haruon1018
2025-09-07 08:56:42
18288文字
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アラビアン

王様mr君✕連れ攫われたtksgさんの大体いつもの味付け長晋
※モブが死にます。戦闘シーンは頑張りました……
tksgさんの嘔吐シーンがあります(吐かせたよくらい、実際に吐く描写はない)
ONO親子が登場します。(あくまで親子テイストですがロマンスを感じる場合もあり)
サマフェスと新聞のネタバレあります。
茶道に関してはあくまで流れです。

 かつて、東西の大陸の優れた文化を吸収し一大帝国を築いた女帝がいた。
 今は地図上からは消えたその国でもどこにでもある愛の物語が人々を楽しませていた。

 前略、父上、母上。晋作は今日も後宮に捕らわれてます。
 後宮の一部屋で手紙を書いているのは後宮でただ一人、太守の寵愛を受ける高杉晋作だ。
 後宮と云えば太守の正妻の他に複数の夫人、あまたの愛妾がおり主は夜な夜な宴を開き、美姫を侍らせるここの太守が愛でるのは晋作一人だけだ。
 白絹の肌に石榴の実を埋めたような瞳は晋作の気高さを現している。
 艶やかな唇にすっきりとした鼻筋と臈長け、梅重色の髪が靡けばどこからともなく甘酸っぱい香りが漂う。
 けれど、余桃の罪という言葉があるように君子の寵愛は移ろいやすい。
 太守に毎夜抱かれている晋作だが後宮に閉じ込められたのは十八の時。
 少年の盛りを過ぎたとは云えまだ瑞々しさが残る頃であったが、この頃の美貌は移ろいやすい。
 程なくして旬が去り、郷里に送り返されるか、そこらに捨てられるのがオチだろうと大臣達は思っていたが、その二年が経っても寵愛は衰えることを知らずにいる。
 寵愛を受けた少年や家臣が主君に忠義を尽くすことは大臣達もよく知ってはいるが、晋作は太守に刃向かう。
 後宮の生活に嫌気が差したと、国から出奔しようとした晋作を太守が探し回り再び後宮という名の鳥籠に閉じ込めたのは三ヶ月ほど前になる。
 それでいて国政に関しては鋭い視点で道理を考え、太守を支えるのだから実に滑稽な話ではある。
 気まぐれな小姓と云われながら晋作は今日も帰れぬ郷里に手紙を出す。


 晋作こと高杉晋作が森長可の後宮に囲われたのは二年ほど前のこと。
 それまで晋作はアスケリと呼ばれる上流階級に属していた
 アスケリも大きく分けて二つに分けられる官僚や医者、学者と呼ばれる知識層と国や王を守る軍人。
 その中で、晋作の家は学者の家であり、父は最西端を治める毛利家お抱えの側役であった

 晋作は幼い頃より父に学問を学び、時に私塾の吉田の元に通っては見聞を拡げていった。
 学者は晋作の父のように太守の側役として王宮に上がる以外に、有力貴族の家庭教師、
高等学校の教授として教鞭を執る場合と吉田のように私塾を開くのが殆どだ。
 前者は実入りは良いがその代わり住み込み、もしくは女人禁制の場所で奉仕せねばならず家族と離ればなれになって過ごす。
 私塾は講師の腕前によって稼ぎが違うが住み込む出ないため、人に媚びへつらう必要はない。
 身体の弱い晋作は後者になると思っていた親戚から蝶よ花よではダメだ、もう少し市井を理解しなければ生徒に物事を教えられずに晋作が恥を掻くと助言された。
 市民層と呼ばれるライアと呼ばれる人々に紛れて生活してみなさいと、晋作の両親は大市場の一等地を晋作のために用意しそこで商をさせることにした。
 大市場といえば現在毛利のほか諸侯を従える女帝織田信長の楽市楽座が有名である。
 組合を廃止し、誰しも商売が出来る画期的な政策で潤った御陰で経済が廻る。
 とはいえ、商人皆が弦月色鮮やかな硝子細工の天井によって日差しや雨風から守られるバザールで店を構えることは出来ない。
 庶民も彫刻が美し石造りの店に立ち寄るのは難しい。
 市民層は、主に大市場の外れにある大広場で開かれる定期市で買い物することが多い。
 ショバ代が要らない代わりに、店の造りは質素なテント作りか組み立て式の店舗ではあるが、活気に満ち溢れている。
「饅頭を売りたい、」
 宝石を売るもよし、洒落っ気のある晋作なら紳士服を売るのも良いだろうと職人を手配
を考えている両親に、「どこまで云っても親馬鹿ちゃりん」と半分呆れていた親戚も若い晋作が負債を抱えぬようにあれこれと商売について口を出した。
 しかし、晋作は一等地にもかかわらず饅頭を売ることにした。
「饅頭? 晋作どういうことか説明してくれるか……いやそもそもだね、」
 一等地で饅頭を売るのは流石にと両親も止めたが晋作には考えがあった。
「大市場には大浴場が付きものだろ、ここ長州には有名な温泉郷が沢山ある、」
「あるね、けれどそれと饅頭に何の関係が、」
「遙か遠くの日本という国では温泉に入るときは饅頭を食べるのが慣わしらしい、なんでもお湯に浸かる前に饅頭を食べると湯あたりが防止できると云われている」
 病がちな晋作は古今東西のあらゆる医学書を読みあさっていたのでこの習わしにたどり着いた。
「なるほど……
 感心はしたが演説のしゃべり方に吉田の気配を感じた晋作の父は眉を顰めた。
「試しに妹たちと試作品を作ってみたんだ、食べてみてよ」
……美味しい、男性でもこの甘さなら、しつこくなくていいな、」
 苦い顔をしていたが甘い饅頭を頬張ると晋作の父は顔をほころばせた。
「そうですね、もう一つ食べてもいいかしら、」
 日本茶と共に運ばれてきた饅頭をぺろりと平らげた両親達を見て晋作は満足そうに笑う。
 甘党の吉田にも味見させたがあの恩師は、饅頭の大食い大会でもないのにたらふく饅頭を平らげ、おかわりを所望した。
「晋作が思うようにやってみなさい、最初は職人を三人ほど呼べば良いだろう」
子どもに弱い高杉家の家長はすぐと菓子職人を呼び饅頭の生産を始めた。
 飾りっ気のない饅頭に人々は怪訝そうな顔をしたが、店主である晋作の美貌と間違いのないおいしさ、入浴後のふらつきがなくなったと云う客の声で瞬く間に饅頭は増産され、専門の工房まで建てられるようになった。

