匣舟
2025-08-31 16:52:58
4223文字
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「好き」の意図

ワードパレットリクエストの綾乱です。
綾のことが好きな乱がひょんな事から綾に甘味処に行こう。と誘われる話です。
リクエストくださってありがとうございました🫶


 夏の陽炎がゆらゆらと揺れている最中、乱太郎はある一点を熱心に見つめながら窓際に頬杖を付きながら眺めていた。乱太郎の視線の先にあるのは地中に掘られた大きな穴ではなく、その穴を掘っている天才トラパーと名高い四年い組の綾部喜八郎である。
うう、今日もかっこいいなぁ。」
 自分の想い人である喜八郎を一心に見つめる乱太郎の姿は恋する乙女そのものである。喜八郎を好きになってしまったのはいつからか……乱太郎ははっきりと覚えてはいないが、ただひとつ言えることは彼のことを好きだと自覚したのはつい最近のこと。
 喜八郎のことをかっこいいと思う回数が増えてきて、いつしか無意識に目で追うようになっていたのだ。でも、乱太郎と喜八郎はあまり接点が無い。そもそも学年が違うし委員会も違う。喋る場面があるのは、自分が喜八郎の掘った穴に落ちたときに助けてもらうぐらいである。
 それしか接点のない乱太郎のことを喜八郎が認識しているのか分からないし、そもそも人にあまり興味が無さそうなので、乱太郎がいくら喜八郎のことを想っていたとしても、その恋が実る可能性はかなり低い。だから、喜八郎の姿を見るだけで十分だとこの恋心に諦めがつくまで乱太郎は彼のことを見ているのだ。
やっぱり諦められないや。」
「何が?」
「そりゃあもちろん、あや……わああああ!!綾部先輩っ!?」
 乱太郎の独り言に突然入ってきた声に驚いた乱太郎は思わず飛び上がり、声のする方を見遣るとそこには今しがた乱太郎が見つめていた本人、喜八郎が乱太郎のすぐ側に立っていた。
 喜八郎は乱太郎の驚いた様子に一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにいつもの何を考えているか分からない無表情に戻った。
……何、そんなに驚くこと?」
「ひとりでいたのに、いきなり声聞こえたらびっくりしますよっ!」
「そう?」
 首を傾げる喜八郎に乱太郎はあはは。っと苦笑いで誤魔化した後、ちらりと喜八郎の顔を見てみると汗をかいていることに気付いた乱太郎はふと持っていた手拭いを喜八郎の額に押し当てた。
……なに?」
「あっ、すみません。汗がすごかったので。」
……ふーん。」
「あの?」
 額を手ぬぐいで拭かれながら喜八郎は何故か乱太郎の顔を凝視していたため、その行動に疑問を持ちつつも汗を拭う手を止めた乱太郎は喜八郎の顔を見上げた。
?何か私の顔についてますか?」
「ねぇ、乱太郎は今日暇なの?」
「へ?……まぁ授業終わったし特には。」
 何故自分の予定を聞いてきたのか分からなくて頭を傾げる乱太郎に、喜八郎はふわりと笑った。
「じゃあ甘味処行くよ。」
……え?」
「僕はこれからまた穴掘りに戻ろうと思ったんだけど暑くてね。だからどこかで気分転換しようと思って。」
「はぁ……?」
「だから行くよ。」
……は?えええっ?!?!」
 急に綾部先輩と甘味処に行くことになるなんて聞いてない!!しかもいきなり名前呼び!?突然のことに頭が真っ白になりそうだったが、着替えて集合場所に行ってなんとか喜八郎について行くことができた。
(というかなんで私?他にも仲良い下級生いるだろうし。)
 例えば喜八郎と同じ作法委員会で乱太郎と同じクラスの兵太夫とか、い組の伝七とか。だからなんでその中から自分が選ばれたのか分からなくて、甘味処へ向かう行き道の会話はほぼ無に等しかった。
 乱太郎は悶々と考えていたし、喜八郎はそんな乱太郎を見て歩いていたし。(乱太郎は気づいていないが。)そうしてあっという間に目的地である甘味処に着いたふたりは、店の中で食べられるように空いていた席に座りメニューを開いた。
……先輩はもう決まってます?」
「うん。僕はあんみつにしようかなあ。」
「あ、美味しいですよね!私もそれにしようかな~。」
「好きなの?」
「はい!この前しんベヱたちと食べに来たんですけど、美味しくて!」
「ふぅん、そうなんだ。」
「はいっ!」
 喜八郎に訊かれた質問に返しながら店員さんを呼んで注文を済ませると、暫くふたりは無言のまま時間が過ぎた。
 しばらくすると乱太郎と喜八郎が頼んだあんみつが運ばれてきてそれを受け取った乱太郎は早速スプーンを手に取り、白玉と小豆を掬う。そして口に含んだ。食べた瞬間に口の中に広がる上品な甘みを感じて、自然と頬が緩む。
「おいしいっ!」
本当に美味しそうに食べるねぇ。」
 喜八郎が思わずといったように呟いた言葉にハッとして顔をあげれば嬉しそうに微笑んでいる彼と目があって、恥ずかしくなってカァッと顔を赤く染めた。
「だって本当に美味しいんですもん!……ほら、先輩も食べないと!私が食べちゃいますよ?」
 乱太郎がそう照れ隠しのように言えば、喜八郎はニヤリと笑ってスプーンに掬ったアイスと小豆を自分の口元へ運ぶ前に止めてそのままそれを乱太郎に向ける。
