荒誕

あらふね君おめでとうございます
最近の本誌を読んでいて、改めて穂荒って………となっていて、解釈を一新したくて書きました
穂荒って…………🤦‍♀️


 穂刈はよく、荒船を面白そうな目で見る。
 決してからかいや同情混じりでなく、純粋に荒船が出会った人間の中で一番楽しく、一番穂刈を夢中にさせたらしい。穂刈自身からそう聞いた。
 そんなのは荒船こそ、同じなのに、と思う。
 ──荒船はいつも、穂刈から未知をもらう。
 高校一年の春、ボーダーに入って最初に知り合った男が穂刈だった。それからすぐに打ち解けられたことが、まず、荒船の人生の中で珍しいことだった。
 友人が多い穂刈との付き合いは当初、予定を合わせるのが難しかった。一年生の内は誰もが多くの友人を作りつつも、まだ相手との距離を測りかねている時期である。穂刈という男はその辺りがとても上手い人間だったから、容易そうにこなしていた。だからといって荒船一人に時間を割くわけにもいかず、はじめの内はぎこちなかった。
 穂刈がそれでも何気ない隙間に荒船を遊びに誘い、荒船もちょうど暇をしていて、そうして二人で会う機会が増えていった。隊を結成したのもこの辺りからだ。
 筋力をつけたいからトレーニングをしたくて、穂刈に聞くと、新しい方法を教わった。ランニング用のシューズ選びも、穂刈から店でのこだわりを聞いて参考にした。穂刈に聞いて知ったお好み焼きの店は、一人で通うまでになった。
 穂刈以外の他人から得る発見と高揚はもちろんあったものの、自分にとって必ずしも良いとは限らなかった。現に、他人は他人の良かった部分を教えてくれるだけで、決してそれが荒船にベストであるかは知る由もなく、自分に酔った解答をくれることもしばしばだった。
 ただ、穂刈は常にベストをくれた。
「こうすればいいんじゃないか、荒船だったら」
 とか、
「その方法で合ってると思う」
 とか、自分という垣根を簡単に飛び越え、荒船にとっての最善と最良を考えてくれた。
 教えを与えるのに過去の栄光を引っ張り出すでもなく、自分の考えが一番だと信じているわけでもない。訂正があれば後日、必ずもっといい手段を伝えてくれる。
 きっかけは、荒船のために有益な情報をくれることだったとしても、それが続けばいつかは損得から信頼に変わる──荒船はもともと、人に対して損得を勘定に入れるような、そんな無粋な考えを起こす方ではない。すぐに穂刈を信じ、穂刈もまた、荒船を信じていただろう。
 自分の行く先を照らすことを真剣に考えてくれる存在と、そこに信頼を寄せている自分。関係は良好だった。

 ──その関係性に名前をつけるかと聞かれ、荒船は生まれて初めて、自分の耳で、心臓の鼓動がひたひたと波打つのを感じた。
 それを聞かれたのは、ボーダーと大学生活の両立をしつつ、バイクの免許を二人で取ったころだ。
 バイク雑誌を眺めながら穂刈の欲しい車体を聞いたとき、荒船のイメージと少し違っていた。けれどちっともそれが嫌ではなく、むしろ新しく穂刈の一面を知れて喜んだ。
 そして穂刈は、
「その内取るつもりだ、車の免許も」
 と言った。
 少し、穂刈と歩調がずれる。けれど仕方がない。いつも一緒ではあるが、別個の人間だ。それぞれに意志がある。
 車の免許はたしかに取りたいとは思っていたが、だからってこんなに早く、なんのために? 荒船は思わず、穂刈に問いかけた。
「気が早いな」
「そうかもな」
「教習所はいつ行くんだ?」
「まだ決めてないが……行くだろ、荒船も」
 それは、行くが。と荒船は、大きな波にざぶんと音を立てて飲まれた気分になった。つい先ほど、自分たちは別々の人間なのだと認識を改めたばかりなのに、穂刈があっという間にそれらをさらい、自分に合わせてくれている気がした。
「また来たと思われるな、教習所の人に」
 穂刈と荒船は大体同じ時間の同じ講習を受け、どちらかの実技が終わるまでは教習所内で暇を潰した。ボーダーの任務があるからいずれにせよ本部で落ち合うし、隊長業務に追われていたときは別行動もあった。けれど息をするように、それが当たりまえと思い、二人で行動していた。講師から「これ、穂刈くんに伝えておいて。どうせ一緒に来るでしょ」と伝言を頼まれたこともある。
「金、貯めなきゃな」
 フイと顔を背け、大した問題でないことを言い、荒船は熱くなる頬を誤魔化ごまかす。
 ──他人といれば未知を知り、違う世界を垣間見る。これまで穂刈から受け取ったものが大いにあるように、それは永劫、荒船だけが受け取るものではない。もちろんわかっているのだが。
「車買ったら、誰か乗せたいのか?」
「荒船が乗ってくれ、オレがちゃんと運転してるかチェックできるように」
 まただ。穂刈は当然のように言い放つ。穂刈が運転ができるかどうかなんて、そこで見定めなくてもちゃんとわかる。なんでもそつなくこなす男だということを、これまで何十回と見てきた。
「お前、いいのか」
 唐突に荒船が抽象的なことを言い出すから、穂刈の目が見開かれる。
「これからも、俺ばっかりでいいのか」

