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九条空
2025-09-05 20:07:00
2237文字
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落合トメ①
前
八束糸絡③
次
落合トメ②
肩が凝った。
やはり、糸絡さんとの会話で、俺はそれなりに緊張していたらしい。
静かな
圧力
プレッシャー
があった。
あれが無意識に発されているものなのだとすれば、そりゃ「仲良くお喋りしてくれる」相手はできねえだろう。
しかし、同時にスマホやPCであれだけの作業をしつつ人間と会話ができるような器用人間が、プレッシャーを操作できないもんかね
――
これは偏見だろうか。
仕事はできるがコミュニケーションはあまり得意でないタイプの可能性は、なくもない。
いやあ、でもなあ。
薄井ちゃんがかつて「公安の交渉担当は他のことで手一杯」と言っていたのは、確実に糸絡さんのことである。
やっぱ俺はビビらされるべくしてビビらされたのだろう。
悔しいぜ。俺もまだまだ若造だな。
次に向かうよう言われた場所まで、廊下を歩いていると、見知った顔が向こうから歩いてきた。
顔を見た瞬間、お互いに驚きの表情を浮かべる。
「月島教授!?」
「あれ? 祈くんだ」
月島
壮一
そういち
は、俺が大学で散々世話になっている教授だ。
俺は顔を青くした。
ここは公安だ。
すべてがそうだとは言わないが、職員には異能力を持った者が多い。
もちろん公安には異能者以外も所属している。
かつて異能を隠して公安にいた澪もその枠だ。
もしかして、彼も
そう
なのか?
聞いてねえんだけど。
数年一緒に治療薬を開発してきたある種の同僚として、やや裏切られたような気持になっちゃうぞ。
月島教授は俺の近くで立ち止まると、呑気に首を傾げた。
「んー? 祈くんが公安にいるって話は聞いてないんだけど、公安お得意の秘密主義かな」
「いや、俺はここに所属してるわけではないんで
……
」
「そう? ならよかった。ここはあんまりいいところじゃなさそうだからね」
月島教授の言うここは当然、公安のことだろう。
「悪いけど、今日どうしてここにいるかは、言えないんだよね。怖い人に首切られちゃうかも、あはは」
その首を切られるが、リストラの比喩であることを願うばかりだ。
「えーと、そうあまりいいところではなさそう、などと客観的におっしゃられているということは、月島教授もここに所属しているというわけでは、ないということですよね?」
「ん? うん。僕には特別な力なんてないからね」
俺は一旦、ほっと胸をなでおろした。
月島教授が、実はミュータントだったというわけではないようだ。
そして、公安職員でもない。よ、よ、よ、よかった。
「医療に関わる者として、協力させてもらっている形かな?」
「協力
させられている
の間違いではなく?」
「いやあ。あはは」
――
不穏だった。
明言を避けている時点で、肯定と同じようなものだ。
元々高くなかった公安への好感度が下がる。
「俺にもですか?」
つまり、俺と教授の共同研究
――
異能力を使用した再生医療についても、公安の指示であるのかについて尋ねた。
「そっちは、協力させてもらっている、で間違ってないよ。公安の目を盗んで異能の研究ってできないし」
なんとかため息を飲み込んだ。
俺は治療薬を開発することに必死になりすぎて、単純なことにも気がついていなかった。
マジでアホ。そりゃそうだ。
なぜ公安が、俺の異能力研究になにも言って来なかったのか
――
月島教授がいろいろと手を回してくれていたのである。
「俺の知らないところで大変なご迷惑をおかけしていたようで
……
」
「いいのいいの。そういうのが大人の仕事だからね」
研究室にいるときのように、月島教授は呑気に微笑んだ。
公安をあまりいいところではない、と称したことから、ある程度公安の裏の顔も知っているはずだ。
だというのにこの余裕。見習いたいぜ。
「僕にできることは限られているけど、困ったら相談してね」
「ありがとうございます」
最後に、月島教授はこう言った。
「若者の未来を決定できる老人など、この世のどこにもいないさ。好きに生きなさい、祈くん」
俺の肩へぽん、と手を置いてから、月島教授はその場を去った。
かっけえ。
俺もああいうジジイになりてえものだ。
そんなことを考えながら、俺は指定された部屋の前に立った。
今日は調子の狂うことばかりだ。
俺にしちゃ珍しく、たびたび動揺している。
隙を突かれてんのかね。こういうの全部糸絡さんの采配だったら怖いぜ。
この向こうには、糸絡さん曰く「是非に仲良くなっていただきたい」ヴィランだ。
どんなんが出てくるか予想もできねえぜ。
ノックして、扉を開ける。
そこは、ものの多い部屋だった。生活感がある。
ほとんど何もなかったビットヴァインの部屋とは正反対である。
その人はハンモックで横になっていた。
クッションに頭を預け、文庫本を読んでいる。
タイトルを確認すれば、最近話題の大衆文学だ。
彼女は、洗練された老婦人だった。
その呼び名が正確かはわからない。
上品さの他、研ぎ澄まされたナイフのような鋭さもある。
よく手入れされ、今でも切れ味の鋭い日本刀のような女性だ。
俺が入室したことで、本の文字を追っていた瞳がスッと細まった。
眼鏡越しに見える瞳は、薄い灰色をしている。
読んでいた本に栞を挟むと、ページが閉じられる。
サイドテーブルへ本を放りなげる動作からして、俺にイラついているか、本の内容が大して面白くなかったか
――
後者であってくれ頼むから。
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