SNSもメッセージアプリもビデオ通話だって発達したこのご時世、遠距離恋愛くらいどうってことない。と、思っていた時期が俺にもありました。
喜八郎とのトーク画面は、1週間前に俺が送った期間限定のアイスの写真と「美味しかったから喜八郎も食べてみて」というメッセージで止まっている。華麗なる既読無視。元からまめに連絡を寄越すタイプではないが、数ヶ月前なら「今度食べてみます」くらいの返事はあったはずだ。
大学進学を機に親元を離れ、喜八郎と遠距離恋愛が始まったのが今年の4月。5月のGWに帰省した時は「会えないのは寂しいですけど来年は近くの大学行けるように頑張りますね」なんて健気なことを言っていたはずだ。それが6月頃から返事があまり返ってこなくなり、電話しても早々に切り上げられてしまう日々。挙句の果てに7月に送ったお盆帰省のデートの誘いは1週間放置された上で断られた。
「勉強しないといけないので」
受験生にそう言われてしまえば、こちらは強く反論することができない。勉強しないといけないのは事実だし、俺が受験生だった年も随分気を遣ってもらった。今度は俺が返す番だ。重々承知している。それでも同じ学校に通っていた去年は下校デートだとかお勉強デートだとか、合間を見つけて共に過ごしていた。だから容易に会うことさえできない今とは違うのだろうなと思う。
たぶん、振られるのも時間の問題だ。喜八郎のことだから他に好きな人ができたとか浮気してるだとかは疑っていないが、とっくに愛想は尽かされていることだろう。会えないだけで、こんなにも簡単に気持ちが離れてしまうものだとは思わなかった。こうなると自分の選んだ道を後悔したくもなる。喜八郎と一緒にいるために進学先を変えるなんてバカバカしい。頭ではわかっていても、せめてもっと近くの大学にしていればとか、もっと頻繁に帰省していればとか、後悔は尽きない。
外はうだるような暑さだが、クーラーの効いた自室はほんのり肌寒さを感じるくらいに涼しい。なんとなく手が空いたタイミングで、喜八郎とのトーク画面を開いたが、何の通知も来ていないそこは当たり前に最後に見た時と変わっていない。追加で何かを送ろうかとも思うが、返事もないのに何度も送るのはそれこそ鬱陶しがられそうな気がしてどうにも躊躇いが大きい。
結局何も送ることもできず、ただぼんやりと更新されないトーク画面を眺めていると、突然ぽこんとメッセージが増えた。画面を開いていた所為で、メッセージの内容を理解する間もなくノータイムで既読を付けてしまう。
「明日会いに行ってもいいですか?」
瞬時に「別れ話だ」と思った。だってまだ高校生で碌にお金もない、受験生で勉強しなきゃいけないはずの喜八郎が、俺の帰省中に会うのは拒否しておいてわざわざこっちに来るなんて、他に理由が思いつかない。返事を躊躇っていると、焦れたみたいに電話がかかってきた。鳴り始めたスマートホンをじっと見つめてごくりと生唾を飲み込む。意を決して通話ボタンを押すと、「久々知先輩!」と弾む声が聞こえてきた。
「もう! 早く取ってくださいよ!」
「喜八郎……」
「あ、ごめんなさい。今電話大丈夫でした?」
「大丈夫だけど」
「なら良かった。ね、明日そっち行ってもいいですか?」
うきうきと浮かれているのが伝わってくる。どうしていきなりこっちに来ようと思ったのかはわからないが、別れ話ではないらしい。俺はひとまず胸を撫で下ろした。喜八郎の背後ではざわざわと大勢が好き放題に話す声が聞こえる。学校だろうか。
「ちょっと待って。バイトの予定確認するから」
明日の予定くらいは把握していたが、念のためスケジュールアプリを開いて確認する。案の定明日はがっつりランチタイムのシフトが入っている。
「ごめん、明日は昼前から夕方までバイトで……」
「確かファミレスでしたよね? ご迷惑じゃなければそこで勉強しながら待ってますけど」
「あ、いや、せっかく来てくれるなら誰か代わってくれる人いないか探すよ」
「そこまでしなくていいです。急に行きたいって言ったのは僕なんで。先輩のバイトしてる姿も見てみたいですし」
「ほんとに?」
