なんでこんな暑い日に学校に歩いて登校しなくちゃいけないんだと、勘右衛門は真上から容赦なく自分を照り付ける太陽を忌々しく見つめながら、ハンディファンを回していた。勘右衛門の隣には日傘をさしてハンディファンを首からかけている乱太郎が隣を歩いている。
「勘右衛門、暑くないの?」
「…暑いに決まってる。」
「あははは、勘右衛門、汗だくだね。」
勘右衛門は暑さで身体が溶けてしまいそうだ。歩いているだけで体力がゴリゴリと削られていく感覚がある。乱太郎がさしていた日傘を少し傾けて勘右衛門に影を作ると、助かる…。と言って乱太郎に少しくっついた。
「もう汗かきたくない……。」
「…そうだねえ、これは帰ったらシャワー真っ先に浴びたいかも。」
「…うん、もう帰りたい…。」
「帰っちゃダメだよ〜。」
「…うー…。いやだぁ、あつい…。」
「でも、あれだね。今日はなんだか風が強いね。」
確かに乱太郎のいうとおり、今日は涼やかな風が吹いている。しかし、暑さが全く軽減されるわけではなくて、むしろその風によって熱気がこもりにこもっている気がする。
「…あつい……あつい……暑い……。」
勘右衛門が呪文のように唱えながら歩いていると、乱太郎は笑った。
「あはは、勘右衛門ってば、暑さでやられちゃってる。」
「だって暑いんだもん……。」
「ふふ、暑いしか言ってないじゃん。…あ、ほら、見えてきたよ。学校!」
「あああ……ようやく着いたぁー。」
「頑張ったねぇ、よしよし〜。」
見えてきた学校の校舎を見て、勘右衛門はほっと胸を撫でおろした。教室の中に入るとエアコンが効いていて外よりも比較的涼しい環境であったことと、さっき乱太郎に頭を撫でてもらったことによって少し元気を取り戻した。
登校日はクラスや学年、そして勘右衛門たち三年生になると就職組や進学組によって登校する日も時間もバラバラで、人が少なく静かである。だからこそなのか窓を閉めているはずなのに外から聞こえるうるさい蝉の大合唱に勘右衛門は眉をしかめた。
「おー、久しぶりだなー、元気にしてるかあ。」
部活動かそれともプライベートでなのか少し日焼けをした先生が教室に入ってくると点呼が始まった。
そして今後の連絡事項を語る。進学組の生徒はこれから面接練習やエントリシートを書かなきゃいけないことや、受けたい大学によっては学力テストもしないといけないこと。…まあ、この時間に集まったお前らは心配ないだろうがな!と笑う先生に勘右衛門と乱太郎は目を合わせて笑った。
「じゃあ、今日はこれで終わり。暑いから気をつけて帰れよ〜。」
先生の帰りの合図で今日の登校日の予定は終わりになり生徒たちは帰宅することになった。帰宅する前に少しふたりで進路指導室に寄って、行きたい大学の事を調べてから乱太郎と一緒に下駄箱まで行き靴を履き替えると二人は外に出た。
照り付ける太陽に二人は揃って顔を歪ませる。登校するだけでも汗だくになっていたのだ。帰りも同じように汗だくになるのは目に見えている。勘右衛門はうわあ…。って顔をして乱太郎を見ると、乱太郎はあははと笑った。
「大丈夫?勘右衛門帰るよ〜?」
「全然ダメ。帰りたくない…。」
学校の冷房が恋しい…。としゃがんで上目遣いで乱太郎を見上げる勘右衛門にそんな顔しても無駄だよ、帰るよ〜!と勘右衛門を立ち上がらせた。
「ほら、さっきよりは涼しい風が吹いてるみたいだからマシだと思うけどなあ…?」
「全然、マシじゃないもん…。」
「そう?」
「あ~つ〜い〜。」
「…それを私に言われても変わんないよ。ほら、早く帰ろう。…ね!」
乱太郎がそう言うので勘右衛門はしぶしぶ学校を後にした。来たときと同じように乱太郎は勘右衛門を日傘の中に一緒に入れてくれて二人は横に並んで歩く。