 ──穂刈が十七歳のとき、高校二年生になって周りの友人たちに彼女ができ始めた。穂刈は何人かに告白されはしたが、付き合っても長続きしなかった。穂刈はいつも懸命だったのだが、相手はどうもそうではなかったらしい。彼女たちは皆、周りの空気にあてられた、一時的な熱量での付き合いだったようだ。そのとき水上が、穂刈が最後に付き合った彼女と別れた日に、ボーダー本部で質問をしたことがある。荒船も同席していた。
「大体、どんな人がええんや」
 そういう問いに、穂刈は荒船からすればちゃんと答えられていた。魅力的な、笑顔がかわいい、優しい、思いやりがある、等。
 けれどそれは水上にとって、中身がなく、まとまらない回答だったらしい。
「それは誰もが皆、そんな子がええわ」
「まぁ一般論だよな、これは」
 と穂刈は、肩をすくめていた。だからこの回答は、穂刈の本心ではないのだ。
 魅力的であったり、笑顔がかわいかったり、という具体的なイメージとして、男子なら大抵テレビに映る女優やアイドルを想像するのだろう。荒船はそもそも、彼女らをあまりよく知らない。中身も大体は番組の中で見せる性格や口調などで把握はできる。ただそれ以上は見えてこないものだ。よそいきの魅せ方をわかっている彼女らを参考にして、好みだ好みじゃないと言っても、荒船の中ではピンとこない。彼女らに対する自身の嗜好を言い合う自由はあるだろうが、そういう中にいたくはなかった。それは多分、荒船自身の興味の薄さでもある。人への関心や比較より、自分への研鑽けんさんと飛躍に時間を費やす。
 けれど穂刈は荒船ではないのだから、魅力的で、笑顔がかわいく、優しくて思いやりのある彼女が欲しければ、それでいいのではないだろうか。どうして穂刈は、そこをはぐらかすのだろうか。

 全てが、俺と一緒じゃなくてもいいだろう。お前が俺にかけるその時間は、他の人だってお前にかけてほしいと願っているんじゃないか。どうして俺なのか。穂刈がくれるものは自分にとって輝くものばかりで、そういうのを穂刈はたくさんくれて、どうしてくれるのかと疑問に思う間もなく、矢継ぎ早に与えられて。
 ──荒船は、自分の深層にある欲求を、自分なりに心底珍しいと感じていた。穂刈に対する期待、望み。他人には抱かない感情。
 穂刈ならきっと、この答えにも未知をくれる。荒船の欲しいものを丸ごと。
「荒船がいい、いつか終わるとしても」
 目のまえの男は笑って、荒船の帽子を軽くずらした。それは荒船が銃手までを極め、隊服を脱ぎ、穂刈と離れるときがいつか来ることを、穂刈自身に諭しているようでもあった。だからと言って、穂刈があえて暗闇を作り、荒船の歩みを遅らせることはしなかった。荒船の行く先を照らさなかった日はなかった。どこまでも、荒船のために動く男だ。
 荒船の心音が、また耳の奥にざわつく。
「こういうの、なんて言うんだろうな。名前をつけるなら」
 恋人でもないし、家族でもない。と穂刈は言葉を連ねる。
 この関係性に名前をつけるか。穂刈の問いかけに荒船は立ち止まる。
「つけなくていい」
 咄嗟に荒船が制すると、穂刈は黙った。荒船ならきっとこう言うと、わかっているようでもあった。
 名前をつければ、狭められる。二人でいることに、なんの制限も足枷もつけたくはなかった。
「でももし、いい人ができたら、そのときはちゃんと言えよ。かわいくて、優しくて……あとは、なんだっけか」
「覚えてたのかよ」
 穂刈が憎たらしそうに、しかし笑って荒船を見た。
「そんな日は来ないと思うけどな、一生」
 穂刈がそうと言えば、そうなのだろう。荒船は穂刈を信じている。