なりさ
2025-09-07 22:05:07
2367文字
Public 駄文拙文
 

Baden-in-Baden

 
■Baden-in-Baden   初出: 2011/10/23
 『Baden』とはドイツ語で『入浴』という意味です。決して有名なあの地名ではありませ……、いえ、そこからつけました。
 2011年のCOMIC CITY SPARK6で発行される合同誌のネタとして考えていたもの。ただ、合同誌に渡す予定の話として、「明和大日立のみなさん」ということを前もって言ってしまったので、書いてみたら皆さんどころじゃない麻上のお風呂に対する考え方になってしまったとかいう有様。
 なので、合同誌ではなくこの本の書き下ろしとして収録しました。

 久々に明和を書こうとか思ったのはよかったのですが、出るネタ出るネタがすべて今まで書いた話とかぶっとるやんけ!という始末……。(これだけ書いてたらそうだよね・苦笑)
 どうしようと悩んでいた時にふと「そういやお風呂の話って書いたことないなー」とか思って書き始めたのがこの作品です。最初は「青春だね~」というお固い話を書いていましたが、風呂で真面目な話をしたら誰かが湯あたりするでしょう……。
 そういえば、アヒルなのになぜそんな名前なのかはわかりません。単なるひらめきですがなんかそれでしっくりきちゃったんで……。
 書いていて、アヒルになりたいと思ったとかなんとか。
 ええい、そこのアヒル!お前うらやましいぞっ!!

追記:アヒルが風呂にいる理由はもう誰も知らない。



 麻上龍一の入浴は、髪を濡らすことから始める。
 二十人が一斉に洗える洗い場の決まった一角に陣取ると、まず湯を洗面器に貯め、頭からかぶっていく。
 数回かぶったところで、さらさらタイプのリンスインシャンプーで髪を洗い、入寮時に親と一緒に必要なものを探した店で見た目で選んで買ったボディタオルにボディソープをつける。
 簡単に泡立てたあと、背中から首・腕・前半身というように身体を洗っていく。
 見た目で選んだわりには使い心地も良くて気に入ったボディタオルで体を洗うのは密かに楽しい。
 左足の踵までざっと洗い、洗面器に貯めたお湯にボディタオルを浸しボディーソープを洗い流してから、シャワーではなくカランから洗面器に出したお湯を体にザバザバかけて泡を流していく。
 きっちりしているように見えて実は大雑把なので、律儀に洗うというわけではなくズボラな洗い方だとは感じているが、そういう行動を浴槽に入る前にやらないとどうにも落ち着かない。
 壁には『浴槽に入る前に必ず体を洗うように 』と書かれたプラスチック板が貼られているが、湯船に浮かぶ薄い膜を見つける度にそれを守らない奴はたくさんいそうだなと思いつつ、麻上は毎日身体を洗ってから湯船に入るようにしている。



 暗黙の了解としてそれぞれが決めた時間にお風呂を済ませるので、だいたい浴室は同じメンバーが集まる。
 今日もいつものように決まった一角を陣取り頭から湯をかぶっていると、水の流れる音に紛れ脱衣所と浴室の仕切りの扉がカラカラと開け閉めされる音がかすかに聞こえてくる。
 そして見慣れた足が右横に並ぶ。
「よう」
 聞きなれた声が聞こえ、お決まりのように右横に陣取る人影をちらりと確認すると麻上はそのままボトルからリンスインシャンプーを手に取っていく。
 だいたい同じ時間に入る長瀬が麻上の右横を陣取る。それは今日も変わらない。
 並んだところで毎回話すわけでもない。
 ただ、黙々とお互い身体を清めていることがむしろ多いのだった。



 ところで。明和大日立のお風呂には彼らをいつも見守る主がいる。
 一番風呂から最後の風呂まで湯船で悠々と寮生を迎え、和ませ、遊び相手になり、時にはイライラや泣き言をも受け入れてくれる物言わぬ優しい主である。
 主は今日もまた、湯船で麻上を何も言わず迎えている。
 麻上が湯船に入ったところで、後を追うように湯船に入ってきた長瀬が作った波に流され、主は麻上の胸元に泳いでくる。
 麻上は鎖骨に頭から突撃したアヒルを掴み、その顔を覗き込む。
 その表情は、もちろん今日も変わらない。



 主の名前は『カッペ君』。君まで入れて彼のフルネームである。
 その正体はお風呂によく似合うアヒルの人形である。



 誰が持ち寄ったのかは知らないが、何時の頃からかお風呂にいるようになり、今では更衣室に彼専用のスペースまで作られるようになった、明和大日立寮のお風呂の主こと『カッペ君』。
 最初は高校の寮の風呂にこんな子どもじみたものがあるのかよ……と驚きもしたが、今となっては彼が湯船にいないと寂しくなるものだから慣れとは恐ろしいものである。
「おっ『カッペ君』は今日は麻上がお気に入りか」
「おまえが連れてきたんじゃねーか」
 そんなやり取りをするのもこのお風呂では当たり前のことだ。
 湯船には長瀬と麻上しかおらず、『カッペ君』もやってきてくれたので、麻上は『カッペ君』を気の向くままに手の届く範囲で泳がせてみる。
 そんな麻上を眺めていた長瀬は、不意に『カッペ君』を取り上げ、マジマジと眺める。
「しかし、『コイツ』は何年ココの湯に浸かってるんだろうなー」
「知らん」
 せっかく楽しんでいたところを取り上げられた麻上は少々ムッとしながらも答える。
 長瀬はそんなことに意を止めず、『カッペ君』を麻上に向けて押し泳がせる。
「先輩に又聞きした話じゃ、縁日の景品のコイツを引き当てた誰かがここに持ってきたら人気になってずっといるようになった……って聞いたけどな」
「え?」
「ん?」
 長瀬の話に驚きの返事をついしてしまう麻上に長瀬は『どうした?』という顔をしている。
「俺が沢本から聞いたのは、その時の寮監が持ってきたって話だったけどな」
 すいーっと水面をすべってやってきた『カッペ君』を長瀬に向けて押し泳がせながら、麻上は言う。
「え?それは初耳だ」
 長瀬は『カッペ君』を掴み上げると、『謎だなあ』という表情を浮かべてつぶらな瞳を眺めている。
「ま、いいか。どういう理由であろうとコイツも寮の仲間だしな」
 長瀬は一人で納得するように言うと『カッペ君』を水面に乗せ、麻上に向けてまた押し流す。
「そうだな。コイツがいないとなんか落ち着かないしな」
 麻上は胸板にぶつかった『カッペ君』の向きを変え、長瀬に向けて押してやりながら言う。
「言えるな、それ」
 やってきた『カッペ君』を掌で止め、長瀬は屈託なく笑う。
 そんな長瀬と同じように麻上も笑うのであった。



 ぐだぐだとした会話を続けていた長瀬と麻上の間を『カッペ君』は優雅に何往復した頃だろうか。
「そろそろ上がるか」
 麻上はそろそろいい頃合だろうと『カッペ君』の動きを止める。
「そうだな」
 長時間湯船にいればのぼせてしまうことがわかっている長瀬も同調して、立ち上がる。
 麻上は『カッペ君』を湯船の中央に向けて押し流し湯船から上がった。



 脱衣場に上がる前にカランから洗面器にお湯を入れ体に流すことを数回行う。
 そうしないと麻上は風呂が終わった気にならないのだ。
 もちろん今日も体に数回洗面器に貯めた湯を流し、お風呂を後にしたのだった。