「この前は兵助たちと海行ったんだよね。楽しかった?」
「…うん、楽しかった。でも乱太郎がいたらもっと楽しかったと思う。」
「ごめんって、塾が被ってたんだもん〜。」
「今度は絶対来てよ…乱太郎と夏らしいことしたいし。」
「うん。」
歩きながら、会わなかった期間の出来事を話している最中にも、勘右衛門が持っているハンディファンは意味を成さなくなっていて、汗がぽたぽたと地面に落ちていく。
「……あつい。」
「あはは、そうだねえ。」
「溶けちゃうかもしんない…。」
「あはは、それは困っちゃうなあ。」
勘右衛門が溶けたら私が運ばなきゃ行けなくなるから困るなぁ…。あ、でも液体だからいけるかもしれないね?とアイスみたいに溶けることは無いというのに本気か冗談か分からない感じに考える乱太郎も勘右衛門ほどではないが肌にはじんわりと汗をかいていて暑そうだ。
乱太郎は持っていたハンカチで額に流れる汗を拭うと日傘を持ち直した。乱太郎の可愛らしい顔が露わになってドキッとする。汗で顔にくっついている髪を耳にかける仕草も可愛い。ああ、好きだなあって思う。
(なんか…。)
それに、汗で顔にくっついている髪を耳にかける仕草が妙に色っぽいなと思って、見てるだけじゃ我慢できなくて手を伸ばす。すると乱太郎に気づかれてしまったのかバッと振り向かれてしまった。
「わっ……。びっくりした。どうかした?」
「……ん?あ~いや?別に…。」
「…ふふ、へんなの。」
勘右衛門の不埒な考えには気づかずに乱太郎は首を傾げるとまた前を向いた。勘右衛門が乱太郎に視線を送り続けていると乱太郎はそれに気づいたのかこちらをちらりと見たあとに口を開いた。
「なあに?私の顔になにかついてる?」
「いや…、そういうわけじゃないんだけど…。」
「なあに?気になるじゃん。」
「……なんでもない。」
「…絶対なんでもないって顔じゃないよねぇ。」
怪訝そうな顔で乱太郎は勘右衛門を見る。しかし勘右衛門は誤魔化す様に視線をそらし続けるばかりだった。だって、言えるものか。貴方が汗をかいている姿に欲情してしまっています。だなんて。いくら乱太郎が理解力のある恋人とはいえこの場でそれを言ってみろ。引かれる自信しかない。いつだって乱太郎の前ではかっこいい自分でいたいから、勘右衛門は頑なになんでもない。と返し続けた。
その様子に乱太郎は何かあるんだろうなとは思ったけれど特に気にするほどではないだろうと考え、これ以上突っ込むことは辞めておこうと決めた。乱太郎は再び前を見て歩き出す。
「夏休みももう半分だねえ…。」
「…はあ、遊べる時間が減ってく……。」
「勉強もしないとだめだよ?」
「…してるよー、あ、今度乱太郎とも勉強会したい。」
「いいね、しようか。」
他愛のない話をしながら、そのまま少し歩いていると段々と住宅街へと入っていく。勘右衛門と乱太郎の家の近くにある道路にはあまり人通りがない。時々車が通るくらいだ。それ以外はほとんど通らないため今は周りには誰一人としていない。…ここなら誰もいないし手繋げるかなと思った瞬間に乱太郎の家が見えたことに気が付いた。
(……もう少しだったのに。)
残念な気持ちを隠すようにして笑顔を作る。そしてそのままの流れでいつも通りを装って乱太郎の家についた。乱太郎が足を止めて勘右衛門を見る。
「あ、私の家だ。いつもありがとうね。」
「全然いいよ。…じゃあ、また連絡するね。」
「うん。待ってる。……あ、あのね、勘右衛門。」
乱太郎と離れるのが名残惜しくてでも家に着いてしまったから観念して背を向けると、乱太郎が自分の名前を呼ぶ。
