su7ga0
2025-09-03 23:31:52
8452文字
Public 則さに
 

刀の純心

則/さ/にです。道誉くんのことを怖がる卑屈な審神者と、小さくて何かかわいい好々爺だけど実は怖い則宗の話です。

 自分自身の誇れるものが何一つ挙げられない代わり、肝の小ささには自信がある情けない審神者だ。
 例えば、瑣末なことが気になりはじめると止まらず、要らぬ心配を及ばせ周りに迷惑をかけ、あとから自分の行動を反省するたちだ。それなのに、妙に大胆な決断を下す悪癖がある。こんな人間が将として立つと、付いてくる下の者にとっては碌なことがない。
 このように、正真正銘ろくでもない人間である私だが、何の巡り合わせか、思いを寄せてくれた刀が一振りいる。刀から初めて愛の言葉を紡がれた時、この男は何の冗談を言っているのだろうと真剣に考え、不審に思ったものだ。揶揄うのはやめてくれと伝えても、私の言葉が刀に響いた様子は全くなく、むしろ、何故僕の気持ちが分からないのかと反論し、事あるごとに迫ってくるようになった。
 刀はしつこかった。
 しつこくあったが、優しかった。
 刀は、素直にひとの話を聞く耳を持てと私へ言い、私のひねくれた態度を諭してきながらも、「どうしたらお前さんは、自分の刀を信じることができるかね」などとぼやきながら、悲しそうに笑っていた。私が、自分の矮小さに嫌気がさして、誰の顔も見たくないと塞ぎ込む日には、刀は黙って近くに寄り添っていてくれた。
 私のような人間へ愛を紡ぐものなどいるはずがないと、しばらくは刀の言うことが信じられなかったが、私は徐々にほだされていった。
 それから紆余曲折あったのち、こちらが折れる形となり、刀は私の隣で亭主の顔をしている。
 刀は毎日、とろけるような微笑みを浮かべて幸せそうだ。私と一緒にいることがそんなに嬉しいのか、と時折不思議に思ってしまうが、それを言えばまた説教が始まるので黙っている。それに、刀が私へ見せる感情に嘘がないことは、長く共にいるうちに分かってきた。刀が私の側にいたいと心から望んでいるのなら、私は拒否することができない。
 ただ、私と刀の仲は、周りには秘密にしていた。
 そういう ・・・・仲になったことは、本丸の皆には内緒にしてほしい。ただでさえろくでもない審神者なのに、自分の刀を添わせたなんて噂が外に広まったら、貴方にも本丸の皆にも申し訳ない。どうか秘密にしてちょうだい。……そう言うと、刀は渋々ながらも了承してくれた。だが、どうやら刀は、私と懇ろになったことを周りへ自慢したい気持ちがあるらしく、未練を持った風に唇を尖らせて言った。
「しかし、僕のところの坊主どもには知らせても良いだろう? 隠居とはいえ、僕は一応奴らの身内だし、身内にまで黙っておくのは心苦しい。それにあいつらは皆口が固い。僕が保証する。年甲斐もなく浮かれる爺の気持ちも、少しは汲んでおくれ」
 扇子を横顔にかざし、よよ、とわざとらしい泣き真似をする刀へ、何と言ったものかと悩んだ。言葉を探しながら、刀の——則宗の刀派のものの顔を、顕現した順に思い浮かべた。確かに、うっかりと口を滑らせそうな刀たちではなかった。
「あいつらは、秘密を軽々しく喋るなんて愚かなことはしない。その恐ろしさは身に染みて分かっている。大丈夫だから、なあ、頼むよ」
 扇子を静かに閉じ、もじもじと照れたように上目遣いをする則宗へ、そんなに言うのなら……と、私は頷いた。
 だが、今思えば、則宗と同じ刀派のものたちが「秘密を軽々しく喋る恐ろしさが身に染みている」というのは、祖である彼がそれを教え込んだからではないだろうか。好々爺の顔をして私を甘やかし、自分も甘えてくる則宗だが、刀派の先頭に立ち、舵取をしていた頃の彼は、どのような男だったのだろう。
 則宗と添って、数年経ったころだ。
 新たな福岡一文字派の刀が実装されるとの知らせを受け取り、則宗は福々とした顔をして、同じ刀派の道誉が来る日を指折り待っていた。……本当に、夜な夜なカレンダーの前で指を折って、何やらぶつぶつと呟いて楽しそうにしていたのだ。
