koto
5618文字
Public れめしし😈🦁
 

お題:夏、はしゃぎ、パーティー

れめししお題企画への参加作
2025.08.30.発表分のお題より

夏の終わりの夜、旅行先で付き合おうって敬一君をそそのかす叶のれめしし





「早く遊びに行かないと、夏が終わっちゃうよ?」
 
 冷房の効いた部屋でアイス片手に真経津がそんなことを言い出した。いつもなら気まぐれな無職の言葉はそのまま流されることが多い。ただ、今回ばかりは少し違う。このところ忙しさに追われていた社会人たちに、夏が終わる、という言葉は思いの外に刺さったらしい。どこか焦燥感にも似た衝動に駆り立てられるように、トントン拍子で遊びの予定が計画される。さっさとしないと秋の気配が混じり始める。事実、既に夜にもなれば虫の音が微かに聞こえ始める時期に差し掛かっていた。

 夏が去る前に、と五人が出かけた先は山間深く。獅子神がつい最近購入したSUVは悪路の走破性に優れ、手入れの甘い山道も問題無く進んでいく。そうしてしばらく車を走らせると、鬱蒼とした木々が生い茂った中に、山奥には不釣り合いなほど豪奢な建物が姿を現した。
 ここは会員制の宿泊施設で年間数百万の会費を払っている会員のみが利用できる施設となっている。360度、見渡す限り全てが施設の所有する土地で、敷地内には一棟貸しのヴィラが点在していた。それぞれは車で移動するほど距離があるため、他の宿泊客の存在は気にならない。滞在期間中は他人の目を気にせずにプライベート空間を楽しめるという寸法だ。

 以前獅子神が税金対策で入会したまま年会費だけを払い放置していたのだが、実際に足を運んでみると今回の目的にはぴったりの場所だった。どれだけ騒いでも苦情が上がらないし、誰かがとんでもないことをしても人目に触れにくい。下手なことはしないはずだが、なにがあるか分かったものではないので、用心するに越したことはないだろう。
 オプションのアクティビティも充実していて、渓流下りや滝つぼへの飛び込み、岩魚釣りに乗馬、BBQ、竹で作られた本格的な流しそうめんの設置まで頼めばしてくれるのだからいたれりつくせりだ。言い出しっぺの真経津も様々な遊びにご満悦だった。
 夜になると予め頼んでおいた料理や飲み物の類がヴィラ内のパーティールームに用意される。壁面の大きなスクリーンを見つけると、叶がさっそくゲームの準備をし、そこから先は食事をつまみながら複数での対戦ゲームで盛り上がった。大声で笑い、叫び、本気で遊ぶ。これが果たして夏らしいかと聞かれるとなんとも言えないが、こんなにはしゃいで楽しめてるならなんでも良いだろう。夏っぽいことは日中に散々やったことだし心残りもないはずだった。
 


 美容に悪いからそろそろ部屋に戻ると天堂が言い出して、そこから先は解散ムードになる。部屋は飲み食いしたままでも翌朝になったら係の人間が清掃に入る。それは獅子神も分かっていたが、それにしても部屋の中の散らかり具合は凄まじかった。
 やる必要はまったくない。それでもなんだか気持ち悪くて、せめてもとゴミはゴミ箱へ、空き缶や空き瓶はテーブルの隅にひとまとめにする。おもむろに片付け始めた獅子神に、他の面々は手伝いこそしないものの止めもしないので、なんだかんだそういう性分だと理解されてるんだろうなと思った。
 
 最低限、惨状という状態からは脱した室内を見渡す。少し前までぎゃあぎゃあと騒いではしゃいでたのが嘘みたいな静けさだった。祭りのあとなんて言葉が獅子神の頭を過ぎる。さっきまでの騒々しさとのギャップに耳鳴りがしそうだ。
 部屋の空気を入れ替えたくて、獅子神はバルコニーのドアに手をかける。ドアに隙間ができるなり、びゅうっと吹き込んできた風が獅子神の前髪を揺らす。エアコンの冷風とは違う涼しい風が、少し汗ばんだ額に心地良い。後ろ手にドアを閉めながら、ライトの下に設置されたテーブルセットへ視線を移したときだった。

……うぉっ!?」

 視界の端になんらかの影が映り込み、獅子神は咄嗟に声を上げる。ビクッと跳ねた体がすぐさま身構えた先では、もうとっくに部屋に戻ったと思っていた男が何食わぬ顔で座っていた。
 てっきり自分だけだと思っていた空間に何者かの気配があったことに驚き、その正体が叶だったことに重ねて驚く。叶の手の中には飲み差しのエナドリが握られていた。いったい、いつからこうしていたのか。

