なぜなぜ期の子供に絡むレイシオを見てるアベンチュリンの戦パ。バーテンイベの学問初心者に対する態度がマジで『全宇宙に知識を広めることに尽力している』人って感じで良かったよね……というお話
短距離であればシャトルのエコノミー席に乗るのが好きだった。部下には良い顔をされないどころか、各主要線で常時押さえてあるファーストクラスの席が無駄になると文句まで言われる趣味である。
一緒に仕事をする相手によっては譲歩が必要になるが、その点においてベリタス・レイシオは最高だった。アベンチュリンが手配した席がファーストだろうがエコノミーだろうが、彼が文句を言ったことはない。
それでも今回はビジネスクラスを取った方が良かったかもしれないと少しばかり反省している。初めて乗った型番のシャトルのエコノミー席は近隣の星の人間の標準体型に合わせられているようで、身長も高く筋肉も付いている彼には少々手狭に感じられた。こっそり評判を調べてみると、やはり座席が小さいと文句が並んでいる。この機体の名前はよく覚えておこう。
それでもレイシオは気にした様子もなく、四つ続いた中央の座席の左端に座って本を読んでいる。隣の人間の圧迫感を考慮して自分を緩衝材にしながら、アベンチュリンは適当に選んだ映画を見つつふわりと欠伸をした。
この眠気は映画の内容ではなく昨日夜更かしをしたのが原因だが、残作業がどうこうと言うより体内時計の調整のためである。訪れた眠気に抗わず、アベンチュリンは映画の再生を中断して瞼を落とした。耳に入れたままのイヤホンはまあ、ちょっとした耳栓代わりになるだろう。
それからしばらくうつらうつらと気持ちよく船を漕いでいたのに、その眠りが急に妨げられた。まだ意識がはっきりしない間に水を飲んでいるうちに、イヤホン越しに子供の甲高い声が耳に飛び込んでくる。なるほど、これが原因らしい。そう納得している間にも、ねえねえ、なんで、と癇癪が混ざり始めた子供の声が聞こえている。
ちゃんとした耳栓を着け直そうと持ち込んだ小さな鞄に手を伸ばしているうちに、レイシオが子供の声がする方を気にしたらしかった。いかにもそういう『騒音』を彼は嫌いそうだ。そう思った瞬間に彼が席を立ったので、アベンチュリンは思わず固まってしまう。
「失礼」
後でね、と焦った調子で子供を窘める窓側の二つ続きの席の通路側に座る母親にレイシオが声をかけて、背筋にひんやりしたものを感じた。子供は静かにしていられなくて当然だろうに、と仲裁をするつもりでアベンチュリンも慌てて席を立とうとする。
「あの星が青く見えるのは表面のほとんどが海に覆われているからだ。ほら、上の方に少しだけ緑色の部分があるだろう? あそこは地面があって、木が生えている」
「海って青いの? どうして?」
おそらく、アベンチュリンのように海が少ない星からやってきたのだろう子供が首を傾げる。川は青くないよと続ける子供にそれは、とレイシオは普段よりも小さめでゆっくりした調子で子供の質問に答えていく。突然我が子に話しかけ始めた筋骨隆々の青年を母親はまじまじと見つめて、しばらくして何かに思い当たったように目を見開いた。
その間もレイシオはおそらく彼からすれば正しくはないはずの、けれど子供に理解させるにはその程度が適切だろうという解像度で説明を続ける。それから母親は慌てて立ち上がりレイシオに席を譲ったので、通路に立ち続けようとするその人をアベンチュリンは手招きをして自分の席の隣に座らせた。
「同僚が急にすみません」
「いえそんな! ところで、あの、もしかしてあの方」
「あなたが思った通りの人だと思いますよ」
「そうですか……」
借りてきた猫のようにちょこんと座って一瞬だけアベンチュリンを見た後、自分がいた方に視線を戻す。呆然とした相槌を聞く限り、どうやら彼女は自分の子供と子供に話しかけるレイシオが気になって仕方がないらしい。しばらく彼の好きにさせてやってほしいとお願いすれば、もちろんと女性は快諾してくれた。
さすがに何の確認もせずに眠るのも微妙になってしまって、レイシオの声の調子に合わせて随分と静かになった子供と彼の会話にアベンチュリンも耳を傾ける。レイシオは矢継ぎ早に質問をされても、おじさんと呼ばれても全く気にした様子はなかった。
「おじさんはどうしてそんなに色々知ってるの?」
「それは僕が学校で先生をしているからだ。君がこれから通うだろう小学校ではなく、大人に教える学校の先生だからたくさんの事が教えられる」
せんせい、と子供がきゃらきゃらとした声を上げる。わざわざ大学の教授だと説明したのは、小学校の教師に無駄なプレッシャーをかけたり過度に教師に期待をさせて子供を落胆させないためだろう。こう言ってしまってはなんだが、レイシオとそこら辺の教師を比べれば月とすっぽんなのは間違いない。
じゃあせんせい、と子供が次の質問を投げかける。その問いにレイシオが少しも迷うことなく答えるのを聞いて、子供がこれ以上騒ぐ事はないだろうと判断した。周囲の様子を盗み見て二人に不快感を覚えている客がいないことを確認し、アベンチュリンは母親に断りを入れて再び目を閉じる。
* * * *
再びアベンチュリンの目を醒まさせたのはステーションへの到着を告げるアナウンスだった。到着の際に発生する振動と衝撃に備えてシートベルトを装着するように乗客に指示するのに従って、アベンチュリンは寝ぼけ眼でシートベルトをかちりと着ける。それからレイシオがいるはずの方向に視線をやると、彼はちょうど母親と二、三言葉を交わして自席に戻ってくるところだった。
「いつかあの子が僕のゼミの門戸を叩くような事があれば、陳腐ながらになかなか良い物語だと思わないか?」
まだぼんやりとしている頭で動くもの——席に腰を下ろしたレイシオに視線を向けると、彼はシートベルトを着けながらそんなことを言ってきた。彼にしては随分とロマンチックな物言いだと思ってから、これもまた彼のやり方なのだと気がついた。
彼は本当にあの子供が真理大学までやって来るとはこれっぽっちも思ってはいないのだろう。ただ子供が抱く疑問に答え、好奇心を摘み取らないでいれば、あの子はいつか明確な目的を持って勉強を始めるかもしれない。そういう子供達が増えれば、世界はほんの少しだけレイシオが思い描く世界を投影するのだろう。
『愚鈍』という名の病を治すなんて、目標を高く持つのは良い事だけれどあんまりにも現実的ではないと思う事はあった。けれど、実はそんな大層な側面ばかりではないのかもしれないとアベンチュリンは考える。
「そうだね。とっても素敵なお話だ」
いつかあの子がレイシオの名を知って、彼に憧れる日が来れば良いと思う。そして彼に届かなくとも、自分なりに世界を見つめればきっと世界は変わるのだ。きっと、誰も気がつかないくらい僅かでも。
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