九条空
2025-09-07 01:12:13
1434文字
Public original
 

【配信執筆】25/9/6

お題を貰って30分で書いた

フードファイター・宴。
その名を聞くと震えあがる者もいるほどだ。

曰く、3トンの象を一晩で食べ終えた。
曰く、放射線に汚染されたそばでわんこそばをした。
曰く、缶詰ごと中身を食った。

化け物じみた噂の絶えない宴だったが、その姿自体は有名ではない。
持っている伝説がとんでもなさすぎて、どんな姿をしているのか、にまで話が及ばないのだ。

宴は中肉中背、普通の人間だった。
少なくとも、自分ではそう思っている。
フードファイター・宴、という名前がひとり歩きしていることは把握している。
だが、その辺を歩いていて、「あなたがフードファイター・宴ですか?」と聞かれたことは一度もなかった。

だから、噂や知名度などはどうでもいい。
宴にとって最も大切なのは、己の腹を満たすことだ。

「お嬢ちゃん、そっちに向かうのはやめたほうがいいぜ」

カウボーイ風の男が、すれ違う宴にそう言った。

「なぜですか?」
「どでかいミュータントが出たんだと。トカゲだかなんだか知らねえが、水陸両用の厄介な変異体だと聞いてるぜ。おかげで俺もルートを変更する羽目になった。嬢ちゃん、何か買ってくかい」

親切な商人のようである。
ひとりで歩いているお嬢ちゃんは、大抵カモと思われて問答無用で襲撃される。
商人は目利きができるのだろう。
宴がなぜ一人で歩いているのか――一人で歩いても平気な人間なのか、しっかり考えている。

「調味料ありますか?」
「塩、胡椒、ちょっとしたハーブ程度だな」
「全部ください」
「まいどあり」

すばやく取引を終えた宴は、ホクホク顔で再び歩き出した。

「ルートは変えねえのかい? 俺が売ったもんが無駄にならなきゃいいが」
「いいえ、必ず役に立ちますよ」

宴は微笑んだ。
商人の男は不気味そうにして、いそいそ立ち去った。

先へ先へと進んだ宴は、ついに沼へとたどりついた。
宴が沼のほとりへ近づくと、水面がぶくぶくとあわだち始めた。

背中のカバンからオタマを取り出した宴は、沼を掬って、一口飲んだ。

「舌が溶けるような酸味ですね。ここに住んでる魚はカルパッチョがあいそう」

酸味というより実は酸だが、宴は気にしなかった。
荷物をおろし、キャンプの準備を始める。
商人の男はいい情報をくれた。巨大なミュータントが出ると。

食べよう。
どのくらい大きいかわからないが、宴の腹が少しでも満ちることを期待して、ここでしばらく待つことにした。

寝袋にくるまって眠っていると、地響きがした。
目を開けると、沼の方からずるずると、何かが這い出してきている。
宴は慌てて寝袋から飛び出した。

そのミュータントはおそらくアホロートル――ウーパールーパーの変異体だった。
食べたことはない。宴は胸が躍った。どんな味がするだろう。

腰の包丁を引き抜いて、フードファイター・宴は、ミュータントへ飛びかかった。

戦う前、宴は武者震いしない。
――ただ、口の中に溢れる唾液を飲み込んだ。

戦い終わって、宴はエプロンをつけなかったことを後悔した。
服がぬちょぬちょとした体液にまみれ、かつ溶けかかっている。

しかし宴は無事だ。
宴が強靭なのは胃袋だけではなく、全身なのだ。

倒れ伏すミュータントを前に、ふう、と一息ついた宴は、早速調理へとりかかった。
と言っても、まずはあまりの空腹で、それほど凝ったものは作れない。

前菜は――そう、カルパッチョで良いだろう。


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