぶんと踊った水面に鳩尾みぞおちまで浸かっては満足に進む事も叶わないのに、それでもまだペンギンは止まらない。水圧が徐々に胸を締め付けて、呼吸が速まった。ペンギン。絞り出して掠れた声、呼んでも返事をしない。何してんの、帰ろうよ。大きくなる心音に掻き消されそうな声が震えていた。掴まれた手なんて暗い海面の中で、とっくに視認出来ない。誰に手を掴まれているのかも、もうわからない。怖くなって縋るように握ったら握り返されて、その力の込め方がペンギンのそれで、だからシャチ少しだけ安心してその手を強く引いて立ち止まった。


「お、おれはっ……ペンギンと一緒に生きたい!」


死にたくない、より、死なせたくないと思った。一緒に死んでもいいかなって全てを諦めそうになったのはずいぶんと前の話で、だって、そんな。ペンギンは今こそ、今だから、生きなきゃいけない。いっぱい笑って、いっぱい楽しいことをたくさん。叶うならばおれの横で。ペンギン、もう一度捻り出した声は掠れて、震えて、でもちゃんと届いたらしい。ペンギンはそこでようやく立ち止まって、振り向いた。海水はもう胸元まで届いていて、シャチは湧き上がる感情をどうにも出来なくなって両目からぼろぼろと涙を零していた。だってペンギンに会えなくなるのは嫌だった。手を握るこの感覚をずっと持ち続けたかったら。

…………な、どーしたシャチ? 何で泣いて、……え?」

振り向いたペンギンはシャチの顔を見て、零れ落ちそうなくらいに目を見開いて、表情に明らかな動揺を滲ませていた。サングラスから溢れた涙と海水で、シャチの髪の毛先はびちょびちょで、それをペンギンが慌てて触れた。やっと視線が合ったことに安堵したら、もう涙は止まらなかった。しょっぱいのが涙か海水か、判断が出来ない。

「し、死な、死なないで……
「は? え、なんの話? シャチが暑い暑い言うから海入りに来ただけじゃん」
……………………はあ? はあああ?」

困惑を乗せた声で並べられるペンギンの言葉に、シャチは耳を疑った。聞き返す声は先までの震えた声とは違い、はっきりと低く苛立ちを含ませていた。暑いって言ったから? 海に? 入りに? 肩まで?

「風呂じゃねーんだよ、バーカ!! 説明が足りない!!」

糸が切れたようにぼろぼろと泣き喚きながら、ペンギンの肩を揺らす。勘違いした事は恥ずかしいが、それ以上にペンギンの雑なエスコートに腹が立った。ほいほいとついて来てしまった自分にも。そう、ペンギンはいつも少しだけ雑なんだ。そして、それでも、やっぱり。ペンギンと会えなくなるのも離れるのも嫌だと思った。

「痛っ……い、痛いってシャチ……ふ、っは……あはははっ、いでっ、痛い痛い」
「なに笑ってんだよクソッ! ペンギンの馬鹿野郎!」
「んや、一緒に生きようなァ、シャチ」
「るっさい、バカ! バーカ! あたりまえだろ!」

ペンギンは殴られるままでシャチを抱き締めてあやすように背中を撫でて笑っていた。感情の捌け口が見付からなくて、シャチはペンギンを力の限り抱きしめ返した。

海に肩まで浸かって、痛い、痛いと緩んだ顔で形だけの抗議をする男は、シャチの一番大切なひと。