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いぬみ
2025-09-04 13:08:20
9716文字
Public
黒バス
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逃げも隠れもできないで
WC前の紫氷。
アツシに告白された室ちんが返事を〝保留〟にする話。
室ちんに言いたいことあんの、と彼は言った。
紫原敦。日本に帰ってきて通っている高校の後輩にあたる。オレを室ちんと呼ぶ男は、アツシしかいない。そもそも今、ふたりきりで顔を見合わせているのだから、推測する必要も無いけれど。
「なんだ。言ってみろ」
今日は休日だけれど、少し足を伸ばして、公園にあるストバスコートで、自主練習をしていたのだった。
秋田県は豪雪地帯だ。冬が深まっていくにつれて、雪が降り積もり、屋外のコートが使えなくなるなんてことは容易に想像がつく。だから、今のうちに、屋外でのバスケをやっておきたかった。バスケ練習は人が多いに越したことはない。だから、アツシを誘った。
昼に、近所の甘味処で、食事(というべきか、おやつというべきか)に付き合うこと。それを条件に、アツシにも自主練習に付き合ってもらった。元々、今度の休日出かけないかと、アツシから誘われていたのだった。
それだったらせっかくだし、バスケがしたいな。そんなオレにアツシはためいきをついて、それでも付き合ってくれた。
そろそろ帰んないと帰寮時間間に合わないよ、と窘められて、ようやく日が傾いていることを知る。帰り支度が終わって、帰りにコンビニでも寄るか、と提案しているときだった。
ね〜、オレさ〜。いつもどおりの間延びした口調。なのに、こう向き合われると、どことなく緊張感をはらませる。周りに誰もいないからだろうか。彼とふたりきりになるのは慣れているけれど。
「室ちんのこと、好きだよ」
──こんな真剣な声が出せて、こんな真面目な顔ができたんだな、と、まず思った。
ぎゅっと顰められた眉といい、まっすぐと見つめてくる眼差しといい、よほどの覚悟だとか、切実さだとかが秘められていた。それぐらいは、わかる。夕日に照らされたアツシの頬の側面が、とても眩しくて、オレの右頬にも当たっているそれが、熱かった。
「付き合いたいとか、レンアイとか、そっちの意味ね」
気づかないふりをして、ああオレも好きだよ、と間髪入れずに言ってしまえばよかったかもしれない。先輩として好いてくれてうれしいよ。オレも後輩として好きだよ。勘違いしてしまえばよかった。そうすれば、少なくとも今、判断を迫られることはなかった。そんなことに気づいたのは、アツシに、誤魔化す道を塞がれてからだった。
ああ、しくったな。逃げられない。
「室ちんさあ、慣れてるでしょ、告白されんのとか、好きになられんのとか。男にはないかも知んないけど」
日本では、恋人になるために告白することが一般的。そんな地域差は、いつぞやに身をもって知った。定期的にラブレターを渡されるし、定期的に裏庭に呼び出される。アメリカでは、仲のいい男女が一緒にいるうちに自他公認の仲となっていくことが一般的だから、新鮮だよ、と笑っていたのは、六月頃、編入したてのころだったか。
その話をした張本人に、今、面と向かって告白されている。
「男に、か
……
。いや、まあ
……
日本に来てからは、ないけど」
たまに、同級生の男子に、まじ惚れるわ、こーいうところが女にモテんだな、と囃し立てられることはある。羨望混じりの目線は明らかに冗談じみている。あれはさすがにカウントしないだろう。
「
……
話逸れた〜。要は、だから気づいてたでしょってこと。オレのきもちとか」
アツシが、オレをどう思っていたか。
──アツシが、オレに好意を抱いているということ。
