シノハラ
2025-08-31 15:28:59
2853文字
Public イフオロ♀
 

必死でフォンテーヌ行きの予定を入れようとしたせいでオに全部バレる話 イフオロ♀


 仕事とはいえフォンテーヌなんて遠くマデ行くつもりなら、誰かを連れて行きなさいとばあちゃんに言われた。たとえばイファとか、と名を上げた理由としては良くオロルンとつるんでいて、更に言えば男性であったからだろう。
 他国で起きた問題を腕力か暴力で解決しようとしている魂胆がちょっと感じられなくもない。個人間での調停よりも公の場での裁判を好む国でそういう手段に及ぶのは大分よろしくないように思うのだけれど。
 最近竜どころか人間の面倒を見る機会も出てきたイファが急に何日も国を離れられるかは正直疑問だったが、ばあちゃん直々のご指名とあれば打診をしないわけにもいくまい。人とは駄目だと分かっていても義理人情のためにやらねばならぬことがあるのだ。そう思考の中にいる彼に宣言すれば、少しばかり悩ましそうでありながらもまあそう言うこともあるよなと理解を示してくれた。ありがとうイファ。
 手土産にはミツムシの蜜で作った蜜酒を選んだ。酒よりも蜜そのものの方が反応が良いのは分かっているのだが、その蜜がイファの体に取り込まれるのは味見をしたクッキーの欠片分くらいである。彼のための土産であるならば、全て彼の血肉になる方がよいだろう。
 イファの家を訪ねて蜜酒を渡し、羽根の生え変わりの時期らしくむずがるカクークを撫でてやる。イファからすると、手土産よりもカクークの相手をしてくれる人間が増えた方がいくらか嬉しかったらしい。
 人間の方が何とか切り上げない限り、数十分は平気で求めてくるのだから当然と言えば当然かもしれない。カクークの要求に従ったままでは、今彼の手の内にある検査道具の整備は日付が変わる頃にようやく終わっていた事だろう。
 ふわふわの羽根の下に感じるツンツンした感触に、自分の耳がカクークのような羽根でできていなくて良かったと心底思う。実のところ季節の変わり目に合わせて毛の量が増減するのでややむずむずとするときはあるのだが、蝋のような物に包まれて自分の体に似合うサイズの太い羽が生えてきていたら不快感は今の比ではなかっただろう。
 しかも生えかけの頃はまだ血が通っていて、下手に触れるとカクークが悲鳴を上げて文句を言うくらいには痛いのだ。寝返りの打ち方が悪ければ、枕と擦れて痛みに目覚めてしまってもおかしくない。そう思うと、オロルンはこの時期のカクークに一等優しくしてやりたくなる。
 カクークの翼の下辺りを撫でてやりながらフォンテーヌ旅行を切りだせば、彼は思った通り渋い顔をした。期間も問題だけれど、時期があんまりにも急すぎるとイファは言う。やっぱりと返したところ、分かっていてどうしてわざわざと呆れられた。それもばあちゃんの指示であると伝えれば、最低でも打診は必要だと本当のイファにもすぐ納得されてしまったが。
 とはいえ、無理なものは無理だろうから他を頼るしかないだろう。思考と一緒に声になっていた呟きを拾って、ばあちゃんが他所の国に行く日が来るなんてとイファが感慨深げに口にした。
「いや、ばあちゃんは来ないと思う」
「そうなのか? いやまあそうか……じゃあ誰がお前の面倒を見てくれるっていうんだ?」
 フォンテーヌ特産の酒もいくらでもあるはずなので、行ったら行ったでばあちゃんも十分楽しめるだろうと思う。けれど、出不精の彼女をどうやってスメールを挟んだ向こうにある国に連れていけると言うのだろう。そう説明するまでもなく、イファも同じ結論に辿り着いたらしい。
「フォンテーヌにはマシナリー? とかいうのがあるから、シロネンを誘えば来てくれるかもしれない。でも、ばあちゃんは男手を期待してそうだから、暇にしている謎煙の主の誰かになるんじゃないか?」
 イファと同じくシロネンも忙しい身の上だが、仕事の糧になるとアピールすれば彼女の成果を待っている者達もある程度目を瞑ってくれるだろう。とはいえ、オロルンの旅のパートナーとしてばあちゃんが納得してくれるかは分からない。であれば最初から彼女が想定していそうな相手を提案するのが一番楽だろう。謎煙の主でちょうど暇をしていて、ついでにフォンテーヌにも興味がありそうな者はいただろうかとオロルンは考える。
……ちょっと、ちょっと待て。確認するから」
 検査道具を磨く手が止まったと思ったら、机にかたりと戻された。記憶が正しければこの後もういくつか工程があったはずだと思うのだけれど、と思った辺りで自由になった手がオロルンに制止をかけてくる。
 それからすぐに彼は立ち上がり、予定がちまちまと書き込まれている大振りのスケジュール帳と少なくとも父親の代から使われているらしい方々の住所が書き込まれた連絡帳を持ってくる。その二つを机に置いて深々と息を吐いた後、彼は日程といつまでに回答をすればいいかを確認した。
 オロルンからすれば前日の返事でも問題はないものの、わざわざ着いてきてくれる相手に明日の話だけれどやっぱりなしで! とはさすがに言えない。第二候補でもしかしたら、という条件をつけていてもぎりぎりだろう日付を告げれば、イファが眉間に皺を寄せながらスケジュール帳を開いてぶつぶつと言い始める。
 その少しだけ丸まった背中のラインを見ながら、おや、と思う。それではまるで、イファはオロルンにそこらの男と旅行に行ってほしくないと言っているようなものではないか。
 オロルンがわざわざ謎煙の主の男衆に限定したのは、黒曜石の老婆の威光が最も届くからだった。たとえ成人女性との二人旅であったとしても、黒曜石の老婆の指示によるものだと思えば変な下心を出している場合ではない。故に、オロルンは自分の身の心配などこれっぽっちもしていなかった。
 イファだってそれくらいは分かっているはずだ。けれどそれでも、オロルンが他の男を連れだって二人きりで異国に赴くのは気に入らないらしい。
 それってつまり。つまりはそういう事なのだろう。
 驚きが全くないとは言わないが、たとえばカクークを強く握ってしまうような衝撃はなかった。彼の中でいつ自分がきょうだい以上のものになったかはさっぱり分からないものの、知りたくなれば彼の口を割らせればいいだけの話である。
「カクー……
 それこそ、今捏ね回している幼竜から聞き出すことだってできるだろう。そう思いながら温かなふわふわに目を落とすと、いつの間にかカクークはまどろんでしまっていた。撫でられながら眠ったのだから、撫でるのを止めると目覚めてしまうかもしれない。
 どうしたものかと思いながら再びイファに視線を戻すと、彼はふたりの事などそっちのけで熱心に紙面に向き合っていた。自分のために必死になっている彼を見ると、ちょっとした優越感と高揚がじわりと滲むのが分かる。それからオロルンはイファが自分の予定の帳尻を合わせられる見込みが立つまでうとうとするカクークをそっと撫で、羽根の下で伸びている筆毛をゆっくりとほぐしてやることにした。