2025-09-03 23:16:39
8069文字
Public 穹刃
 

依依恋恋

・現パロ
・穹→→→→刃な感じ
・超片思いだけどめげない穹くん
・時分から墓穴掘りに行く刃
・いちゃいちゃは特にしてないですが一応、穹刃です

 液晶画面にタイトルが表示され、元気な挨拶と共に始まる実況配信。
 今日はホラーゲーム回で、視聴者は『怖いのにがて』『反応が楽しみ』『途中で投げ出すなよ』等々、苦手でも実況者である穹がやるから見るとする健気な者、ホラー演出による動揺や恐怖する様を楽しみにする者、何故か横柄に命令する者と見ている視聴者の目的は様々である。

「今日は夏の肝試しホラー回だからちびるなよ」
 実況者である穹も、視聴者を煽るような発言をしながらゲームを進めていき、初手から登場キャラクターが死亡するという衝撃展開に絶句し、出てくる化け物に焦りながらも懸命に対処しつつ驚かせる演出には毎度まんまと引っかかり悲鳴を上げて進めていく。
 ゲーム自体は本人の技術もあって順調に進み、中盤に差し掛かった頃、不意に実況部屋の扉が開き、大柄な人間がずかずかと入り込んでくる。

 穹は自身の顔の良さに自覚があり、美少女を自称しながらワイプで顔出しして配信をしているため、不審な人物はしっかりとカメラに写り込んでいる。しかし、穹自身はノイズキャンセルが優秀なヘッドフォンをしているため、他者の侵入に一切気がついていない。
 視聴者が不審人物の存在を懸命にコメント欄に打ち込んで教えるが、折良くと言うか、悪くと言うか、中ボス戦に入っているため見る余裕がなく、不審者が穹の耳元まで体を屈めて覗き込み、ゲームに集中して気がついていない事を確認すると床に何かを置いて出て行ってしまった。

 その際に、
『うぉ、でっか』
『座ってる穹君の倍くらい無かった?あの人身長幾つだろ』
『いやいや見るとこそこか?見なかったのか、屈んだ時の襟元から見えた見事な谷間……
『男だろ?』
『髪長かったからでかい女じゃない?』
『男でも女でもでかいは正義』
『顔見えた?』
『スマホから巻き戻してみてるけど髪で見えない』
 実況とは全く別のところで盛り上がり、ボス戦を終えて一息吐いていた穹がようやっとコメント欄の異変に意識を向けた。
「なに?みんな何の話してんの?」
『部屋に誰か入ってきてたよ』
 言い方は様々でも同様の内容を知らせるコメントに穹は部屋を見渡すが、既に出て行っているのだから意味は無く、床に残された紙袋を手に取り、中身を探ると簡便な手紙とお菓子が詰め込まれていた。
「クッキーだ。作ったお菓子を持ってきてくれたみたい。あー、スマホに『持って行く』ってメッセ来てた……
『何だ身内か』
『お父さんかお兄さん?勝手に入ってきてたし』
「違うよ。血は繋がってないんだけど家族みたいなもん」
 ざっくりと侵入者と自身の関係を語り、早速とばかりに穹は手作りのクッキーを頬張った。
『みたいなもん。ってお姉さんの旦那さんで義兄とか?』
「違う。けど家族」
『お兄さんの嫁さん』
「違う」
『手作りクッキーって事は義母?』
「ちがーう」
 視聴者と適当な会話をしながら休憩がてら穹はクッキーを貪る。

 実際のところ、穹には両親が居らず児童養護施設で育った遺児である。
 十歳程の時分に両親を失った穹が施設に来て直ぐ、同情を引く状況に器量よしで人懐っこいとあって里親は直ぐに決まったのだが、予想もしないような奇行が多く、彼は直ぐに施設へ『返却』されてしまった。その後も里親を申し出る人間は居たが、この子を御しきれない。理解が出来ない。との理由から施設に戻されるを数回。
 当初は、問題を抱えた児童に良くある試し行為かとも思われ、高校を卒業したばかりで施設職員となった先程の彼が根気強く付き合っていたのだが、結論として『アレは彼奴の性格だ』となった。所謂『常識人』な方々には彼の性質は刺激が強すぎるのか敬遠されてしまうものの、ゲーム配信を生業とするならば視聴者に面白がられているので、これほど適材適所と思われる職業もないだろう。

