エネルギードリンク。それは確かにすり減ったエネルギーを回復してはくれるものの医者として決して常飲を勧められるものではない。そう、たとえこの診療所で販売をしていたとしてもだ。
「セバスチャン、ここのところ買いすぎじゃないかな」
カウンターに並んだ三本の白い小瓶と引き換えに紙幣が三枚手渡される。それを受け取りながらいう台詞でないのはもちろんわかっているのだがつい口を挟まざるを得なかった。
「別に、健康そのものだし問題ないよ」
「そういう問題じゃないよ、これで完璧に疲れが取れるわけではないし休息も……」
「そんなことより俺はさっさと金を貯めてあの家から出たいんだ、ハーヴィー先生」
外に積もる雪ほどに青白い手を伸ばし小瓶を引っ掴んだ若者──セバスチャンは大人の小言に聞く耳を持たずそのまま外へと飛び出していく。まだこの町に来て日の浅い自分になにがわかるというのか、焦りを滲ませた背中がそう語っていた気がして思わず溜息をこぼしてしまう。
「だめよハーヴィー先生、お医者さんなんだから溜息なんて吐いちゃ」
「マル」
「ごめんなさい、セバスチャンは私が対応すると不機嫌になりそうだったから」
奥から気まずそうに顔を覗かせたのはこの診療所を手伝ってくれているマル、たった今し方足早に去っていたセバスチャンの妹だ。彼女は異父兄が帰るのを見計らいそれまで奥で備品の整理をしてくれていたのだが、溜息はよくないとそう自分に注意をした彼女自身も小さく息を吐く。
「いや、いいんだよ……彼はずっと家でもああなのかな」
「えぇ……昨日もパパと喧嘩していたの、最近じゃママも持て余してる」
この家庭はどうやら少々訳ありのようで、確かに彼等の母親からも時折相談を受けることがあった。彼が友人も少なく地下室に篭りきりであるということ、部屋が真っ白になるまで煙草を蒸していること、そしてその煙草がなにかよくないものだったらどうしようかと疑っているということまで。
とりあえず気にかけておくべき住人の一人であるセバスチャンはよくこの診療場を訪れてはエネルギードリンクを数本買って帰った。話を聞けば彼はフリーランスでプログラマーをやっていて以前から不規則な生活を送っていたらしい。そして最近とみにひどくなっていくその生活態度は金を貯めてこの町を出ていくためだという。一本一千円の対価と自らの心身を削りながら彼は静かに今日も自らの殻に閉じ篭っていた。
とある雪の夜のこと、サルーンからの帰りが一緒になったセバスチャンへ声をかけた。たった短い間だが一緒に帰らないかと、断られると思っていたのに意外にも彼は構わないと頷いた。
「今夜はどうだったんですか?」
「ビリヤードなら当たり前だけど快勝だよ、サムが俺に勝つ日が来たらきっとこんな雪が降るくらいじゃ済まないだろうね」
友人に勝ち星をつけたからかどうやら機嫌がよいらしく、いつになく饒舌な彼は傍の雪の塊をその足で踏みつける。その姿は年齢よりも大分と幼く見え、危うさを覚えた自分は町の広場の真ん中で足を止めた。
「……セバスチャン、君はこの町を出てどうするんだい?」
「さぁね、どこかの街で適当に今と変わらない生活をするのかもな」
「君は手に職もあって友人もいる、君を心配している母や妹も……どこにも行かなくたって──」
少し先を歩いていたセバスチャンが振り返る。うるさいと怒鳴られるのかと思った。雪玉を投げつけられるくらいならかわいいものだが戻って来て胸ぐらでも掴まれたらどうしたものか。しかし朧げな街灯に照らされた彼の表情はどんなにかこの胸を締めつけるほどにひどく寂しいものだった。
「違うよ先生。俺は俺だけの居場所が欲しいんだ」
居場所。彼にはいくらだって用意されている。健康とは言えないかもしれないが一般的な家庭。そして母が手がけた地下室、バイクのガレージ。友人の部屋に酒場の遊戯室。そこでともに過ごす友人達の隣。自分がカウンセリングを主としていないのは確かだが、それでも大人として、人生の先輩として掛けられる言葉がもっとあったのではないか。年に一度の健康診断を受けさせながらエネルギードリンクを与えて無茶を許し、口では綺麗なことを言いながらその心身がすり減っていくのを見ているだけ。
目の前で命を落とした患者をたくさん見てきた。彼はもちろん死んでなどいない、患者ですらない。それなのにその日目の前の大人になりきれないまま生き急ぐ青年に、自分が医師として無力な人間だということを嫌というほど思い知らされた。
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