fedge
2025-09-09 20:42:24
2737文字
Public Pixiv非掲載
 

寿司の幻覚

寿司の幻覚。コラボ孫可愛すぎる 

※現パロ

……寿司にするか」

珍しく社外での打ち合わせで外に出ていたスラーインは、いくつかあった昼食の選択肢から回転寿司を選んだ。番号札を手にカウンター席へ腰を下ろし、先程の打ち合わせを思い返して眉間を揉む。相手の性格が独特で何を言っても埒が明かず、取りまとめるだけで疲労が大分溜まったのだ。もういっそこのまま帰宅してしまいたいが、残念ながらこの件を社に持ち帰って策を固めるまでは帰れない。
ふぅと一息ついた後、さて茶を淹れるかと湯呑を手に取るが、粉茶と書かれている入れ物が見当たらない。隣のカウンターに寄ってしまっているのかと机上を探していると、突然もそりと動く黒い影があった。

「んむ……あっ、すまない。すぐ降りるから少し待ってくれ」

手のひらほどのその影は目をこすりながら顔を上げ、もぞもぞと体をずらすように入れ物から滑り降りた。影が退いた入れ物の蓋には「粉茶」と書かれている。どうやらこの影が文字を隠してしまっていたようだ。半分ほど千切れた黒いフードを被り、ぴょこんと片方の耳を揺らしている。左目の下には特徴的なマークを描いているし、色違いの鮮やかな瞳は今更見紛うことのないものだった。

……オロルン?何をしている、否、その姿はどうした?」

今度はスラーインが目を擦る番だった。ここはテイワットではない。だが目の前にいるオロルンの雰囲気を纏った生き物は、ナタに居た頃の彼と同じ格好をしている。オロルンがちんまりとした可愛らしい大きさになって、机上をてちてちと歩いている。一体何だというのだ。

「茶を飲むんだろう?その匙で三杯くらいがおすすめだ。濃い目が好きならもう2杯足してもいい」

オロルンと思わしき小さな生き物はスラーインの問いかけに答えることなく、粉茶が入っている入れ物をずいとスラーインへ押しやってくる。つま先で立ちながらちいさな体を伸ばして粉茶の蓋を開けようとするものだから、ひっくり返されては敵わないとそれを遮って粉茶入れを受け取った。入っていた匙で湯呑に粉茶を入れる様子を見たオロルンと思しき……否、言いづらい。寿司ルンは湯を注ぐ口の横へと、またてちてちと歩いていく。

「ここから湯が出るんだ。湯呑をここに置いてくれ」

湯を出すためのレバーに手をかけ、わくわくとした期待に満ちた目で見上げてくる。その眼差しに半ば折れるような形でスラーインは注ぎ口へと湯呑を置き、寿司ルンと注ぎ口の間に自身の手を差しいれる。まってましたとばかりに寿司ルンがレバーを上げると、湯気の立つあたたかなお湯が湯呑に注がれていった。勢いよく注がれたからか、幾らか飛沫が手のひらにはねた。

茶を注いで満足げな寿司ルンは箸箱の上に腰かけてスラーインを見上げている。おそらく幻覚、もといそうでなければ困るのだが、こうも長く鮮明なものが見えるなど相当疲れているのだろう。深く考えることを止めたスラーインは皿の流れるレーンに目を移し、いくつか適当に目についたネタを取った。

……何か気になるのか」

ふと見てみれば寿司ルンが少し先のレーンに視線を送っている。その先を辿ればなにやら揚げ物が乗っている寿司が流れていた。

「ああ。揚げたとうもろこしの寿司らしい。今の時期ならきっといつもより甘いはずだ」

寿司ルンはそわそわと体を揺らしながらその寿司を目で追い、耳もせわしなく揺れ動いていた。穴が開くのではと思うほどじぃと見つめられていたその寿司皿を手に取り、寿司ルンの前に置いてやる。

「気になるのだろう?食べるといい」
「いいのか?……あ、でも僕の体だと二貫は食べられない。君も一貫食べてくれないか?」

目の前におかれた寿司にぱぁと笑顔の花を咲かせた寿司ルンだったが、次の瞬間にはしゅんとなって上目遣いで申し訳なさそうに頼んできた。

……いいだろう」
「よかった。じゃあ、いただきます」

寿司ルンはちいさな口で揚げられたとうもろこしに嬉しそうに噛り付いた。体の大きさからしてシャリと一緒に食べることは叶わないようだ。かぷりと食らいついた痕がとうもろこしの粒に残っている。
食べてくれと言われた一貫を口へと放り入れる。一口で収められたとうもろこし寿司は確かに甘く、寿司用の醤油がいい塩梅で塩気を足してくれる。寿司にする必要があるのかと言われればおそらくないだろうが、それはそれとして確かにおいしい品だった。

「うん、やっぱり甘くておいしいな。旬の野菜はいいものだ」

ちいさな口でちまちまと食べ進めるオロルンも満足そうに微笑んでいる。あまりにも愛らしい微笑みに、スラーインの眉間の皺もわずかばかり浅くなった。


おいしそうに齧ってはいるが、いかんせん時間がかかるらしい。半分ほど食べ進めたあたりで疲れたのか、オロルンはまたレーンのほうを時折見ている。今度はコーンマヨが気になるらしく時折目で追っている。ふっと笑ったスラーインは、きっとこれも食べるだろうと流れてきたコーンマヨを拾い上げた。

「スラーイン!珍しいな、君がここにいるなんて」

突然声を掛けられてぴくりとなる。聞きなれた声に振り返れば、そこに――オロルンが居た。そういえばこの辺りは彼の大学にも近い。友人と昼食に来ていたのだろうか。

「ああ、仕事で近くに来たのでな」
「連絡くれたら一緒に行ったのに。いやでも僕もイファ達と来たんだけど……、って、君、結構かわいいものを食べるんだな」

オロルンがスラーインの前に置かれているコーンマヨを見つけ、ふふっと優しい笑みを浮かべる。

「いや、これは寿司ルンに……

そう言って机上を見るが、先ほどまでとうもろこしの揚げ物を齧っていたはずの寿司ルンがいない。残されていたのは齧られて半量ほどになった揚げ物と、まるごと一貫ぶん残っているシャリだけだった。

「寿司ルン……?」
「いや……なんでもない。忘れてくれ」
「ん?わかった。ああ、とうもろこしが好きなのなら、今夜はとうもろこしご飯にしよう。今の時期のとうもろこしはいつもより甘くて美味しいんだ。そろそろ収穫してもよさそうな子が居たはずだし……あ、昼と夜でとうもろこしが被ってしまうか?」
……いや、構わない。楽しみにしている」

レジのほうからオロルンを呼ぶ声がし、オロルンは「じゃあ、君の帰りに合わせて炊いておく」と言い残して友人のもとへと去っていった。
さてそれならば定時で帰れるようにせねばなと、スラーインは皿の上に残っていたシャリと揚げ物を口に放る。鞄の重量が些か増えていたことに気が付いたのは、帰宅して玄関に一度置いた鞄を持ち上げたオロルンが指摘した時だった。