 そんな順風満帆な晋作が何故、後宮にいるかといえば森が他国の太守だからである。
 先ほどのように諸侯は女帝信長の傘下に入ったが先祖代々の土地は引き続き彼らが統治している。
 太守とは遠い日本の体制であれば国主、ないしは藩主に近い存在だ。
 一定額の税を女帝に納め、いざという時には兵を挙げて信長の元へ馳せ参じる。
 上級階級の子どもは他国の地理は勿論、太守の名前や家臣の名前も教養として覚えるが、
肖像画は画家の腕前もあれば、信長や北の長尾などは女性と認知されているが何故か男の姿で描かれた肖像画も出回っている。
 なので初対面でしかも通り名で自己紹介された森が太守だとは高杉は露程思わなかった。
 森と初めて会ったのはバザール、晋作の店の玄関だった
 最初に構えた店では手狭になり、郊外に工房を造った饅頭は宿泊者向けに、元あった店は、熟練された菓子職人がその腕前を披露すべく、寒天で果物を固めた美しい冷菓子や季節の花々を象った菓子を改装した店舗の一階で販売していた。
 欧州は勿論、信長が治める地域一帯でも空前の日本ブームが起きており、それに乗っかり店内には輸入した畳が敷かれ、扇子や掛け軸といった装飾品が所狭しに並べられている。
 この地域ではまだ女性が一人で食事を摂ることが憚られているが、ほんの少し菓子を摘まむ程度なら咎められない。
 地域に根付いている珈琲や紅茶で菓子を食べても美味しいが、日本で親しまれている茶で飲むと一層味が引き立つ。
 茶は日本から取り寄せた緑茶、ほうじ茶など様々な種類があるが、抹茶は他の茶葉に比べて高価な上、点て方にコツがいり、苦みも強いせいでか飲む人を選ぶ。
 晋作の店では通好みの客にしか抹茶は出さない。
 森は蜜に惹かれる蝶のごとくその店にやってきた。
「いらっしゃい……職人の引き抜きならお断りだし、立ち退きもしないよ」
 晋作の店が繁盛すると露骨な嫌がらせをしてくる者が後を絶たない。
 森の容貌と体格から最初、どこかの店に雇われた用心棒だと晋作は思っていた。
「あっ客に随分な挨拶じゃねぇか、物取りでもなんでもねぇただの客だ、」
 この格好を見ろと森は纏っている黒地の着物をヒラヒラさせた。
「それは失礼……もしかして、他所から来た人」
「何で分かる」
「なんとなくね、訛っているとかではなく纏う雰囲気というのかな」
「ほーん美濃から来た」
「美濃、信長公のお膝元の辺りか、随分と遠くから何しに」
……もてなす気がないなら帰る、」
「待ってくれ……いや、その悪かった、お詫びと云ってはなんだけど君、抹茶は飲めるか」
「ああ、」
「そうか、用意しよう、お代は要らない。ついでに維新饅頭も付ける」
 晋作はそういうと客ー森を店の奥に造った茶室に案内した。

「随分と気に入ってくれたようだ、どうだいうちの茶室は、」
森を茶室に招いた後、高杉はさっと黒地の着物に着替え茶道具を持って部屋に戻った。
「なかなかに侘びてるな」
「侘び、君、相当日本好きだね、君のような大男には窮屈かもしれないが抹茶を飲むならやはりこういった場所に限るだろ」
先ほどの部屋でも抹茶を出すことがあるが、長椅子に赤い天鵞絨を敷き、室内なのに和傘を飾ったいかにも日本という造りに対して、ここは正真正銘日本の商人でもあり茶の第一人者である千利休とやりとりして造った場所だ。
 模様がない殺風景な壁と床の間に花を一輪飾っただけの部屋だが落ち着きのある空間で晋作も気に入っている。
「説明は……、これが維新饅頭、」
 招いた客の中には興味津々で茶道具について訊ねてくるが森はうっそりと部屋の雰囲気に浸っている。
「どうぞ、」
 晋作は森に合わせるように口数を減らすと、点てた抹茶を森の前に置いた。
 茶器を愛でながら飲む姿は様になっており、何度も嗜んでいると分かる。
 晋作と同じ上流階級なのかと考えていれば、ふと森と目が合った。
「飲んだようだね、結構なお手前でとかはないのか?」
「それあんまり使わねぇ……みたいだぞ、饅頭と茶も旨かった」
「それは良かった、おかわりはいるか」
「そんながぶがぶ飲むモンじゃねぇだろ、菓子は貰う」
「気に入ってくれたようだね、ああ紹介が遅れた、僕は高杉晋作、維新饅頭の発案者で経営者でもある」
「森、……勝蔵」
「森、ああ君、美濃の出身と云っていたね。確か東美濃と呼ばれる地域を治める太守の姓が森だったはずだ」
「そうだ、ヤケに呑み込みが早いな」
「君の佇まいを見れば上級階級だとすぐ分かる。で、なんで長州まで来たのだ」
……愛を語りに」
「あい、愛、なんだそれ面白いぞ君、見たところお付きの者もいないということはお忍びってやつだな、」
 晋作は世の中を知るために商売を始めたが、上級階級の男子は独り立ちをする前に遊学するが一般的だ。
 独り立ちすれば結婚し家庭を持ち、家長として家族を支えていく。
 つかの間の火遊びや自由を謳歌させ、青春に哀喜しながら残りの人生を過ごす。
 遊学には大抵、お付きの家庭教師や案内人と五、六人の従者がいるが、森にはそういった従者がいる気配はない。
 分家や本家の次男坊以下はお忍びで吟遊詩人やさすらいの武芸者と名乗りながら諸国を練り歩いたりする。
……ジジイは置いてきた、」
「へぇ~、じゃあ今はさすらいの武芸者辺りか、」
「型だの段位など戦じゃ役に立たねぇよ、この矢立みろよ、どうみても詩人だろ」
「大道芸の熊、もしくは恐竜が枝を持ったようにしか見えないぞ……
森は質の良い筆を握ると何かを書く仕草をする。
 それが妙に馴染んでいるのが可笑しく晋作はつい揶揄う言葉を投げかけた。
「あ、大殿が云うにはオレが唄えば女が腰を抜かすとか云ってたぞ、まっ大殿も茶々様も腰を抜かさねぇから分からねぇけど」
「大殿? 主の名前か、ごめん、つい口が滑った。君とはまた話したいと思ってるんだ、」
 晋作は懐から会員証を取り出し、森に渡した。
「これは普段、常連にしか渡さないモノだが君にあげる、少しだけお得に茶が飲めるし、事前に予約してくれればこの部屋を私用で使ってくれても構わない。二枚目の紙はハンコが十個貯まると維新饅頭を一個無料で食べられる」
「ほーん、まっこの国には暫くいるから貰っておくわ」
「また是非来てくれ、今度は君が点てた茶でも飲んでゆっくり話そう、」
 そろそろ店の様子も気になると晋作が立ち上がろうとすれば、森が手を握ってきた。
……なぁ、高杉。オレはこの国で始めて攫いてぇほど惚れた相手が出来た、」
 晋作の瞳を覗く顔は男前で、そこらにいる乙女ならば一瞬で恋に落ちるだろうが、晋作は男でまだ恋というものを知らない。
「おや、随分とお盛んな事で。いいよ、そういう話、僕も好きだ、」
 恋という感情を知らなくても女性を愛でることが好きな晋作はくすっと笑う。
 茶ではなく杯を交わすのも悪くないと晋作が微笑めば、森が口を開いて笑った。
「ひゃはは、やっぱ、てめぇは面白ぇヤツだな、」
「それはこっちの台詞だぞ、森君、」
晋作は笑い返し、友情というモノが芽生えたがそれだけだった。
 森に云わせればあの茶室でもてなされてから恋に落ちたといつかの閨で語っていた。

