なりさ
2025-09-07 21:47:22
1511文字
Public 駄文拙文
 

歇夏

■歇夏    Update 2004/05/05
 念願の麻上単独小説でございます!「歇夏」は中国語で「夏休みとする・暑い時期の仕事を休む」という意味。「歇」という字はその字ひとつで「休む」という意味なんだそうです。日本語読みをするなら「けつか」という発音になるでしょうか。
 ※最初の作品はサイトでの展示をしばらくしてなかったので、サイトに展示した初めての麻上さん小説でした。

 追記:2025年現在、このSSを打ち込んでいた時に見えていた景色はなくなってしまいました。

 もうすぐ国体に向けての練習が始まるという夏休みのある日、麻上は実家に帰ってきた。
 高校に入学して寮生活を始めて以来、この家には両手で数えられるほどしか戻ってきていない。

 母親に迎えられた家は、自分のいない間に変わっていないようで少しずつ変化しているのを帰るたびに感じる。
 確かにここは生まれ育った自分の家だが、ほっとするのと同時に、どこか違う家に来たようなそんな気持ちもわき起こる。

 麻上は帰ってから自分の部屋に荷物を置くと、涼みを求めて縁側へとやってきた。
 縁側の部屋で、祖父に手を合わせ、線香の香りがする中、開け放った窓からの景色を見る。
 子供の頃から、ここにいるのが好きだった。
目の前に広がる田んぼの稲はもうすぐ来る実りを教えているのか、青々とした中に少しだけ黄金色を見せていた。



 今年の夏は、暑い夏だった。
 インターハイでの暑い日々は、今も体のところどころに感触の名残をとどめている。



 今年は、いや、自分たちの学年は例年になく素晴らしい素質の選手が集まっていた、と麻上は思う。
 思いつくだけでも、様々な名前が出てくる。
 それだけ集まれば、今年の大会が熱くなるのは無理もない、そう思った。

 楽しかった。
 それだけの言葉では片づけたくない時間があの日々には流れていたのだ。



 長瀬をキャプテンとしてスタートした自分たちの時代。
 スタートから躓いた自分たち。
 それに負けずにただひたすら練習に打ち込んで、それでも叶わなかった再戦。

 自分たちはやれることを精一杯やった。
 やった結果がこれなのだ。受け入れるしかない。
それでも、スタートからみたら格段の進歩だったと、麻上は思った。



 何時だったか、明和大日立の例年の選手層に比べて自分たちが劣っていると言われたことがあった。
 それが自分たち三年に対する世間の見方だった。



 だが、そんな評価が何になる。
 全体的な選手層が今年はずば抜けていたからこそ、そんな評価が下されているのだと麻上は捉えていた。
 きっと、それが誰であっても、自分たちの世代のレベルにはとてもじゃないが敵わないだろう。

 長瀬がそんな言葉にずっと耐えていたのも知っている。
 そう、強豪校のキャプテンである長瀬はそんな言葉や視線の矢面に立たされる。
 よく勤まると麻上は思っていた。
 きっと自分なら嫌気が差してやめてしまっているだろう。



 国体にはさっき頭の中であげていた選手のほとんどが参加しない。
 それもそうだ、高校三年は大学受験を控えている。就職試験を受ける人間だっている。
 もう、ぬるま湯の中で過ごすことが出来る時間は残されていない。
 それぞれが冷たい風の中に歩んでいかなければならないのだ。

 運良くまだバスケに打ち込める自分の境遇は、ある意味幸運だと麻上は感じていた。
 もう少しだけ、このぬるま湯に浸かっていられる。
 だからこそ、国体では決して負けられない。



 あとは、どれだけ皆が立ち直るかだろう。
 数日後には国体へ向けての練習が始まる。
 その日に、どんな顔の面々、……長瀬に会えるのか、今は想像が出来ない。



 それでも、前へ、前へと進んでいく長瀬のことだ。
 気持ちを切り替えて戻ってくるだろう。



 知らぬうちに額に滲んでいた汗を拭う。
 足をのばし、両手で体重を支えて座る体勢に変えた麻上に母が麦茶を運んできた。
 生ぬるい風が縁側の風鈴をカラリと鳴らす。

……ありがとう」
 麻上は母親を見ることなく一言つぶやくと、置かれた麦茶に手を伸ばした。