悠環 彰
2025-09-05 20:19:34
2821文字
Public MCU:バキサム(同居アース)
 

シエスタ

バキサムと午睡のひととき。

※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作


 バッキーがリビングのカウチで新聞に目を通していると、二階の自室にいたサムが降りてきてキッチンに立ち料理を始めた。
「昼には早くないか」
 コーヒーを淹れるとか、ちょっとした軽食や菓子を作る様子でもないと気づいて思わず声をかけた。まだ十一時にもなっていない。なんなら、バッキーなんて起きてから二時間も経っていないし少し前に朝食を食べたばかりだ。
「さっき連絡が来て、急に夜間ミッションが入ってな」
 缶詰のスープを鍋に入れて温め、ベーコンと卵をざっと炒める。トマトを切り、レタスを千切って、軽くパンを焼く。どうやらサンドウィッチを作るらしい。その手際の良さに新聞をローテーブルに畳んで置き、キッチンへと歩いていく。
「出来るだけ睡眠取ってから行こうと思って」
「なるほど。大変だな、キャプテン」
 横からトマトスライスを一つちょろまかして口に放り込む。横目で睨まれたが、この様子だとたぶんそこまで怒っていないだろう。そんな些事より夜への備えの方が重要だってことかもしれないが。
「長くなりそうか」
 だいぶ早い昼食を摂るサムの前に座って、コーヒーを飲みながら問いかける。もちろん部外者だから内容の詳細を聞いたりなんてしない。
「予定では明日の午後には帰ってこれる」
「じゃあ、夕飯は一緒に食べられるな」
 なにか作っておくよ、と続ければ、僅かな沈黙の後で「ありがとう」との声が小さく返った。申し訳ないと思ったのか、嬉しくて照れているのか。食べたいものがあったらテキストを入れておいてくれと畳み掛け、それから少しだけ雑談が続く。
「何時に起きるんだ」
 早々に食べ終わり水を飲みながら胃を落ち着かせて、いよいよ寝に入るのだろうというところで確認を取った。
「準備と移動があるから、遅くても四時……まぁ三時には起きると思う」
「正に仮眠って感じだな」
 とは言えお互い軍にいたこともあるし、ぎょっと目を剥くほどのことでもない。この感覚も、一般と照らし合わせるなら良くないことかもしれないな、と内心肩を竦める。さて、と一つ伸びをして席を立とうとするサムを頬杖をついて眺めながら、ふとバッキーは口を開いた。
「抱き枕は必要か?」
 そして両手を広げて見せると、サムは呆気にとられたように瞬きをする。
 まぁついつい思いつきで言ってはみたものの、コイツがこんな軽口に乗ってくる筈がない。何バカ言ってるんだなんてジョークとして笑い飛ばすか、回路がイカれたのかポンコツサイボーグとかなんとか言って顔を顰めてみせるかのどっちかが関の山だ。
……そうだな」
 ほら、やっぱり。
「じゃあ、お願いするか」
 お願いするかなんて言って断るに決まって……決まって?
「おい? 言い出しっぺの癖に何フリーズしてんだ」
……お前、今お願いするって言ったか」
「言ったな」
「抱き枕の役割を?」
「いや、だからなんで疑問系なんだよ。お前が言い出したんだろうが」
 サムが、俺に、抱き枕の役割を? 思わぬ展開に、脳の回転が遅れる。サムは呆れたような顔をして、がたりと立ち上がるとテーブルを回り込んでこちらへ歩いてくる。
「俺の仮眠時間を削りたいのか、バック」
「そんなことあるわけないだろう」
「じゃあほら、さっさと貸せよ」
 抱き枕。そう言って、サムは突然コツンとバッキーの左腕を叩いた。メタルの腕をだ。そして、そのまま右手を開いて催促するように差し出してくる。バッキーはその顔を見上げて、ぱちりと瞬きをしてからハッと意図に気づく。
「サム、お前、まさか抱き枕ってこの腕の話をしてると思ってるんじゃないだろうな!」
「違うのか?」
「どう考えてもこの物騒な腕抱えて安眠はできないだろ!」
 硬いし冷たいしどう考えても抱きしめるのには向かない。悪夢を見る気しかしない。反射的に声を荒げて叫ぶように言えば、サムは指を両耳に突っ込んでそれをやり過ごした。そして、ニヤッと笑って「ジョークに決まってるだろ」と言って踵を返す。
「ほら、時間がないんだ。先行ってる」
 そのまま、さっさと二階へ上がって行ってしまった。すっかり良いようにからかわれてしまったが、どうやらジョークなのは「左腕だけ借りる」部分だけで、抱き枕としてバッキーを所望している部分は本気らしい。
「っ、クソ」
 残りのコーヒーを一気に煽って、階段を駆け上がる。軽くノックをしてサムの部屋へ入れば、彼はベッドの上でアラームをセットしているところだった。バッキーは金具のついているパーカーを脱ぎ、視線で許可を得てからベッドの上へ乗り上げる。並んで横になると、サムはしばらくもぞもぞと身動いだり、バッキーの腕を持って引き寄せたりして寝位置を整えた。
「適当にトイレ行ったり、出てったりしてもいいからな」
「睡眠の邪魔はしない」
「そーかよ……じゃあ、おやすみ」
 ふ、と笑うと、バッキーの胸元にそっと額を添えるようにして目を閉じた。すぐに、呼吸がすうと睡眠時のものに移る。バッキーはその背をそっとあやすように撫でていく。
「サムってさ、すごい寝付きが良いんだ」
 いつだったか、突然スティーブがそう言ったのを思い出す。確か、長い時間旅行から彼が戻ってきて、珍しく家に泊まって昔の、子供の時分みたいに並んで寝ようとしていた時だ。
「軍にいたから、っていうのもあるのかな」
……まぁ、軍人なら寝れる時に寝ないとやっていけないからな」
「僕もお前も、昔は寝付きは良い方だったよな」
 懐かしむような声に、今は違うのかと視線をやった。すると、スティーブは皺だらけの顔を更にしわくちゃにして、ふふと笑った。
「僕は、夜ふかしの楽しみを知っちゃったからね……昔ほどじゃないかな」
 そう言いながらも、とりとめのない話をしている間に彼はバッキーよりも早く眠ってしまった。そんなちょっとしたことを思い出し忍び笑いを漏らしつつ、再びバッキーは腕の中のサムを眺める。
 薄らと開いた口から穏やかな寝息をこぼし、すっかりと緩んだ表情で眠っている。一応恋人である身としては、夜を過ごすこともあるベッドの上で触れ合っているのに意識することもなく速攻寝入られるのは複雑な部分もある。だが、翻せばそれだけバッキーが隣にいることに安堵を覚えてくれているということかもしれない。いくら寝付きが良いと言っても、気を許していない相手に添い寝を頼んだりはしないだろうから。
「眠いな……コーヒー、飲んだのに……
 そう言えば、自分が眠ることに怯えなくなったのはいつからだろう。悪夢を全く見なくなった、とはまだ言えないがそれでも穏やかに朝まで眠れることはだいぶ増えた。バッキー自身も、サムが隣にいることに安堵を覚えているのか。
「サム……
 腕の中に、優しいぬくもり。自然と落ちてくる瞼に任せて、バッキーもひとときの午睡を享受することにした。