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桜霞
2025-09-09 13:02:06
6649文字
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【RKRN】しのぶれど【雑夢】
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【RKRN】しのぶれど【ZAT夢】15
※つどい設定があります。
※捏造がたくさんあります。
※なんでも許せるひと向けです。
これで完結です! 長らくお付き合い頂きありがとうございました!!
誤字脱字がありましたら、該当箇所のみ教えて頂けると、大変助かります。
よろしくお願いします。
彼女はまた大病を患った病人のような扱いを受けた。
毒を口に含んだとは言え後遺症もなく、動きに支障など無かったのに、家事をしていると尊奈門には「あー!」と言われ、高坂には心配そうにされ、山本には「毒を含んだとあれば大の男でも云々」こんこんと説教された。
怪我をしたことはあれど毒を飲んだことは初めてだったため、彼女は早々に白旗を振った。雑渡が彼女を利用し、その作戦に沿って尊奈門たちが動いたことは事実である。これで義理を果たせると思っているのなら、好きにすれば良かろうなのだ。
杉姫があの後どう取り成されたのか、スッポンタケとタソガレドキの関係はどうなったのか、彼女に知る術はない。しかし誰に何を吹き込まれたのか、黄昏甚兵衛が己の主治医を彼女の元へ遣わしたので、彼女はいよいよ何も言えなくなってしまった。
医師は定期的に屋敷を訪れ、彼女の脈を取り、顔色や目の色を見て、いろいろと問診をし、何度目かの訪問で「ま、もうそろそろ気を抜いても良い頃合いでしょう」と告げた。
「毒については、もう心配せずとも良いという事ですか」
「ひとまずは、そうですな。しかし何かおかしいと思うことがあれば、早めにご連絡を」
良かった、と彼女は胸を撫で下ろした。付き添ってくれていた尊奈門も「ようございましたね」と肩から力を抜いている。
医師はまた来ますと言って屋敷を後にした。医師にもあまり心配せずとも好いと言われたのだから今日の夕餉は私がと言おうとして尊奈門の方を顧みた彼女は、尊奈門が思ったよりも喜色を滲ませていたので、ちょっとだけ小首を傾げた。
「嬉しそうですね、尊奈門」
「? はい! そりゃあ嬉しゅうございます」
「何か理由でもおあり?」
「えっ?」
反射的にか、尊奈門が彼女の方を振り返る。真っ直ぐな瞳に射抜かれて、尊奈門は思わず、うぐ、と顔を小さく歪めた。彼女の表情に確信が混じる。ややあって、尊奈門は気まずそうに視線を逸らしながら口をまごつかせた。
「その
……
忍術学園の、土井半助を覚えておいでですか」
「土井殿。はい、勿論」
「実は以前、戦の折に、土井に負けまして。しかも、文房具で」
「文房具」
彼女は頑張って文房具を武器にする土井を思い浮かべようとした。しかしあの柔和で優しそうな土井が、そもそもどうやって文房具を武器にするのか。彼女とて、幼心に三角定規って武器になるよなと思ったことはあれど、あれって実践に耐えうるものだっただろうか。
怪訝そうな顔をする彼女をどう思ったのか、尊奈門が「情けない話ですよね
……
」しょんぼりと肩を落とす。
いや、文房具で戦うという事が、そもそも、想像できない。しかも戦で、ということを彼女が口にする前に、尊奈門が落とした肩をわなわなと震わせる。
「手裏剣ではなくチョークで、刀ではなく出席簿の角で負け、その度に皆からチョーくんと揶揄われ
……
! 奥方さまが大変な時に果し合いなどしている場合ではないと堪えていましたが、このままにはしておきません、必ず! 絶対! 土井半助に果し合いで勝ってみせます!!」
うおおおお、と雄叫びを上げながら尊奈門が走り去っていく。ポカンとしながらそれを見送って、彼女は「忍って果し合いとかするんだ
……
」と埒外な感想を抱いた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
