わかちィ
2025-09-05 20:56:11
4166文字
Public 小説
 

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ポイピク整理に際し、こっちへ置くことにしました。
25.3.16発行 再録本「ぜーんぶアシュルク。まとめ本」に収録した内容・挿絵付きです。
※一応全年齢ですが背後注意


 ***

 偶然にも、補給目当てで立ち寄った街で馴染みの銀朱を見かけた俺は、いつものように回線を飛ばした。俺からしか一方的に送れないそれを受け、従順なレプリカは——最も、そうなるように俺が教え込んだのもあるが——数刻後にこちらが指定した場所へ向かうと、所在無さげに立ち尽くし、俺を待っていた。
「待ったか?」
「ううん、今来たとこアッシュもこの街に来てんだな。びっくりした」
「ふん。完全同位体同士なら、気配で分かるだろうが」
「そうなのか?……全然意識したこと無かった」
「ったく……
 呆れたように溜息を吐く俺に、レプリカは何か物言いたげにしていたが、特に口に出すことは無かった。

 俺がレプリカを呼び出したのは、大きな通りから一つ入っただけの、細い路地だった。昼を過ぎたという時間帯にも関わらず、全くと言っていいほど人気が無い。ここは近隣住民が生活用品を蓄えるための、言わば倉庫のような役目をしている空間のようで、辺りには幾つかの木樽や箱が積み上げられており、煩雑としていた。恐らく、住民もよっぽどのことが無い限り、立ち寄ることなど滅多に無いのであろう。

 ——何かあった時、身を隠すのにちょうど良いと、俺が目星をつけていた場所でもあった。

「連中にはなんて言って来たんだ」
「ちょっと買い忘れたものがあるって……そう言って出てきた」
「そうすると、あんま時間ねえな」
 レプリカのお仲間どもは、元使用人であるガイを筆頭にかなりの過保護だ。コイツの出自を知った今となっては、見た目と実年齢が乖離している事も相まって、以前とは比べ物にならない程の甘やかしっぷりだった。

 ——長い事コイツを拘束してると、後で痛い目を見そうだな。

 そんな思考が脳裏を過った俺は、早くコトを済ませようと、立ち尽くすレプリカへ手招きをした。すると、奴は何の疑いも無く俺の方へとことことやってくる。幾ら俺が無害であると分かっていたとしても、ここまで警戒しないのはいかがなものか。かつては、命を奪おうと襲い掛かったことだって何度もあったと言うのに。無垢で物知らずだったレプリカに、色々と教え込んだのは他ならぬ俺自身ではあったが、それにつけても無防備な様を露呈しているコイツが、少し心配になってくる。
 コイツのお仲間が過保護になりすぎるのも、分からなくは、ない。

「アッシュ、こんなところでなにすんだ?」
……お前、それは分かってて聞いてるんだろうな?」
 誘われるままに、積まれた木箱や無造作に吊られた洗濯物の間へと潜り込んできたレプリカがなんとも間の抜けた言葉を発したので、俺はくらりと眩暈を覚えた。
 目的のコトをするために体勢を整えようと、俺は石煉瓦の壁にレプリカの左手を縫い付ける。壁に背を向ける形で押し付けたレプリカの脚を膝で割り、腰と腰が触れ合うくらい近づけてやると、漸くコイツは俺の意図を察したようだ。ほぼ同じ目線の高さにあるレプリカの頬が、俄かにさっと赤らんだ。
「まだ、昼間だぞ」
 レプリカが睨めつけるような視線を寄越してきたが、それは微々たる抵抗でしかない。本気を出せば、同じ体格の男くらい簡単に跳ね除けられるのだ。コイツは。
「うるせえ……静かにしてろ」
「あっ、んんっ……
 薄く開かれていたレプリカの唇にこれ以上質問を紡がせまいと、俺は同じものを重ねて黙らせる。
 レプリカの皮膚は、被験者《オリジナル》の俺よりも幾分か薄い。劣化していると言えば聞こえは悪いが、それはコイツの個性の一つでもあった。とても同じ造りをしているとは思えないほど柔く、甘いその唇の感触を、俺はゆっくりと味わい、なぞっていく。
「ふぅ……ん、は」
 以前、何度キスを重ねても、なかなか慣れないと零していたレプリカは、いつまで経っても鼻で呼吸することを覚えなかった。今日も今日とて、俺が角度を変えるタイミングを見計らい、はくはくと苦しそうに口で息を継いでいる。そのたびに奥でちらつく赤い舌に誘われて、俺は浅く啄むだけだった口付けをゆっくりと深めていく。
「うむぅ……ふ、ん」
 奥で縮こまるように隠れていた舌を探り当てるのは、俺にとって造作も無いことだった。奥に隠しておけば、虐められることもない、と言った子どもの浅知恵が見て取れる。所詮、コイツは俺より十も下のガキに過ぎねえんだ。レプリカの顎に手をやり、繋がりを深めたことで、コイツも逃げ場はもう無いのだと、ようやく観念したらしい。縮こまっていたそれを、舌先で軽く突いてやると、レプリカの方からも俺のモノへおずおずと絡ませてきた。
「ん、くっ、ふ……
 暫く舌先を絡ませ合いながら遊んでいると、僅かだがレプリカの息が上がってきているのに、俺は気づいた。薄目を開けてかんばせを伺うと、普段は真白いレプリカの頬が、鮮やかな薔薇色に色づいていた。ともすれば、発熱でもしているように見えるその面《おもて》には、うっすらと玉のような汗が浮かび、ぎゅっと瞑られた目から生える睫毛は、真上から降り注いでいる太陽の光を受けてきらめいている。おそらく、生理的に滲んできた涙のせいだろう。
「ふっ……は、っ」
「は、はーっ、はー……
 甘い蜜を吸い上げていた口を離してやると、レプリカは力が抜けたように背後の壁へずるずると凭れ掛かった。やっと終わったか、と言わんばかりに大きく胸を上下させながら、荒い呼吸を繰り返している。暫くの間、すぅ、はぁ、と何度か肺に新鮮な酸素を取り込んでいたレプリカだったが、ようやく息が整ってきたようだ。崩れていた体勢を整えながら、鋭い眼差しを俺に向けてきた。その目尻にはうっすらと水滴が溜まっている。
「あっしゅ……なが、すぎ」
……あ?」