……
正直なところ、彼の言うとおり、気づいていた。
たとえどれだけやりたがらないことでも、オレが頼めば、検討してくれること。ところどころで、オレの所在を気にしてくれていること。それだけなら、まだ、後輩の範疇を出なかったかもしれない。けれども。
……
たまに、オレを見つめる目が途方もなく熱っぽくなることだけは、確信を持って、好意ゆえだと言える。
なんなら今でも、その好意の息づきに、気付かされるばかりだ。
日本ではない、とはぐらかした真意──アメリカでは、どうだったのか──に勘づいて、複雑そうに眉をひそめるしぐさは、明らかに後輩の域を踏み越えている。男として、人として、恋愛として、オレを意識している。
性別関係なく、好かれることには慣れている。ただ単に外見や仕草に見とれられることもあるし、身体から内面までに惚れられることもある。そうして仕掛けられるアプローチを、オレは上手くかわして、いなして、距離をとって、今までやってきた。特に、シャレにならない好意には、慎重に。
男でも女でも、本気は、目を見れば分かる。これはバスケでもそうだ。本気のヤツっていうのは、目線は熱く、動きは鋭く、展開は早い。だからこそ、早めに気づいて、早めに対処をすることが大事だ。この十七年間で、自然と身につけた処世術のようなものだった。
だから、わかってしまうのだった。アツシの目線といい、しぐさといい、そのすべてが〝本気〟であることが。
……
冗談だとか、気の迷いでは済まないのだということが。
「で〜、返事は〜」
催促されて、また、しくったと思った。──そうかアツシはオレのことが好きだったのか、しかも恋愛的な意味で、意外だな、まあ気づいてはいたけど。アツシ、案外わかりやすいからな。あとやっぱり告白されるのって慣れないよ。気づいてたことをわざわざ口に出されるのって、気圧されるもんだなあ──
……
。そう畳みかけてうやむやにすれば良かったんじゃないか、と、返事を要求されて気づく。他人の裏をかいて、思うがままに翻弄することには長けている。そんな自負がある。あるのに、今日はどうにも、ままならなかった。
「言っとくけど、別に、付き合えなくてもオレはいいよ。それで部活に支障も、まー、出さねーし。いつも周りにしてるのと同じでいーよ」
固まっているオレを見かねてか、アツシは、オレの目を見つめたままに、そんなことを言う。付き合えなくてもいいと言うのが本心ではないなんてことも、部活に支障は出さないというのが本当であることも、その声と目で、悟ることができた。
バスケに関係のないオレ自身の気持ちを、アツシは欲しがっている。それゆえに、どこか余裕ぶった譲歩を、匂わせている。
そんな譲歩に、つい悔しくなってしまうのはオレの性分だった。
バレバレなのに隠されると、どうにも、悔しさと切なさや不甲斐なさといった、苦々しい気持ちが湧いて、本気を乞いたくなる。我慢なんてするなと、叫びたくなる。見込んでいる相手になら、特に。
それでも譲れないものが、今のオレにはあって。
あいにく、苦々しさを、衝動を──拒絶するしかなくて。
──答えられない。どうしても。
……
今は。もっと、向き合うべきことがあるのだから。アツシの言う通り、周りにも、そう伝えてある。
だから、オレは──
……
「保留、じゃ、だめか」
……
そういう、答えを選んだ。
跳ね除けようとしてできなかった、そんな選択を答えた。
後々で、また、返事をさせてくれ、と。
今までしたことのない答え方だった。今まではずっと、謝罪と拒絶を選んでいた。──今は、バスケに集中したいから。きみのこと、そういうふうに見れない。気持ちはありがたいけれど、ごめんなさい。そうやって、頭を下げていた。実際にオレは色恋沙汰よりも、バスケの方が大事だったから。特に近頃はそういった意識が、もはや使命と違わずに君臨している。
