TRUMPシリーズのLILIUMのパロディです。ですが、微妙にマリーゴールドのトリックを含んでいたりします。が、どちらの作品のラストとも違うバッドエンドです。お好みの方、履修済みの方、もしくはネタバレを気にしない方はどうぞ。
アネモネは、白い制服を着た生徒たちを見回した。同じく白い服を着ているアネモネは、生徒を導く立場にある監督生だ。教師のような振る舞いが板についていた。金色の髪に金色の目のアネモネは他の生徒たちよりも少し年嵩の十九歳で威厳もある。一人では忙しい監督生の仕事だが、他にすることもないこの狭いエコールではちょうどいい労働だった。
「いいですか? 私たちは繭期の不安定な精神状態。決して薬を飲むことをやめてはいけませんよ」
アネモネは指をぴっと立てる。生徒たちが注目する。彼らは吸血種と呼ばれる人種で、激しい思春期――繭期がある。皆、アネモネのように落ち着いてはいない。Aクラスのブルースターは幼児のように質問が止まらず、Bクラスの芸術家気質のスイセンは絵を描くために暴走する。それを抑えるために使われるのが、様々なハーブを組み合わせた薬だ。精神を安定させる作用がある。
「薬で抑えている感情が爆発すれば、友人を噛んでしまうかもしれません」
アネモネは言葉を切り、生徒の顔を見つめる。濃い青の髪のブルースターと目があった。
「噛んでしまえばどうなりますか? ブルースターくん」
「はい。噛まれた相手は、噛んだ相手の絶対服従になる」
ブルースターは真っ直ぐに手を上げ、平坦な声で答える。まるで人形のように人間味のない口調だが、優しい少年であるとアネモネは知っていた。
「よくできました。そうですね……例えばサンフラワーくんがキキョウくんを噛んだ場合」
「俺が?」
「なんだと?」
オレンジの髪のサンフラワーが、楽しそうに目を輝かせる。短い髪のキキョウが、げっと嫌そうに呻いた。
「がぶっ!」
サンフラワーが服の上からキキョウを噛むふりをする。生徒たちはキキョウをじっと見つめた。アネモネは優雅に笑う。
「はい。これでキキョウくんの肉体と精神は、サンフラワーくんの言いなりです」
「な……っ」
サンフラワーは少し悩んだ後、指を指して叫んだ。
「えーと、キキョウ! 一曲歌え!」
「嫌だ! 授業中だぞ」
顔を真赤にしたキキョウは首を振って否定する。キキョウは隠しているが、歌がうまいことは皆が知っている。シオンがにっこりと微笑んでいた。アネモネは頷く。
「ふふ。今はまだ噛んでいないからこう抵抗できるのです。これが噛まれていたら、キキョウくんは迷いなく歌い上げていたでしょう」
生徒たちがざわつく。真面目なキキョウであっても逆らえないということはよっぽどの強制力だと思ったのだろう。
黒髪の美少年が、座ったままポーズを決める。スイセンは陶酔しながら言った。
「フン。俺は支配などされない! 美とは常に自由な、破壊的なものなのだ!」
「スイセンくん、それは無理だよ……きっとそんな気持ちだって封じ込められちゃうんだよ」
「シオンの言う通りだ。スイセン、お前はただでさえ精神が不安定なんだから、きちんと薬を飲めよ?」
不安げなシオンに、大柄なオニユリが頷く。Bクラスをまとめるオニユリにとって、スイセンは悩みのタネの一つのようだった。
「ケッ。飲んでも飲まなくても変わんねーけどな、ナルシスト野郎は」
刺々しく言うのはケイトウだ。スイセンと同じBクラスで、いつも転げ回るようにケンカをしている。平和な日々に退屈しているとは言っていたが、ここでケンカをされては困る。アネモネが注意しようとした瞬間、真面目な声が制した。
「ケイトウさん。スイセンさんを煽るのはやめてください」
一番年若い、十七の少年であるリンドウがはっきりと言う。躊躇なく指摘できる芯の強い少年だ。
「リンドウなんかは飲まなくても真面目そうだけどな」
け、とケイトウは顔をそらして伸びをする。負け惜しみのように呟いた。
「皆さん、静粛に! 今日の講義はここまで。自由時間とします」
アネモネは話題を終わらせる。長い自由時間が始まった。
アネモネが監督生室に戻る途中、ひとりで周囲を伺うリンドウを見つけた。こそこそと背後を気にする姿はかくれんぼで遊んでいるようにも見える。アネモネは微笑み、声をかける。