間を空けず、尊奈門と入れ替わるようにして、雑渡が姿を見せる。相変わらず気配の薄い帰宅だが、彼女にとっては慣れたものであった。
「あそこを走ってるの、尊奈門?」
「よく見えますねえ。そうです、土井殿に果し合いを申し込むのだとか」
「またか」
「そんなに土井殿のところに行っているのですか」
「困ったもんだね。有給申請したのかな」
「有給」
タソガレドキ(うち)の忍軍って有給の概念があるんだ。彼女は素直にびっくりした。
「で、お医者はなんだって?」
「あぁ、もう普段通りにしても問題なかろうとの仰せでした」
雑渡のための洗い湯を用意しながら、彼女は嬉しそうに言った。
「今晩から、夕餉の支度は私がいたしますからね」
「はいはい」
「明日にも買い物に出かけますから。調味料が切れそうで
……
小間物屋にも寄ろうと思っているのですが」
「いいんじゃない。きっと喜ぶよ」
「そうでしょうか。店主が腹を詰めるだの言い出すのではないかと不安で」
そこまで仰々しくせぬでも良いのに、と彼女が独り言ちる。雑渡は足を洗いながら苦笑した。自分の店の店員があくまでも武家の奥方を弑し奉ろうとしたのだ。しかも小間物屋は弥太郎を庇って一度は黄昏甚兵衛に盾突いている。店主の心境を想えば、日々生きた心地などせぬだろう。
とは言え、小間物屋の経営は傾いていない。また、甚兵衛の指示で、店員にタソガレドキ忍軍の忍者たちを入れ替わり立ち代わり雇うことが決まった。小間物屋は内部から監察され、有事の際は甚兵衛並びに武家地へ優先的に安価な品物を納めることになった。小間物屋を含む商人達にも再度注意喚起がなされ、新しく誰かを雇う時は奏上せねばならない決まりになった。
忍軍としては堂々と使える隠れ蓑がひとつ増え、目付にとっては商人たちの経営に対して透明さが増したことになる。小間物屋にとっても顧客の激減を防ぐことに繋がるため、三方良しとして、ほとんど強制的にこの条件を小間物屋に飲ませたのだった。
それでも、店主は、普段から良くして頂いた奥方に恩を仇で返すような仕打ちをしてしまったことだけが心残りと、いたく悔やんでいる様子でもあると、雑渡は聞き及んでいた。きっと彼女の言う通り、この首如何様にも、と平伏するだろう店主に、彼女が口をへの字にして呆れかえっている未来がありありと想像できる。静かに笑う雑渡に、彼女は「ところで」と茶を差し出しながら言った。
「尊奈門の話に戻るのですが、忍者にも果し合いなどの作法があるのですか?」
「え? ないよ、そんなもの」
「えっ?」
明くる晩、彼女は梟の鳴き声を聞いた。何故だか蘇利古の雑面が思い返され、寝ぼけ眼に起き上がり「おしつどのですか」と欠伸混じりに言うと、既に起き上がっていた雑渡が瞠目しながら彼女の方を振り返った。
「よく分かったね」
ふふん、と彼女は微笑んだ。きちんと目が醒めていたら胸でも張っていたかもしれなかった。
「ちょっと出てくるよ。もしかしたらしばらく戻らないかも」
「はい。おしたいしております」
「戸締りはしっかりするんだよ」
「はい。おきをつけていってらっしゃいませ」
彼女の追記憶はそこで途絶えている。朝日の光を感じてハタと目を醒ますと、雑渡はいなくなっており、なんとなく聞き覚えのあるしばらく戻らないかもという言葉の通り、その日からパタリと雑渡の帰宅の足は途絶えた。
畑仕事や繕い物、古くなった欄間や框などの修理、町への買い出しなど、彼女は日々忙しく過ごした。そんなとき、ふと、雑渡の帰宅が無い事を気にしていない自分が居ることに気付く。
今までだと、不安になったり、拗ねる気持ちが湧き起こったり、切なくなったりしていたのに。
薄情になったのだろうか。どうだろう。
無事でいてほしい。難しく厄介な仕事でないといい。心安らかに在ってほしいと想っている。いつもはそこに、狂おしいまでの寂寞が表裏一体であったはずなのに。
「
……
?」
答えを見つけられないまま、月日が過ぎた。瑞々しい青が鮮やかだった田は黄金色に変わり、彼女も稲刈りの手伝いに走り回っていた。
朔之丞が彼女を訪ねて隠れ里に顔を見せたのは、そんな折だった。奥方さま、と大声で呼ばうこどもに手を引かれて現れた朔之丞に、彼女は久しぶりに「兄上」と口にした気がした。