「え?」
「口開けて?」
「えっ?いや、自分で食べれますから!ちょっと先輩っ!?」
 慌てて否定するも喜八郎は一向に引き下がる気がないようでグイっとさらに近づけられて仕方なく乱太郎は口を開けた。すると口の中に甘い味が広がる。
「おいしい?」
「おいひい……れす……。」
「ふふ、それはよかった。」
 乱太郎が恥ずかしさで俯いていれば再びスプーンを持ち上げられて口の中に入れられて、また喜八郎が満足そうに笑っているのが見えた。もうどうしたらいいのかわからないくらい恥ずかしい気持ちが込み上げてきて涙が出そうになるのを必死に堪えた時、乱太郎。と優しく名前を呼ばれて顔を上げると目の前に喜八郎の端正な顔があって思わず固まってしまう。
(うっ、顔が近いっ!)
 どんどん顔に熱が集まっていっているのがわかるほど熱くなっていて、きっと今の自分は耳まで真っ赤になっているであろうと思われるくらいだった。
「ほら、もう一回あーん。」
んむ。」
 もう一度自分の器から白玉を掬った喜八郎がこちらにスプーンを差し出しているので、乱太郎はまたそれを食べた。
(心臓がうるさいっ、聞こえるな絶対聞こえるな〜っ!!)
 動揺する気持ちとは裏腹に、喜八郎は相変わらず涼しい顔をしているのを見て悔しくなる反面やっぱりかっこいいなぁと改めて思ってしまう乱太郎がいて。
 喜八郎に見惚れていると彼とバチリと目が合ってしまい余計に鼓動が激しくなったところで耐えられなくなって視線を逸らした。それでもまだこちらを見てくる彼の視線が気になって仕方がなかったけれど、乱太郎はあんみつを口にして気持ちを紛らわせた。喜八郎は終始それを微笑ましくずっと見ていたわけだが乱太郎はそれどころじゃなかったので、喜八郎の視線に全く気づいていない。
「ごちそうさまでしたっ!」
「はい、ごちそうさま。」
 そうしてお互いがあんみつを食べ終わると喜八郎が立ち上がって会計を済ませてしまったので、乱太郎は焦ってお金を出すと言ったのだけれど、僕が誘ったんだから、僕が払うよ。と乱太郎が出したお金を受け取ってくれず、結局喜八郎に奢られてしまった。
「あ、ありがとうございますっ!」
「いーよ。全然。」
 お礼を言って頭を下げているとぽんぽんと頭に触れる感触がして上を見上げると、喜八郎の手がそこにあって撫でられていると気づいて乱太郎はまたドキドキさせられた。しかし次の瞬間にはパッと離れて行ってしまいそれが少し残念だと思ってしまうあたり重症であると乱太郎は感じてしまう。
「さて、帰ろうか?」
「はいっ!今日はありがとうございました!」
「うん。」
 そう言って歩き出した喜八郎の後ろを追いかけた。帰り道も会話はあまりなかったけれど、乱太郎は幸せだった。好きな人と偶然にもこうしてデート紛いのことができて、嬉しかったのだ。
 ああ、この日を一生忘れることなんかないんだろうなぁ。と浮かれていると不意に腕を掴まれる。地面に向けていた視線を前に向けると、すぐ傍に喜八郎の顔があって息が止まるかと思った。
「あ、あの……?」
「ねぇ、乱太郎。どうして僕が君を連れてきたか分かる?」
「へ?」
 突然の質問に変な声が出てしまったもののすぐに思考を働かせて考える。そして思いついた答えを口に出す前に先に言われてしまう。
都合よくあそこに乱太郎が居たから誘ったんじゃないんだよ。」
「え?」
きみとだから一緒に行ったの。この意味分かる?」
「それってどういう?」
きみって本当に鈍感だね……。」
 さすが伝七たちにあほのは組だって言われるだけあるね。と呆れたようなため息と共に発せられた言葉の意味を理解できずに首を傾げれば彼は困ったように眉を寄せていた。そんな表情も素敵だと思っている乱太郎だがやはり意味がわからないので続きを催促しようとすればふわりとした香りと共に影が出来た。
……え?」
 唇に柔らかい感触を感じて放心状態になってしまう。目の前には喜八郎の顔があって今自分が何をされたのか理解した途端にぶわっと体温が上昇していくのを感じた。そんな乱太郎を見てクスリと笑った喜八郎がゆっくりと体を離していく。そして今度は右手を掴まれ指先にちゅっと音を立てて口付けられる。
「ちょ、せ、せんぱっ!」
「つまり、乱太郎。きみのことが好きってこと。」
「へっ!?」
だから、今日誘ったの。分かるよね?」
わ、わかりましたっ、」
……それで?」
「へ?」
乱太郎の気持ちは?僕は言ったよ。次は乱太郎の番。」
 喜八郎の問いに乱太郎は顔を赤くさせて俯いていた。けれど、このままじゃ埒が明かないと意を決して顔を上げるとじっと喜八郎を見つめた。
「わ、わたしも……先輩のことをお慕いしておりますっ。」
 勇気を振り絞って告げた乱太郎の告白に喜八郎は満足気に微笑むと再び乱太郎の手を取りそのまま指を絡ませるように繋ぎ直した。所謂恋人繋ぎというものである。それに驚き慌てる乱太郎を余所に彼は楽しげに鼻歌交じりに歩き出した。
乱太郎、つぎはちゃあんと恋人として甘味処に行こうね?」
 乱太郎の手を繋ぎながらニコリと笑う喜八郎に、心臓がいくつあっても足りないなと思いながら彼の手を握り返すのだった。

ワード:あんみつ・掬う・都合よく