 このような経緯は語らず、『血の繋がらない家族みたいなもの』から、義兄弟と予想する視聴者が圧倒的であったが、誰かの『配偶者の可能性は?』を目に止めた穹が、
「えー、お嫁さんとか、そう見える?」
 言いながら顔を緩ませたため、婚約者及び配偶者であると視聴者の中で確定してしまい、また盛り上がりを止めなかったため、SNSでは『悲報:配信者の穹、既婚者だった』が駆け巡り、既婚疑惑からチャンネル登録者も幾分減ってしまったが、クッキーを食べて小腹を満たした穹は一旦席を外しつつも、気にせず配信を続けていた。

 ▇◇ー◈ー◇▇

「ねー、これ刃だよね?」
 施設に在籍する子供等の世話を一通り終え、小さな冷蔵庫と戸棚、座卓程度しかない狭い休憩室で珈琲を飲みながら束の間の休息をとっていた刃が遊びに来ていた少女、銀狼にスマートフォンを見せられて眉間に皺を寄せた。

 配信から勝手に切り取られた刃の画像や動画がSNSに上げられ、碌な情報も無い中で彼が穹の配偶者としてどんな人物なのか好き勝手な憶測が並べられている状況である。
「俺があの小僧の妻だと?」
「穹がきちんと否定しないからねー」
 銀狼が噛んでいたガムを膨らませ、指先でスマートフォンの画面を弄りながら眉を下げつつも鼻で笑う。彼女は穹と同じくこの施設から卒業した子供で、ゲーム配信者でもあるため彼との親交も深く、今回の件を確認するべく刃の元へと来た次第である。
 事情を聞き、銀狼は困ったように呻る。
「配信中に勝手に入っちゃ駄目じゃん。それで今、あの子プチ炎上してんの」
「なんだそれは?」
「既婚者って隠してたの最低。裏切られたー。って穹のガチ恋勢がぶち切れてる」
「がちこい……?」
 SNSやインターネット事情に興味が無く、疎いとも言える刃は銀狼の言っている事がさっぱり分からなかったが、知人である穹が自身の軽率な行動から困った事態になっているとだけは理解した。
「要は俺のせいで既婚者だと思われて、他人から怒られている?」
「そんな感じ。とは言え、穹が否定しないから余計に燃えてるだけで、全部刃のせいじゃないんだけどね」
「何故、否定しない?事実ではないのに……
「嬉しいんじゃないかなー。あの子、貴方の事が大好きだからね」
 銀狼が呆れたように溜息を吐き、ガムを膨らませては破裂させている。
 刃は元々この施設で育てられていた子供であり、責任感の強い性格故に子供達の世話をする役目を担っていた。そのため子供等とは常に距離が近い。危険な行い、してはいけない事は叱り、必要な事は伝えれど寄り添う姿勢は様々な事情を抱える