 欧州歌劇鉄板である身分を隠した王子が町娘をそそのかしたような展開だが森が云うには「テメェが勝手に解釈した」だけらしい。
 そもそも太守である森がわざわざ長州までやってきたのは塩と鉄鉱石の買い付けだ。
 海のない美濃の国だが隣国には海があり塩を精製できるが、いくつか拠点が欲しかったと話していた。
 美濃には優れた刀鍛冶が多く、彼らから作られた刀は自国は勿論、他国の軍人や好事家がこぞって欲しがる逸品だ。
 長州では製鉄所をつくり上質な鉄を他国に売る。
持ちつ持たれつの関係はどちらにも利益を生むと判断した長州の太守は森の提案を呑んだ。
「そういえば昨日商工会に行ったのだが、そこで面白い話を聞いたぞ。なんでも美濃と協定を結んだから安く紙や生糸が手に入る、ビジネスチャンスだと思わないか」
 あれから森は彼が気に入った茶室と抹茶が飲めるとあって晋作の店に足繁く通っていた。
「他国の……美濃のオレに云っても面白くねぇ話だろ」
「君の国だし他所に漏らすなんてことは君はしないだろ、実はこれはまだ誰にも云ってないのだが、温泉街にも喫茶を出そうと思っている」
「ほーん、そんなことしたらこっちが成り立たなくなるのじゃねのか」
「それは大丈夫だ、あくまでこちらが本店。温泉街に出すのは日本の雰囲気を楽しむだけの店にしようと考えている」
「差別化ってヤツか悪くねぇけど、任せられるような店主いるのか」
「そこなんだよね」
腕利きの職人と工房で働く職工、販売の出来る従業員はいるが店を任せられるような人間はいない。
 いないというより育っていないというのが正しい。
 職人達は似たような仕事をしていたので理解は早く即戦力となったが、忠義心はなく金を積まれ、それなりの地位が得られると分かると他所へ移る。
 きれい事だけで世の中渡っていけるとは思ってない。
 彼らが晋作の元へ来たのも同じ理由なのだから文句は言えない。
 だが最近、引き抜かれた従業員によって明らかに粗悪品と分かる饅頭や売春まがいの店まで出てきたので、どうにかしなければならない。
「いねぇうちは無理に拡げねぇ方が良いんじゃないのか」
「う~んそうだね、類似商品の規制もしたいし、いっそ森君が僕の手下になる、給料はずむよ」
……
「冗談だよ、君が国に帰ることは分かっている」
 交渉が成立したのならば次にやることは、外交で得た産物を使っての自国の発展だ。
 恐らく数週間の内に森は国に帰る。
 長州にも晋作を理解してくれる同輩がいるのだから寂しくないはずなのに、森が国に帰ると考えるだけで胸にぽっかりと穴が空く。
「我が儘を云ってしまったね、そうだ森君、夜景に興味はないか」
「なんだよ唐突に、」
「我が長州が誇る地域を君に見せよと思ってね、昼間も良いが今夜は三日月。暗闇で見るあの夜景は、これ以上は野暮だな、どうだ?」
「先約がある……それが終わってからでいいなら」
「いいよ月は逃げない、。今、場所を書くから、そうそう知っていると思うが夜は冷えるからな、」
 さらりと集合場所を描いた晋作を森はじっと見つめた。
「なんだい、そういえば攫いたいとか云っていた子にはちゃんと話したか、」
 身分違いの男に捨てられた娘は、霊や自暴自棄になり身を滅ぼすのが歌劇のセオリーであるが、森が惚れた相手にはそうなってほしくないと、つい晋作は言葉をかけた。
「つける、だから遅れる」
「そうか、上手くいくといいね」
 ふっと笑う晋作に森はなんとも言えない表情で固まったまま動けなかった。
 *
 絶え間なく噴き上がる煙や工場の窓から漏れる眩きが光の園を作り出す。
 その絶景を山の頂から眺めながら、晋作は静かに三味線を奏でていた。
 唄はなくただ心情をそのまま梅の木で出来たバチに伝えれば、趣のある曲が生まれる。
「それなんて曲だ、」
 挨拶もなく森が晋作に訊ねる。
 晋作も京は珍しく洋装なのだねとは言わず、さらりと答えた。
「森君、名なんてない、」
 一夜の泡沫というのも乙だろうと晋作が小さく笑えば、森はそうかとだけ呟く。
「なぁ、」
 聞かせろと云うように晋作に欲めいた視線を送る。
「良いよ、僕ももう少し弾きたかったから」
 景色と三味線が楽しめるなんて贅沢モノと揶揄ってやろうかと思ったがそれこそ野暮だと晋作はまた気ままに曲を流していく。
 瞬きすら忘れそうな夜景に心地よい音色が耳を擽る。
 侘びているという言葉の代わりに、森は静かに何かを口ずさむ。
「おや良い声色だね、それに思ったことを口に出来るのは人の特権だ、ン」
 何ともなしに口にしただけなのに晋作は心を通わせたいと音色で森にすり寄ってきた。
 音色に応えるように森は心を曝け出すように言葉を音色に乗せていった。
「はは、月があんなに動いている。どれだけ唄ったんだろね」
「さぁ、けど楽しかったぜ」
「僕もだ、」
 西に傾いたと分かるほど心を重ね合わせた二人が顔を合わせて笑う。
「しかしなんでここを選んだんだ、」
「そりゃここより有名な場所は長州には沢山ある、けどね見せたかったし、見たかったんだよ、僕が。それだけさ」
「ほーん、」
「なんだいその反応、と云いたいが表情を見れば分かる、気に入ってくれたようだね」
「まぁな、ところでよなんだよその格好」
「これか、なかなか似合ってるだろ」
ジャケット風の上着には梅の花の刺繍が施されており、波模様が袖を彩る。
 三味線を背負うために付けたハーネスと首飾りが胸元で十字架を描き晋作の白い肌を妖艶に映し出す。
「衣装持ちなんだな、」
「これでも金には困ってないからね、君もその軍服イカしているね」
……髪はどうなってるんだ、」
 ターバンスタイルの晋作は髪が短かったが、和装や今日の服装は腰まで伸びている。
「触って確かめてみるかと云いたいが男の髪なんて触っても楽しくないだろう、」
「いや自分で確かめたい、」
「良いよ、」
 ずいっと晋作が森に近づくと森は愛おしそうに晋作の束ねた髪に触れた。
……よくよく考えれば人毛使っていたら鬘かどうかなんて分かんねぇよな」
 触れたい欲求を叶えた森がふと気づけば晋作が腹を抱えて笑う。
「神妙な顔をして触れるからドキッとしたが、そうだよな……こっちが地毛だよ、」
「ほーん、そうか」
「君も髪が長いから気にしないか、病のせいで髪の色が抜けてね……いっそ坊主にするの、も悪くないと考えたが、親に泣かれて苦肉の策で元の色に戻るまで束ねたりして伸ばしている」
 伸ばしていくうちに根元から元の濃い紅色が生えてこないかと晋作は期待していたが、今のところその兆しはない。
……なぁ、」
「変に気を遣わせてしまったね、まぁ友人や先生なんかは寧ろ短髪の方が馴染みがあるし、一人でこうも髪型が変えられるのも悪くはない、」
……どっちも似合っている」
「気遣いありがとう、君、武骨な割に優しいな……好きな子に告白出来たか」
「まだ……
「おいおい、告白してくると云っていただろ。そんなのんびりしていて良いのか、好きなら好きと告白するとか攫うとか散々惚気を聞かされた僕の身になってみろよ」
……だよな、なぁ高杉、もっと眩い光景見たくねぇか」
「ここよりもか……橋の方ならこことは違う景色が見られるが」
「攫うとかどうとか云っていたよな、今、攫う」
「おい、待ってくれ森君! えっ……
晋作の返事を聞くことなく晋作の腕を引くと、森は駆け出した。