それは誰に対しても変わらない、はずだった。先輩にも、同級生にも、後輩にも、生徒会の仲間、マネージャー、コンビニでバイトをしている大学生、教師、ストバス仲間
……
どんな相手だろうが、送るものは変わらず、丁寧な謝罪と、丁重なお断りだった。例外はない。
〝後で〟なんて──期待を持たせるような返事は、しなかった。
答えなんて初めから決まっている。彼、彼女らの気持ちに応えられるものをオレは持っていない。応える気はない、それどころではないのだから。
それはきっと、アツシにだって、変わらない
……
はずのもの。
ああそれなのに。今日のオレは、おかしい。いつもどおりではない。
それだって、本当は違う。
……
正確には、アツシの前のオレは、いつだっておかしかった。
いつだって、アツシに対しては、ほかとは違う気持ちになった。だから、いつだって、オレは、ほかとは違う対応を取らねばならなくなった。
拒絶も受容も選べないオレは、飲み込んでしまうしか無くなった。
「
…………
えぇ〜
……
」
オレ自身初めてする返答に、アツシも困惑した。受け入れられるか、やんわりと断られるか、その覚悟しか決めていなかったらしい彼は、予想外にぶちあたって、ぽかんと、ただオレを見つめている。
「
……
いつまで?」
それでも、玉砕はしていないらしいととらえて、訝しげな声色で、オレに答えを乞う。いつまで答えを待てばいいのか。パッと口にすることができた。
……
あの日から、忘れることはない日付け。
「ウインターカップ、終わる
……
まで」
ストバス大会に参加して
……
予想外の相手と再会を果たしたあの日から。ずっと、冬の大会は、オレの脳の片隅にインプットされている。
「
……
そういうこと、返事とか考えるの、できないんだ。試合に、集中したくて」
ぎゅっと握りこんでから、自分が、
証
リング
に手をやっていたことに気づく。冷たくて小さいそれが、オレの中では大きな意味をもって、脈打っている。
それを殺すまでは、うつつを抜かすことはできない。
恋愛を楽しむどころではないのだ。今の、オレの状況は。
アツシは、オレの返事を聞いて、大きなため息をついた。今度は、予想通りだったことに呆れているようだった。主にバスケ関連で、ブレないね、と辟易する時の顔をしていた。
「待つけどさあ
……
。答え、用意しといてよね」
ウインターカップまでに、三ヶ月以上は時間がある。それ以上は待たないと宣告されている。さすがに口出しはできなくて、曖昧に頷く。
……
三ヶ月後のオレは、どんな答えを下すだろう。他人事のようにそう思った。
ただ、存外素直に引き下がる彼に、やっぱり甘いな、と思った。
……
いつもアツシは、そうだった。なんだかんだとオレの言うことに耳を傾けてくれる。それに気づかないほど、オレは鈍感ではない。ましてや、彼から好意を表明されたすぐあとに、のんきに受け止められるほどお気楽でもない。
「うん、悪いな」
自分の都合であることは自覚している。自覚してはいても、妥協できるかどうかは別だった。
オレンジ色の夕日が、だんだんと姿を隠して、暗くなっていく。──そろそろ歩こうか、時間、間に合うかな。ここまで遅くなったのはオレがバスケに夢中になっていたからだし、ここまで引き止めたのはオレが答えを出すのに手間取ったからなのに、主導権を握って帰りを促すと、アツシは特に文句も何も言わずに動き出す。
「コンビニ寄れないなあ、このぶんだと」
「え〜
……
あー、だね」
「ごめんな。今日の夕ごはんのデザート、オレのぶんやるから」
「ん〜。じゃあコンビニは明日の朝ね」
「うん、寄ろうな」
……
拍子抜けするほど、いつもどおりの会話だった。今までにも何度か行った応答、お決まりのルーティーン。──支障も、まー、出さねーし。彼が先程宣言していたことは本当だったらしい、と痛感する。
