あかまる
2025-09-06 11:30:30
880文字
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宝玉  (カニバリズム願望注意)


彼女の乳歯を大事に持ってるマヒルの話。

逃げ帰った喧嘩相手の、抜けた歯が地面に転がっている。こびりついた歯肉、菌に侵された黒ずみ。人間の汚い欠片だ。

踵を返してポケットに手をやった。白くコロンとした真珠のようなそれを、指先でつまんで口に含む。

飴とは違って甘みなどない。ただ、つるつるとした滑らかな舌触りが彼の心を満たす。
大地が時間をかけて宝石を生み出すように、彼女が生み出したそれも彼にとっては唯一無二の宝玉だ。

「いいな、飴。私にもちょうだい」
目ざとい妹がうらやましそうに声をかけてくる。

何もわかっていない無垢な妹に笑いかけた。
「残念、これが最後の一個だ。ばあちゃんに内緒で一緒に買いに行くか? オレの部屋から財布を取って来い」
「うん、兄さん大好き」

彼女の後姿を見ながら、口に含んだものをハンカチに落とす。美しい乳歯を大事に包んでそっとポケットにしまった。





オレの小さな宝玉は、あの日の爆発で失われてしまった。
ポッドの中で液体に包まれ、二度と会えない彼女の夢を見る。

……一度、彼女に抱き着かれた拍子に飲み込んでしまったことがある。
平然としたふりをしながら、一人になった瞬間に必死で喉に指を突っ込んだ。
黄色く濁った水たまりの中で、白く輝くそれを見つけて安堵したことを覚えている。
頬を流れた雫は嘔吐の苦しさからくる生理的な涙か。あるいは歓喜の涙だったか。

あの時飲み込んでしまえば良かった。

彼女と繋がっていた歯根が、オレの臓腑を突き刺してくれれば。
そしたらオレはにじみ出る酸で跡形もなく溶かして、彼女の生んだ美しい宝玉と一つになっていただろう。

外にあるから失われてしまうのだ。
中に留めておけば二度と失うことはない。

もしも奇跡が起きて、再び彼女をこの手に取り戻せたら。
今度こそひとつ残らず飲み込もう。

それは甘美な想像だった。
あの小さく温かい生き物がオレの腹に収まって、永遠に輝き続けるのだ。
彼女がオレの中で祈りの形をした光になる。

気が狂いそうな痛みの中、決して叶う事のない願いを握りしめて、長い夢の底に落ちて行った。