……星の灯りは綺麗だが、殺風景な景色だな」
 橋でも別の山でもない何もない場所に連れてこられた晋作は森が何をしたいのか分からずにいた。
 そもそも攫うとは何だと考えていれば、どこかへ消えていた森が巨大な手筒花火を担いでいた。
「花火?」
「好きだろ、こういうの、手間取ったが用意できて良かった」
「好き……だけど、突拍子もない事をするな……面白いぞ森君だ、」
 森と出会ってから日が短いが彼の人となりを大分理解してきたつもりだ。
 彼の思考回路を読み解くのは不可能だが、それがかえって好奇心をかき立て惹かれていく。
 彼の惚れた相手も彼曰く「面白いヤツ」なのだから、上手くいけばいいなどと考えていれば、夜空に眩い光が放たれた。
 百花繚乱の花火ではなく、滝のように降りしきる花火はまるで流れ星のようだった。
「やっぱ花火は咲き誇っていていいな、」
 花火を打ち上げ満面の笑みを浮かべる森に晋作は射貫かれた。
 眩いなどと云う言葉では言い表せない煌めきに鼓動が高鳴る。
「あ……
 芽生えた気持ちとは裏腹に夜空を描く大輪は力強い光を放ち消えていった。
「高杉……
……最高だよ、森君、」
 芽生えた何かを掴むように晋作が胸を押さえていると森が晋作の顔を覗く。
「無理させたか……
「いや、あまりの絶景だったからね、胸がいっぱいになっただけだ」
「そうか、」
「うん……
 もし晋作が「恋」を一度でも体験していればこの気持ちを理解できたのだろうが、晋作は友愛という箱に恋心を無理矢理閉じ込めてしまった。。