だから緩んだ、というべきか。だから、不思議に思った。
「どういうところが、好き?」
何が、とは言わなかったけれど。
いつもどおりの中でも、ほんのりと、告白の余韻が残った空気なら、ほんのすこしの言葉だけで察しあえてしまう。
今日の夕ごはんとか、最近発売するらしいお菓子のこととか。帰るまでの雑談のネタは、他にもあったけれど、今、オレが訊きたいと思ってしまったことが、思わずこぼれおちた。当たり障りのある関心だとわかっていながら、留めておけなかった。つくづく上手くいかない。
「
……
何の?」
しらばっくれていることはわかった。お菓子を取り出した手が固まっている。
「オレの。答えてくれないかな」
具体的に、オレのどこにどう惹かれたのか、気になった。
記憶の限りだと、きっかけというきっかけが思い当たらない。そういえば告白されるときは、たいてい、勝手に相手から説明されていたことを思い出したのだった。好意を持つ明確なきっかけを伝える子もいれば、オレのどこがどう好きなのかをアピールする子もいた。どうあれ、この想いは真摯なのだと信じて欲しいとばかりに、彼女らは言葉を尽くした。
せっかく捧げられた〝理由〟はもう朧気で、詳細を覚えていないのだけれど。アツシのそれは、聞きたいと思った。覚えたいと思った。覚えられると思った。
「はあ? オレの告白に答えないくせに、室ちんは訊くわけ」
もっともな答えだ。
「保留っていうのも、ひとつの答えだよ」
だけれど、一回食らいついた以上、すぐに引き下がるのもなんとなくできなくて、屁理屈をこねる。無かったことにしてないのは本当だ、いちおう。
じっと見つめていれば、アツシは、渋々語り出した。薄暗い中、街灯に照らされた頬と耳先が赤いのが見える。
好きだと思ったきっかけは、まずは顔だった、と言う。
概ね予想通りだった。初対面のころ、わかりやすく彼はオレの顔をしげしげと見つめたし、時たま、ほんと顔はキレイだよね、と告げてきていた。男子高校生らしい、少々下品な話題でも、彼は性愛対象において容貌の良さを重視しているようだった。
──まあ、それだけなら、告白になんて踏み切らなかったよ。きれいな顔が見たいだけなら、気持ちなんて伝える必要ないし。
………
でも、なんか、それだけで終わんなかった。
時折言葉を詰まらせて、時折目線を彷徨わせて、それでもアツシは大事に言葉を取り出した。
「好きって言うか〜
……
知りたい、ってカンジ? 元から、きれいな顔の人とか好きなんだけどさ、室ちんにだけは、それだけじゃないっていうか〜
……
」
いつもはっきりとした物言いをする彼らしくない言葉なのに、たしかに彼から生み出されていると実感できるのが、不思議だった。
「知りたい、か」
知りたいから、そばにいる権利が欲しい。どこが好きだとか、どこに惹かれるとか、そういうハッキリとした理由の前の段階にいる、要はそういうことらしかった。今までに言われたことのない言葉だということはわかった。
こういうこと本人に訊いてくるところとか、フツーしないじゃん、理解できねーわマジ、冗談じゃないし。歯切れの悪い口調で締めた後、アツシは、ぶつくさと文句を垂れた。すごい言い草だとは思いながら、理解できないから知りたいに繋がっているのか、とどこか冷静に分析する自分がいた。
「付き合えたらオレにしたいこととか、考えてるのか」
続けて口に出した。もうひとつの〝気になること〟が、抑えきれずに、質問になる。
好意を抱かれていることには気づいている。その途方もない目線には、おそらく下心も含まれているんだろうということも、察しがついている。けれど、具体例が思いつかなかった。
