roku
2025-09-09 08:43:06
2444文字
Public イチ沢
 

デキゴコロ【イチ沢】

・勢いで書いた話
・一之倉には彼女がいます

pixivから移動(2024.10.17掲載 イチ沢処女作)

ほんの出来心だった。
あの頃からかわいいと思っていた先輩が、数年越しでも変わらずかわいかった上に、飲み会の席で「オレどっちもいけるよ?」なんていうから、店を出てすぐに「ホテル行きません?」なんていう言葉が沢北の口をついて出た。投げかけられた先輩である一之倉は切れ長の瞳を大きくさせて驚きをあらわにしたあと、フッと表情を緩めた。
「いいけど……
「けど、なんすか?」
………何でもない」
誘いを受けさらりと手を取った一之倉は、見上げた視線で沢北を捉えたまま、わざとらしく一本ずつ指を絡めていく。
「イチノさん……
「ん?」
「何かいやらしいっす」
「普通だろ?」
なんてことないように言い、繋いだ手を引いた。
一之倉が普通だというのならそうなんだろうと、沢北はその行動の意味を深く考えることはなかった。



ホテルの部屋に入るなり、ドンッと沢北の背中に衝撃が走る。
「痛っ!!……えっ?な、なんすか!?」
壁に手をつき沢北を見上げる一之倉は、かわいい上目遣いなどでは決してなく、すぅっと細めた鋭い目で、口端を軽く上げて意地悪に言う。
「壁ドンだよ」
………いや、壁ドンするならオレがイチノさんにでしょ?」
「何で?」
……サイズ感?」
首を傾げながら見下ろすと、「ふーん」と意味深な笑みを浮かべて壁から手を離した。
「お前、男とヤるの初めて?」
「まぁ、そーっすね」
「じゃあちゃんと準備しないとな」
「準備っすか?」
男同士は準備がいるのか。まぁ確かにな。なんて能天気なことを思っていると、「手伝ってやるから大丈夫だよ」と、どこから持ってきたのか、手にしたローションを沢北に見せながら軽く振り、風呂場に向かって顎をしゃくる。
手伝ってやるとは?準備が必要なのは自分の方なのか?理解が追いつかない沢北が、ひとまずちょっと待って!と一之倉を止めようとする。
「何?誘ったのはお前だろ?」
「違いますよ!……いや、違わないっすけど!」
正面から沢北を抱きしめるように両腕を回した一之倉は、沢北の無駄のない引き締まった尻たぶをわしっと掴んだ。
「優しくしてやるからな」
え、えっ?ちょ、えぇ!?待ってください!」
「抱かれる覚悟で誘ってきたんだろ?今さら冗談でしたは通用しないよ?」
沢北から離れた一之倉は不敵な笑みを浮かべている。ようやく状況を理解した沢北は、風呂場へ足を踏み入れようとする一之倉の腕を両手で掴んで「いやです!無理ですってば!!」と涙目になりながら必死に引っぱる。が、体格差はあれど相手が一之倉である以上簡単にはいかない。騒がしい沢北を前に一之倉ははぁ〜と大きな溜息を吐いた。
「いい加減諦めて、オレに抱かれなよ」
空いている手で沢北の胸ぐらを掴んで自分の方に一気に引っ張り、近づいた沢北の唇を奪う。何度か角度を変えて食むように口づければ、一之倉を掴んでいる手から力が抜けていく。
「い、ちの、さん……っ」
「ふっお前可愛いな」
ほら、服脱ぎなよ。とズボンに手をかけると主従関係を理解した犬のように素直に服を脱ぎ捨てた。



ヘッドボードを背もたれにして座り、天井に向かってタバコの煙をふぅと吐く。
一之倉に抱かれることになった沢北は、初めこそ嫌だ!やめて!無理です!とうるさくしていたが、その口をキスで塞いで、舌を捩じ込んで、身体に指を這わせば徐々におとなしくなった。イチノさんと名前を呼ぶ吐息の混じった声と潤んだ瞳は、一之倉を煽るには十分だった。
優しくしたつもりだったんだけどな。
疲れ果て隣で眠る沢北を見て後悔する。
タバコを灰皿に押し付け、あの頃と変わらない坊主頭をそっと撫でた。一之倉に触れられた沢北は「んっ」と眉根を寄せてゆっくりと瞼を上げた。
「あ、おはよ」
………っす」
ぷぅと両の頬を膨らませ唇を尖らせている。
「拗ねてんの?」
……嫌だって言ったのに」
「その割にはだいぶ可愛く喘いでたけどな?」
鮮明に蘇る記憶に、沢北は顔を真っ赤にし「イチノさんの意地悪!!」と枕に顔を埋めた。
「これに懲りたら軽く男誘うのやめなよ」
灰皿の横に置いた箱からの最後の一本を取り出して口に咥える。
「タバコ、やだ」
「お前はオレといて嫌なことしかないじゃん」
一之倉は、ははっと笑いながらタバコに火をつけるのをやめた。
……あ、」
枕から顔を上げた沢北が一之倉の背中に残る痛々しい爪痕を認め声を漏らした。
「ん?」
「イチノさん、背中……オレごめんなさい!!」
ガバっと勢いよく起き上がるとベッドの上に正座した。
「謝ること?」
「だって、」
「そんだけよかったんだよな?」
一之倉がふっと鼻で嗤えば、「ちがっ……!いや、違わない?違うからっ!!」と枕が飛んできた。
「ふはっ!本当に悪いと思ってんなら責任取ってくれる?」
沢北の顎に手をかけ、くいっと自分の方を向かせる。
「へ?」
「だから、責任取ってくれるのか?って聞いてる」
「えっとあの……じゃあ付き合います?」
一之倉の言う“責任”とはきっとこういうことだろうと理解し、精一杯の言葉を紡いだ。
「付き合わないよ」
間髪入れずに返ってきた答えに沢北の大きな瞳が落ちそうになる。
「え?何で?」
「だってオレ、彼女いるから」
ベッドから抜け出した一之倉は昨晩脱ぎ捨てた服に袖を通し、「もう行くよ。じゃあな」と何事もなかったかのように沢北に背を向け出て行った。飲み込めない状況に残された沢北の時が暫し止まる。

何で彼女がいるのにオレを抱いたの?
イチノさんは好きでもないヤツ抱けるの?
どっちもいけるってそういうことなの?
ねぇイチノさん、教えてよ。
イチノさんを知っちゃったこの身体、どうしてくれるんすか?
責任、取ってよ。



白んでいく空を見上げながらポケットを探る。
あ、タバコ。まぁいいか。もう吸わないし。
さて、あの子には何て言って別れを告げようか。