桐子
2025-09-01 23:44:42
2786文字
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まわる世界⑤


「朝ごはんですよ」
鬼太郎に呼ばれて目を覚ましたゲゲ郎は、ねむい目をこすりながら起き上がる。既に日は高く上っていた。
「おはよう、鬼太郎」
「おはようございます」
鬼太郎は襖の前にちょこんと座り、ゲゲ郎のことをじっと見つめている。朝に弱く、油断するとすぐに布団の中に戻ってしまう父親を見張っているのだ。さすがに幼い息子にじっと見られていては二度寝をすることもできず、ゲゲ郎は渋々起き上がった。
今日はどんな予定があるのだったか。確か、婚礼の次の日だから人と会うような用事は入れないようにしていたはずだ。普段着でいいだろうと、いつも着ている青の着物を選ぶ。顔を洗って、簡単に身支度を済ませると、鬼太郎と一緒に居間へと向かった。
中へ入ると、代わり映えのしない面々の中に、唯一見慣れない姿があった。
「おはようございます」
そう言って頭を下げたのは、水木だった。ゲゲ郎は一瞬面食らったが、慌てて挨拶を返した。
「ああ、おはよう」
今日の水木は、Tシャツにシャツを羽織ったラフな服装だった。こんな普段着でも様になる男だと感心していると、砂かけ婆が叱りつけてきた。
「遅いぞ、親父どの」
返す言葉もなくゲゲ郎は肩をすくめる。
ゲゲ郎たちが席に着くと、おのおの「いただきます」と手を合わせて食事が始まった。
賑やかなものである。小さな組織ではあるが、とりたてて用がない限り皆で食卓を囲むので、食事時はちょっとした宴会のようになる。ゲゲ郎が焼魚をつついていると、砂かけ婆が水木に話しかけているのが見えた。
「うちでは朝食は七時半、昼は十二時半、夜は六時半と決まっておるんじゃ。食事がいらぬ場合は早めに言うておくれ。水木殿は明日から大学じゃろう。よければ弁当もこしらえるぞ」
「ありがたいです」
水木は穏やかに微笑みながら、砂かけ婆からご飯茶碗を受け取った。なぜか水木の分だけ大盛になっている。砂かけ婆にいたく気に入られているようだ。
「こちらでは、いつも皆さんで食事を?」
「そうじゃ。初代組長の時代からな。この組にはいろいろ変わった取り決めが多いが、だいたい初代の思い付きじゃ。のう親父さん」
話を突然ふられ、ゲゲ郎は思わずたくあんを喉に詰まらせかけた。
「げほ、そうじゃな」
なんとか取り繕って答えるが、水木の顔からは先ほどの笑顔は消えていた。ぐっと眉間にしわを寄せ、不快そうに目を細めている。視線を合わせるだけで不快なのだろうか。
「そういえば、皆さんはお互いのことを、妖怪みたいな名前で呼び合っていますが……
「そうたい。おいは『一反もめん』で、こっちは『ぬり壁』たい」
一反もめんが自分と、隣のぬり壁を指さす。
「もちろん、本名じゃなか」
「でも、ここにいると本当の名前を時々忘れちゃうよね」
「そうそう、はて本名は何だったか」
子泣き爺がとぼけて言うと、他の面々が大笑いした。水木だけは笑わず、困惑したように視線をさまよわせている。皆は慣れているだろうが、水木は訳が分からないだろうと思い、一反もめんの話に言い添えた。
「役割なのじゃよ。『一反もめん』は運転手、『ぬり壁』は護衛じゃ」
一反もめんは、ひらひらと風に乗って現れることから移動に優れる。ぬり壁は、鉄壁の防御を誇る。それぞれの得意分野を生かして組に尽くせるよう、初代の頭が名を与えた。そしてそれが連綿と引き継がれているのだ。
「ワシは家政婦頭じゃな。でも『砂かけ婆』とはひどい言い草じゃ。せめて『砂かけ美女』ぐらいは言ってもいいじゃろうに」
美女とは程遠い姿形だと思ったが、ゲゲ郎は黙っていた。砂かけ婆の機嫌を損ねると面倒だからだ。
「世代交代する時に、その名もまた引き継ぐんじゃ」
「へえ、なるほど……
水木は感心したように頷いた。
「ぼくは鬼太郎です」
砂かけ婆の隣に座った鬼太郎が、ぺこりと頭を下げた。
「ぼくのなまえはおかあさんがつけてくれたんです。おにというじには、ゆうれいといういみがあるそうです。ぼくはゆうれいぐみのあとつぎですから」
「それはいい名前だ。俺は水木という。これからよろしくな」
水木は鬼太郎に向かって、優しく微笑みかけた。
「よろしくおねがいします」
鬼太郎もぺこりと頭を下げる。よかった、水木は子供が嫌いではないようだ。ゲゲ郎は少しホッとした。それに鬼太郎の方も、人見知りで知らない人間に自分から話しかけることなどめったにない子なのに、水木には自分から声をかけていた。相性がいいのだろう。微笑ましく二人を眺めていると、また水木と目が合った。彼はやはり難しい顔をして、黙々と食事を続けている。やっぱり自分は嫌われているのだろうか。ゲゲ郎は内心ため息をついた。


鬼太郎を連れて公園へ行き、帰りにぶらぶらと商店街を通る。そろそろ昼が近いせいか、あたりにたちこめるいい匂いに、腹がぐうと鳴った。それを聞いていたわけではないだろうが、店先で唐揚げやコロッケを揚げていた肉屋の店主が声をかけてくれた。
「親父さん、コロッケ持っていきなよ」
「おお、ありがたい」
肉屋の店主が揚げたてをサービスしてくれた。さっそく鬼太郎と半分こしてかぶりつく。ざっくりとした衣とほくほくのじゃがいもが美味かった。
「おいしいです」
「ああ。夏祭りの出店も楽しみじゃな」
このあたりの神社の夏祭りは幽霊会が仕切っている。肉屋のコロッケは、屋台の中でも行列ができるほど大人気なのだ。しかし、店主は困ったように眉を下げた。
「今年はちょっとねえ」
「どうしたんじゃ?」
ゲゲ郎は首を傾げた。毎年大盛況のはずだ。何かトラブルでもあったのだろうか。店主は言いにくそうにしていたが、やがて口を開いた。
「ほら、最近、山田さんちの息子が帰ってきただろ。それで悪い仲間とつるんで、この辺でいろいろ悪さしてるんだよ。隣町の祭りでも、酒飲んで大暴れしてたって噂になっててさ」
「それは難儀じゃのう」
「親父さんからも一言言ってやってくれよ。山田のじいさんも気の毒でさ」
山田の息子の素行は気になるところだ。この辺りで悪さをしたら、たいてい幽霊会の耳に入るものだが、最近は婚儀でいろいろと忙しく、ゲゲ郎もあまり町中を見回ってはいられなかった。
「わかった。ころっけの礼じゃ。気にかけておくよ」
「よろしく頼みます」
店主は深々と頭を下げた。コロッケを食べ終えた鬼太郎は、
「とうさんはいそがしいですね」
としみじみ呟いた。
「そうじゃのう。ま、世のため人のために働くことはいいことじゃ」
「ぼくもいつか、とうさんのおやくにたてるようになりたいです」
「おお、そうか。鬼太郎は優しい子じゃのう」
ゲゲ郎が頭を撫でてやると、鬼太郎は嬉しそうに笑った。息子が優しい子に育ってくれていることが、ゲゲ郎には何より嬉しかった。