「リンドウくん、ひとりでどうしたんですか?」
「い、いえ……」
リンドウはバツが悪そうに俯いた。長い前髪が揺れる。アネモネの胸に、ちくんと懐かしい痛みが走った。けれど穏やかにアネモネは微笑む。
「何でも話してください。私は君を弟のように思っているのですから」
弟。その言葉に、リンドウは顔を上げる。
「……なぜですか?」
リンドウは真剣に尋ねる。アネモネは眉をひそめた。小柄だから。年若いから。真面目だから。そう言って誤魔化すこともできた。しかし、アネモネは正直な思いを口にする。
「そういえば……なぜでしょう? 君をみていると懐かしい気持ちになるからでしょうか」
「……っ!」
リンドウは顔を引き攣らせる。勢いよく駆け出し、アネモネの横をすり抜けた。
「失礼します……!」
叫んだ別れの声だけが、アネモネの耳に届く。アネモネは首を傾げる。
「……リンドウくん?」
しかし首を振ると、悩むことを辞める。後でしっかりと、Bクラス全体で話をしよう。それがこのエコールの監督生としての役目なのだから。
アネモネは花に水をやる。花壇の世話は重労働で、一人で行うのはつらい仕事だ。あまり園芸が得意ではないアネモネは、よくリンドウやオニユリに手伝ってもらっていた。Aクラスが全員で来てくれる時もある。ふう、と額を拭った。
「アネモネさん!」
「大変だ、Bクラスたちがどこにもいない!」
叫びながら駆け寄って来たのは、シオンとキキョウだった。ふたりとも慌てた様子でアネモネに駆け寄る。
「監督生室に肝試しに行くってケイトウくんたちが言ってて……!」
シオンは泣きそうな顔をして、アネモネにすがりつく。アネモネは愕然とし、しかし眉をきりりと吊り上げた。規律違反は、厳しく注意しなければならない。
「では、Bクラスが監督生室に忍び込んだのですね?」
「おそらく……」
キキョウが頷く。アネモネはジョウロを置くと、監督生室へ向かった。
アネモネは部屋に入ると同時に、飛びかかってきた大柄なシルエットを組み伏せる。相手はオニユリだった。アネモネは腕を取り、床にオニユリを押し付けながら肩の関節を引く。少しでも動けば腕を外すという脅しが伝わったのか、オニユリは抵抗しない。
二人の横を、息のあったケイトウとスイセンが抜けていく。いつもケンカばかりしているのに、こんな時ばかりはコンビネーションを発揮する。アネモネは呆れながらも、オニユリに尋ねた。
「オニユリくん、どうしてこんなことを」
組み伏せられたオニユリは、苦々しく言った。その表情は、共に暮らす同級生を見るものではない。まるで殺したくてたまらない敵を見るような視線だった。
「……アネモネさん。あんたには感謝してる。でもリンドウが教えてくれたんだ」
「リンドウくんが?」
「俺たちには消された仲間がいたんだな? 写真があったよ……俺たちから記憶を奪って何を企んでるんだ!」
オニユリはヒートアップする。けれどアネモネには言っていることがわからなかった。
消された仲間? このエコールは、ずっとアネモネと、Aクラス四人、Bクラス四人で構成されていた。人は増減していない。アネモネは聞き返す。
「いったい何のことですか?」
「しらばっくれるな!」
オニユリは吠える。アネモネが罪人だと確信しているようだった。アネモネは組み伏せる手を緩めた。
「私には本当に何のことだか……!」
オニユリはアネモネの手を振り払う。起き上がると、鬼の形相で睨みつけた。
「隠し部屋は何だって言うんだよ!」
「か、隠し部屋?」
アネモネは周囲を見回す。振り返ると、普段礼服を収めているクローゼットが動かされ、後ろにある扉が見えていた。
――こんなもの、私は知らない。
よく見ると駆動する仕掛けがあったようで、それをオニユリたちは無理やり力で動かしたらしく、壊れたパーツが転がっていた。
「気づかないはずがないだろう? あんた1人しか使わない監督生部屋なんだから!」
アネモネは隠し部屋の扉に触れる。開けると、中からひんやりとした空気が漂っていた。オニユリは吐き捨てるように言った。
「リンドウが全部暴いてくれる。あいつは部屋から写真を持ち出した!」
アネモネは目を見開き、振り返る。ファイティングポーズをとるオニユリの傍を抜け、部屋を飛び出す。あっけに取られたオニユリの叫び声を聞かずに、アネモネは走り出す。