「っとに。居るなら居るって言えよ……

 必要以上に驚いてしまったバツの悪さを紛らしながら、叶の前の空いている椅子に腰を下ろす。

「敬一君が勝手にビビっただけだろ? 部屋戻るなんて言ってないしなオレ」

 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。たしかに獅子神が勝手に思い込んだだけの話だ。

「で、オマエはここでなにしてたんだ? 酔い覚ましか?」

 こうして座っていると風がよく通るのが分かる。アルコールの入った体にはちょうど良さそうに思えた。涼しくて、ずっと居たら肌寒さすら覚えそうだ。

「そんな覚ますほど飲んでないよ」

 じゃあ、なんで。みんなと部屋に戻らずにわざわざここに居た理由が気にかかる。そういう気分だったと言われればそれまでだが。

「敬一君のこと、待ってたんだ」
「オレ?」

 想定外の答えに思わず獅子神の声が上ずる。なにか用事があったのか。心当たりを探してみるがさっぱりだ。

……なんだよ」

 理由はなんだと頭を働かせていた最中、目の前から注がれる視線に気付き叶を見る。頬杖をついた叶は機嫌良さそうに笑っている。

「コロコロ変わるなーって思って」
「うるせぇな。悪かったな」
「バカにしてるわけじゃないよ。分かるだろ? ちゃんとオレのこと見ろよ」

 たしかに揶揄うようなニュアンスは含まれていなかった。じゃあ、なにがそんなに楽しいのか。叶が見たことのない表情をするものだから、なんだかソワソワと落ち着かなくなる。この顔に一番近いのはなんのときだったか。思い出そうとして、思い当たった先がふたりゲームで対峙したときの顔だった。対戦中に自分を褒めたときのことが浮かんできて、獅子神は慌ててそれを振り切る。

「あーあ。たぶん合ってたのに」

 そう言って意味有りげに笑う。

「だから、なんなんだよ。オレに用あって待ってたんだろ? なんもねぇなら、オレももう部屋戻るぞ」
「あ、待って待って! 言うから」

 ほんの少し腰を浮かしかけたが、制止する叶の声で仕方なく再び座面に戻る。そこまで深刻な雰囲気でもなく、それが余計に獅子神を困惑させる。視線の先ですうっと叶の目が細められ、口元が弧を描く。嫣然という言葉がぴったりな笑みにザワザワと落ち着かない心地にさせられる。なんだか嵐の前の静けさにも思えた獅子神の感覚は間違っていなかった。

「敬一君さ、オレと付き合わない?」
「は……??」

 叶の口から飛び出した言葉は獅子神がすぐには理解できないものだった。

「おつきあい。交際。恋人になろうよって誘ってる」
「はぁっ!?」

 叶が分かりやすく重ねて説明をする。が、言葉自体の意味が分かったところで、そんなものすんなりと飲み込めるはずがなかった。なにを言い出すんだと、まじまじ見つめる。必死になにかの比喩やおふざけの線を探るが、叶にそういった素振りは全く見当たらない。

「ちなみに、敬一君以外の三人はちょっと前からそれぞれ気付いてたぞ? オレも敬一君のこと好きって隠してなかったし。なんならちょっと牽制してたし……
「待て待て待て、勝手に話を進めるな」

 その前段階でつまずいている中、追い打ちをかけるように予想もしていなかった事実が次々と発覚する。
 他の三人が? 気付いていた? ちょっと前に?
 頭の中で復唱すると、獅子神の中である疑問が生まれる。
 いや、コイツいつからだよ、オレのこと……その、好きになったの。
 気になることが多すぎて、なにから突っ込めばいいのかも分からない。

「で、どう?」
「いや、どうってなにがだよっ」

 混乱の中で投げ掛けられるセリフに、獅子神は余裕をなくしたまま言葉荒く応じる。

「だから、付き合うの」

 そうだった。そもそもの話はそこからだったと思い出す。真正面の男は涼しい顔で獅子神の回答を待っている。爆弾発言をしてきた当事者のくせに、余裕あり気な様子がなんだか釈然としなかった。

「いくらなんでも急すぎんだろ」

 告白してきた叶は心の準備のしようもあっただろう。自分のタイミングで投下してきたのだから。でも、獅子神は違う。こんなことすぐに結論を出せるはずなんてない。

「時間かけてもかけなくても、こういうのって答え変わんなくない?」

 少し拗ねた表情で叶はブーブーと文句を言う。たしかに叶の意見も一理ある。よっぽど倫理や立場的にまずい場合を除けば、あとは感覚に委ねる部分が大きい。じゃあ、なにを基準に判断すればいいのか。
 

 獅子神が脳みそをフル稼働させていると、目の前の叶がおもむろに手を伸ばした。その手はテーブルでゆるく握られていた獅子神の拳に乗せられて、軽く力が込められる。手の甲を包む叶の手のひらは少しひんやりとしている。強い力で握られているわけでもないのに、獅子神の手は石みたいに固まってしまい微動だにできない。そこから緊張感が手首を通過してじわじわと這い上がってくるみたいだった。

