雨竜とのリバーシは楽しい。シンプルなゲームだが、だからこそ幼い雨竜の集中力や、作戦を立てる頭脳の成長が楽しめる。相手を観察するにも丁度いい。そして逆転がスリルを与えるいいゲームだった。
しかし今夜の雨竜は、興が乗っていないようだった。迂闊に、隙だらけにプレイする。ため息を吐いて、俺を見上げた。
「叢雲兄さん……僕も結婚ってできるかな」
心配そうな視線。日中何かあったのだろう。家のことだろうか。俺は穏やかに微笑み、尋ねた。
「できるぞ。何を不安がっている?」
「……ロミオとジュリエットのごほんを読んだらダメなおうちもあるんだって」
そういえば雨竜は、来客から海外名作全集を貰っていた。読み込むうちに、自分の置かれた立場について悲観してしまったのだろう。たしかに、高塔家には自由は少ない。俺自身の婚姻も、メリットを十分に考えることになるだろう。だが俺は首をゆっくりと左右に振る。思いを込めて言った。
「……心配いらない。お前が結婚したい、愛する相手が出来たらどんな相手でも俺が応援する。政略結婚をさせたがる動きもあるだろうが……それは俺が止める。雨竜が好きな人と結婚できるよう、俺が手伝おう」
「ほんと!?」
雨竜は飛び上がるように喜ぶ。くりくりとした目が輝き、頬が桃のように色づく。膝に寄ってきた雨竜の頭を撫でた。
「雨竜は次男だ。俺より自由に生きてほしい。お前の笑顔を見ることが、俺の幸せでもある」
好物を食べた時のように、雨竜は表情を蕩けさせる。嬉しさに目を細め、俺に抱きついた。
「うれしい! じゃあ、僕、戴天さんと結婚する!」
「……戴天?」
俺は表情を硬くした。戴天。俺と雨竜の従兄弟である。年齢は俺のひとつ下。そして、今でこそ落ち着いたが、小中学生の頃は負けん気が強く、年上にでも果敢に挑む美しい猛獣のようなやつだった。撫でられれば爪を出して拒絶する猫のような。
雨竜はそれを知らない。破顔したまま照れ、もじもじと頬を俺に擦りつける。
「戴天さん! とっても優しくて、いい香りして、きれいで、踊りも上手!」
「あぁ……うむ……そうか……」
間違っては、いない。戴天は弱いものに優しく、責任感もある。踊りの才能は秀でているし、男にしては花のようないい香りもしている。
雨竜は俺を見上げ、期待した顔で問いかける。
「叢雲にいさんも応援してくれる?」
俺は躊躇した。雨竜の夢を壊したくない。しかし戴天はまずい。家同士の争いもある。だが政略結婚に縛られない結婚を応援するということを言ったのは俺だった。もごもごと続ける。
「戴天は……ああ見えて色々欠点があるぞ。腹が減っているとイライラするし……朝はぼんやりしているし……」
「僕が守るもん!」
「いや雨竜に守られるほど弱くもなくてだな……」
俺は腕を組む。欠点を伝えても雨竜は拳を握り、逆に燃え上がる。責任感のある優しい雨竜だった。けれど、戴天だ。考え込む俺に、雨竜が首をかしげる。
「兄さん……?」
「他の人ではダメか……?」
「なんで?」
なんで。それは戴天だからだ。理由を懸命に考える。
「いや……年も離れているし……男との婚姻は高塔で例がなかったと思うし……」
途切れ途切れに言い訳をする俺を、雨竜がじっと見つめる。そして、眉を下げ、目に涙を溜めだした。
「……っ、もしかして、兄さんも戴天さんが好きなの……?」
今にも泣き出しそうだ。しかも誤解だ。たしかに戴天とは行事で顔を合わせることも多いし、親戚一同の中では最も信頼している。将来、一緒に仕事をするのは楽しみだ。もっとくだけた態度で接してくれる、友人になって欲しいとは思っている。
だが、雨竜の言う結婚とは、恋愛のことだろう?
「っ、そんなことはない、そういうことではないが、雨竜を邪魔するつもりもないんだが」
雨竜は信じない。しゃくりあげ、口を赤ん坊のころのようにへの字に曲げる。震え、顔が真っ赤になる。
「う、ぅう……にいさんが……戴天さんをとった……」
とってない。まだ戴天は誰のものでもない。しかし俺はとりあえず雨竜を抱きしめ、背中をぽんぽんと叩く。焦り早口になり、逃げ道を探す。
「違う、そうだ、まず戴天の意志というものがある! 嫌じゃないか、戴天に聞いてみよう!」
「そっか!」
雨竜は涙目を拳で握った。きりっと眉を寄せ、男の表情で決意する。
「僕お手紙かく、結婚してくださいって」
そう言うと、リバーシはそのままに部屋の隅の棚に向かう。お道具箱から画用紙とクレヨンを取り出し始めた。
「うん……そうするといい」
俺はため息を吐く。あとは戴天がやんわりと断ればいい。
リバーシを覗き込むと、まだ勝敗は分からなかった。
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