なりさ
2025-09-07 21:51:14
6522文字
Public 駄文拙文
 

氷川さんのなんとなくないちにち

 
■氷川さんのなんとなくないちにち   初出: 2009年頃
 Act2の終盤に彗星のごとく現れました氷川陽司という頼もしい(?)2年生の存在が気になって2/3ほどまでは書いていたものの、その先がうまく構成できずに途中までで止まっていた作品です。
 だいたいの流れはベタな内容ではありますが書いていた当初から決めていましたので、この機会に無事に納まってよかったなーと思います。
 この作品を完成させるために、天童寺戦を今一度読んでみたのですが、試合中に希だけでなく氷川も成長していることに気付かされました。原作はやはり奥深い……。
 氷川から見た麻上先輩ってどんな人なんだろうか、と思って書いてみたのですが、最後までわからないままでした。そこは反省点だな。
 書き始めたもののとにかく難しかった作品です、むむむ。
 ところで氷川の身長って170cm台の後半かな?一番低く描かれているので麻上の身長がうらやましいとか心のどこかで思っていそう。

 追記:彗星のごとく現れたんです、氷川も。沢尻樹という存在のように彗星のごとく。


 朝。
 いつもの時間、いつものように朝食を食べに食堂へ行く。
 運動部の特待生が主なこの寮の食堂は、人が思っているよりも早い時間に朝練に行くために準備をした生徒でごった返している。
 自分を含めてさすがは運動部。
 寝起きの悪い奴はほとんど見かけない。
 ただし、キャプテンと同席している同級生のバスケ部エースはやっぱり寝起きが悪いと思うが。



 ところで。
 氷川はその同級生エースを好きか嫌いかと聞かれたら、人間としてはほとんど興味がない。
 しかしバスケ選手としてはまあまあかもしれない。
 そう素直に思えるようにはごく最近のことだ。
 正直なところ、あのワンマンな性格のエースは、同級生である自分から見ても一緒にプレイをしたいとは思えない存在だった。
 周りは見ない、自分のペースで試合を運ぼうとする、そんな自分勝手なところが目立つからだ。
 そこまで周りが気に入らないのなら、チームプレイがひとつの鍵になるこんなスポーツなんてやめて、単独で出来るゴルフとかしてればいいじゃねえか。
 それが個人的に持っていた氷川の感想であった。

 ところが、今の三年がチームを引っ張っていくとあのわがままだったエースはわがままなりにではあるが少しずつ変わっていった。それはキャプテンになった長瀬の影響が大きいのかもしれない、と氷川は感じている。

 あとは──。
 別の片隅でこれまた寝起きが悪そうな男が一人。
 いつもの指定席でいつものように同じバスケ部の先輩と黙々と朝食を食べている。
 ほかの二人は朝から和気藹々としゃべっているにもかかわらず、その男だけは話に耳を傾けている様子も見せず、ただ黙々と、少々気だるげにも見える行動で朝食を口に運んでいる。

「おう、氷川こっちこいよ」
 三人組の一人、沢本がトレイを持って歩いている氷川を呼び止めた。
「おはようございます」
 その呼びかけに氷川は答え、木下の前の開いている席に腰掛けた。
「おはよう」
 木下は人のよい笑みを浮かべて答える。
 しかし、隣の麻上は何も言わずに黙々と朝食をとりつづけている。



 挨拶もないのかよ。



 いくら先輩だからとはいえ、礼儀に厳しそうな麻上が挨拶もしないことにちょっとした怒りを覚えながら、氷川は手を合わせて朝食に箸をつけていく。

 あの結城希に唯一ビシッと言える男。
 明和大日立高校バスケ部二年の間ではその男っぷりに少々憧れを抱かれてはいるのだが、そんな人間の実態は挨拶もせず黙々と目の前の食事に箸をつけているだけとは。
 なんとなく、朝から気分が悪くなる感じである。
 そんな氷川の気分を知ることなく、麻上は黙々と皿の上を片付けているので、相手にしないよう氷川も朝食を食べ始めた。
「氷川」
……はい?」
 半分ほど食べたところで、隣の席から声をかけられる。声をかけられるとは考えていなかったので、びっくりして喉にご飯が詰まるかと思った。
「お前、昨日あまり調子がよくなかったか?」
「え?」

