yes1wate
2025-09-09 22:34:33
2184文字
Public 五髙
 

不ロマンス

五髙前提の伊髙未満 元ネタはこの間見た夢

「五条さんが愚痴ってましたよ」
「えっ、なになに俺なんかしたかな」

伊地知の言葉に後部座席から髙羽が身を乗り出してきた。
ヘッドレストの脇から顔を覗かせる髙羽を「近いですよ」と短く制して伊地知はまっすぐ前方を見ながら言葉を続ける。

「『史彦がせっかく渡したカード全然使ってくれない〜!』って」
「カード……?」

一瞬、首を傾げた髙羽だったがすぐに思い当たったようで、伊地知の座る運転席に掴みかかるような勢いで再び身を乗り出す。

「あのさあ!伊地知くんからも悟くんに言ってやってよ!俺みたいな庶民はブラックなカードなんて渡されてもおいそれと使えないんだって!」
「気にしないで使えばいいじゃないですか」
「他人様の名義のカードなんて持ってるだけで怖いって!」

ガクガクと座席を揺さぶる髙羽を「運転中ですから」とまたも制して、伊地知はルームミラー越しに大人しく座り直した髙羽に呆れたような視線を送った。

「五条さんが良いって言ってるんですから使ってあげてくださいよ、あの人拗ねると世界一面倒くさいんですから」
「だってさあ……
「貴方の金の流れを掴んでおきたいんですよ、あの人」

そう言うと髙羽が微かに息をのむのがわかった。
のんだ息をそのまま小さく笑いの形に吐き出して今度は髙羽がルームミラー越しに伊地知を見つめる。

「伊地知くんてさ、全然そんなふうに見えないのにやっぱりちょっとコワイ人の考え方するんだね」
「それは……上司が上司ですからね……

伊地知の仕事は『上司』の五条の付き人……といえば聞こえがいいが、要は専属の何でも屋で、ちょっとしたお使いから危険なことまで何でもやる。
運転手役なんかはもう慣れっこで五条本人を運ぶことはもちろん、彼の愛人の送迎もやる。今日のように。

髙羽は五条の情夫……五条本人は『恋人』と言っているが傍から見れば愛人、もっと悪く言うならペット……そんな関係の男だ。

だがこの男ほど愛人稼業に向かない人間もいないだろうなと伊地知は思う。一番最初にこの男を車で迎えに行ったときに、あまりにも自然に助手席に乗り込もうとしたのを伊地知はついさっきのように思い出せる。五条の嫉妬が怖くて悲鳴のような声をあげて後部座席に座るように言い聞かせたのだ。
髙羽という男は五条がどれだけ駄々をこねようが彼の部屋には呼ばれたときにしか訪れず、学生時代からずっと居座っているという今時珍しいようなボロアパートの住まい、せっせとアルバイトに出ている。五条に何かねだるようなこともなく、伊地知のような相手に威張り散らすことなどもありはしない。ちょっとした「おこづかい」を渡しても戸惑うばかり、そんな男がなぜ囲われの身になっているのか伊地知には全くわからない。


「ちょっとくらい甘えて使った方が喜ぶと思いますよ」
「え〜?」
「欲しいものなんでもいいんですよ、ゲームとかマンガとか」
「伊地知くん俺のこと小学生だと思ってる?」

そんなこと言われても伊地知にはこの男が欲しがるようなものがろくろく頭に浮かばない。髙羽は後部座席に深く沈みこむと「欲しいものなぁ……」としばらく考えて、また弾かれたように運転席にしがみついた。

「あっ!コンビニ!伊地知くんコンビニ寄って!」
「あ、ええ、ハイ」


言われるがまま少し先にあるコンビニの前に車を寄せ、伊地知がハザードランプをつけるなり髙羽はコンビニに駆け込んでいった。トイレではなさそうだし、最近になって髙羽はようやく五条の部屋にお泊り用の着替えだのを置きだしたらしいのでアメニティを調達というわけでもなさそうだった。
悩む伊地知が答えを出す前にものの数分で髙羽は車に戻り、ガサガサとビニールの音をさせだした。

「何買ったんです?」
「アイス」
「は?」
「伊地知くんもハイ」

そう言って差し出されたのは2本で1つの分けて食べる有名なアイス、のチョココーヒー味、の片割れ。

「とりあえず欲しいもの、と思って」
「えっこれカードで買ったんですか?」
「レジのバイトのにーちゃんビックリしてたわ」

そりゃそうだ、1袋2本入りでコンビニ価格の税込みでも200円ちょっとアイスの会計に最高ランクのクレジットカードが出てきたら驚くだろう。

「結局小学生じゃないですか」
「小学生だったら2本一気に食えるけど俺はオジサンなのでかたっぽを伊地知くんに食ってもらわないといけない」

だからハイ、と再び差し出されたアイスの片割れをおっかなびっくり受け取って伊地知はため息をつく。

こんなものは別に浮気のうちには入らない、人懐こい飼い猫が毛並みを撫でさせてくれたのとさして変わりはないのだ。それでも「飼い主」の悋気に怯える自分が滑稽で、伊地知は苦笑いしてアイスを咥えた。

「久しぶりに食うと美味いよね」
「そうですね」

行儀悪くアイスを咥えたまま、再び車を走らせる。心持ちゆっくりと、せめてアイスを食べ終えるまでは目的地につかない程度にゆっくりと。
髙羽と伊地知が2人でアイスを分け合って食べたことは秘密……には決してならない。カードの履歴はもちろんのこと、どうせ数分後には髙羽は五条とキスをするのだから。

明日、ふてくされながら文句を言ってくる五条を想像して伊地知は小さく笑った。