「筆……は使い慣れたモノの方がいいだろうし、茶器か……
 花火の夜から数日が経った頃、晋作は考え事をしながら大市場を歩いていた。
 もう少し時間が欲しかったが、模造品を作る店を潰すのではなく、組合を作り商品のクオリティーを維持させようと国に提案すれば、「いっそ国で面倒を見よう」と国側から交渉された。
 交渉と云っても実際は命令である。莫大な利益を出す維新饅頭を喉から手が出る程欲しい国は、晋作にそれなりのポストを用意すると云ったが晋作はまだ返事をしていない。
 流石に維新饅頭に関する業務を晋作一人で抱えるのは無理なのは分かっている。
 しかしやり方が気に入らない。
 王も王族も幼い頃から尊敬しているが、その下の家臣は色々と思うことがある晋作はどうすべきか考えていた。
 いっそ官吏にならず森と一緒に美濃に行き、彼と諸国を旅するのも面白いと思っていれば、
ぽすっと華奢な女性が晋作の前で蹌踉めいた。
「大丈夫か、君、どうしたんだ」
 華奢な躯の晋作だが、女性一人を支えることは出来る。
 間一髪、転ばなかった女性は晋作に丁寧にお辞儀した。
「あ、あのありがとうございます。父を探していたので、前を見ていませんでした」
前を見なくて人が探せるのかと思わずツッコみそうになったが、彼女は真剣に喋るので、晋作は黙って頷いた。
「君のような女性がお父上とはぐれていては、心細いだろ、僕の店なら窓から人の往来も見えるし、探しながら待つかい、」
 桃色のエレガントなスーツ姿は可憐だが、肩が露出し、腰のラインを描くスカート姿では一等地とはいえ暗がりに連れ込まれる恐れがある。
 今日は定休日で出歩いていたが、休みとはいえ何人かの従業員は店にいるので二人っきりなることはない。
……え、えっと」
「ああこれじゃあナンパみたいだな、僕は高杉晋作、維新饅頭のオーナーだ、これは名刺、」
「高杉さん……初めまして小野小町です、あのお店に行ってもいいですか」
「いいよ、そうだこの辺の店主にお父上が見つけたら僕の店に案内するように云っておくよ、それで特徴は、」
「すごく大きいです、あと、」
「大きいか、もう少し具体的な特徴はないかな」
「あの、本当に父は背が高くて、あれくらい?」
店先に飾られたランタンを指さす小町に高杉はなるほどと呟いた。
「確かに大きいな、森君と同じくらいか」
「あと父は黒い服を着ていて、金色の首飾りを付けてます」
「うん、なるほど、顔の特徴は」
「赤い布で目を隠してます、あ、でもちゃんと前は見えてるので」
「分かった、」
 晋作は店主達に小町の父親の特徴を伝えると、小町と一緒に自分の店へと向かう。
「これはこれは高杉社長、今日は用心棒ではなく女性と逢い引きとは。忙しいお人だ、」
 店へ向かう道中、一番粗悪品を売っていた店主に声をかけられた晋作は咄嗟に小町を背中に隠した。
「その通り僕は忙しい、君のような人間と話す暇はない」
 模造品を作る店でも最初から粗悪品を出している店は組合から外し、実質廃業に追い込んだせいで、店主は晋作を恨んでいる。
 その前から共同経営をしないかと持ちかけられ、断り続けているので憎しみは計り知れない。
「ほほ、そうですか、こちらは沢山あるのですがね、まぁいいでしょう、」
 恨みを表に出さないのは腐っても商人と云ったところか。
 じろりと上から下まで晋作の顔を舐めるように視線を送った店主はさっさと退散した。

「気味の悪いモノを見せてしまったね、お詫びと云ってはなんだがうちの甘味を食べていってくれ」
 晋作は店に着くなり晋作は小町に謝ったが彼女は気にしないでと口にした。
 それでも甘味だけは食べてほしいと晋作は小町に赤いシロップのかかったかき氷を振る舞った。
「削り氷、こんな高価な物、……いただきます、とっても美味しいです」
「気に入ってくれたなら良かった、丁度、上質な氷が手に入ってね、」
 美濃では冬の寒い時期に雪を貯蔵し、暑い夏にそれらを各国へ献上する。
 小町に振る舞った氷は森が国から離れるときに運ばせた氷で、そろそろ帰るからと一貫目そのまま渡された日には驚きのあまり、晋作は腰が抜けそうになった。
 氷一貫と同じ重さの銀が同等の価値、それほど氷はこの地方では貴重なモノなのだ
「うん、シロップの甘さが良いね、新メニューに加えたいがコストがね、森君、提供してくれないかな」
 高杉が氷を口にすれば小町がくすりと笑う。
「森君という方は貴方の大切な方なのですね、」
「えっと……
運良く従業員とは距離が離れているので、ポツポツとだが晋作は森について話し出した。
「その出会ってまだ二ヶ月なんだが、良い奴で、けどもうじき国に帰ってしまって」
「それは寂しいですね」
「そうなんだ……今までこんなこと思わなかったし、それに……
「それに?」
「いやコレは彼のプライベートなことだから、そのなんだ彼の恋が叶うのかが気になってね」
「誰かに恋していると?」
「そうなんだよ、攫いたいほど好きな子が出来たと云ってね、なのに僕に構ってちっとも告白しないんだよ、」
 花火の出来事を簡潔に話せば小町はむむ……と口を尖らせた。
……? 何か気に障ることを云ったかな」
「いえ、ですがその方は貴方を攫ったのですよね、」
「攫うというか花火を見せるために離れただけだけどね」
「手強い、定番の路線ではありますがこうまで鈍いと王子様も苦労する、は! すみません、その……
「そうなんだよ、森君は王子様というかいや、身分的には王子になるのか、相手の子と身分の差もあるだろうが乗り越えてほしくてね」
……あの、気づいていないだけで……あなたのそれは、こ」
 恋と云う小町の台詞は何かが盛大にぶつかった音でかき消された。
「小町!」
「お父様! あ、あの今凄い音がしたのですが」
「何でもない……高杉とやら娘が大変世話になった、」
 駆けつける小町に何でもないと口にした小町の父が晋作に礼を云う。
「いや、たまたま彼女と出会っただけで」
 なるほど小町が云うように大男だと彼女の父に話しかければ、篁と自己紹介された。
「そうか、」
「お父様、あの削り氷をごちそうになりました、なので、」
「お代は要らないよ、父上も探していて疲れただろうから、今、お茶を」
 用意すると晋作が口にしようとした瞬間、また入口からゴンと鈍い音が聞こえた。
「定休日なのに店の方に走ってるヤツがいたけど……どういう状況なんだ」
 咄嗟に娘を庇っている篁と呆然と立ち尽くしている晋作に森は首を傾げた。
「うちの玄関ってそんなに狭いのか……二度目は面白くないぞ森君、」
 事情を説明すれば森は気恥ずかしくなったのか頭を掻いた。
 篁も急いで娘の元へかけてきたのを小町に知られてバツが悪いという表情を見せた。
「お父様、迎えに来てくれて嬉しいです」
「お前がいないと落ち着かないゆえ、それだけだ、」
「ふふ、そうですか」
「一件落着ということでいいのか、にしても森君、君が慌てるなんて珍しい。暑かっただろう、君がくれた氷ではあるがかき氷をご馳走するよ」
……答えはもう出てるじゃないですか、貴方が思う感情は全て」
「小町これ以上は無粋だ、改めて礼を云う、行くぞ小町、」
「あっ待ってお茶でも……云っちゃったね」
 今度ははぐれないように手を繋ぐ父娘を晋作は微笑ましく見つめていた。
「馬に蹴られたくねぇンだろ」
「馬? そういえば君、馬も連れてきていると云ったが本当か、」
「ああ、百段のことか、オレの愛馬だ、」
「愛馬、ますます王子じゃないか、国じゃ領地を任されているのだから広い意味では王子なんだろうけど、」
……高杉、頭冷やしてぇから、かき氷作ってくれ」
「うん、」
 待っていてねと云う晋作に小さくため息を漏らした森は、どうしたもんかと考え込んでいた。