子供等の心を満たす存在となり、密かに初恋泥棒と言われている。穹も漏れなく刃に初恋を奪われ、卒業してからも手伝いを口実に施設に来ては求愛しているが、『子供が身近な大人に対して憧れと恋を混同するのは良くある事だ』と、一貫して勘違いである事を説かれていた。
 刃からすれば、九歳も年下かつお漏らしの世話から昼寝の添い寝、喧嘩の仲裁までしていた幼児をどうやって恋愛、性愛の対象にしろというのか。するとしたら子供を平然と搾取するような異常者でしかない。
「もう卒業した上に、安定しているかは解らないが……、配信者?としてきちんと生計は立てられているのだろう?ここに固執する必要も無いのにな……
 刃にとっては勘違いの感情に囚われてしまい、過去の場所から抜け出せない憐れな子供との認識になっていた。
「でもさー、そう言いながらも寄ってったら拒絶しないし、なにくれと無く面倒見るでしょ?だからワンチャンあるかもって思わせるって言うかさぁ……
「わんちゃんとは……、犬か?」
「犬じゃなくて、チャンスがありそう。って事。勘違い。って断り方も勘違いじゃないのに!って相手を意固地にするし、刃って無自覚で相手を振り回しちゃう悪い男だよねー」
「カフカのような事を言うな……。俺はきちんと断っている」
「んー、こないだ見てたけど、子供に興味は無い。とかだっけ?確かに断ってるけど、じゃあ大人になったら付き合ってくれるのかな?って思うじゃん。やっぱワンチャンある感じ何だよねぇ……
 施設の代理所長であるカフカにも、『恋心を否定するなら、しっかり振って上げないと後々酷い目に遭うわよ?』とは言われているが、刃としてははっきりと断っており、愛らしい愛の告白をしてきた別の子供も、施設を卒業してからは特に音沙汰はない。新たな場所で新しい関係を築き上げ、過去を置き去りにしながら人生を歩むのは子供の特権であるため、刃もそう言うものだと考えてはいるのだが、穹はいつまでも諦めず、しつこかった。
「では、どうしろと言うんだ」
「お前なんか嫌いだ。くらい言わないと諦めないんじゃないかな。でもさ、刃は良くも悪くも正直だし、嫌いじゃないんだから言えないよね」
 鬱陶しい。と、思う事はあれど、確かに嫌ってはいないため、持っていたマグカップを机に置き、腕を組んで悩んでは見るが恋愛対象にはほど遠い。そもそも刃自身、人付き合いが得意ではなく、恋愛にも大した情熱がないのだ。
「面倒だ……
「だろうね。でも、そこまで突き放さないと無理だと思うよー。私と一緒にやってた時もさ、カップルユーチューバーとか言われてたけど、あの人『俺好きな人居るから銀狼はビジネスパートナー!』ってはっきり言ってたしさ」
 中学、高校生の時分、穹と銀狼は現在の二人に繋がる前身として共同で動画を上げていた時期がある。
 最初こそ共に二人でゲームをしながら騒いでいる動画を上げて面白がっていただけなのだが、年若い男女かつ施設である関係上、新作ではなく古いゲームばかり遊んでいた事が他者の興味を引き、やたらと評判になった。その際に視聴者から良く関係を問われたが、『偽装』であっても恋人を演じるなどは出来ずに友人関係であると頑なに貫き通したのだ。
「つってもー……、私も穹がどうしたら刃を諦めるのか、全く想像がつかない」
 幾ら、兄妹のように育ったとは言え、相手の思考を操作など出来るものではない。
「俺はきちんと断っている……
「うんうん、分かった分かった。今日は私が手伝うからさ、刃は穹の様子見に行ったら?否定させるのは早い方がいいしさ。よし、連絡しといたよ」
 若干、おざなりながらも刃と穹を心配し、双方に最善とは言えないものの銀狼は助け船を出す。
「はい、エプロン貸して」
「あぁ……
「行った行った」
 刃が身に付けていた汚れ避けのエプロンを剥ぎ取り、財布を持たせ、手を引き、背中を押して送り出す。
 一仕事を終えて満足げな銀狼がエプロンを着けると、一八○センチを超える大柄な男性がつけていた真っ黒なエプロンは身長が一六○センチもない銀狼にはスカートのようになり、なんとも言えない気分になっていると、くすくすと優美に笑う声が鼓膜を擽る。
「カフカ、笑わないでよ。いつから見てたの?」
「ごめんなさい。刃ちゃんのエプロン良く似合ってるわ」
 事態は把握しているらしく、銀狼の頭を撫でながらカフカが微笑む。
 刃は外へ出かけた。学校へ行っている子供等はまだ帰って来ず、幼い子供等はお昼寝中。
「実は、知り合いから貰った、いいクッキーと紅茶があるの。これでお詫びにならないかしら」
 カフカが銀狼へ密やかに耳打ちし、休憩室の戸棚から煌びやかな装飾がされたクッキー缶を出せば彼女の目は輝く。
「私、お湯湧かしてくる!」
 うきうきと兎が跳ねるように休憩室を飛び出し、台所へと向かう銀狼の足取りは軽く、それにもカフカは微笑むのだった。