「うん?」
「もし良かったら……。」
勘右衛門が振り向くと、乱太郎はそこで言葉を止めると少し俯いてしまった。何か言いにくいことがあるのだろうかと思い続きを促すように声を掛けると乱太郎はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「…きょ、今日は今誰も居ないの、」
「え?」
「だからね?……よかったらアイス食べてかない?」
勘右衛門が驚いたような表情を見せると乱太郎は恥ずかしそうにしながら視線を彷徨わせる。
「…暑いし、…勘右衛門も疲れただろうし…。」
「……」
「だめ…?」
上目遣いでこちらを見てくるものだから思わず息を飲む。可愛すぎる。しかも何だそのお願いの仕方は反則じゃないか。そう思いながらも断る理由なんて無くて、すぐに承諾した。すると乱太郎は嬉しそうに微笑んで勘右衛門の手を握った。
「ちょっと待っててね!」
そう言ってパタパタと乱太郎の部屋がある2階へとに行っていってしまった。
(えっと、これは…どういう状況…?アイス食べるだけ…だよな?)
リビングに取り残されてしまった勘右衛門は、乱太郎が急いで階段を駆け上がりながら部屋の準備をする音が微かに聞こえてきて勘右衛門は混乱しながらもドキドキとした気持ちを抑えることが出来ないでいた。しばらくして戻ってきた乱太郎は勘右衛門の腕を掴み二階の自分の部屋へと招き入れた。部屋に入った瞬間クーラーで程よく冷やされた空気にホッとする。
「ごめんね、ワガママ言っちゃって…。」
「いや、大丈夫だけど…。」
「……本当に大丈夫?顔赤いよ?」
勘右衛門の頬に手を当てるとそのまま親指で頬を撫でるように動かす。
「熱中症かもしれないからちょっと休んでいったほうがいいよ。」
「あ…、うん。」
「あっ、私お茶持ってくるね。」
乱太郎はそう言って一階のキッチンの方に行ってしまった。勘右衛門はどうしたらいいのか分からずとりあえず座布団の上に座ることにした。しばらくしてグラスを持った乱太郎が戻ってきた。
「お待たせ〜。」
「ありがと。」
「…はい、どうぞ。」
「…ん。」
渡された麦茶はとても冷たくて美味しい。喉を通るたびに冷たさを感じて生き返る心地だった。
「ふぅ…生き返る。」
「ふふ、よかった」
勘右衛門が一気に麦茶を飲み干すと隣にいる乱太郎が笑っていたが、勘右衛門がグラスを置いた途端に乱太郎はピタリと勘右衛門にくっつきながら、口を開いた。
「…か、勘右衛門。」
「うん?」
「え、えっとね…。」
乱太郎は勘右衛門の耳元まで近づくと小さく呟く。乱太郎がぼそぼそと喋っているが、それはあまりにも小さい声だったので聞き取れなかった。
「え?何?」
「だから…。」
乱太郎は勘右衛門の服の裾を引っ張ると再び口を寄せた。
「……だめ?」
その声に脳内に電流が走るような衝撃を受けた。俺の恋人がかわいすぎる!と思わず変な声が出てしまうところだった。それくらいに破壊力抜群なのだ。勘右衛門は理性を保つ為に大きく深呼吸をした後覚悟を決めるように言った。
「……本当にいいの?」
疑問形で聞いている勘右衛門だったが、今更ここまで誘われといて拒否されても止まれる自信はないけどな…。と乱太郎を見つめる。勘右衛門の問いかけに乱太郎は真っ赤になりながら小さくコクリと頷いた。
「…もう、かわいいことしないで。」
俺の理性が何個あっても足りないよ…。なんて呟きながら、今か今かと待ちわびている乱太郎の唇に噛み付いたのだった。
ワード:アイス・溶ける・上目遣い
了
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