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朝見草
2025-08-31 23:34:37
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支柱がなくても立てるから
day30
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「あたしこの家出てくから」
「
……
は、」
帰宅した妹の一言で時間が止まったような気がした。
夏祭り最終日の今日。花火も終わり、汐見に近いとはいえ屋台も出ていないこの辺りはすっかり静まり返っている。八月末の、ただの土曜日。
進学先は遠方にしたいという主張は既に何度も聞いていた。その妹が今、わざわざ宣言するなら遠い未来の話でないことはすぐにわかった。
「いつ」
「早ければ十月くらい。学校に出す書類とかは書いてもらったから、あとは部屋が片付けば」
そこまで言って、居間で荷物を広げていた妹はあ、と俺の方を向く。
「出てくって言ってもおばあちゃん家だよ。汐見の」
「あー、この前俺が持ってったのそれ関連か」
「そう」
行き先が見知った近い場所であることに少しほっとする。しかしそれにしたって。
「いきなりだな」
「話そうと思った時紫葵風邪引いてたから」
「もっと前にもタイミングあったろ」
「そうだけど、んー」
言いあぐねて口を噤む妹。手は祖母に着付けられた浴衣の袖を皺くちゃに握っては離すを繰り返す。暫しの逡巡の後、意を決したように口を開いた。
「あたし居ないほうが楽でしょ、紫葵は」
頭ひとつ低い位置にある青い瞳が真っ直ぐに俺を見た。童顔なことを気にしている大きな目が、こんな時はとても力強い。
「どうしてそう思う」
「ちゃんとした『お兄ちゃん』でいるの向いてないから」
俺はゆっくり瞬いた。誰に似たんだか本当に、人のことをよく見ている。
「
……
手厳しいなぁ」
「世間は騙せてもあたしを騙し通せるなんて思わないこと」
紫葵は分かりやすいけど、と露花は肩を竦める。
「あたしたち、離れてる方が自分のこと大事にできるよ」
昔ひとつ決めたことがあった。最初は目標のはずだったそれは、気づけば呪いのように行動を縛った。自分で自分の首を絞めていることがわかっても解けない暗示と、周囲の目に映る理想像から逃れられなくなっていく日々。
「今までありがと、お兄ちゃん」
それが緩む。呼吸が楽になるような感覚がして、深く息を吐く。でも一つだけ、これだけは言っておきたいことがあった。
「嫌々やってた訳ではない、から」
「わかってる」
憑き物が落ちたような顔をしていたのだろう。俺を見る露花の目が随分愉快そうだった。
「あたしが居なくなっても大丈夫?」
「大丈夫」
「ほんとかなぁ」
素直じゃないからな~と露花は歌うように口ずさむ。
「
……
実際どうなるかわからないけど見栄くらいは張らせろ」
「無理して兄らしくしなくて良いって言ってるじゃん」
「それでも」
変わらなければいいと思っている。変わらなければならないとわかっている。
夏は終わる。四季は巡る。出会いがあっても別れは来る。
それでもなくならないものはあって。
「兄妹なのは変わんないだろ」
十五年隣で過ごした妹はニッと笑った。
「当然」
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