 鼻の頭まで真っ赤なレプリカに睨みつけられたところで、俺は微塵も恐怖など感じない。よく見ると、造りは同じはずなのに一回りほど大きく感じる翡翠の双眸にこちらが映り込んでいる。それを見つけた俺は、少し気を良くした。
「長いって、何がだ」
「~っ……キス、だよっ。急に、その、深くしてきたと思ったら……
「お前はいい加減、鼻で息を吸うことを覚えろ。屑」
 はな?と疑問符を浮かべているレプリカの唇へ俺は再び覆い被さる。

 ——今日はコイツに鼻呼吸を教えるために、わざわざ呼び出したわけじゃないんだがな。

「んん……っ、ふむぅ」
「ん、れぷ、りか……っ」
 口先を擦り合わせるだけのキスに切り替えてやっても、相変わらずレプリカは口で息を吸おうとしている。とても見ていられない。
「はな、だっ。はなで、いき、しろっ」
「ふん、ふむ……ん」
 口を離す合間に指示してやると、レプリカは思い出したように鼻を震わせ始めた。意識した呼吸だからか、わざとらしいくらい鼻息を噴出す様は若干滑稽でもある。ぴちゃぴちゃといった水音と、レプリカの呼気音とが、静かな路地の一帯へ微かに響き渡る。
「ふっ……
 レプリカは、一生懸命に顔全体を赤らめながらキスに興じている。その様があまりにもおかしくて、俺はついに吹き出してしまった。これで色気もへったくれも無くなったな。
「んっ……⁉︎あっしゅ、いま、わらった……?」
「ふ、気のせいじゃねえか?」
 鈍いレプリカも、流石に自分が笑われたことに気づいたのだろう。ぷはっと口を離すと、またしても対して怖くない睨みをこちらに寄越してきた。
「絶対笑った!なんだよ、もう……人が頑張ってるってのに、さぁ……
「普通、鼻呼吸は頑張るもんじゃないんだよ」
「だよなぁ?なんでキスん時は出来なくなっちゃうんだろ?」
「まだまだ、てめえがお子様ってことだな」
「んなっ」
 心外だ、と言わんばかりにレプリカは目を見開いた。
「もっと修行が必要だな?」
「むむむ……
 ひとしきりレプリカを揶揄うと、俺は辺りの様子を伺った。レプリカと落ち合ったのは、太陽が真上を過ぎた頃合いだったが、今はだいぶ西へと傾きかけている。路地裏に差し込む日光が、若干赤みを帯びてきていた。
……今日の所はこれくらいにしとくか。まさか、鼻呼吸を教えるだけで終わっちまうとは思わなかったぜ」
 想定以上に経過していた時間に気づいた俺は、壁に縫い付けていたレプリカの身体を解放してやった。散々口内を嬲られ、感じ入っていたとは言え、しっかりした足取りをしている様子のレプリカに少しだけ安堵する。腰抜けになられたら連中の――お仲間どもの元へ返す時に、色々と面倒だしな。
「他に何するつもりだったんだよ」
「そりゃあ、な」
 口元を拭いながら問うてくるレプリカに、分かるだろ?と耳元を擽って思惑を示してやる。俺の手が明確な『意図』を持っているのに気づいたレプリカは、途端に顔を赤らめ……キスの余韻で赤かった顔を、茹でダコのように更に赤くして、身を竦めた。
「あああ、アッシュのえっち!ほんとは、そんなコトするつもりだったのかよっ!」
「えっち、ってお前……
「えっちはえっちだろっ!」
 ありえねぇ!と何故だかぷりぷり怒り出したレプリカに、俺は虚を突かれてしまった。   
 俺の腕をするりと抜け出たレプリカは、積まれている木箱の間をずんずんと歩いて行ってしまう。その背中を見送りながら、俺は先程レプリカに言われた言葉を脳内で反芻していた。
 
(アッシュの、えっち……アッシュの……

 その言葉をどこで知った、とかそもそも意味分かってんのか、とか言いたいことは山ほどあったが、俺は急いでレプリカの後を追うことにした。このままアイツの機嫌を損ねたままだと、『えっち』なことすらも出来なくなっちまうかも知れねえしな。そんなこと、この俺が許せるはずもねえ。
「おい、待てレプリカ!」
「ふーんだ!えっちなアッシュの呼び出しなんか、応じなきゃ良かった!」
「何だと、この調子に乗りやがって!」
「うわっ、アッシュ!?何すんだよッ!」

 追いついた背中に、一発崩襲脚を喰らわすと、俺はレプリカに分からせるために、再び路地の一角へと奴を引き摺り込んだ。




 コイツをお仲間の元へ帰すには、もう少し時間がかかりそうだ。