「リンドウくん……いけない……!」
胸が痛む。この喪失を味わいたくない。リンドウが居なくなることに耐えられない。
「君まで失いたくありません……!」
がむしゃらに探し回る。あの濃い紫色の髪を。緑の穏やかな瞳を。
アネモネがリンドウを探し当てたのは、森へ続く門の前だった。門の鍵を壊そうと蹴りをいれている。アネモネは鋭く叫んだ。
「リンドウくん! 校則違反ですよ!」
「……アネモネさん」
振り返るリンドウの視線は、猜疑に満ちている。アネモネを憎んでいるような、裏切られて悲しんでいるような、緑の瞳。アネモネの頭がズキズキと傷んだ。
「逆らってはいけません。写真を返しなさい!」
アネモネは高圧的に叫ぶ。いつもなら、これで言うことをきちんと聞くリンドウだったからだ。
「嫌だ!」
リンドウはポケットを抑える。その幼い、わかりやすい仕草さえ今は悲しく思えた。けれど、アネモネは許すことができない。リンドウをここから出してはいけない。
「私は、君まで失いたくないんです!」
リンドウの視線が、疑わしく輝く。鋭い視線は、彼に似て、ああ。
「僕まで……僕の兄さんのこと、やっぱり知っているんですか?」
「……え?」
リンドウを押さえつけようとしていたアネモネは立ち止まる。リンドウの言葉が理解できない。何を話そうとしているかもわからない。脳が悲鳴を上げている。
リンドウはポケットから写真を取り出す。物語の吸血鬼に十字架を突きつけるように、アネモネの目の前にかざした。
「見てください、この写真の人を! 古い写真で、僕とあなたと笑っている人を」
「ぁ、ああ」
その写真は、なんということのないスナップ写真だ。このエコールで、花を抱えた三人が写っている。これは春だ。春であることを私は知っている。
「あああ」
リンドウをはさみ、家族のように微笑む二人。一人は、アネモネ。もう一人は。リンドウとよく似た眉と、濃い色の髪。けれど、アネモネと同世代で高い身長を持つ。
彼は。
「ミオ、ソティス……」
アネモネの唇は、独りでに彼の名を読んでいた。アネモネは崩れ落ちる。膝をつきながらも、視線は食い入るように写真を見つめている。彼が名前を呼ぶ声が聞こえる。けれど、アネモネは彼を知らない。
「ぇ……私は……なぜ、彼の名を……知っているのです、彼は、誰……」
「……僕の兄さんで、もう一人の監督生でした」
リンドウは苦々しく言う。写真を突きつける手が震えていた。
「兄さんはどこにいるんですか? どうしてみんなの記憶がないんですか?」
恫喝するリンドウの声に、アネモネは髪をかきむしる。吐き気と頭痛が込み上げ、身体がばらばらに壊れそうな感覚。手の先と足の先が冷えていく。
「わからない、わからないんです、リンドウくん、私には」
アネモネがすがりつく。見開いた目で、必死にリンドウを求める。リンドウが振り払おうとした瞬間だった。
「本当にアネモネさんは知らないよ。リンドウくん、そこまでにしてあげて」
「……シオンさん?」
穏やかな声。花々の間から、ひよこ色の髪の少年が現れる。おとぎ話のワンシーンのように、はにかみながら。両手を拝むように重ね、小首をかしげて言った。
「ごめんね。内緒にしておきたかったんだけど、アネモネさんが責められるのは見てられなくて……アネモネさんもごめんなさい。ちょっと支配が緩すぎたよね」
申し訳なく思っているのか、悲しげに眉を下げる。言っていることがわからず、アネモネは問いかける。
「シオンくん……君は何を知っているんですか……」
「全部」
シオンは頷く。
「うん、全部だよ」
シオンはゆっくりと歩み寄る。穏やかに、けれど有無を言わさない気迫で、リンドウに近づく。
「ミオソティスさんはずいぶん前に逃げ出しちゃったんだ。何とか連れ戻したかったんだけど、崖に落ちてしまって……殺すつもりはなかったんだよ。本当に」
写真を優しく奪い取った。懐かしそうに写真を見つめ、リンドウと見比べる。
「真実にたどり着いちゃって。そんな所はお兄さんと似てるね、リンドウくん」
写真をポケットにしまうと、シオンは笑う。唖然としたリンドウに語りかける。
「でも、悲しませたくなかったから。みんなの記憶も消しておいたんだ」