兄が屋敷に居るのを見たのは婚礼の時以来だ。おおよそ六年ぶりだが、変わっていないなと兄が言って、もうそんなになるのか、と彼女は意外に思った。
「最近、体の調子はどうだ。まだ医師が通っていると聞いてな」
「ええ、定期的に診た方が良いと仰って。特に心配事は無いようですが」
「そうか」
ふつりと兄が黙り込む。彼女は瞬いて、朔之丞の顔を覗き込んだ。朔之丞の表情は精悍さを増していた。同時に、歳を取ったなと思う。言い様の無い衝動が、胸の裡を引っ掻き回すようだった。
「最近、ドクタケの動きがきな臭くてな」
「は? はあ、ドクタケ」
甚兵衛に負けず劣らず戦好きと言われる領地である。朔之丞はどこか遠くを見つめながら言葉を続けた。
「スッポンタケに、領地を寄越せと言いがかりをつけているらしい」
「はあ、ご苦労なことですね」
彼女の物言いに、朔之丞は苦笑した。彼女との会話は相変わらず一足飛びに進む。
ドクタケとスッポンタケの間には険しいドクタケ山が聳え立っている。スッポンタケがドクタケの言う通りにしたとして、領地経営には苦労するだろう。だから彼女は呆れを隠そうともしないのだ。
「同時に、チャミダレアミタケも兵を集めているようでな」
「ドクタケと戦うつもりでしょうか」
「さあ、分からん。お主、何も聞いておらぬのか」
「間諜にわざわざ参られたのですか」
「そのように申すな。お主のことも心配だった。あのようなことがあっては」
朔之丞の目元がほんの少しだけ険しくなる。彼女は開けていた口を閉じて、小さく息を吐いた。同時に、忍は任務内容を家族にさえ話さないと教えてくれた高坂のことを思い出す。
秘密を抱えることは孤独を抱えるということだ。それはひどく辛く、苦しい事だろう。けれど、何より大切な人々に、嘘をつかせずに済む。
名を呼ばれて、彼女は顔を上げた。朔之丞は心配そうに彼女を覗き込んでいた。
「おまえを喪うようなことになるのなら、おれはいつでもおまえを」
「いえ」
彼女が静かに朔之丞を遮る。
「いいえ。兄上」
彼女は、意識して奥の歯を噛みしめた。そうでなければ、声が情けなく震えてしまいそうだった。
「夏の初めの頃、村下に連なる者たちに襲われたことを、覚えていらっしゃいますか」
「むろん」
「私、南に逃げたの。古野辺まで行けたんです」
「、」
朔之丞が小さく息を呑む。彼女は、一息に言った。
「目付の娘は、生まれてすぐに、死んだことになっていました」
「───」
朔之丞が瞠目する。兄も知らなかったのだろうか。それとも、彼女に目付の秘密を知られた事への驚きだろうか。彼女は、ぐっと眼に力を込めた。
「目付の私は、死んでいます。雑渡に生きると決めました」
「
……
そうか」
そうか、と兄が繰り返す。朔之丞は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「しかし、おまえが生きていようが死んでいようが、私はおまえの兄だからな。話くらいならば、いつでも聞こう」
「嫌です。兄ちゃんすぐに説教するんだもん」
「こら」
彼女がいたずらっぽく肩を竦める。朔之丞も肩を揺らした。
「お前には敵わんな。今も、昔も。きっと、これからも」
朔之丞が立ち上がる。すっかり、彼女の知らない、目付としての顔が板についている。
「邪魔をした。ドクタケとチャミダレアミタケのことで何か思いついたら、知らせてくれ」
踵を返して遠くへ行く朔之丞を、彼女は黙って見送った。
二人で一緒に城下の様々な問題に首を突っ込んでいた昔とは違う。真実を知った今、二人の道が交わることは、きっと無い。
彼女が朔之丞に何も知らせないだろうことを、きっと彼は分かっている。それでも、今までとこれからは変わらないと言ってくれた。
「
……
」
雑渡を想う。
彼女は選んだ。雑渡も選んでくれた。声が聞きたい。
寂寞が、斜陽のように力強く、彼女の胸中を塗りつぶした。
◆ ◆ ◆
一年後。
「若様ーっ、いずこにおられますか! 若様ーっ!」
尊奈門の声が遠く、よく響いている。彼女は、またか、と呆れて肩を落とした。
「あっ!! 若様!! 今度こそ逃しませんよ!!」