「ほんとに! あとお泊まりしてもいいですか?」
「いいよ。明後日なら1日空いてるから一緒にいられるし」
「やったー! 楽しみにしてます」
それから電車の時間なんかの細々としたことを確認して通話が切れた。最近の素っ気なさとは人が変わったような反応に通話の切れたスマートホンを凝視してしまう。なんだ。どうした。喜八郎の勢いに押され、結局何の用で来るのかは聞きそびれてしまった。会える嬉しさよりどうしても不審感の方が上回ってしまう。喜八郎は明日の午前中には着くことになっているから、聞くのはその時でもいいだろう。
◇ ◇ ◇
ここら辺では最も大きい新幹線の停車駅。けれど都心ではないここは、人でごった返すようなこともない。喜八郎の到着時刻に合わせて改札の前で待っていると、不安そうにきょろきょろしながらエスカレーターを降りてくる喜八郎が見えた。そのまま目で追っていると、しばらくして俺に気がつきぱっと顔を輝かせる。可愛い。そして今にも駆け出しそうにそわそわし始める。
喜八郎は慌てて切符を入れるのにもたつきながら改札を出ると、俺の下に小走りでやってきた。そして外だというのにぎゅうと抱きつく。
「会いたかったです」
「俺も」
抱きしめ返しながら、「じゃあなんで帰省中は会ってくれなかったの?」という疑問が首を擡げてしまう俺はあんまり可愛くない。久々の再会なのだから素直に喜んでおけばいいのに、心の底からは喜べない自分に罪悪感。
喜八郎はひとしきり俺の身体を抱きしめると、満足したのか一歩離れた。それから背負ってきたリュックのポケットから折り畳まれた紙を取り出して、俺の目の前に広げて見せた。
「見てください! A判定が出ました! これでまずはスタートラインです!」
いまいちピンとこない発言だった。そのまま視線で続きを促すと、喜八郎が不服そうに口を尖らせる。
「ほら、前に言ったじゃないですか。親にお金ないから家から通えるとこにしろって言われてるって」
「うん、聞いた」
「説得の末『夏までにA判定出たらいいよ』って言ってもらったんですけど」
「それは聞いてないよ?」
「そうでしたっけ」
こてりと首を傾げる様は普段なら可愛らしいと思えるのだが、何も知らされていなかった事実に沸々と怒りが湧いてくる。
「夏休み前の模試がBだったのでこれが最後のチャンスだったんです。先輩のデートの誘いも断って、ダメだったらどうしようって毎日泣きそうになりながら頑張ったんですから、もっと褒めてください」
「俺だって知ってたら褒めてあげるけど、今その話初めて聞いたからね?」
ついつい言葉に怒気が混ざるのは仕方ないだろう。最近素っ気なかった理由もデートを断られた理由もわかったが、何故それを事前に説明しないのか。ちゃんと説明してくれてさえいれば余計な気を揉むこともなく、純粋に応援してあげられたというのに!
喜八郎は怒られている理由がわからないらしく、きょとんとして俺の顔を見つめている。
スマートホンを取り出して、通話履歴から親友の名前を呼び出す。相手には2コールで繋がった。
「勘右衛門、今日のバイト代わってほしいんだけど」
「なんで?」
「喜八郎が来てる」
「オッケー。後で話聞かせろよ」
「ありがとう。恩に着る」
10秒にも満たない会話を終えて通話を切る。話が早くて助かる。後でしっかり礼をしなければならない。
「俺たちには話し合いが必要だと思う」
「なんの?」
「喜八郎は報連相ができなすぎ」
「そうでしょうか」
「やっぱ自覚ないんだ!? 一旦俺の家行こう。絶対長くなる」
「えっ観光は?」
「そんなの後に決まってるでしょ!」
喜八郎は全く理解していないようだったが、強引に手を引くと嬉しそうに頬を緩めた。あーもう! そんな顔されるとあっさり許しちゃいそうになるからやめてくれないかな!?
この後「会えないんだからその分ちゃんと連絡しなさい」という話を懇々と説明したがいまいち理解して貰えず、俺は次の春までの間に何度もやきもきさせられることになるのだが、それはまた別の話である。
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