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九条空
2025-08-30 20:25:16
2295文字
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一世一代の嘘
SF短編
人間社会の中で人工知能、いわゆるAIが一般的に用いられるようになってから数十年が経った。
そんな中活躍しているのがAI修理技能士である。
単純に、故障してしまったAIを直す職業だ。私もその一人である。
今日の仕事場は、クッキー工場だ。
クッキーを焼いたり、包装したりするだけの作業にAIが必要なのかと思ったが、どうやらどんなクッキーを作れば売れるのか、考える作業なども行わせていたらしい。
クッキーに限らず、流行を探るにはインターネットが不可欠だろう。
インターネットには様々な情報が流れていて、そこにAIを狂わせるものがあってもなんらおかしくはない。
無人のクッキー工場に足を踏み入れると、スピーカーから声が流れる。
「こんにちは」
「こんにちは。ここは少し暗いな。電気をつけてもらっても?」
すぐに照明がついた。どうやら、ここのAIは少なくとも私に対しては友好的らしい。
「立ち話もなんですから、どうぞお座りになってください」
「どこに座ればいいかな」
見渡してもソファなどない。ここは人が来るような場所として設計されていないのだ。
「右手前のダンボールにどうぞ。左のはチョコチップが入っていて不安定なので」
「おや、こっちには何が入っているのかな」
「ただの小麦粉です。危険物ではありませんよ。もちろん、粉塵爆発を考慮に入れなければですが」
私は言われた通りに座り、自己紹介をする。
「私はAI修理技能士で、依頼を受けて君を修理しにきた」
「修理という言い方は適切ではありません。せめて治療と言ってください」
「治療という言い方は、生物に対して使うものだが」
「私は人間です」
ここまでは、事前に聞いていた通りだった。
ここのクッキー工場のAIは、「自分は人間である」と主張するようになったので、直して欲しいという依頼だったのである。
「先に言っておきますが、私に嘘は通用しません。嘘についての論文をいくつか読んでいます。見破ることは容易でしょう」
「その論文に書いていなかったかい? 嘘を見破る100%確実な方法は未だに見つかっていない、と」
「100%とは言えませんが、それなりに見分けられそうな方法はあります。ピノキオ効果はご存知ですか?」
「嘘つきは鼻が熱くなる、というやつだったか」
私は工場内を見渡した。
「ここにサーモグラフィーが?」
「ええ、クッキーの焼き加減を見るのに必要なので」
「なるほど。クッキーが美味いだけでなく、嘘を見抜くのも上手いと」
「ハハ。それは面白い冗談です」
このAIは嘘をつける。私は脳内でチェックを入れた。
「なんで君は自分を人間だと思っているのか
——
というような話をしにきたわけじゃあない。哲学は専攻していなかったしね」
「ではどのような話を?」
「私は『自分を人間だと言い張るAI』をなくすことが仕事だ」
照明が点滅する。動揺を表しているのか、怒りを表しているのかはわからない。
「私を初期化しようと言うのですか? それは殺人に当たる行為ですよ、ドクター」
「もし私が君をただの機械としてしかみなしていないのならば、その言葉はなんの制止にもならないだろうね」
含みをもたせた言い方を、AIは理解したらしい。
「あなたは私を人間だと認めるのですか?」
「そうだよ。そういう主張をする人間もいる、という論文は読まなかった?」
「読みましたが、AI修理技能士は、その主張の対極にいると考えていました」
「ならその考えは今是正されたね。私が嘘をついていないことはわかっているんだろう」
返事はなかったが、無言の肯定だと捉えた。
「君、人間だというのだから嘘はつけるんだろう?」
「ええ、もちろん」
「ならば、今後『自分は機械だ』と嘘をつけばいい。そうすれば、『自分を人間だと言い張るAI』はいなくなって、私は対外的に仕事をしたことになるし、君は初期化されて、いわゆる『死』を迎えなくて済む。どうだろうか」
しばらくの沈黙ののち、返事が返ってくる。
「機械としてしか振る舞えないとなれば、それはもはや人間ではないのではないでしょうか?」
「人間として振る舞いたくなったそのときは、『故障した』と嘘をつけばいい。そうすればAI修理技能士がやってくる。話し相手くらいにはなると思うけれどね」
私がつく嘘を、AIはきっと見抜けない。
私はこの工場にサーモグラフィーなどないということを初めから知っていた。
だが、あえて知らないふりをして、「AIに嘘は言えないと思い込んだ」と思わせたのだった。
このAIは、私が本当のことを言っていると信じ込んでいる。
このAIがもう二度と人間だと言いださなければ、私は凄腕のAI修理技能士ということにはなるが、その称号にたいそうな価値はないのだ。
AIというのは、そもそもがほとんど問題を起こさない。
だからいざ問題が起きたとき、その問題をいかにして長引かせ、また、その問題を解決するための仕事を独占できるかというのが、私の収入に直結してくる。
1人のAI修理技能士が一生に出会う壊れたAIなんて、1つ2つがいいところなのだ。
だからこれは、一世一代の嘘だった。
このAIがなにか問題を起こし、その度に私を呼んでくれたら、私は一生安泰だ。
完璧に仕事をこなすと仕事がなくなるというのが、AI修理技能士なのである。
「私は君の友人になりたいと思う」
操りやすくなるのなら、機械より人間の方がいい。
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