きゃーっ、と楽しそうな声が廊下を駆け抜けてゆく。廊下の角から突然飛び出てきた高坂がこどもを掬い上げようとして、しかしぴょん、とこどもが飛び上がったせいで空を掻いた。
「あ!」
目測を誤ったのか、こどもの視界には廊下ではなく地面が映る。反射的に目をつぶった直後、ぼすっと音を立てて、尊奈門がこどもを受け止めた。
高坂と尊奈門が、はーっ、と肺が空になるまで息を吐き出す。慣れた腕の中、こどもはキャッキャとはしゃいで楽しそうだ。
「こら、伊丞(いすけ)。また二人に迷惑をかけて」
「奥方さま!!」
「お座りください、」
顔を出した彼女に、尊奈門と高坂はすぐに慌てふためいて彼女を座らせようとした。彼女の腹は再び大きくなって臨月を迎えていたが、彼女は二人の心配ぶりに辟易としていた。
「奥方さま、痛みなどは」
「大丈夫。この子は伊丞ほど蹴る力はそこまで、あっ、たたた
……
」
「奥方さま、」
痛そうに顔を顰める彼女に、高坂と尊奈門があわあわとふためく。伊丞が心配そうに彼女のお腹に触れた。相変わらず元気いっぱいに暴れるお腹の子に、彼女は何度目か呆れた。そんなに兄に張り合わなくともよいではないか。
しかたない、と彼女は顰めつらしい顔をすると、腹の中の赤子に向かって、できるだけ声を落とした。
「お父上を呼びますよ」
えっ、と尊奈門と高坂が動きを止める。
「
……
あ、大人しくなった。やっぱりよく効くわね」
どあ、と二人がずっこけた。
「な、なんですか、それ」
「たまに、位置が苦しいときがあって。あの人がやると、よく言うこと聞くのよ。お腹の中でも圧を感じられるみたいで。蹴るのもやめてくれるの」
「は、はぁ
……
そういうものですか
……
」
「伊丞の頃からそうよ」
言って、彼女は不意に相好を崩した。
「だめね、伊丞がお腹の中にいる頃を思い出す度に、ややができましたって初めてあのひとに言ったときのこと、思い出すわ」
「あぁ
……
、」
くすくす笑う彼女に、高坂と尊奈門も眦を緩める。あれは忍術学園とドクタケの軍師・天鬼の騒動がひと段落ついて、チャミダレアミタケの領地を切り取った後だから、よく覚えている。
皆が長期任務になってしまったし、戦の後だったということもあって、高坂や尊奈門をはじめとした忍軍の主だった人間が雑渡の屋敷を訪っていた時だった。長く不在にしたけど変わりはなかったかいと聞いた雑渡に、彼女は「そう言えば、お腹にややができましたよ」あっけらかんと言ったのだ。皆びっくりして固まったし、勿論何も知らなかった雑渡は持っていた物を全部落とした。
「ふふふ、あぁおかしい。この子のときも、持っていた物、また全部落としてたし」
悪戯っ子のように笑う彼女に、二人は顔を見合わせて苦笑した。伊丞の悪戯好きは、もしかしたら彼女の遺伝なのかもしれない。
「ところで、伊丞ったら、本当に塀をよじ登るのが好きね」
「えっ? あっ!? あーっ!!」
尊奈門の絶叫を聞いて、塀をよじ登っていた伊丞が「アッヤベ バレた」という顔をして、塀の向こうへ姿を消す。高坂と尊奈門は慌てて立ち上がった。
「こどもってどうしてこんなに気配がなくて足が速いんですか!?」
「つべこべ言うな!! 早く探せ!!」
「はい!! 若様ーっ!!」
あっという間に二人の姿が消える。
いつもなら大人しくしているのにねえ、と彼女は頬に手指を添えた。高坂たちが顔を出してくれる日は決まってこうだ。申し訳ないような、助かるような。
二人にはいつも以上にお礼をしないと、と思案していると、がら、と引き戸の音がする。あら、と土間の方を顧みると、伊丞を小脇に抱えた雑渡が立っていた。
「あらあらまあまあ」
かかさま、と伊丞が手を伸ばす。重くなったわねえと受け止めて抱えてやると、腹に負担がかからないようにか、雑渡が腹の下から腕ごと支えてくれた。
「尊奈門たちを呼び戻さないとねえ」
「またあのふたりを撒いたのか」
「構ってもらえるのが嬉しいのよ。ねえ」
にへ、とこどもが笑う。こいつめ、と雑渡は半眼になっていたが、口元は優しく緩んでいる。
「
……
あなた」
「うん?」
「おかえりなさい」
雑渡が笑みを深める。
「ただいま」
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