 そういえば──。
 昨日の練習は何をしてもワンテンポ何かとかち合わなくて、少しイライラしていた。
 そのイライラは更なる悪循環を生み出し、気が付いたら大きく狂っていて、昨日の練習は散々たる結果だったと自分でも思っていた。

 いきなりそれを指摘されるとは思わず、箸を動かす手が止まる。
「なんで、ですか?」
「お前のシュート。ボールの回転が調子のよくない時独特の回転をしていたからな」
「そうっすか」
「今日もそれを引きずるようなら、お前別メニューこなせ」
「は?」
 なんでそんなことをこの人に言われないといけないんだと少し反感がこもり、返した反応ががつい尖り気味になる。
「調子が悪いからってムキになった練習されても、結局何も変わらないってことだよ」
「それを決めるのは監督じゃないっすか。麻上さんにそんなこと言われても困りますよ」
「なら、長瀬が言えばいいのか」
「そういうことじゃなくて、監督命令じゃないならする理由が思いつかないだけっす」
 なんて強引な人なんだと思いつつ、氷川はそれ以上相手にする気が起こらず食事を進めていく。食事をとる手が荒くなっていようが気にしない。
 その後は誰もが無言のまま朝食を平らげていった。

「さて、朝練行くか」
 沢本の声に麻上と木下は立ち上がる。
「氷川も後で来いよ」
 沢本にそう声をかけられても、あまりいい気分ではない氷川はうなづくような会釈しかできなかった。



 結局、砂のような味に変化してしまった朝食をつまらなく平らげて、体育館に向かう。
 氷川が着替えを終えてコートに来た頃には、三年生もちらほらと姿を見せ始め、自主練習をしている一年生は汗を浮かべていた。
 そういえば、去年の自分はレギュラーになりたくて朝早くから自主練習をしていたような気がする。
 県大会からスターティングメンバーに選ばれた自分はもしかしたらあの頃の努力を忘れかけているのかも知れない。
 明日からはもう少し早く来て練習するか、そう思ったところで集合の合図がかかった。



 練習中、なんとなく遣った氷川の視界に麻上の姿が入る。



 何してんだ、あの人は──。



 麻上は確かに練習をする格好なのだが、練習をするでもなく、ただボールを渡したり、返ってきたボールを籠にしまったりと雑用をこなしているだけのように思えた。
 いや、穿った見方しか出来ない今は単にサボっているようにしか見えない。
 本来なら、シュート練習とかこなしているはずなのに、なぜそんなことをしているのか考えることもなく、氷川は調子が上がらないまま練習メニューをこなしていった。



── * * * ──



 昼。
 結局消化不良のまま朝錬を切り上げてしまった。
 昨日からの違和感はまだ続いている。
 朝、麻上に言われたからかもしれないと、少し心の中で麻上を責めてもみる。しかし今、目の前にいるのは麻上ではない。



 それは、いつものとおりの面子で昼食をとっている時だった。
「よう、氷川」
 毎日変わらないさわやかな笑顔でキャプテンの長瀬が教室の入り口から声をかけてきた。
 いつもは必ず特定の人物といるはずの長瀬は珍しく一人だった。
「っす」
 と会釈を返すと「ちょっといいか?」と呼び出されたのだった。



 何を言われるのか、何かあったのか。そんないろいろな思いを持ちつつ、長瀬についてきたわけだが、呼び出される理由が思いつかない。
 あるとすれば練習になんとなく身が入らなかった今朝のことだろうかと身構える。
「悪いな、昼飯の途中に呼び出して」
「いいえ。何か用ですか」
 昼飯はまた後でも食べられるパンだ、気にすることもない。
……ああ。突然で悪いんだが、今日の練習は別メニューでやってもらおうと思って」
「別メニューですか?」
『別メニュー』という言葉で今朝食堂で麻上に言われた一言を思い出した。
「どうやら昨日からあまり調子がよくないようだし、少し違うメニューで練習をしてみたらどうかと思うんだけどな」
「監督は許可したんですか?」
 人を魅了するさわやかな表情を崩さないままの長瀬にも少しイライラしてきた。
 きっと、朝のやり取りで麻上が長瀬に進言したに違いない。
 そんな氷川の心中など察してはいないであろう長瀬は「キャプテン命令ってところかな」と続けてきた。
 やっぱり、麻上の入れ知恵というところだろうなと感じ、なんだか思い通りにされているような気がした氷川は、そんなことを考える自分自身に嫌になりつつも言う。
「いくらキャプテン命令とはいってもわざわざ呼び出して言うことでもないんじゃないんすか」
「まあね。でも、練習前には言えないしな」
 不満らしきものを露にする氷川の態度にはお構いなしと長瀬は理解不能な一言を返すのみである。
「とりあえず、別メニューの練習について伝えておくよ」
 そう言って続けた長瀬の言葉に耳を疑う氷川であった。





