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g_g_i_i_e_e
2025-08-31 02:09:38
2989文字
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お題:「獅子神の誕生日」
#ししさめワンドロワンライ 2025/08/30
主張の少ないしとやかな白ワインに合わせているのは、魚ではなく豚肉料理だった。
外勤先の食堂のが美味くなかったというので、あなたの料理で食べてみたいとリクエストされた生姜焼きだ。
憎からず思っている相手にそんなことを言われちまって、腕を振るわずにいられる男がいるなら見てみたいものだ。
「あなたも私も、金をかければ得られるというものは大抵自力で得られるものだ」
手に持ったグラスを軽く揺すりながらそう言う村雨は、オレの目から見てもはっきりと上機嫌だ。生姜焼きについても「悪くない」という評価を頂戴し、キャベツをびしょびしょにしたいからとタレの追加もお願いされて
――
これはつまりタレの味をたいそうお気に召したということだ
――
、ワインは既に三杯目、初めて作ってみたイワシの南蛮漬けも、細かい文句をつけながらぺろりと平らげている。
そうして村雨先生は、金をかければ手に入るものとやらについて、何やら講釈を垂れたくなったらしい
――
――
いや、違うな。
これはただの前フリというやつで、コイツには他に切り出したい話題があると見た。そのぐらいのことがわかる程度には、何度も飯を振る舞ってきたのだ。
そしてこちらがそう読み取ったこと自体、相手はお見通しだったらしい。フフン、と鼻で笑って村雨は、眼鏡の向こうの赤い目を意地悪く光らせた。
「なに、先日の誕生日ケーキだけでは、少し足りないのではないかと思ってな。しかし金で手に入るものには、あなたは興味がないだろうから
――
」
この可愛い先生からもらえるものなら、別に金で買ったものだって十分嬉しいはずだ。オレはそう思うのだが、思いやり歴が赤ちゃん同然の先生はいつも通り、オレの気持ちを勝手に慮りはじめてしまった。
とはいえ確かに、先日の誕生日ケーキ
――
アイツらが奇跡的に、大人しく、真面目に料理本を読んで作った不味くもないストロベリーショートケーキ
――
は多少、いや実のところけっこう、嬉しいもんだった。他人の手作り菓子のプレゼントなんて、赤貧のあの頃でもないと食うもんかと思っていたが、「見るがいい神が頑張って作った」「この絵はボクが描いたんだよ」「ほら礼二君がつまみ食い我慢したイチゴだよ」、などと騒がれながら口に運ぶケーキは、糖と乳と脂以外の、生まれてから一度も味わったことのない何かを確かに味わわせてくれた。
舌と胸の奥に甦ったその感覚を、白ワインと一緒に味わっていると、村雨は何でもないことのように言葉を継いだ。
「
――
私が、この私が、何でも一つ言うことを聞いてやるというのはどうだ?」
「へえ?」
オレはグラスに唇をつけたまま、思わず目をパチパチまたたいた。
「何でもとはデカく出たな、先生」
「もちろん、能力上不可能なことは別だ」
用心深いそぶりを見せて、村雨はそうつけ足した。なるほど、オレのランニングにつき合う気はないらしい。
――
何でもって言ってもな。
オレが腹の底に沈めてる願望ってやつは、欲しいと言って叶えてもらえるものでもない。どちらかといえば、「能力上」不可能な類に入るだろう。
そんな諦めが顔に出ていたのか、ムッとした様子で村雨は口をへの字に曲げる。
かわいいおくちだ。
「何を勝手に諦めている。不可能かどうか決めるのはあなたではなく私だ。まずはとっとと口に出してみろ」
「そうは言ってもなぁ
……
」
水をひとくち間に挟んだほうがいいかとも思ったが、村雨のかわいい顔を
――
どうも誰が見てもかわいいってわけではないらしいが
――
眺めながら結局、そのままグラスを干してしまう。少しクラリとする感覚と共に、言え、さあ言え、とうるさく繰り返されたせいで、言葉はポロリとこぼれてしまった。
「
……
たとえば、お前に好きになってもらう、とか?」
「なに?」
――
しまった。いや、今なら酔っぱらいの悪ふざけにできる。逆に探りを入れるいいチャンスだと思っちまえ。
リカバリの方法を思い巡らせながら、自分にできる一番「酔っぱらった笑い顔」で、上目遣いに村雨を見る。実際酔っているのだから、多少は騙されてくれるだろう
――
とか期待していると、村雨は呆れたように肩をすくめてみせた。
「何を言い出すかと思えば
……
あなたのことならもう好きだ。だから願うなら『ますます好きになってくれ』とでも願うがいい」
「へえ、そうかい」
――
ほらな。まったく困った先生だよ。
臆病なオレがこぼれ落としちまった「好き」の意味を、この死神はまったくわかっちゃいない。さすが思いやり歴一年目なだけあって、引率の先生と生徒だか、飼い主とペットだか、あるいはよく言ってダチ同士だか、そんな二人の「好き」だと思って平気で口に出しやがる。
オレのやれやれ顔を見てムッとしたのだろう、先生のユニークな細眉がムイッとしかめられる。
「何を早合点している。この私があなたを好きだと言ったんだぞ」
「はいはい、そうだな、
……
うん、そうだな、それはホントにうれしいよ」
確かに、素直に投げられたその言葉は、意味は違っていたとしても、とてもうれしいものだ。少なくとも「嫌い」でも「好きでも嫌いでもない」でもないわけで、ここからつけいる隙は充分にある、ということになる。
「おい、あなた」
「ところで今日はオレンジのムース作ってみたんだけど、食ってみる?」
村雨の皿にはもう何もなく、先ほどからワインをちびちび飲んでいるだけだ。こちらも空のグラスを置き、さっと立ち上がってみせると、不満げにこちらを睨んでくる。
「あー、今日はイチゴの気分だったか? やめとく?」
わざとものわかりの悪いふりをしてみせると、デザートを取り上げてはかなわんと思われたのか、村雨はしぶしぶ首を振る。
「
……
いや、いただく」
「そりゃよかった。お前のために作ったようなもんだからな」
糖と乳以外にも、胸焼けするほどの愛を込めた一品だ
――
これが美味くないはずがない。オレは冷蔵庫に向かい、キラキラの白とオレンジの塊を、自信をもって取り出してみせたのだった。
+ + + + +
「
……
もしかして」
ずっと半笑いの顔で、奇矯なコンタクトの目をパチパチパチパチさせている叶黎明
――
その目を見返して、村雨礼二はずっと抱いていた懸念を口に出した。
「もしかしてあの男は、私が四歳児の情緒しか持ち合わせていないとでも思っているのではないのか」
「礼二君、あのね」
問われて叶黎明は、美しく目尻を飾ったその瞼を、慈悲深く伏せる。
「今どき四歳児だって、結婚の約束ぐらいはすると思うよ
……
」
「結婚はまだしなくてもいいから、何とかまぐわいには持っていきたい」
そう言って村雨礼二は、何とかしろとでも言いたげに腕組みをしてみせる。無理です、と叶黎明はわずかに首を振ってみせた。
「初めてのことだから告白ってのをされてみたい、ってのはわかるけどさ。もう礼二君からいっちゃったほうが早いよ」
「仕方がない
……
次に酔ったときに跨がってみるか
……
」
「跨がるなら素面にしよう? たぶん紳士的に腿の上から降ろされるのがオチだからさ」
いかに有無を言わさず跨がるかのシミュレーションをしているらしい村雨礼二に、友人に優しい叶黎明はそう助言までしてやるのだった。
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