 ▇◇ー◈ー◇▇

 同日、穹が住むマンションへと足を運んだ刃は、重々しい溜息を吐く。
 顔のみならず胸や背中にまで大量の汗が伝うほどの暑さも然る事ながら、訂正させるにしても、どう言わせればいいのか。それでまた穹が困るような事態に陥らないのか不安も過る。刃は配信者なるものに興味が無く、独り、或いは二人で喋ったりゲームをする動画を撮り、それをインターネット上に公開している人間。それを他人が見てくれれば金が稼げるらしい。程度の知識しか無かった。
 憂鬱になりながら歩みを進め、穹の住む部屋まで行ってインターホンを鳴らせば待機でもしていたのか疑う程に素早く扉が開かれ、刃は思わず後ずさる。
「刃ちゃん!」
 全員の母代わりであるカフカが刃をそう呼ぶため、施設育ちの子供等は皆、彼を刃ちゃん。と、呼び慕う。中でも過剰なほどに穹は刃ちゃん刃ちゃんとしつこく纏わり付き、煩かった記憶が蘇り、 憂鬱は加速する。
「謝罪に来た」
「え、なんの?」
 穹が刃の手を掴み、蟻地獄もかくやの如く部屋へと引き摺り込む。
 人の話など碌に聞いておらず、刃の訪問が嬉しくて仕方が無い様子は理解出来たが、取りあえず落ち付いて欲しかった。
「近くのコンビニで買った物だが……
 ビニール袋から紙パック入りのリンゴジュースを渡し、自身は片手にお茶の入ったペットボトルを持っている。何もなにし訪問がし辛い彼の生真面目さがよく現れており、穹の顔はだらしなく緩むばかり。
「ありがとー。コップに移すね!」
 手を引きながら居間の中央にある座椅子に座らせると、汗だくの刃のために冷房を強め、扇風機まで稼働させる。
「熱中症になっちゃうからね」
「そのくらいの常識は身についたんだな」
「失礼な。俺は常識人だし」
 穹の腰程度しかない冷蔵庫の冷凍室から袋のロックアイスを出し、硝子のコップに移しながら穹が頬を膨らませ、拗ねてみせる様は確かにまだ十代の青臭さが抜けない少年である。
 この年齢で、自身よりも金を稼いでいるとは到底信じられない心地にはなるが、住んでいるマンション、使用している家具、機器類などを見れば全て真新しい新品で揃えてあるため、普通に働くよりは良い生活をしていると言える。
「その、俺が勝手に部屋に入ったから……、えんじょう?とやらをしているんだろう?」
「あ、その事?銀狼にで聞いたのか。別にいいのにー」
 穹は先ず自身が楽しむを優先し、それを一緒に楽しんでくれる。或いは話に付き合ってくれる人間が見に来れば良い。と、考えているため、視聴者の恋心を煽って貢がせるような売り方はしておらず、なんなら自称美少女である。本人にしても、こんな炎上をするとは予想外過ぎて呆気にとられていたのだ。
「何故否定しない?既婚者ではないと言えばいいだけだ」
「んー、一々謝ってたら何かあるごとに謝らないといけなくなるし、そんなんで離れていく人なら別のちょっとした事でも勝手に傷ついて離れていくだろうし、放置でいいかなーって……。そう言うのって、他の大きなトラブルになったりもするんだ。だから、早めにふるいにかけるのも必要経費って感じ」
 二つのコップに分けたリンゴジュースを座卓に置き、穹は遠慮無く刃の隣に座る。
「思ったよりきちんと考えているんだな……
「いや、カフカの受け売り……
 直ぐ様、素直に白状し、穹は気恥ずかしそうに頭を掻く。
 銀狼と共に配信している際も、喧嘩にならないためのお金の分配や、未成年が多額の資金を得る危険性について諭しつつ、法的な手続きから活動についての助言もしていたと記憶している。刃も施設で世話になっていた時期は、困ればカフカを頼っていたため、彼女へ全幅の信頼を置く気持ちは判らないではない。
 現在は刃も成人しており、彼女に頼られる存在になりたいと願ってはいるが、助けになっているのかは、あの悠然とした微笑みからは判断できなかった。
「でもさ、俺は本当に刃ちゃんが俺のお嫁さんになってくれたら幸せなんだけどなー」
「馬鹿を言うな。俺は誰とも添うつもりはない。餓鬼の世話なんぞ施設の連中だけで腹一杯だ」
 刃は、家族というものに良い印象が無く、『あれ』等の子供である自身がまともな家庭を築けるとは思えず、繰り返しになるが恋愛にも消極的であり、他人に興味も持てなかった。
 何となしにテレビを付ければ恋愛を絡めた愛憎劇に、男女絡みの不穏なニュース。世の中、案外発情している男女が多いのだと知覚はすれど、幼い子供等と接していると忘れがちになり、時折伝えられる幼い想いは苦笑を誘う愛らしい物でしかない。
「俺もあと二年で酒飲める年齢なんですけどー」
 穹は高校を卒業したばかりの十八歳。
 この国では疾うに成人であり、結婚も出来る年齢ではある。
 しかし、どう足掻いたところで、そもそも恋愛感情を持たない刃の視野に入ろうとしても無駄な足掻きでしかないのだ。刃にしてみれば、幼い恋心を引き摺って固執するのは良い事ではない。
「他に目を向けられそうな仲のいい人とか居ないのか?」
「大好きな『友達』は一杯居るけど、愛してるのは『刃ちゃん』だけだから!」
 情熱的とも言える告白をしながら手を握られ、刃は面倒くささに現実逃避をしたくなったが、ここまで言うのなら真剣に考えなければならない局面に入っていると考えざるを得ない。
「俺が恋愛だとか、他人に興味が持てないのは知ってるな?」
「うん、そう言う人が一定数居るんだってのは知ってる。でも、俺は刃ちゃんが好き」
 穹は刃を『愛している』とは言えど、相手の事情を考えず、自身の感情を押しつけてくる辺りが『恋』でしかなく、慈しむ感情とはほど遠い。
「好きだ何だと言われたところで困るだけだ。とも伝えているが、諦める気はないのか?」
「諦めたくない……
 子供の恋情を、あの手この手で躱しては来たが、そろそろ限界を悟らねばならない時期なのか。
 刃はやや薄まったリンゴジュースで口を潤し、重々しく口を開く。
「では、こうしよう。俺は法律で十八が成人となったとは言え、餓鬼と付き合うつもりもない。ましてや結婚など御免蒙る。あと二年……、まぁ二十歳になる間に気持ちに変化がなく、貴様が俺を惚れさせるくらいいい男になっていれば籍を入れても良い」
 求愛される立場とは言え、随分と傲慢な言い草である。
 しかし、刃にも一つ考えが合った。彼は高校を卒業したばかりで、まだ外の広い世界を知らない。
 幾らそこらの一般人よりも稼いでるとは言え、まだまだ幼稚さが抜けない彼は、これから見識を得て視野が広がる可能性もある。
 二年近くもあれば確実に新しい出会いもあるだろう。そうなれば、刃への恋は幼心の執着にすぎないと気がつくはずなのだ。