 対しては私は、則宗の行動に僅かな不気味さを感じ取りながら、私の、私的な立場の上での扱いが難しそうな刀が実装されたことに、暗鬱な気持ちを抱いていた。
 以前、則宗は私を連れ、刀派のもの達ひとりずつへ私との仲を知らせていったのだが、その際、大して反応を見せなかったのは姫鶴だけだった。姫鶴は眉ひとつ動かさずに、「そう」と、ひと言だけ言い、「主、じぃちゃんの介護、頑張ってね」と涼しい顔で加えて終わった。
 姫鶴以外の他の皆はというと、皆一様にはっと驚いた顔をしたあと、山鳥毛は苦笑しながら話の接穂を探して黙り込み、日光は難しく眉間に皺を寄せて、ふたりで決められたことならば、と怖い顔をし、南泉は気の毒そうな顔をして狼狽えていた。道誉はどうだろう。道誉の来歴や持主の逸話を鑑みるに、どうにも、体面や面子に重きを置く刀に思えてならなかった。……そんな刀が、末生 うらなり瓢箪のような人間が我が主で、自分の刀派の祖を侍らせているという事実を知ったらどう思うだろうか。私は若干震えながら、道誉一文字顕現までの道のりを歩んだ。……そうして、私の予感は的中することになる。
 ——私は今、本丸の大広間で開かれている宴会の席で固まっている。
 無事に道誉を本丸へ迎え入れ、いくらかの時が流れた。季節は真夏だ。刀を従えるこの役目に夏季休暇など無いが、刀たちの息抜きも兼ねて正月と盆くらいは宴会を開いている。今年も、大広間の卓の上には豪勢な食事が並んでいた。
 大広間の端にある座卓の隅の方で、私は小さくなって猪口の酒を舐めている。私が長居すれば、皆羽を伸ばせず気不味 きまずかろうと思い、乾杯して二口三口食事を頂いた後は、いつものように早々と場を辞するつもりだった。なのに、いつの間にか隣を陣取っていた則宗に捕まり、酌をする羽目になっていた。私がこういった場に長く留まる物珍しさからか、先ほどから色々な刀がやって来ては話しかけてくる。話が途切れた隙に腰を浮かしかけると、隣にいる則宗が「この鰤は養殖だな。お前さんもどうだ。夏の養殖の鰤はさっぱりしていて美味いぞ」などと蘊蓄を語りだすから、立ち上がる機を窺えずにいた。
 私は早く部屋へ帰りたかった。落ち着いて、ゆっくりと食事を取りたかった。部屋へ戻りたいと誘ったら、則宗も着いてきてくれるだろうか……そんなことを考え、そわそわとした気持ちで俯いていると、卓を挟んだ向かい側の席に誰かがやってきた。影の差し方から、大柄な刀がやってきたのだろう。思わず反射的に顔を上げて、私は固まった。
「あ……道誉」
「やあ。楽しんでるかい?」
 道誉は笑っていた。確かに笑ってはいたが、私を威嚇しているかのような錯覚を抱く笑顔だった。
 道誉はどっかりと座り込み、強い眼差しでこちらを見ている。
「普段、君はなかなか捕まらないから、今日は親睦を深めるチャンスだと思ってね。お邪魔するよ」
 私は血の気の引く思いを抱きながら則宗を横目で見た。則宗は私の心など知らぬ体で、道誉へ嬉しそうに酒を勧めている。
 私は道誉が本丸に顕現してしばらく経った頃のことを思い起こした。則宗が、道誉にも自分たちのことを話したいと言うのに、私はどうにも気が進まなかった。のらりくらりと躱し、今は提出しないとならない仕事が溜まっているからだとか、理由を付けて先延ばししていた。
 私は道誉のことが怖かったのだ。
 道誉に対する懸念を払拭できず、則宗に道誉のひととなりを聞いた時、返ってきたのは「まあ、見目は派手だが何も怖いことはない。態度も、横柄で無遠慮に見えるかもしれんが、考えあってのことだ。あと、ああ見えて意外と花が好きだから、秋になったら、紅葉 もみじでも贈ってやると喜ぶんじゃないか?」という、何とも心許ない言葉だった。
 考えを持って無遠慮な態度を取り、見た目を派手に飾っているというのは、したたかな刀ではないのか。今まで顕現した一文字の刀たちは、結局は皆優しかった。道誉はどうだろう。彼は、則宗の隣に私がいることを許してくれるだろうか。項垂 うなだれてそんなことをこぼすと、則宗は、意味深に、きゅうと目を細めて笑った。
