【スタゼノ】エキストラ&クッキー・ドゥ

スタゼノワンドロワンライ第218回お題「ショッピング」「君が選んで」
大学の同級生とバーで飲んで酔っ払ったゼノを介抱するスタンリーの話。

 週末、いつもゼノと待ち合わせに使っている秘密基地みたいなアパートに行っても、どういうわけか彼の姿はなかった。それは初めてのことだったので、俺はどうしてって思った。約束も何もしていなかったとはいえ、ゼノが何も残さないまま俺を放ったらかしにするなんて、そんなの考えられなかったからだ。
 でも、その疑問はしばらくして解消された。日付も変わりそうになったその頃、俺のスマホにゼノの番号で一本の電話がかかってきたのだ。それは彼が大学近くのバーで酔っ払って前後不覚になってるから迎えに来て欲しいっていう、まだ飲酒可能年齢じゃないから親御さんに連絡するのはためらわれるから(つまり、自分達の監督責任が問われるから)一番頻繁に連絡を取り合っている君に迎えに来て欲しいっていう、多分ゼノの同級生たちからのSOSの電話だった。俺はそれを受けて、バーの住所をメモして慌てて部屋を出た、ピックアップトラックに乗り込んだ。彼が酷く酔っ払ってしまったことに呆れてはいたが、やっぱり心配でしょうがなかったのだ。
 なのに、俺がそのバーに駆けつけると、ゼノはけらけらと笑いながら同級生達に介抱されて、空になったグラスを手に机に突っ伏していた。俺はやっぱりそれに呆れたけれど、それでもどうにかして力が抜けてぐにゃぐにゃになった彼を抱き上げ、ピックアップトラックの助手席に乗せ、シートベルトを締めさせた。
 同級生達は、自分達のミスを隠せたことに安心したのか、皆ほっとした様子だった。でも、じきに俺とゼノの関係を不思議に思ったのか、君達は友達? って尋ねて来た。俺はそれにイエスって答えて、でも君は今ハイスクールにいるんだろ? って言われた。ゼノの同級生達、特に彼と話が合う連中は飛び級をした奴ばかりだったんだろう、俺は何となく、ここでは珍しいもの扱いされていた。彼らの方が世間的には稀な部類なのに、俺は何となく、場違いなところに来てしまった気がした。そう、まるでエキストラにでもなったような気分だった。ゼノがあまりにも自然に、ギフテッドって呼ばれる連中とつるんでいたから、なんとなく彼が輝く世界にいるのに、俺なんかが側にいていいのかとすら思った。だって、ゼノが同級生と科学ジョークで大声で盛り上がってるのを横で聞いていても、俺だけ笑えなかったんだ。
「それじゃあ、俺はこれで」
 俺はそんな窮屈な雰囲気から逃れるべく、いつの間にか助手席で寝てしまったゼノを眺めて、親父のお下がりのピックアップトラックに乗り込む。彼と飲んでいた同級生達も解散し、バーから去って行く。これで、今日は終わるはずだった。俺は彼の酒の失敗を厄介に思ってはいたけれど、ジョークにするつもりだったし、特に怒ってはいなかった。でも、この後もっと厄介なことが起こるなんて思ってもいなかった。助手席で寝ていたはずのゼノが起きて、アイスクリームが食べたいと言うまでは。
 