リンドウは震える手で、ファイティングポーズをとった。アネモネは硬直したまま何も言わない。真の敵がシオンなら、戦わなければならなかった。けれど。穏やかで優しく、誰よりも和を重んじる、そんなシオンが不思議そうにこちらを見ている。ずっといっしょに暮らしてきた記憶が邪魔をする。リンドウは呻いた。
「何故、僕たちを閉じ込めて……記憶を奪って……」
シオンは何も隠すことはない。頷いて、決意するように眉を寄せた。
「守りたかったんだよ。ぼくの友達を。みんな弱いから、ぼくが守らなきゃいけない」
シオンは両手を、ゆっくりと空に掲げる。昼間の空に、星も月もない。厚い雲に覆われて、太陽もなかった。
「――苦痛や、悲しみ、老いから」
「ふざけないでください! そんなこと誰も望んでない!」
リンドウは叫ぶ。殴りかかろうとした。
「どうかな? アネモネさん」
シオンは手を下ろし、そのままアネモネに差し出す。両手でアネモネを示した。
「アネモネさん……?」
リンドウは素直にアネモネに視線を向ける。地面に這いつくばったアネモネは、頭を抱えて呟いていた。
「ミオソティス……私が……いなければ……」
言葉は理解できない。ただ謝罪と後悔を繰り返している。正気とは思えないほど肉体は震え、端正な顔立ちに汗が浮かんでいる。
シオンはしゃがみ、心配そうに覗き込む。
「ミオソティスさんはね、アネモネさんを庇って脱走に失敗した。ミオソティスさんは、アネモネさんのせいでぼくに見つかった。それを気にして壊れてしまうから、ぼくはみんなの記憶を奪ったんだ」
シオンは立ち上がると、膝についた泥を払った。その手で、リンドウに握手を求める。
「優しい夢の中で、一緒に過ごそうよ。リンドウくん。きみがいなくなったら、ぼくも寂しいよ」
リンドウの頭の中に、頼れるアネモネの苦悶が焼き付いていく。真実の苦しみを抱えて外の世界で生きていくということ。けれどリンドウはシオンに、震える拳を突きつけた。
「……ふ、ふざけるな……! 僕たちを自由にしろ!」
シオンはリンドウの真正面に立つ。いくらでも殴り飛ばせる距離に、自ら殴られるのを待つように近づく。キスをするように、腕の中に入った。
「――でも、リンドウくんもアネモネさんや、オニユリさんから別れたくないよね? ううん、ぼくたちみんなから」
「ぁ、ああ」
リンドウは動けない。このシオンを殴れない。組手やケンカとは違う。根源的な恐怖と、この世界への愛で動けない。
「ごめんね。できれば記憶はなるべく書き換えたくないんだけど……誰も傷つけないためだから」
シオンの手が、そっとリンドウの頭を撫でる。こつん、とリンドウと額を重ねた。
「誰も苦しまないためだから」
「ぁ」
リンドウの頭に、音叉が鳴るような透明な音が響いた。
アネモネは、監督生室のベッドの中でのたうつ。朝の光が眩しい。目が開けられず、毛布を抱きしめ直す。
「あっ、もう、朝……ですか」
アネモネは眠気に懸命に抗おうと、腕に力を入れる。けれどベッドから出ることは叶わない。身体がひどく疲れていた。
「じゅぎょうの、じゅんび……を……」
目を開けると、視界がぼやける。ぼやけた視界に、紫の髪が映った。
「大丈夫だ。俺がやっておいた」
苦笑しているのが伝わる、優しい声。アネモネは柔らかな笑顔を浮かべる。
「ぁ……ミオソティス、さん」
ベッドがきしみ、手がアネモネの頭に伸ばされる。
「お前は相変わらず寝起きが悪いな」
金の髪を、小さな手が優しく撫でる。アネモネは唇を尖らせ、拗ねたように言った。
「……そんなことはありません……あなたが居なくても起きれます」
「フッ。まぁいい」
からかうように笑った後、真剣な声色で言う。緑の瞳は、真っ直ぐにアネモネを見つめていた。
「俺たちはずっと一緒だからな」
リンドウは、ミオソティスの口調でそう語った。
アネモネ 高塔戴天 あなたを愛する
リンドウ 高塔雨竜 悲しむあなたが好き
ミオソティス 高塔叢雲 わたしを忘れないで
ブルースター 魅上才悟 信じ合う心
サンフラワー 伊織陽真 あなたは素晴らしい
キキョウ 蒲生慈玄 誠実
オニユリ 阿形松之助 威厳
ケイトウ 荒鬼狂介 勇気
スイセン 神威為士 自己愛
シオン 深水紫苑 あなたを忘れない
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.