 躊躇しているうちに足を向けづらくなり、則宗はいつのまにか、道誉の元へ行こうと言わなくなった。諦めてくれたのかと思っていたが、この状況を鑑みるに、そうではなかったようだ。
「御前、この日のために美味い酒を持ってきたんです。どうかおひとつ」
「おいおい、こんなところで御前はよせよ」
 私を抜きに、何やら楽しそうに話をするふたりを眺めつつ、この状況を分析した。
 則宗は道誉に何らかの示し合わせをしていたのだろうか。いや、恐らくそうではない。則宗は、一応は私の意志を尊重してくれる刀だ。道誉へ勝手に私たちの関係を漏らすことはないはずだ。だとしたら、道誉が自らこの席へ来た可能性が高いだろう。本当に親睦を深めようとして来たのか、私が則宗の周りをうろついていることに勘付いて探りを入れに来たのか、真意はよくわからないが……
 則宗は道誉に注いでもらった酒を飲み、自分も道誉へ酒を注ぎながら楽しそうにしている。周囲の喧騒に負けじと、ふたりとも大きな笑い声を上げて、私には分からない昔話を始めた。酔っ払いというのは、どうして声が大きいのだろうか。
 しかし、この様子ならば、隙を見て部屋へ戻れるかもしれない。お手洗いへ行くふりをして、そのまま部屋に戻ろう。そう思い付いて、立ち上がるために卓へ手をついた時だった。服の裾を引っ張られていることに気がついて、私は思わず動きを止めた。
 引っ張られている部分を見れば、卓の下で則宗の指が私の服の裾を摘んでいる。しかし則宗は、私の方には視線も寄越さず、大きな声で笑いながら道誉と会話を続けていた。去ろうとする私に気が付いて、「行くな」とこっそり訴えているのだろう。則宗の指を払ってまで立ち上がる気にはなれず、俯いて猪口を持った。空だったはずの猪口にはいつの間にか酒が注がれている。道誉か則宗が注いでくれたのだろうか。
「ああ、酒菜 さかながもう揚げ物ばかりだな。御隠居、向こうの寿司桶から何か見繕ってきますよ」
「いや、いいよ。悪いよ」
「お気遣いならさずに。それに、あの漆器の寿司桶は独特だから見覚えがある。前に、あれを扱っている店へ行ったことがあるんです。赤酢のシャリで、どのネタもなかなか美味い。ヒラメ、お好きだったでしょう?」
「いやぁ、なんだか悪いな。それじゃあほら、お前さんも一緒にどうだ?」
 則宗の優しげな碧い目がこちらを向いた。今まで放ったらかしにされていたというのに、突然話を向けられて、私は大変戸惑った。
「え……あ。いえ。ええと、私はもう」
 勧められたのは則宗なのだから、私まで道誉の手を煩わせるのは申し訳ない。そんな考えで言葉を捻り出して勧めを断った。
 道誉を真正面から見るのが怖くて俯いたままだったのだが、彼の反応がいやに静かなように思えて、恐る恐る顔を上げてみた。
 ——目の前の道誉の表情からは、今までの鷹揚さが、すっかり消え失せていた。
……御前様の勧めたものが、食えない、と」
 張り詰めた低い声、値踏みするような底の知れない視線、こめかみに浮いた青筋。
  うなじの産毛がぞわりと立ち、恐怖が背筋を駆け抜けた。道誉の威圧感に身を押し潰されそうな恐ろしさを覚えつつも、視線を逸らすことはできなかった。弁解しようとしたが、当然のことながら声は出ない。
「こらこら、止めろ。怖がってるじゃないか、莫迦 ばか
 緊張の張り詰めた場にそぐわない、呆れた声が響いて、則宗の手が腰に回った。抱き寄せられ、上体がぐらりと揺れる。どうやら腰が抜けているようだ。呼吸することも忘れていたらしく、息をするたびに視界がチカチカと瞬いた。
「可哀想に。外の空気を吸って休憩しよう。な?」
 私は則宗に脇を抱き抱えられ、そのまま大広間から連れ出された。去る間際にちらりと見えた道誉はなぜか、笑いを殺し損ねたような顔をしていた。
 ……それから、私は則宗に連れられて、這々の体で自分の部屋へ戻った。やっと落ち着ける場に辿り着いた安堵感で、部屋へ足を踏み入れると同時に虚脱し、ふらふらと倒れ込んでしまった。大変な目に遭った。本当に怖かった。