「ン……なんだ森君か、ここに何の用だ」
 伝統的な中東風の建物の中、本来の髪ではなく鬘をつけ初めて会ったときのように小姓姿の彼がソファーにもたれながら水煙草を嗜んでいた。
 気怠げに煙を吐く姿は婀娜っぽく、部屋の雰囲気のせいか極上の娼婦のようにも見える。
 呑み込まれてはならないと、森はゴクリと唾を飲み込みながら晋作に話しかけた。
「煙草吸うんだな……
 花火の日と同じように若草色の軍服姿の森は立っているとなんだがこそばゆい。
「ここに来て吸わないという選択肢はないだろ……云っておくが有害なモノは何も入ってないぞ」
殆ど寝そべるような姿勢で煙草を吸っていた晋作だが森と話すために姿勢を正そうとするがうまく力が入らない。
「そうかよ……おい、」
 快楽や興奮を求めて水煙草を吸いに来る輩もいるが、高杉が利用する店は個々に合わせた薬草を使い身体を改善させるのが目的の店である。
 大人数で吸う場所もあるが晋作は病を人に悟られたくないので金を払って個室に入る。
 隠しているせいか、なにか良くないモノを吸っているのではと痛くない腹を探られるが、晋作は麻薬が嫌いだ。
「そんなワケだからもう少し、えっ……
まだ吸い足りないと、赤い小瓶の残量を眺めていると急に森がそれを手で遮った。
「これ以上吸うな」
「はッなんだよ……これは、」
 肺の病に効くと口を開くが口の端から涎が伝う。
 可笑しいと感じるより先に酷い目眩が起きた。
「テメェが今吸ってるのはいつもの薬じゃねぇ、媚薬だ、……ッチ、もう鼠が来やがった」
クッションで頭を覆い、目眩と頭痛をやり過ごそうとするがドンドンとドアを叩く音のせいで悪化していく。
「ここには誰も通すなと云ったはずだが、どういうことだ」
「どういうこともねぇ、ここでテメェが、くたばるそれだけのことだ」
 顔を上げられずにいるが声の主は分かる。
 先日、小町と歩いていたときに話しかけてきた商売敵である。
……どうやって、そこにいるネコは少々気性が荒い、分からせるために部下を呼んでいる……渡すなら今のうちだ」
「喧嘩もろくに出来ねぇヤツに渡す気はねぇし、こいつはオレのだ」
「うッ、森君……逃げろ、」
一体どうなっているのだと晋作が顔を上げれば商売敵の盾になるように屈強な男が何人も並んでいる。
「逃げる? 安心しろ、すぐに終わらせるからな、」
 満面の笑みを浮かべ晋作の頭を撫でる森に、晋作は安堵したと同時に彼の本性を見たような気がして恐ろしくなったが、悲鳴より先に倦怠感が躰を襲い、一気に視界が黒くなり、思考回路も落ちた。
「この人数でどうやって勝つ気だ、正気か」
 その狂気を浴びても商売敵は喉を鳴らして笑う。この場で笑えるのは愚か者か狂者だけだ。
「ヒャハハハ、戦ってのは数じゃねぇだろ、うっしゃ行くぜ」
 森は敵の数を把握すると懐から拳銃を取り出し、太刀を持った手下の脹ら脛を狙って撃つと武器を取り上げると景気よく振り回す。
「お、おい依頼はそこで寝ているガキ一人じゃなかったのか、こいつはどう見たって手慣れた武芸者だ、」
「怯むな! こっちの方が手数が多い、まとめて罹れば一溜まりも」
「武芸者だァ、段位だの何だのごちゃごちゃしたモンに執着するヤツにこのオレが負けるとでも、」
「う、煩い、かかれ! かかれ! 高杉さえ手に入れば我々の勝ちだ」
アリの大群のように列を成して挑んでくる敵を森はまるで踏み潰すかのごとく切り裂いていく。
「十点、十点、おっテメェは筋が良いからもう少し加算してやる、」
 森の顔にかすり傷を負わせた男は褒め称えられるように花びらのように血吹雪を舞わせ絶命した。
「血脂で動きが悪くなってきたな、ちょっと借りるぜって、もう死んでいるか、」
 握っている太刀が使えなくなれば、死体から刀をはぎ取り斬り殺していく。
 五人ほど始末し、若草色の上着が真っ赤に染まると森は汗ばむのか上着を脱ぎだした。
……嘘だろ、今までの相手をすべて拘束ベルトをしたまま倒したというのか」
「おう、大殿から天下御免の書面貰ってるけどよ、他国に迷惑かけるなって制御装置っていうのを渡されたがそれがどうした?」
 西洋婦人のコルセットのように腰を締めつけ、肩と首の動きも無数の紐で制御されているが森は存分に暴れていた。
「鬼……
「おう鬼武蔵だぜ、」
「そんなどうなってる、よりにもよって鬼武蔵が相手なんて、イヤだ、まだ死にたくねぇ」
 唯一生き残った用心棒は商売敵を怒鳴りつけて、泣き叫ぶ。
 往生際が悪いのか、商売敵だけが唇を震わせながら強気な態度を取る。
「な、何を云うこんな若者が鬼武蔵な訳ない、先の戦で大量の首を挙げたヤツだぞ」
「あ~大殿に呼ばれたときのな、あれ初陣だったけど大殿に褒められたぜ」
「そら聞いたか! アンタだってさっきからコイツの動き見てるだろ、勝てるはずがない、」
「ではどうすればいい、命乞いか、それが通用する相手だと思うか、戦うしかない」
「死ぬのにか……勝手にしろ、仲間を散々殺されてアンタに従うほど俺はお人好しではない、」
……一度仕えた主人なら最後まで尽くすもんだろ、テメェは帰り忠か、」
 泣きわめく用心棒の方がまだ真っ当な事を口にしているのに、容赦しねぇと森は背中を向ける用心棒を一刺し、胸くそが悪いとしかめっ面をした。
「ひッ……なんで、なんで鬼武蔵がここにいる、」
「ようやく納得したか、なんでって毛利と交渉のため?」
「いくら麒麟児とはいえ、そんなに高杉が大事か」
「麒麟児だの、ワンマン社長だの肩書きなんざどうでも良い、オレが高杉を欲しい、それだけだよ、」
 色めいた声で愛を語り、倒れ込んでいる晋作に向ける瞳は慈悲深いが黄金色に輝く瞳は恋の炎が燃えさかっている。
「森君……
「おう、もう少しで終わるから寝ておけ、……終わったぜ」
 恋の火の粉を浴びた晋作が弱々しい声で森を呼んだ一瞬、チャンスとばかりに商売敵が刃物を森に突きつけたが、刀を叩きつけられそのままキュッと首を絞められ地獄に堕ちた。

