syanpon
2025-09-02 18:01:10
2665文字
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死だって二人を分かたない

オトスバ
現パロ

 どんな関係にだって別れがある。
 そのきっかけが些細な行き違いにしろ、嫌悪や失望にしろ、人と人との交わりにはいつか終わりがくるものだ。
 スバルはそれが怖かった。
 100の好意があったとて1の嫌悪に支配されることがある。コーヒーに一滴ミルクを足したところで味は変わらないが見方は変わる。
 じゃあ嫌われないように頑張ればいいのだが、いかんせん人との適切な距離の測り方がスバルにはほんの少しだけ難しい。

 高校を卒業すればスバルは大学にいくがオットーはプロサッカーの道に進む。そこで出会うたくさんのスバルよりも優れた人々。それらに出会ったオットーからの視線が変わるのも怖かった。

 嫌われたくはなかったが面と向かって別れを告げられるのはもっと嫌だった。

 だから卒業と同時に自分から手を離し、オットーとスバルは疎遠となった。

 いつかの別れに怯えるくらいならその方がずっと物分かりのいいふりができたから。

 初めの頃は何度か誘いの連絡が来ていた。ただ大学の準備やバイトを理由に断り続けていればそのうちメッセージアプリは動かなくなった。

 離別は思ったよりも簡単であっけない。

 だがなくした温度を求めて涙を流す夜からは逃げられず、動かなくなったメッセージアプリを未練がましく見つめることが日課になっていた。

 「え」

 動かないと思っていたトーク画面に『夜、会えませんか』の文字が踊る。
 なぜいきなり、しかも既読をつけてしまった。
 既読をつけたからには返事をしないといけない。これまでのように何か理由をつけて断ればいいだけの話だ。スバルは下手くそな呼吸をしながら震える指で文字を打つ。
 
 『明日の夜、空いてる』

***

 小洒落た居酒屋の個室、掘り炬燵の席でスバルは居心地悪く縮こまっていた。
 2年ぶりに会った元恋人の視線が怖かったがオットーは柔和な笑みを浮かべ、柔らかな青を緩ませて「久しぶりですね」と笑い店に案内してきた。
 正直一方的に連絡を絶ったのはスバルの方なわけでどんな言葉で詰られるのかと怯えていた身としては拍子抜けであったしその変わらなさが自分は彼にとってもうどうでもいい存在になってしまったと言われているようで自分勝手に苦しくなる。

 酒を照明に当てて揺らし、ほんの少し酒気を帯びた赤い顔で最近の近況を話す男を適当に選んだカクテルをちびちびと舐めながらスバルは見つめる。
 オットーが酒が好きなのも初めて知ったし思ったよりも酒に強いことも初めて知った。
……結構、酒飲むのな」
「ええ、お酒は大好きなんですが練習があるとコンディションに響くのでこういった休暇の時だけ」
「ふうん」
「ナツキさんは?」
「俺は、あんまりかな」

 一口、酒を煽る。柑橘系の酸味に喉を焼くアルコールが後から追ってくる感覚はあまり得意ではなかったがアルコールで少しでも頭を鈍らせないとこの空間に、変わってしまった関係性を自覚するのに耐えられないと思った。
「で、なんでいきなり俺を呼んだの?」
「ああ、そうなんです。お話ししたいことがあって」
 そういってオットーは目の前でカバンをゴソゴソと探り、クリアファイルに挟まれた一枚の書類をスバルに見せる。

「結婚することになったんです」

 時が、止まったかと思った。
 おそらくスバルの呼吸は数秒止まっていた。
 紙切れ一枚越しに見る男の表情は先までとなんら変わりなくほんの少しだけ眉を下げて笑っている。
「け、っこん」
「はい」
 婚姻届と書かれたそれを目で追えばオットーの名前と別の女性の名前が記されていて偽物なんかじゃないのだろう。
 水中にいるように音がぼやけてうまく聞こえない、婚約者との出会いの話でもしているのだったらむしろ聞こえない方がいいな、なんて現実逃避をしながらうまく回らない頭でぐるぐると考えているとその大事な紙をオットーはスバルに差し出した。

……?」
「選んでもらおうと思って」
「何、を」

胡乱なを向けるスバルにオットーはにこりと微笑む。

「この紙、破いてもいいですよ」
「は」
「見てわかるとおりまだ出していないんですこれ」
「何言って、お前の将来に俺が何の権利があって」

 __グシャリ、とスバルの手のひらから嫌な音が響く。
 海のような青い瞳を細めて笑う男とぐしゃぐしゃにスバルの手に握り潰された婚姻届が視界にうつる。

 その笑顔を見てスバルはどうしようもなく泣きたくなった。

 これで全部終わりだ、スバルは大事な友人で恋人であった男の幸せすら祝えない男であると露呈してしまったのだ。
 紙切れとなってしまったそれを握りしめたままのスバルの手のひらをオットーがゆっくりとほどく。視界がどうしようもなく滲んでまばたきをすればテーブルの上に涙がこぼれた。一度流れ出すと止め方を知らないままに後から後から溢れ続ける。
 どうしようもなく惨めで情けなくて消えてしまいたかった。

 ゴン、と固いものがテーブルに当たる音。

 「あーよかったあ……!」

 間髪入れずに情けない声がスバルの耳に届く。
 顔を上げると破顔したオットーが机に頬を乗せてスバルの方を見つめていた。そのまま「これはもういらないので」といってそのままくしゃくしゃになった婚姻届を4つに破いて捨てる。

「は、お前何して」
「ああ、嘘なんです」
「え」
「結婚するって、あれ、嘘です」
「は」

 オットーがスバルの涙に濡れた頬をひと撫でしていく。
 酒のせいか興奮のせいか気のせいなのか一瞬触れた温もりは火傷しそうなほどに熱かった。

「これであんたが僕の結婚になんの反応もしなかったり幸せを祈りでもしたら諦めるつもりでした。……でもどうやら賭けに勝てたみたいですね」
「だ、ましたのかよ」
「下手くそな嘘ついて何年も顔見せなかったあんたがいいます?」

 それを言われてしまうと多分人でなしはスバルの方だ。
 スバルの手を取って指を絡めて、困ったような、でもほんの少し緊張しているのか。
 唇を一度舐めたオットーがスバルの目を見て笑う。

「ね、だからおあいこにしませんか。僕もナツキさんも、お互いがいないと幸せになれっこないんですから」

 いつか人には別れが来る。
 だから怖くて手を離したつもりだったのに。

「おれ、もう離してやれないん、だけど」
「はい。僕ももう離してあげる気ないのでお揃いですね」