 なんで、こんなことしてんだろ?



 昼休み言い渡された別メニュー。
『授業が終わったら自転車を借りて裏門に集合』

 そのとおりに行けば、そこには麻上がすでにいて、氷川を見ると一言「行くぞ」と言ったきり自転車を黙々とこぎはじめたではないか。
 結局氷川は何がなんだかわからないまま麻上について自転車をこいでいる。

 どこに行くんだ、ってか、なんで俺この人と一緒に自転車にまたがってるんだろな。
 会話をすることもないので麻上の後ろで無心に自転車をこぐしかない。
 重たく感じる空気を払いのけるように夢中で自転車を走らせると、公園らしき場所についた。
 前を走っていた自転車のスピードは緩み、そして止まる。
 後ろについていた氷川も同じように止まったところで声をかけられた。
「着いたぞ」
「はぁ?」
 そこは公園の一角だった。
 今いる場所から数十メートル向こう側にはネットがかかっていないバスケットゴールがおかれている。
 自転車を止め、ゴールの近くで立ち止まった麻上は持ってきたバックを開いている。
 氷川は訳がわからないながらも自転車を止めてついていくしかなかった。
「ほらよ」
 突然何かを投げられ、条件反射的に受け取る。
 受け取ったのはバスケットボール。
「おまえ、あれに向かってシュートしてみろよ」
「あれに向かってですか?準備運動は……
「自転車(チャリ)漕いだんだし、関節軽くほぐすくらいでいいだろ」

 そういわれてしぶしぶ手足の関節を軽くほぐすと、シュートを打つことにする。
 とりあえず最初は出来るだけ狙いやすいところから打つことにした。

 氷川が放ったシュートは鈍い音と共にリングから弾き飛ばされ、リバウンドに飛んだ麻上の手の中に落ちていった。


「駄目だな」
 麻上はそう言うと氷川にボールを投げ渡す。
 氷川はムッとしながら受け取る。
 そして続けろ、と言わんばかりの視線を向けてくるので、シュートを放つ。
 弧を描いたボールはまたリングに嫌われ、麻上の手の中へと落ちて行く。
 ボールを投げ返され、今度は場所を移動してまた放つ。
 それがどのくらい続いただろうか。
 いい加減にしろよ、とうんざりして考えることを放棄した氷川が放ったシュートは、それまで嫌われ続けたリングに吸い込まれた。
「それだ」
 満足そうな響きをする声に氷川は驚く。

「なあ、氷川。変に力入ってるとうまくいくものもうまくいくわけないだろ。今のシュートみたいに余計なことを考えずにいたほうがいいシュート打てるんだぜ。……だから今の感覚、しっかり覚えとけよ」

 麻上はそういうとボールを氷川に投げてくる。
 ゆるく投げ返されたボールを受けとると、氷川はつまらないことにイライラしていたことがバカバカしく思えてきた。



 そして気がついたら麻上と一対一を始めていたが、練習とは違う楽しさに時が経つのを忘れ、日が暮れるまでバスケを楽しんでいた。



── * * * ──



 夜。
 試合のための、いや競技のためにやるわけではないバスケを久々にやれたのがよかったのか、昨日からはっきりしていたイライラがなくなっているのを感じる。
 競技に固執するあまり、なにかを見失っていたのかもしれない。



