最後にもう一度見上げた夜空は、金の粒子が解けたように星がいくつも瞬いていた。本当に、あの世界は終わりを迎えたのだろうか。満足そうな笑みを浮かべて消えていった真文の顔が脳裏にちらつく。
「黎ちゃ~ん、帰りにコンビニ寄ってもいい?」
のんきな真文の声で我に返り、空から視線を外した。
「好きにしろ」
「はーい、好きにしま~す」
時刻はもう21時を過ぎていた。この時期の夜は当然寒い。コートの隙間から入り込んでくる風は刺すように冷たく、ポケットの中に避難したはずの手の指先まで氷のように冷え切っていた。
しばらく歩いてコンビニの前までやって来ると真文は「すぐ戻ってくるけど寒いし黎ちゃんも中入ってる?」と声をかけてきた。「いや、すぐ済むならここで待ってる」と返せば彼は、わかった、と頷いて店に入っていった。
真文がずっと隣で喋っていたものだから、一人になると途端に静けさが際立つ。多くの人間がもう活動を終えているような時間帯なのだからそれもそうか。白い息を吐く。
ふと、空を見上げた。
南の空にはオリオン座が見えた。中央に並んだ三つ星に、その周りを四角く囲むような星々。そしてオリオンの肩の辺りに位置する赤い一等星ベテルギウス。冬の星座の中でも比較的見つけやすい星座だ。ベテルギウスといえば、10万年以内に超新星爆発が起こる可能性が高いといわれている。あるいは、既に爆発していて消滅しているとか。約530光年離れた星の現在の姿など正確にわかる人などいないが。
今、自分が見ている星は500年も前の光だ。実際はもう滅んでしまっているかもしれない光だ。それは少し──悲しいことではないだろうか。無意識に別世界の彼らと重ね思考を巡らせていると、「お待たせ!」と真文が戻ってくる。コンビニ袋の中から何かを取り出すと、自分に向かって差し出した。
「はい、どーぞ」
ほかほかの肉まんが手渡される。
「俺に?」
「家までまだ歩くし寒いでしょ、これ食べながら帰ろ」
そう言いながら真文は自分の分の肉まんの包み紙も剥がしている。もしかしてそのためにコンビニに寄ったのか。相変わらず気配りができるやつというか、気が利くというか。ありがたく受け取った肉まんの包み紙を剥いで、一口。ふわふわな生地の中から僅かに中身が覗いた。もう一口食べると、肉の餡が舌の上で熱さを訴えているが美味しい。
「久しぶりに食べたなこういうの」
「たまにはいいよね~」
「……なぁ」
歩きながら隣に声をかける。
「ん?」
真文は肉まんを頬張りながら振り向く。
「もしベテルギウスが既に滅んでいたらどうする?」
「え、何急に?」
「ベテルギウスといえばな、」
かいつまんで真文にも説明する。遠い未来で超新星爆発を迎える滅びゆく星かもしれないこと。もしかすると既に滅んでいるかもしれないこと。今見ている光は500年も前のものであること。
最初こそ真文はぽかんと聞いていたが、そのうち空を見上げていた。
「……それってなんだか幸せかもね」
「幸せ?」
自分と真逆の感想を抱いた彼に思わず聞き返す。
「だって、滅んじゃったとしても500年後に証明してくれる人達がいるわけじゃん。その星がちゃんとそこにいたってことをさ。まさに今の俺たちみたいに」
「……そう、か」
その光が未来に届くことに意味があるとするのなら、彼らの生きた証も、確かに存在したという事実も完全に消えることはないのかもしれない。
いつも真文は自分にない視点を持っている、考えを持っている。それを実感する度に隣にいることに安堵する。一人では寒いだけの帰り道も、こいつと一緒なら。
*
その存在の証明が完了するのはいつになるのかわからないけれど。
何光年も先かもしれないけれど。
一人の探偵と、一人の助手の解を。
いつかきっと。
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