なにぶん、身体的な接触というものが、アメリカのヤツらに比べて大人しかったから。彼らが腰を抱くのなら、アツシはオレの肩を抱いたし、彼らがオレの尻を並々ならぬ目線で見つめるなら、アツシはオレのうなじを照れくさげに眺めていた。ただ、その視線が焦がれるような熱意を秘めていたことだけ似ていて、それなのに、持ちかける接触は、なんとなく子どもじみていて。こういうのを日本ではオクテというんだったか。アツシらしくはあったけれど。幼さゆえなのか、意気地がないのか、はかりかねた。
「え〜〜〜
…………
」
まだ訊くわけ。そんな不満たっぷりの顔に、つい笑いをこぼす。そうやってニコニコと静かに待っていたら、やっぱりアツシは答えてくれた。長くて深いためいきと引き換えにして。
「手繋いで歩いたりとか、キスしたりとか、考えたりするよ、一緒に歩いてても」
こちらを伺うように、ぽつりと、アツシは語った。
「あとそれで室ちんがどーなんのかとかが、見たいし、知りたい」
そこに繋がるのか、とまず思った。興味だとか、疑問だとか。好意だけにとどまらない心の動き。
そういえば、アツシはお菓子のことも詳しい。何月に新しく発売されるだとか、去年よりスパイシーな風味になってるだとか。好きだというだけあって、知識も深く、情報収集にも余念がない。それと同じか、と妙に納得した。その対象が自分であり、そして。
「それって、今もかい」
「
……
んー」
語ったシチュエーションが、今の状況にも当てはまるとしても。
「引いた?」
「ううん。嫌じゃないよ」
不快感も危機感もない。
堂々としているようで不安の混じった彼の顔を見上げながら言ってやると、眉間がほっと緩んで、けれどまた、歪んだ。
「でも今はまだ付き合ってくんないんだもんね」
「
……
うん」
「そ」
べつにいいけど。別に良くないだろうのに、そうやって流してくれる。
「あー、あと言っとくけどさあ、さっき言ったことの延長みたいに、エロいこともしたいって思ってるからね」
「
……
馬鹿」
ほんのすこし忍んだ声に、こちらも忍んだ声で返した。口角をあげて、吐息を混じらせて、茶化すように。そりゃあそういう答えを確かめるための問いだったけれど、思ったよりも直球にこちらに投げてきたから。
「馬鹿はそっちじゃん、告白躱したあと自分から突っ込んでくるやつが馬鹿じゃなかったらなんなの」
またアツシはためいきをついた。今度は軽くて浅い。
「そう言われたら反論できないな。
……
でも、気になっちゃって」
答えてくれてありがとな、と笑いかける。別に答えてくれなくても納得はできたのに、アツシはいつだって、オレの頼みを無視しなかった。何気なく言った時も、打算的に繰り出した時も、例外はなく。
「も〜ほんと、室ちんわけわかんない〜」
眉をひそめて、不満そうな声を上げるアツシの、紫色の瞳の奥の優しさに、いつも甘えている。分からないから知りたい、知って手に入れたい、そんな熱望を、人知れずオレは利用している。
そうやって利用できるのは、無理やりに手に入れてしまおうという暴力性が、彼に見当たらないからだと知っていながら。それは意気地がないのではなく、やさしさであるのだと、確信しながら。
アツシはやさしい。きっと本人が思っている以上に。そしてまっすぐだった。好意も、行動も、ひどく純粋で、いたいけで、まっすぐだった。刺々しい態度と捻くれた口先は、むしろその言葉のひたむきさを強調している。
こういう輩を目の前にする度、応えてやりたい、と思う。同じだけの思いを、同じものを、返してやりたい。その健気さを受け取ってやりたい。
オレもおまえと同じだと、本心を差し出したくなる。その想いがおまえのそれと見合っていればいいと願いながら。まっすぐな目線につられて、投げ打ってしまいたくなる。それでオレは喜びたいし、相手も喜んでくれれば、それはどれだけの幸福だろう?