「ぅ……ぇ、なんだこの匂い、」
 目が覚めると最初に晋作が感じたのは血の臭いだった。
 咳き込み、喉を切らして血を吐き出すこともあった晋作にとって血の臭いは嗅ぎなれているが、噎せ返るような匂いは初めてだ。
「よう、気づいたか、悪いがくたばってる間に吐かせたぜ」
 何を聞こうとすると森は唇に指を当てて、嘔吐のジェスチャーを取る。
 口の中に独特の酸味がないのは、口で呼吸をする度に香丁子の御陰だろう。
「ありがとう……じゃない、森君、一体ここは、どうなってる」
 死体こそないがそこら中に散らばっている武器や壁に染みついた血糊に晋作は唇を震わせながら森を問いただした。
「どうってテメェを手込めにしようとしたヤツがいて、オレがそいつらを始末した」
「嘘だろ、云ったはずだ、逃げろと……
「逃げたらテメェが攫われちまう」
「だとしてもだ……森君、まさか人を殺したのか」
「ああ、死体は置いておくと虫が集るから先に片付けさせた、本当は別の部屋で寝かせたかったが、用意できねぇって云われて」
「簡単に云うな……人を殺すのが犯罪だって分かってるのか、惚れた女を泣かせるつもりか、」
たとえ正当防衛だとしても人を殺せば裁かれる。
 他国の人間であろうと、貴族であろうとそれは変わらない。
 無罪放免となったとしても人を殺したという烙印はいつまでも森に纏わり付く。
「犯罪? こいつら無法者だろ、それに大殿に一筆書いて貰ってるから大丈夫だ」
 先ほど商売敵達にも見せた紙を晋作の前に差し出すと森がにこやかに笑う。
 上質な紙に『鬼武蔵の致すことすべて信長が処理する(儂でも手に負えないからネ、許せ)』と仰々しい文章の後に巫山戯た台詞が書き足されていたが、後から思うに後ろの文章の方が諸王たちにとっては重要だった。
 だが、初めて見る信長の花押よりも鬼武蔵という文字に晋作は反応した。
「森君、君はあの鬼武蔵なのか」
「あのが何かは知らねぇけど……てっきり気づいてると思っていたぜ」
 世間に知られている長可ではなく、親しい者達が呼ぶ勝蔵という名を口にしたが晋作は口こそ気さくであったがもてなしは一流であった。
「親族とは思っていたがまさか本人とは、一国の王がどうして」
「それさっきも聞かれた、本当は帝都でやるのが筋だろうが、」
「そんなことは今はどうでもいい! それならば尚更、惚れた女はどうする側女にでもするのか」
 森の語る相手は鳥籠に入るような娘ではないが、森と一緒になると云うことは後宮に入るということだ。
 自由を奪われる彼女を不憫に思いながら、晋作は添い遂げられる事を心の何処かで嫉妬していた。
「側女? なんだそれ、んなもんにはしねぇ、そもそも男に後宮の位が付くのか、付くか、成利がなんか位だのなんか貰っていた、」
 一人で漫才をする森を他所に晋作は益々混乱する。
「男? えっ……いや、だって君、赤い髪で色の白くて華奢な子……
「おう、ついでに面白ぇヤツ、」
……誰だよ」
「テメェだ、高杉、オレが惚れてるのはテメェだけだよ」
「嘘……いや、その、」
 指を差された晋作は口から心臓が飛び出しそうだと唇を覆ったが、どうにか抑え込んで言葉を漏らす。
「森君のこと、好きだとは思う、思うのだが僕はまだ恋と云うものをしたことがない」
 だから自分の感情を理解するまで待っては貰えないかと口にするより早く森が晋作の唇を奪った。
「ぁ…………ン、ン、ン~~~」
 問答無用と舌を捻り混んだ森は、、逃すまいと逃げ出す晋作の舌を絡め取るとそのまま彼の小さい頭を鷲づかみにした。
「ふぁ……ぃ、ぁ、ヤ……ぁ、あ、」
掬われ、チロチロと炙られるように舌先を擦られる晋作の声は上擦る。
 ろくに抵抗も出来ないまま翻弄されていくと、じりじりと壁に押しつけられ逃げ場を遮られた。
「知らねぇなら教えてやるし、恋なんてどこでも出来る、だからな」
 攫われろとトンと壁に手を置いた森に晋作は、何も言えず強すぎた快感と疲れからか一気に躯が芯を失い崩れていった。


