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柄
2025-09-08 00:53:47
3583文字
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恋人を教えて
恋人ってなんじゃろな
「恋人って、どんなものなんだろうね」
ぼんやりと呟かれた言葉につい、エメトセルクはグラスに伸ばした手を一瞬止めた。他愛もない話だ。ミトロンとアログリフの小さな喧嘩に顔を出し、仲直りをさせたという話をして、仲直りをした途端、それはもうイチャイチャしていた、すごかった、と言った話の流れとして、決しておかしくはない。ただ、アゼムがそう言うとは思わなかったのだ。
エメトセルクにとってアゼムとは、そう言った感情をむしろ自ら遠退けているように思えていた。
「あの二人を見れば充分どういったものなのかは得られるだろう」
「それは確かにそう」
フォークで今日にさしたいちじくとチーズを口に運んで、もぐもぐと咀嚼しながらアゼムはこてん、とエメトセルクの肩に頭を乗せた。
「私は恋人ができることは、まあ数百年はあり得ないだろうからさぁ」
「どこから取ってきた数字だ、それは」
肩にかかる熱に、少しでも首が痛くならないようにとほんの少しだけ肩を上げる。アゼムはひょい、とフォークを浮かしてまた今日にチーズを刺して、エメトセルクの口元へ運んだ。お礼のつもりか?と口を開けてチーズを噛めば、するりとフォークがアゼムの手元へ帰っていく。ゆっくりと噛めば甘いミルクと程よい塩味がとろりと広がった。
「んー
……
私が今いる好きな人を、好きじゃなくなるまでの時間?」
ぐちゃ、と強く噛みすぎてチーズが舌の裏に張り付いた。妙な不快感がじわりと広がる。こいつは、今、なんと言った?
「
……
好きな、人?」
「そ。ずーっと、好きな人。片思い。ずっとね」
ぼんやりと視線が宙を見ている。きっと、アゼムは酔っている。今までそんな話も気配もかけらもなかったのだ。つまり、彼女はそれをずっと、隠していた。
「その人が私をそういった目で見ないことはよくよくわかっている。だから、勝手に好きでいるだけ。好きでいるのをやめようって何度も思ってるのに、気がつけばもっと、好きになっちゃう
……
」
やめてくれ、と言いたいのに唇は張り付いたまま動かない。ほんの些細な言動からこちらの感情が溢れることを、これ程までに怯えたことはないだろう。
「だから、その人を諦めるまで私には恋人はできることはないんだけど、ちょっと、どんなものかは知りたいなぁ」
「
……
相手に、何か行動を示して、その結論なのか」
知りたくなくとも、彼女の親しい友人として、口を開かなくてはならない。酷く言葉を選んでいたとしても、今ならば酔っているのだと言い訳ができる。とっくに、酔いなど醒めてしまったというのに。
「んー、どうだろう? 私なりのアピールはなぁんの意味もなかったし
……
その人にとってね、私がその人にそう言った感情を抱くって考えは、きっとほんの少しも無いから」
全くもって、厭になる。お前が今口にした言葉はどれも、エメトセルクが抱いてるものと差して変わらない。どんなに大切にしようとも、特別に扱おうとも。どこまで行っても、良き友人でしかない。
「だから、私はきっと恋人がどういうものか知ることは遙か先まで無いわけ。でも、幸せそうな人を見てると、ちょっと羨ましいなあって」
羨ましくなど、一つもない。どんな形であれ、そばにいられればいい。叶うなら、一番でありたかった。彼女の望む一番が別にあると知った今、そのささやかな祈りは砕かれたが。
「ね、エメトセルク。ちょっと私を恋人扱いしてみて」
「はあ?」
何を言い出すんだ、とじろりと睨む。へらりと笑ったアゼムが、いいから!と腕を絡めてきた。
「たとえば
……
ハグとか? ううん、でもそれは友人の何が違うんだろう」
腕を回して抱き付いてくるアゼムの後頭部を見下ろす。ここまで無邪気に思われるほど、何とも思われていないという事実に頭痛すら覚える。
しかし、だ。欲とは素直なものである。エメトセルクは小さく息を吐くと、その背中と後頭部に手を添えてそっと抱き寄せる。エメトセルクより小さく、細く、柔らかい身体だ。ふ、とアゼムが息を詰め、そしてふにゃりと脱力しながら息を吐いた。ゆっくりその頭を撫で、気付かれぬことを願いながらその頭に唇を寄せる。
「ん
……
あったかい」
「そうか」