──オレには、今、バスケがあるのに。
頭がカッと熱くなるのを、静止する。
──バスケに向き合わないといけない。
今後に控えている〝試合〟を、果たさなければならない。弟の全力を、オレの全力でたたきつぶす。そのために、オレはできるかぎりのすべてを捧げてきたし、捨ててきた。そういう〝約束〟をした。
中途半端な状態になりたくない。こういう浮ついた気持ちでなんて、許せない。試合だって、交際だってそうだ。
少なくとも今は
・・・・・・・
、ダメだ。
考えるにしろ、全てが終わったあとにすべきだ。
……
そうやって、先延ばしにする時点で、オレだって期待している。
ぼんやりと浮かぶ〝未来〟に、期待している。
アツシとの交際という未来に、浮き足立ちそうになっている。先輩と後輩という枠組みから外れて、手を繋ぐだとか、キスだとか、そういった接触をすることを、魅力的だと思っている。
紫原敦。
好ましい男だと思う。
バスケの才能に溢れているところ。お菓子が大好きなところ、与えた瞬間に顔が綻ぶところ。なんだかんだとオレの言うことを聞いてくれるところ。その代わりに、オレを別の用事に付き合わせるところ。
全てが、ちょうどよかった。
一緒にいたいと思えた。
そんな男から好意を向けられて、たまらない気持ちになっているのも本当だった。そこに下心が含まれていたって、構わない、むしろ嬉しい、むしろオレだって
……
、そんな気持ちになってしまうのは初めてだった。人にそういう意味で好かれることに慣れてはいるけれど、毎度、困ることも多かったのに。
アツシに対しては、困らない。困ることができない。心の奥底で、歓迎してしまっている。むしろ、そんな自分に困った。
本当にアツシに困っていたら、二人きりになんてならない。嫌だったら、誘われたとしても断るなり、他のクラスメイトを巻き込むなりして、相手を避けていただろう。アメリカでその気のない相手からアピールをされても、そうやって距離をとって、なんとかしてきたはずだった。
日本とアメリカでは文化が違うからなのか。違う。
オレはアツシから逃げられないんじゃなく、逃げていない。自分から、逃げない選択を取っている。
それがなんでかなんて、意識を向ければわかってしまう。
そうしてしまえば、意識は自ずと自覚したがる。名前を付けたくなる。答えたくなる。そうすると、良くない願望が表に出てくる。
──早く、終わらないだろうか、なんて思ってしまう。結果はどうあれ。なんて甘えが出てくる。ウインターカップで起こるだろう、誠凛との試合に。
だから考えられない。考えちゃいけない。今、アツシからの告白に、自分がどう思ったかなんて。どうしたいか、なんて。
そうしたら、甘くなってしまう。気が緩んでしまう。アツシにじゃない。勝負事に。
……
あの〝約束〟に。
万が一疎かになりたくなかった。スポーツと恋愛を両立させてるやつなんてありふれているし、オレだってできるとは思っている。
……
この状況でなければ。
素直になるにはまだ早い。それには、控えているものが大きすぎる。
自分に素直な答えが出せる日が来たとして、そのときに、アツシがまだオレを好きでいてくれるなんて限らないのに。そんなことを考えつくだけの危機感はオレにはあるけれど、どうしても形にはならなかった。
そもそも、ウインターカップで全ての決着が着くという話だって、実のところ、確実ではない。誠凛高校が勝ち上がらないかぎり、オレの未練は残り続ける。応えられない理由が、続いていく。
それでも、そのときはそのときだと──何よりも大事なのはバスケだと、それ以外は優先すべきでないと──バスケしか、選べなかった。個人の想いを踏みにじってでも、オレにはバスケしかない。たとえそれで、自分も他人も傷ついたとして、バスケを捨てるぐらいなら、孤独になっても構わない、そんな気概でいなければならない。
そう思う度に、心のどこかは痛む。捨てきれない情が、本当にそれしかないのかと訊ねてくる。それしかないのだという答えしか出せない自分が苦しい。
苦しいから、考えないでいることでやりすごすしかない。どうあれウインターカップの日が来ない限りはどうにもならない。
心の中で自嘲する。
ああ、オレは馬鹿だよ。
自分も相手も巻き込んで、たったひとつに縛られて、その場しのぎに放り投げるような。
……
いつかいい返事はできるから、どうか待っていてほしいなんて甘えた言葉を、心の中だけで呟いた。
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