妖怪がうようよしだした世界で鬼太郎の格好を真似するのが子どもを守ると信じられている時代に転生してる水木少年の話の出だし(イメージ)です。いずれ鬼太郎に出会うし多分鬼水になるんじゃないかと思うけど、水木ががんばるパートが長そう。。
前髪を長くして片方の目が隠れるくらいに。青い上下を着て、黄色と黒の横縞柄ベストを重ねる。この格好をしていると魔よけになる──そんなことが言われるようになって、もうかれこれ二、三十年は経つだろうか。
ある時を堺に─その決定的な理由を知る者はいないのだが、時期は概ねどの説でも一致している─世界にはいわゆる妖怪、あやかし、化け物…そういった不思議な生き物達が溢れ、人を脅かすようになった。人間が原因とも言われているが、詳しいことは誰も知らない。
そんな世の中だからこそ、子を思う親の気持ちは古い時代のように切実なものとなった。だから生まれた都市伝説、と捉えられているが、信仰の力は馬鹿にならない。実際その「魔除け」がある程度有効だからこそ、世代が変わっても受け継がれているのだろうし。
はあ、とランドセルの肩紐を握り、少年はため息をついた。しかしそうしながらもグッグッとアキレス腱を伸ばし、疾走の準備を抜かりなくしている。幼いながらも油断はないようだ。
彼は子どもにしては珍しく、黄色と黒のボーダー柄を身に着けていなかった。やわらかい肉を狙ってあやかしが集まるのも道理といえなくもないかもしれない。だが彼は気にしていなかった。
彼だけは、おそらく現代で彼だけが、都市伝説の真実を知っていたからだ。
牙をむいて襲いかかってくるゴツゴツした緑色の化け物(多分、なんらかの鬼)をひらりと避け、少年は俊足で駆け抜ける。後から追いかけてくる化け物にバラバラと砂のようなものを投げつければ、向こうが悶絶の声を上げた。
「ハハッ」
少年はザマーミロ、と小気味良く笑い、そのままいつもの神社まで走る。鬼太郎神社。いつからか子どもの守神と呼ばれ、黒と黄色の横縞柄も「彼」に縁があると言う。
縁も何も、と少年は境内のベンチに座り込み、水筒の麦茶を飲みながらぶつくさと呟く。
「ベストじゃなくてちゃんちゃんこだっつの…」
短くした黒い髪をバザバサと振り、少年は瞬きした。左瞼にうっすらと縦に傷跡のようなものが見えるその目の色は、夏の日陰から見る空のようにひんやりとした青だった。
ただいま、と一応声をかけるが、返事はない。けれど、特にそれを寂しく思うこともない。もう小学五年生、低学年の幼子ではないのだから。
家の中に入れば安全だった。どういう理屈かわからないけれど、妖の類は外では追いかけてくるものの、少年の家の中まで入ってきたことはない。
ランドセルを置き、手洗いうがいをして仏壇へ手を合わせる。五歳の時に亡くなった祖父母の遺影は優しげにほほ笑みかけていた。
「…たぶん、じいちゃんばあちゃんのおかげだよな」
どちらかなのか、両方なのかはわからないけれど、狐狸妖怪、悪霊、そういったものは少年の祖父母にけして近づかなかった。よくよく考えると母もそうなような気がするが、忙しい母より祖父母の方が印象に残っているというのはある。
チン、とりんを鳴らしてから、やっと少年は冷蔵庫をあけ麦茶を取り出す。残り少ないことを確認すると、コップになみなみとつぎきり、それをひとくち飲んでから流しでポットを洗う。作業の手は淀みなく、ポットを拭いて、水と麦茶パックをいれる。夜には飲めるかな、と冷蔵庫へ戻して。次は、戸棚から煎餅を出して麦茶と共におやつだ。ここでやっとひとごこちつく。
「宿題多いなあ」
ため息をつきつつ、母が今日な夜勤ではないと言っていたのを思い出し、じゃあ米といで炊いとくか、としっかりしたことを考えるなどする。
少年に父はいない。正確には、いたが、少年が幼い頃に母と離婚して今は海外にいるそうだ。以来看護師の母が女手一つで育ててくれている。物心つくかどうかの頃だったから、あまり父の顔は覚えていなかった。
煎餅をぱりりと噛みながら、考えるのは父のことでも母のことでもない。恐らく現代では少年だけが知っている(かもしれない)鬼太郎のことだ。
鬼太郎が子どもの守り神というのは完全に都市伝説の類なのだけれど、全くの嘘ともいえないのは、鬼太郎は基本的に弱いものを助けるからだ。たいていの子どもは世の中で弱者なので、子どもが守られることは多いだろう。
少年は頬杖をついた。家の中にこそ入ってこないが、外にはさっきの鬼のような妖がウロウロしているのが気配でわかる。今日はどこかに行くのは無理そうだ、とため息をつく。
「百鬼夜行かなんかでもあるのか?今日」
食料はあるし、連絡を入れれば母が買って帰ってくるだろうから心配はないけれど…。
宿題でもするか、と立ち上がりながらも、考えるのは鬼太郎のことだった。
少なくとも十年くらいは、鬼太郎の噂だけがあり、誰も本当の鬼太郎を知らない。
少年の中には、しかし、鬼太郎の記憶がある。…しいていえば、それは前世の記憶のようなものだ。人に話したことはない。唯一生前の祖父母には話したことがあったが、ふたりは心配そうに顔を曇らせ、それは誰にも言ってはいけないよ、と諭されたものだ。幼くてその理由まではよくわからなかったが、祖父母が心から心配していることは伝わったので、わかった、と頷いたのだった。
成長しても、少年には鬼太郎の記憶があった。あったというか、年々鮮明になってきている気がする。鮮明になったのではなく意味がわかるようになったというのが正しいかもしれない。少年はいつかの時代、少年ではなく、大人の男としてあの子──鬼太郎を育てていた。
だから鬼太郎が守り神などではなく、幽霊族という種族なのだと知っている。ついでにいえば、いくつかの妖怪については弱点も思い出していて、そのおかげで彼は鬼や妖怪達との追いかけっこに勝てているのだ。
少年の名前は、水木という。
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