 そして、その頃には刃も三十間近。
 年若い穹からすれば、おじさんに入る年齢である。
 老けた己を見れば、百年の恋心も冷めるであろうとの算段だ。

「本当に?」
「あぁ、貴様のしつこさには参った……
「頑張っていい男になるまで、待っててくれるって事だよな?な?」
 握り締められた手が熱く、じっとりと濡れていく。
 刃が小さく頷けば、穹は破顔して顔を近づけて来たため、調子に乗るな。と、額を弾く。
「では、この話は終わりだ。精々頑張るといい」
「うん!俺頑張る!」
 迫ってくる穹を押し退けながら刃が立ち上がり、握られた手もそっと外して玄関へと向かう。
「刃ちゃん、待っててね⁉俺頑張って自分磨きするからさ」
「無茶はするなよ。そんな物は誰も望んでいないからな」
「うん、いつも気にかけてくれてありがとな、刃ちゃん」
 里親ならばいざ知らず、現在は奇天烈な性質を持つ穹を受け入れてくれている友人が多数居るにもかかわらず、彼の恋心を否定し続ける己へ執着する気持ちが微塵も解らない刃は、扉が閉まると同時に疲労を絞り出すが如き息を細く長く吐き出した。

 あと二年、長いようで短い時間を過ごせば彼は目を覚ますのだ。
 そんな期待をしながら帰途に着く。

 無論、刃の目論見は外れに外れ、二年後にはしっかりとプロポーズをされるのだった。