「なんか変な感じ。こうやって君が抱きしめてくれることなんて無いもんなあ」
戦闘中、庇うためやら支えるために腕を回すことはあれど、正面からアゼムを自らの意思で抱きしめたことなんて一度もない。これは、友人の距離ではないからだ。
「くすぐったい」
少しうなじに触れた指先にアゼムが少し体を震わせる。もぞりと手を動かし、エメトセルクの胸にしがみつきながら、アゼムはそのローブに顔を埋めた。
「
…………
ハーデス、私ね」
声が、震えてきた。
「好きな人に、こうされたかったんだぁ」
滲むように微かに濡れた声に、エメトセルクは少しだけ抱きしめる力を強める。他の誰かを思って泣く、唯一になれなかった人を抱きしめて、どうしようもない感情が渦巻いて眩暈がした。
「好き
……
好きなんだ
……
私がもっと、可愛い女の子だったら良かったのかなぁ
……
」
ふざけるな、と言ってやりたかった。エメトセルクにとってアゼムであればそれでいいのだ。ありのままの彼女が良かった。
「ねえ、ハーデス。君は可愛い人が好き?」
全く酷なことを聞く。彼女のそれはきっと異性の一般的な意見を求めている。しかし、エメトセルクにとって特別なのはアゼムのみだ。他は何もない。
「人それぞれだろう。お前には、お前の良さがある」
「えー、あるかなぁ。全然可愛くないけど」
はは、と笑う声はやっぱり濡れている。鼻を啜ると音がやけに響いた。
「
……
私、やっぱり」
震える吐息はエメトセルクの胸に吸い込まれていく。心臓の奥深くまで届くそれは、酷く冷たい温度をしていた。
「好きな人に、好きになってもらって、抱きしめられたかった
……
」
「アゼム」
冷たさに、感情にひびが入るようだった。一気に走った亀裂からこぼれたドロドロの感情は重たく、醜い。それを見せたくなかった。けれども、亀裂はもう治らない。強く、抱きしめた。
「なら、最初からお前だけを愛する人を好きになればいい」
唇をアゼムの耳に寄せて少し啄む。吐息と悲鳴が混じったような小さな声が上がった。
「私なら、お前が何であれ何よりお前を想う。誰よりも、深く、深くだ。お前が望むならいくらでも駆け付ける。願えばいくらでも抱きしめる。いつだって、隣にいただろう」
「ハーデス
……
? え、あ?」
混乱した声に、やはりほんの少しもその可能性を考えたことがなかったんだな、と小さく笑う。ちゅ、と音を立ててもう一度耳を啄み、深く抱き込んでしまえば、エメトセルクの胸を押す手の力が少し弱まった。
「お前が存外可愛らしいことはよく知っている。誰よりも、深く深くお前を理解している。アゼム。今すぐじゃなくていい。ただ、私を」
「まっ、まって
……
はな、はなして」
「厭だ」
名前を呼ぶ。何度も呼んで抱きしめて。それでもエメトセルクの胸を押す手は止まらなくて、その抵抗が答えか、とエメトセルクは少しだけ手を緩めた。必死に腕をついて距離を取ろうとして、真っ赤な顔のアゼムが呆然とエメトセルクを見上げる。その目かほろほろと涙が溢れるのをみて、エメトセルクはそっと頬に手を添えて親指で拭ってやった。
「き、み、
……
えっ? ハーデスって、もしかして」
「ああ」
ここまできて確認が必要らしい。真っ直ぐ目を覗き込み、告げてやる。
「愛している」
「っわぁ
…………
!?」
これでもかと目を見開いて、ぽかんと口を開けて。アゼムがええ、と、戸惑いながら呟いた。
「ど、どうしよう
……
」
「何がだ?」
この後に及んで、なにがどうしようだ。そこまで友人から想いを与えられたことが衝撃だったか、と顔を覗き込んだまま待ってやる。
「か、叶っちゃってた
……
」
「
……
アゼム?」
混乱のあまり言語能力に障害でも出たか、と少し目を細めたところで。真っ赤なアゼムが、くしゃりと顔を崩した。
「す、好きになってもらって、抱きしめられたいってやつ
…………
叶っちゃってた
…………
」
「
………………
」
息を止める。そろり、とアゼムが頬に添えれたエメトセルクの手に自らの手を重ねた。くしゃくしゃの顔で、ふにゃりと笑う。
「ハーデス、私」
衝動のままに強く抱き寄せる。アゼムはぎゅう、とエメトセルクのローブにしがみついた。
囁くような小さな言葉は、真っ直ぐにエメトセルクの心臓に届く。いろいろと互いに聞きたいことは山ほどあるけれども。ひとまず今は、恋を認識してきちんと恋人を抱きしめることに、専念したい。そのためにこの腕は今存在しているのだから。
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