 
「アイスクリームが食べたい……
 ゼノは起き抜けにそんなことを言って、多分酒の飲み過ぎで痛むんだろう頭をさすった。でも、もうとっくの昔にアイスクリーム・ショップは閉店している。俺達が偽造IDで借りたアパートの近所には二十四時間営業のスーパーマーケットがあったから、なので多分そこで買い物をしたいってことなんだろうと俺は思う。だから俺は足元をふらつかせてるゼノを置いて、適当にアイスを買おうとした。でもゼノはそれを許さないで、僕も行くって聞かなかった。
「本当に大丈夫なん? 店で吐かないでくれよ」
「もちろん! 僕が飲んだ量からしてアルコールは二時間半で抜ける。バーに行ったのは……えぇと、何時だったっけ……
 ゼノは大きな声を上げて俺にそう言った。ここまで来るともう諦めもつくというもので、俺は好きにさせておくことにした。どうせ、深夜のスーパーマーケットなんてほとんど人がいない。彼がショッピング中に奇行を繰り返したとしても、それを咎める人はいないだろうと思えた。
 俺達は車から降り、まずデリやベーカリーのコーナーを冷やかしてから、ベン・アンド・ジェリーズのクッキー・ドゥ味、バニラアイスとクッキー生地、チョコチップが入ってる定番の商品をカートに入れた。それから流れるように酒を完全に抜くためのミネラルウォーターを入れ、そして医薬品コーナーに差し掛かった時、ゼノはちょっとおかしくなった。まぁ、考えてみれば最初から、今日の彼はおかしかったんだけれども。
「スタン、コンドームがある! 君のサイズってどれだっけ?」
 ゼノはけらけらと笑い、これかな、もしかしてこっち? って、日に焼けていない手で、きらきら光る派手なパッケージを触った。ちなみに、いつも俺が使っているのはよく街中で無料配布されているトロージャンのやつなのだが、ゼノはそんなことは知らない。いや、そんなことは今はどうだっていいか。
「ねぇ、君が使うんだから君が選んでよ。どれがいい? やっぱり薄いやつかな。こっちのは機能的優れているような……
「ゼノ、もう行くぜ。アイスクリームが溶けちまう」
「あぁ、そうだった、そうだったね」
 ゼノはよっぽどアイスが食べたかったのか、俺がそう言うと素直にコンドームのパッケージから手を離した。レジに座った店員が、もう支払いかとちらりとこちらを見る。ずっと前から見られていたのかもしれないけど、だったらしばらくこの時間帯には来られないなって俺は思う。酔っ払いのやらかしとはいえ、俺にだって恥じらいはあるのだ。
 そうして、俺達は現金で支払いを終えてアパートに戻った。狭い部屋に積み重ねられたゼノの科学書と俺のスケボーが無造作に置かれてる、そんな部屋に。
 ちょうど時差的に西海岸のアイスホッケーの試合がやっていたので、俺達はそれを見ながらクッキー・ドゥ味のアイスを食べた。ゼノはテレビの光に横顔を照らされながら、うつらうつらして口元を汚していたから、俺はそれを拭ってやりつつ、酔っ払いの介抱は大変なんだなって思った。お袋って大変な思いをしていたんだなって思った。とはいえ俺の親父は酒飲みだったけれど、こういう醜態は見せなかったから、結構マシな部類なんだなって思いもしたが。
「なぁ、俺の前以外では飲まないでよ、ゼノ先生」
「どうして? 嫉妬かい?」
 いや、嫉妬というか――確かに俺より知的水準が合う連中と飲むのが楽しいだろうことには妬いたが、あんたが心配だよ。あんたって自分が思っているよりずっとセクシーで、可愛らしくて、だからあんたは今日持ち帰ったのが俺で良かったって思わなきゃいけない。無理に手を出して来ない、これからベッドに運んで、休ませようとしている俺で良かったと思わなくちゃいけない。俺は科学者ジョークなんて分からないし、あんたが大学でしている研究も理解出来ない。そもそもの頭の出来が違うんだ、ゼノが退屈してもしょうがないって思ってる。その証拠に、今日あんたが飲んでた連中の中にいたら、俺だけが異質だった、俺だけがエキストラみたいだった。ハイスクールでどれだけ人気があったって、社会に出かかっている、足を伸ばしかけている連中にしたら、俺はまだ子供っぽいガキでしかないんだから。
「いいからもう寝な。明日は二日酔いだぜ」
 そう言うと、ゼノはまだアイスが食べたい、アイスホッケーの試合結果が知りたい、子供扱いしないでくれとごねたが、俺はそれをどうにか封じて、狭い部屋の隅にあるベッドに、まだ酔いが抜けない彼を追いやった。でも、ゼノは最後に反撃に出た。俺のシャツを引っ張って、口付けて来たのだ。
「おやすみのキスがないと眠れないよ。君もだろう?」
 今日は久しぶりだけどファックを我慢するから、キスくらいしてよ。
 そうゼノは言い俺にキスをした。その瞬間真っ黒な夜の闇の色をした瞳が真剣になって、まるで俺だけを見てるみたいだった。ゼノの唇が触れた瞬間、アルコールの匂いと一緒に、どこか甘いアイスクリームの余韻がして、俺の心臓が一瞬止まってしまったみたいだった。でも、突然のそれに俺が固まっている間に、彼はぱたりと動きを止めた。見ると彼は気絶するように眠りに入っていて、俺は一人取り残されていた。その瞬間、俺が応援しているダラス・スターズが点を入れ、テレビからは歓声があふれ出た。
 全く、彼には敵わない。アイスクリームは美味かったし、彼とのキスも甘かった。酒の匂いはしたが、唇はとても甘かった。そして俺はここではエキストラじゃなかった。この男の前だけでは、俺はちゃんと等身大でいられた。俺はクラスメイトから特別扱いされていたとはいえ、ハイスクールにも居場所がなく、かといって彼の大学の友人から見ればただのガキだった。なのにゼノは、俺をそのまま受け入れてくれるのだ。
「本当に、敵わねぇな……
 俺は幸せそうに眠る恋人の側に腰を落ち着かせ、コマーシャルが流れ出すテレビを見つめる。
 今日はファックを我慢するね、自分で酔っ払っておいてよく言えんね。きっとあんたは明日二日酔いだよ、ファックどころじゃないよ。でもだったら、たっぷり介抱して、ゆっくり可愛がってやるから、あんたは覚悟しておくんだな。素面になったあんたが、今夜の言い訳をどんなふうにするかも気になるしね。
 俺はクッキー・ドゥ味のキスを思い出し、ぼんやりと静かな時間を過ごす。ゼノの側で、俺の本当を受け入れてくれるゼノの側で、俺はようやく一息をついて夜がふけてゆくのを感じ、明日の朝の彼の謝罪を想像する。恋人の馬鹿みたいな酔い方を思い返しながら、あんたの唇が漂わせていた、アイスクリームの匂いを、味を反芻する。幸せの味はきっとこういうものなんだろうなって月並みなことを思いながら、俺は甘い甘いキスを反芻する。



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