そうして気づけば晋作は後宮に閉じ込められていた。
 いきなり籠の鳥にされた晋作は泣きわめき、森を嫌悪したが森は「オレは攫ったモンを手放さない」と着飾った衣装で淡々と答えたが、手放さないならば逃れるまでだと晋作は逃亡した。。
 やっとの思いで、後宮を抜けだし、警備の厚い大門でなく裏門から抜け出し、国に帰ろうとすれば、狩りを終えた森と偶然出会し、苦労も空しく晋作はまた後宮に閉じ込められた。

 森自ら薔薇水や蜂蜜で晋作を磨き、薬師も招いて虚弱体質の晋作の躯を改善、愛を囁いて躯の全てを余すことなく愛で、自分という存在を教え込ませているのに萎れていく晋作に森はどうすればいいか晋作に訊ねれば、カイホウしてほしいと答えた。
 解放という言葉を上手く理解できなかったのか、皇帝に云わせれば鬼武蔵だから仕方がないなのか、森は晋作を解放せず代わりに後宮の一部を開放させ店を開かせた。

「太守様の機嫌は……
「そうだな、」
 後宮に囲われている晋作だが、女物を纏うことは滅多にない。
 くすんだ梅紫色のターバンには翠と白の宝石が規則的な模様で並んでいる。
 腕まで繋がっているコルセットの上にはひらひらと深紅と勿忘草色の布が重ねられてはいるが、腹や踝には隙間があり白皙の肌が露わとなる
大市場で商いしていたときと同じようなこの国伝統の服装と島国の文化を織り交ぜた衣装は晋作のお気に入りである。

 店と云っても晋作の店には商品は並んでいない。
 役人と商人と後宮の女官が式典の打ち合わせや貢ぎ物を受け取る一室で晋作が、役人達に与えているのは森のご機嫌だ。
「狩りにも最近出ていないから、これくらいかな、」
「七……もう少し話を聞かせて欲しい」
 晋作の店に来た役人はそっと金貨の入った袋を差し出した。
「茶器が入ったからご機嫌ではある、八に近いがどうだろうね」
 誰にでも分かりやすく菱形の石を使い森の機嫌の度合いを教えるが、たとえ石が最大値の十でもそれが狩りのあとの興奮が冷めていないのか、東国の珍しい茶器が届いてご機嫌なのかまで聞かねばならない。
 森は暴君ではない、その証拠に治水整備、商を充実させる政策など様々な事を「やりたくもねぇ」と言いながら完璧にこなしている
ただ関所の番人が殺されたりしたので用心のために皆、晋作に機嫌を訊ねている。
「これはこれは晋作様、今日もお美しい……
「何しに来た……
 役人や商人が森へ挨拶する時間は決まっている。
 機嫌というのは一瞬で変わるものなので鮮度が大事だ。
 なので謁見を過ぎて店を開いていても意味はないので、晋作は時間が来ればさっさと店を閉める。
「いや挨拶に伺ったまで、機嫌を教えるだけで商売が出来るとは……まぁ天気と違って機嫌なら貴方でも操れますからね」
 後宮で森の寵愛を受けているのは晋作一人だけだ。
 古今東西、娘を差し出して出世を目論む父親は多い。
 嫌みを含めて話しかけてきた男もその一人だ。
「どうかな彼は気まぐれだから、」
「ほほ、ご冗談を、貴方の笑顔一つで太守様のご機嫌は忽ち良くなり……
「言いたいことがあるなら、さっさとしてくれ、僕は忙しいんだ」
 美姫がいない後宮は晋作の独擅場だ。
 世話役の阿国がいるほかは後宮だというのに男ばかりだ。
 この男達は晋作が現在教育や得意分野を伸ばしいずれは国の役に立つ精鋭にしようと鍛えている。
 森に愛でられていてまだ男が足りないと揶揄する者がいるが彼らは晋作をあがめ奉っているので手を出すことはない。
 どこぞの国のように皆同じような格好にさせても文句を言わずに学び、働いてくれている。
「太守様のご機嫌をどうかもう少し上げていただきたく、そのためには財を惜しみません故、どうか」
 役人は晋作に鍵を渡すとにんまりとゲスに微笑む。
 この鍵は役人が保有する倉庫の鍵でそこにあるモノはすべて自由に使っていいと耳打ちしてきた。
「そうか……機嫌が取れるかは分からないがありがたく受け取っておこう」
 嫌いなヤツだが森の国が腐敗すれば、それは大陸全体に広がる恐れがある。
 故郷を守りたい晋作は森に賄賂を受け取ったことを伝えることにした。

「褒美をやる何が欲しい、」
 役人を駆逐してきた血まみれの森が上機嫌で晋作を囲っている部屋にやってきたのはそれから三日後のこと。
 外に出たいと話す晋作のために馬車を用意し、そこでも晋作を愛で「馬車プレイ、ワシもやってみよう」と皇帝信長の酒の肴になったのはまた別の話。