桐子
2025-09-04 00:28:28
1854文字
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まわる世界⑥


夕餉の時間になると、また組の人間が一堂に集まって賑やかな食事が始まる。今日の献立はとんかつに味噌汁、山盛りのキャベツと根菜の煮物だった。大皿から各自の皿に好きなものをよそって食べる。
「おお、今日の煮物も格別うまい」
ゲゲ郎は大根を食べながら、砂かけ婆に言った。いつもより少し味が濃い目で、噛むとじんわり出汁のうまみが広がる。少し味付けが違う気がするが、とてもおいしかった。口いっぱいに頬張ったまま、鬼太郎も頷いている。
「今日の煮物は水木どのが作ったんじゃよ」
砂かけ婆の言葉に、ゲゲ郎は目を丸くした。
「水木殿が?」
……お口に合ったなら、よかったです」
水木はそう、ぼそぼそと呟いた。相変わらずの仏頂面で、そろそろ愛想笑いのひとつぐらい見せてくれてもいいのにとも思うが、それはこちらの勝手な期待だろう。
ゲゲ郎は今度はにんじんを味わった。よく味がしみている。やはり、毎日料理をしている砂かけ婆に負けずとも劣らぬ腕前だ。
「親父さん。水木どのには、料理だけでなく、掃除まで手伝ってもらってのう」
「置いてもらっている身なので、そのくらいは」
そう言ってはにかんだ水木を見て、砂かけ婆は「いい嫁をもらったのう」と目を細めた。まだ学生で、龍賀家で使用人にかしずかれながら生活していただろうに。どうやら彼は、自分のできることを進んでやるようにしているようだ。ゲゲ郎は感心した。
「無理はしなくてよいんじゃぞ」
学生の本分は勉強だ。ここから大学にも通うと聞いているし、家のことは砂かけ婆をはじめとした組の者たちに任せてある。
「いいんです。俺がしたくてやってることなんで」
そう言い切った水木の表情は硬い。ゲゲ郎としては、水木にもっと楽にしてもらいたいのだが、なかなかうまく伝わらないものだ。そう思いながら、たくあんをかじった。




一週間も経つと、水木は屋敷の皆とすっかり打ち解けたようだった。
「水木さん、草抜きありがとうな」
「このあとワシの将棋の相手になってくれんか」
「次はこっちにも来てほしいよ」
男も女も関係なく、水木は皆に気さくに話しかけられていた。
「今行きますよ」
そう答える水木は穏やかな笑みを浮かべている。

解せない。

ゲゲ郎は、忙しく動き回る水木を見て、釈然としない思いを抱えていた。
自分に対してはいつもよそよそしい態度しかとらない水木だが、他の面々、砂かけ婆や子泣き爺、一反もめんたちには、柔らかな笑顔を見せるのである。その笑顔がまた素敵なのだと、砂かけ婆や雪女が褒めそやしていた。自分には一度も向けられたことのない笑顔を、なぜ皆には簡単に見せるのか。

――――水木殿は、心底この結婚を嫌がっておるのじゃろう。

ゲゲ郎はそう結論付けた。見合いの時に何も言えなかったのは時貞翁の押しが強かったからで、本当は嫌だったのに断りきれなかったのだろう。他に好きな女がいたのに、無理やり結婚させられた。だから、ゲゲ郎には笑顔を見せることさえしたくないのだろう。
なんだか胸が痛かった。望まぬ結婚とはいえ、縁あっていっしょになったのだ。せめて、普通に話ができるくらいにはなりたい。そう思い、ゲゲ郎は暇を見つけては水木に話しかけるようになった。しかし、結果は惨敗だった。ゲゲ郎が話しかければ話しかけるほど、水木の眉間にはしわが寄っていくのだった。
「とうさん」
いつの間にか鬼太郎がとなりにちょこんと座っている。手にはお気に入りの絵本をもっていた。
「おお、どうした鬼太郎。絵本を読んでほしいのか」
「いえ。これはみずきさんによんでもらおうとおもって」
また水木か。ゲゲ郎は内心ため息をついた。人見知りの息子まで、水木にはすっかり懐いてしまったようだ。
「とうさんもいっしょにききますか? みずきさんのよみきかせはなかなかのものですよ」
……いや、遠慮しておくよ。嫌な顔をされたくないからのう」
煙草でも吸ってくるかと、ゲゲ郎は立ち上がった。鬼太郎が後ろから「みずきさんはよろこぶとおもいますよ」と声をかけてきた。幼い子どもに気を遣われて何やら申し訳ない気分になりながら、ゲゲ郎は居間を出た。
縁側に腰掛けて、煙草に火をつける。煙を吐きながら、さまざまな花や木が植えられた庭を眺めた。塀を伝って凌霄花が咲きそうなのが見えた。伸びすぎた枝を剪定しなければと思っていたが、いつの間にか枝が切られてこざっぱりとしている。あれも水木がしてくれたのだろうかと、ゲゲ郎はぼんやりと思った。