「オレは敬一君が好き。オレのこと見てほしいし、こうやって触ったりもしたい。敬一君のこと、もっといろいろ見てみたいって思ってる。それはイヤだ?」
「嫌じゃ、ねーけど」

 嫌じゃない。多分、それが一番初めの質問の答えになってしまうんだろう。嫌悪感とか気まずさとかが先立つことはなかった。ぞんざいに払いのけられないくらいには、嫌じゃなかった。

 にらめっこをしているわけではないが、そろそろ直視できなくなりそうで、獅子神は内心困りきっている。さっきから、くすぐったくて仕方ない。そんな表情できるのかってくらいに、柔らかく笑うから。
 ものすごく甘いものを口にしたみたいに歯の根と頭の奥が痛む。このままこうしていたい気持ちと今すぐ叶の手を振り払って逃げ出したい気持ちが同じくらいの強さでせめぎ合う。叶がどれだけ好きなのかを分からせられるように、甘ったるいなにかを問答無用で注ぎ込まれてるみたいだった。そして、始末の悪いことに、それが獅子神にとって不快どころか、心を浮き立たせる。今さっき、好きと告げられたばかりなのに。それまではただの友達だったはずなのに。

「なら、いいじゃん」
「いや、でも……

 叶はでものあとに続く言葉を待とうとしたが、一向に続かない言葉に痺れを切らした。

「ねー、敬一君。別に一生添い遂げてとか言ってるわけじゃないだろ? 試しに付き合おうって話。こうしても殴りたくならないなら、大丈夫そうじゃない?」

 テーブルに突っ伏した叶は上目遣いで獅子神を見つめたまま、握っていた手を口元に引き寄せキスをしてみせる。
 圧倒的な強者の甘えるような素振りに胸の奥が騒がしい。こんなことに嬉しくなってしまうなんて絶対に良くないし、特別感に絆されるのは相手の思うつぼだと獅子神だって分かっている。それなのに、この「お願い」に心の底からじわじわと嬉しさが滲み出てしまってる自分を見なかったことにもできなかった。
 

 どのくらい二人でこうしてるのか。そろそろ夜の空気に心地よさよりも肌寒さを感じるほうが上回り始める。獅子神は数秒黙り込んだあとで口を開いた。

「嫌じゃない」
「うん」
「嫌じゃないけど」
……けど?」
「オメーが嫌になっちまうだろ」
「ん?」

 獅子神の言葉に、叶はテーブルに突っ伏していた体を起こす。獅子神がなにを言おうとしているのか。目線を合わせまっすぐに見据える叶の目に、さっきまでのふざけた雰囲気は消え去っていた。

「なんつーか、ちゃんと、こう、オマエみたいに上手く返せねぇなって。付き合ってもよ、好きって、オレばっか貰うだけ貰って……バランス取れねえっつーか」

 正直、叶に今自分が感じているような気持ちを返せる自信が獅子神にはなかった。貰うばっかりなのはフェアじゃないし、失望されるのも嫌だった。

「ク……っ、フッ、ハハ!」

 獅子神の顔を覗き込むように見つめていた叶が、驚き目を見開くと吹き出して笑い声を上げる。そんな叶の態度に獅子神は不機嫌さをあらわにした。

「ほんっと、敬一君って」

 笑い声を納めた叶が、口の端を上げながらも少し困ったように眉尻を下げている。

「んだよっ」
「ゴメンね、怒んないで? 違うから」
「うるせぇ。なにがどう違うっつーんだよ」
「なんかビックリして。敬一君のそういうとこ大好きだなって嬉しくなっちゃった」

 そう言って叶は握る手に力を込める。さっきまでとは違い、ちょっとやそっとじゃ逃れられないくらいの強さだった。相変わらず叶が言っている意味が全くわからない。

「だってさー、自分の快不快じゃなくって、よりによってオレのこと考えてくれたわけでしょ? 敬一君は」
「え?」

 予想外の指摘に思わず声を上げる。獅子神にとってはごく自然な考えだったが、そう言われると、たしかにと気付かされる。

「勝手に好きになったオレのことまで考えちゃうって、そんなのさ、もう愛じゃない?」
「なっっっ!」

 動揺する獅子神を気にせずに、叶の浮かれぶりは止まらない。

「ここまできたら、敬一君がどこまで嫌じゃないか試してみようよ」
「勝手に話を進めんなっ!」

 どこまでが何を指してるかなんて察したくもないし、聞く耳ももつつもりはなかった。それでも、自分の言葉にここまではしゃぐ姿を見せられたら、まあ、少しくらいは……なんて思ってしまう獅子神がいるのもまた事実だった。


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マシュマロ
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