 ラグに手を付いて呆然とするしかできない私に、則宗は寄り添って屈みながら背を撫でてきた。
「怖かったろう。おお、よしよし。あいつには後できつく言っておくから」
 則宗へ何か言葉を返そうとしたが、声が出てこない。恐怖のあまりに引き攣った喉は、発声の方法をなかなか思い出せないままでいる。背中を撫でていた則宗の手は、いつのまにか体に回って私を抱きしめ、もう片方の手は、私の太ももを撫で摩っていた。
……うちの坊主がすまなかったな。だが、アレ 道誉のことも少しだけ慮ってやっておくれ。あいつはわざとお前にあんなことを言ったんだよ」
「わ、わざと、私に、あんなことを? 違うよ。きっと道誉は、私のことを、よく思っていないから……
「違う違う。お前を嫌うだなんてあるもんか。刀ってのは、自分を降ろした審神者のことを大切に思うもんだよ。……あいつは、噛ませ犬になってくれたのさ」
「噛ませいぬ……?」
 どういうことだろう。則宗は、全く理解の及ばない表情をしている私の頬に顔を寄せ、にんまりと笑いながら囁いた。
「僕とお前の仲を読み取って、わざと悪態をついたんだよ。お前を怖がらせて僕に叱られることで、僕の株を上げようとしてくれたんだ。……こんな隠居爺に気を遣わなくてもいいのに。全く、いくつになっても可愛いやつだ。ああ、秋になったら、やっぱりモミジを贈っておやりよ。きっと、大喜びして敵の首を跳ねて回るぞ?」
 私はわけが分からなかった。
 道誉が、私と則宗の仲を察知して、あのような振る舞いをしたというのは本当だろうか。
 側から見て、私と則宗の仲はそんなに分かり易かっただろうか。もしかしたら、道誉は一文字の刀だから、則宗の些細な機微を読み取ることができたのかもしれない。きっとそうだ。
「ああ、それと。宴席でお前が酌をしてくれた酒は本当に美味かった。来る刀来る刀、皆僕を見て、歯噛みしそうな顔をしていて、とても気分が良かった。なあ……お前の隣に侍るというのは、それほどに意味のあることなんだよ」
 則宗は、私の頬へ頬擦りをしそうなほどに密着し、嬉しそうに囁く。腹の底に愉悦をたたえた低い声音は、私の耳へゆるゆると絶望を運んできた。
……ねえ則宗、それって……
 則宗の言い方は、まるで、本丸中の刀が私たちの関係を知っているかのようだ。そんなことなどないはずだ。……そんなことなんて。
「僕は何もしていないぞ? お前と一緒に、坊主どもへ報告した以外、本当に何もしていない」
 則宗は笑った。確かに則宗は何もしていないだろう。だが、則宗との仲を知る一文字の刀たちはどうだろうか。彼らも、勿論、周囲へ私たちの関係を言うことは無いはずだ。しかし、分かりやすい言い方はせずとも、さりげなく気を遣って則宗に接する姿を見たら周りはどのように感じるだろう。勘の良い刀だったら、きっと私と則宗の距離の近さに気が付く。
 一文字の刀たちへ則宗とのことを報告してから、既に長らく時が経っている。私は今まで、ひっそりと則宗との仲を深めてきたと思っていたけれど、本当は、私だけがそう思っていたのかもしれない。
「うっ、うぅ……則宗の馬鹿!」
 これでは最初から騙されていたのと同じではないか。私は滲んでくる涙を堪えて唇を噛み、ぴったりと寄り添っている則宗を睨んだ。目が合うと、腿を摩る大きな手が止まった。
……そうだな。僕はお前との仲を周りへ自慢したくて仕方がない、ただの大馬鹿者に違いない。しかしな…… 卑屈で自罰的なくせに、自分の本丸の刀だけはどこまでも丁重に扱う、不器用なお前を愛する心は、誰にも負けぬ自信がある」
 則宗は、太ももを撫で回していた手を、そっと私の頬へ添えた。
「ほら、怒らないでこっちを向いておくれ。騙すような真似をしてすまなかったな」
 褪めた色の碧い瞳が、優しく微笑んで私を見ている。私の怒りなど、則宗からすれば子どもが癇癪を起こしているようなものだろう。今まで何も気付かずにいた羞恥と、則宗への憤りとで、心が嵐のようにうねる。碧い瞳は、そんな私の胸中を覗き込んで慈しむように、穏やかに笑っていた。