 実行したのは麻上だが、きっかけをくれたのは長瀬だ。
 寮で長瀬に会ったら感謝を伝えようと、氷川は長瀬を探している。

 だが、そういうときに限って会えないものである。
 結城希を見つけたらかなりの高確率で会えると思っていたが、今日に限ってはそれも外れてしまった。

「結城、今日は長瀬さんと一緒じゃないんだな」
「ああ……
 珍しく自分から声をかけてみることにしたが、相変わらず反応がツンケンしてるなと思う。
「氷川、お前今日練習に来てなかったな、サボりかよ」
 そして嫌味なやつだとカチンときつつ思う。
「長瀬さんの『キャプテン命令』で別メニューさせられてたんだよ、麻上さんと」
「ふうーん……。珍しい組み合わせだな」
「もし長瀬さんに会ったら俺が探してたこと伝えてくれ」
 正直な感想をつぶやくエースストライカーは果たして目的の人物にそのこと伝えてくれるかは謎ではあったが、用もないのに長話をするつもりもないので、用件だけ伝えてその場を離れる。
 そしてなんとなくではあったが、わがままと正直さはあいつには紙一重なのかもな、と思ってみたりもしたのだった。



 結局、就寝間際まで部屋の外にいる時には探してみてはいたのだが、同じ寮にいる筈の長瀬には会えなかった。
 部屋の階も違うし当然といえば当然だが、明日の朝練で簡単な報告と礼を言えばいいかと思ってみたもののなんとなくもやもやする。

 仕方が無いかとあきらめたその時、「氷川」と背後から呼び止められた。
 振り返って会釈を返す。声の主は木下だった。
「どうだった、『別メニュー』は?」
「あれって『別メニュー』なんすか……
 練習サボったようなあれが『別メニュー』って今年の三年はどうかしてるのかとなんとなく思う。
 いや、この『どうかしている』と感じる不思議さが今年の三年の持ち味なのかもしれないが……
「一応長瀬が考えた『別メニュー』なんだぜ、あれ」
「俺には遊びっぽく感じましたけど……
「競技バスケだけじゃ息が詰まるだろってってことらしいからな」
 長瀬らしいといえば長瀬らしく感じる考えである。
……いい気分転換になりました」
 正直な感想を口にすると、木下は微笑んで頷く。
「今朝はお前も麻上もキリキリしてたからびっくりしたけどな」
 どうやら、今朝の麻上は調子が悪かったらしい。そんな素振りなど見せてはいなかった……、といってもいつも同じ顔と表情だし、そういう姿を見ることがないから分かるわけがないが、今朝の様子を思い返せば、どおりで挨拶を返さなかったわけかと変に納得もできる。
「すんません」
 そして同時に今朝の自分自身を振り返ってみると、気持ちの余裕がなかったような気がする。だからこそ謝罪の言葉は口先だけではなかった。
「気にすんな。明日からまた頑張ろうな」
 木下は肩を軽く叩きながらそう言うと、「おやすみ」と自分の部屋に向かって歩き始める。
 その背中を見送り、氷川も自分の部屋へと歩を進める。
 去年の三年生とは違う、どこかおおらかな今の三年生は氷川は嫌いじゃなかった。
 来年の自分はどんなふうに下級生の目に映るのか分からないが、あまり変な先輩にはならないでおこうと思う。



 ──あれ?



 自分の部屋の前に長身の男が一人佇んでいる。
 間違いなくあの身長は麻上だ。
「おう」
 仏頂面は相変わらずだが、さっきの木下の話を聞いたからなのか。その表情は朝よりかは幾分柔らかくなっているような気がした。
「今日はお疲れっした」
「ああ、ほら」
 麻上の手にあったペットボトルを受け取る。
 寮の自動販売機でワンコインで買えるミネラルウォーターはまだ冷たかった。
「お前が勝った記念にやるよ」
 夕方の一対一はかろうじて最後に3ポイントを決めた氷川が勝利を収めていたのだった。
「っす」
「じゃあな」
 麻上はこれを渡すためだけに待っていたのだろうか。
……ありがとうございます、麻上さん。おやすみなさい」
 氷川の礼に麻上は表情を緩め、「おやすみ」というと去っていく。
 その背中を見送ってから氷川は部屋に入り、自分の机に座る。
 手の中にあるペットボトルを眺め、なんとなく思う。



 もしかしたら、勝負云々と今朝のお詫びか?



 麻上は自分が思っているより不器用なのかもな、と思いついてみたが、そんなことはどうでもいいかと、氷川は戦利品を有りがたく戴くことにした。