「の、則宗の、ばか」
「うんうん、馬鹿だな。僕は本当に馬鹿な男だよ」
「私に黙って、こんなことして」
「悪かった、本当にすまない」
「みんなに、ど、どんな風に謝れば……
「謝る必要なんてない。今までと変わらずに過ごしていれば良いんだよ。ここの刀たちは皆、お前が幸せでいることを望んでいるのだから」
「わた、私は」
 堪えていたはずの涙が、頬を伝って落ちた。
 落ちた雫へ静かに目を遣った則宗は、それまでの穏やかな表情を僅かに崩し、瞳孔の開いた瞳を私に向けた。——喰われる、とよぎった時、則宗は、堪らない様子で私の唇へ かぶり付いてきたのだった。
「ん、は……あ」
 頬に添えられた大きな手は、私が顔を逸らすことを許さなかった。獰猛さを垣間見せた瞳とは真逆に、則宗の口付けは優しい。私の唇を甘く喰み、舌の柔さを確かめるように、ちろりと合わせて舐めてくる。身を小さくして則宗の口付けを受け入れていると、息継ぎの合間に、ふ、と則宗が笑う気配がした。
……僕のこと、嫌いになったか?」
 則宗は合わせていた唇を離し、互いの鼻先が付くほどの距離で甘えるように囁いた。
 嫌いになんてなるはずがない。私の心に寄り添ってくれた刀の神様。私を騙すようなことをしても、彼が私を愛おしく思ってくれる心は、間違いなく本物だ。……本当は分かっているのだ。則宗の執着の強さは、私への思いの強さの裏返しでもある。それに、「嫌いになったか?」なんて尋ねてきたけれど、私が則宗を嫌うなんてあり得ないことを、彼もよく分かっているはずだ。
 諦めた心地で、緩く首を横に振った。すると、則宗は破顔して私を抱きしめてきた。「愛しているよ」との囁きに、微かな声で、「私も」と返せば、腕の力はさらに強くなった。
 
 ***
 
 後日。秋も深まり、本丸の木々が紅葉に染まり出した頃。私は道誉のためにモミジをひと枝選ぶことにした。傷の少ない葉が多くついた枝を見定め、葉裏に蒸散を防ぐ処理をし、美しい姿ができるだけ長持ちするよう、丁寧に始末をしたモミジを、則宗を伝手に贈った。あの時 ・・・の詫びの品だ、との旨を認めた手紙を添えたところ、感激した様子の道誉が、返礼の品を携えてわざわざ部屋まで訪ってくれた。
 道誉から贈られた品は、今では手にすることなどできない、黒 テンの立派な毛皮だった。しかも、持ってきたのは数匹分どころの話ではなかった。「お気に召したなら、外套でも、襟巻きでも、何なりと支度する。遠慮なく言ってくれ。マイロード」……と、道誉は言っていた。黒褐色の中に所々白毛が混じった毛皮は、驚くほどなめらかな手触りで、輝くほどに美しかった。だが、道誉はどうやってこの毛皮を手に入れたのだろうか……
 私の懸念など気にする素ぶりのない則宗は、「雪が積もる頃になったら、これを着て、一緒に蟹でも食いに行こう」と大変喜んでいたが、私と、私の隣にちんまりと座った狐の式神は、道誉の贈ってきたこの毛皮の意味を図りかねて、神妙な面持ちをするしかできなかった。
 佐々木道誉は、紅葉をきっかけに喧嘩を起こし、寺院を放火した逸話がある。その後、処罰を強訴してきた寺院の本山への つら当てとして、配流の道中を共にする従者らへ、本山の神獣である猿の毛皮を身に付けさせたのは有名な話だ。
 道誉が去ったあと、目の前の毛皮を見遣り、この毛皮の毛並みは狐に見えなくもない……と考えながら狐の式神へ視線を落とすと、狐も同じことを感じたようで、「主のためになら、狐を毛皮にする覚悟もある、ということでしょうか……」と、呟いていた。私は、そんなことなどあるはずがない、と言おうとしたが、今一つ確信が持てず、何も言えなかった。
 ……こんのすけが毛皮にならないように、ひいては、刀が審神者のために政府の意向へ刃向かうなんて大それたことを仕出かさないよう、私は今以上に振る舞いに気を付けなければいけない。
 ——それよりも、こんな贈り物をしてくる刀を従えていた則宗のことが恐ろしい。
 当の則宗は、私の膝を枕にしながら、幸せそうにうっとりと目を瞑っている。