小さいころの思い出? どうしていきなりそんな話をするんです? セックスの後の暇つぶしなら、もっと他に色々あるじゃないですか。あぁ、分かりましたよ。どうせ人の話を聞くふりをして自分が打ち明け話をしたいんでしょう。雨だからセンチメンタルになって、矢鱈滅多喋りたくてたまらないんだ。図星ですか? 別に驚きなんかしませんよ。どうせあなたは何度も思い出してるんでしょうしね。幸せだった頃、全てが揃っていた頃、欠けたものなんて何一つなかった頃のこと。それをスピーチして回りたくてたまらないんだ。僕ですか? 残念ながらあなたと違って凡庸なものですよ。誰かに語って聞かせるほどの思い出はありません。小さい頃に夢中になったおもちゃ? ジャンクフード? あなたって本当にそういう話が好きですね。はいはい、あなたがミスター・レジェンドのファンなのはよく知ってますよ。始終馬鹿みたいに話してくれるおかげでね。あぁもう、分かりましたから唾を飛ばさないでください。あなたって本当にセックスも会話もしつこいですね。変にノスタルジックだから余計最悪だ。まだ何か話せって? あなたいい加減に
……そうですね、じゃあ寝物語を一つしましょうか。こういう生活をしてると人の噂はよく耳に入ってくるんですよ。おかげで話題には事欠かない。MDMAの過剰摂取で身を滅ぼしたサッカー選手とか、愛人の家で自殺した疑惑の訴訟長官とかね。あなたもそういうの好きでしょう? ほら、そこにあるタブロイドにも書いてある。ダウンタウン出身の芸能人が子供を有名私立にやったとか、純潔運動家のアイドル歌手が不倫の末に妊娠したとか、セックス依存症の女優が全裸で道端に倒れてたとか。そういうセレブの転落劇ですよ。あれと同じ種類の話。主役はあなたの娘より少し幼いくらいの少年です。ほら、興味が出てきたでしょう? きっとあなたなら気に入るんじゃないかな。何せ結末が笑えるから。
少年はある資産家夫妻の長男として、この街に生まれました。初めての子だったこともあって、夫妻は大層喜んだようです。以前邸宅で催された彼の誕生記念パーティーの写真を見たことがあるんですが、それはそれは豪華なものでしたよ。調度品もこの家みたいに安っぽくなくて、シュテルンビルトの大物も大勢出入りしてた。あぁ、怒らないでくださいよ。あくまでも例えなんですから。夫妻は息子の誕生を喜んでいましたが、残念なことに、少年は頭の悪い子供に成長しました。与えられた生活が一生続くと思ってたんです。自分は満たされていて、万能なんだと思ってた。嫌な子供ですよ。でも終わりは存外早く訪れました。ある日家が爆破され、愛すべき夫妻が死んだんです。犯人ですか? それは今でも分かっていないみたいですよ。警察も手を尽くして調べたみたいですが、この街じゃあ出来ることなんて限られていますからね。かくして少年は天涯孤独の身となったわけです。でも捨てる神あれば拾う神ありでね、少年は父親の古い友人である、篤志家の男に引き取られたんです。あなたもきっと見たことがあると思いますよ。それくらい有名な奴なんです。名前? それはルール違反だな。これはただの寝物語なんですから、種明かしは面白くないじゃないですか。ほら、横になってくつろいでください。ジン・ウィスキー? 寝酒は明日に差支ますよ。いや、別にいらないとは言ってません。ほら、けちけちしないでこっちにも寄越して。じゃあ話を戻しますよ。少年は最初のうち、泣いて暮らしていたみたいです。朝から晩までずっと塞ぎこんで、満足に食事も取らなかった。最後には点滴で栄養を取る始末だったっていうんだから、きっとあれは緩慢な自殺だったんでしょうね。けれど使用人たちの介護の甲斐もあって、数ヶ月たった頃には庭を走り回れるまでに回復しました。これじゃあ在り来りすぎるって? あなたって案外下衆なんですね。いいですよ、こんな話をしてる僕だって変わらないんだから。彼を引き取った男はある会社
――あなたもよく知っているはずですよ
――を経営していたので、家には滅多に寄り付きませんでした。金持ちなんてそんなもんです。あなたみたいに子供に執着はしない。違います、褒めてるんですよ。愛情に限界はない、素晴らしいじゃないですか。えぇと、どこまで話しましたっけ。あぁ、男に引き取られたとこ。そう、男は決して愛情深くはなかった。金持ちらしく無関心で、少年の世話は全部ナニー任せだった。なのにある夜、少年がトイレから寝室に戻ると、珍しく男がやってきたんです。少年はびっくりしました。だって夜中に三つ揃えのスーツを着たままで、音も立てずにドアを開けたんですから。でも、少年は眠かったのと、男とはまだ打ち解けてはいなかったのもあって、眠ったふりをしてやりすごしました。すると男は少年の頭を撫で始めました。まずは髪、その次は額とこめかみ、そこから鼻筋に流れて、唇をなぞって喉から鎖骨、パジャマのボタンを外して胸元、へそまでゆっくりと。その間中、少年は眠ったふりをしていました。いきなりのことで動揺して、どうしていいか分からなかった。他に何が出来たんでしょうね。起きたらよかったのか、それとも嫌だと言えばよかったのか。あぁ、男は触っただけで部屋を出ていきましたよ。その夜はそれだけでした。きっとこれは悪い夢だ、少年がそう思い込んで終わり。自分の勘違いだと思いたかったんですね。でも男の訪問はやまなかった。毎晩毎晩、男は少年の体を撫で回し続けた。男はじきに触るだけじゃあ満足できなくなって、少年の体を写真におさめ出した。少年はそれにも知らないふりをするしかなかった。屋敷には相談出来る人間なんていません。だってあれは夢だし、優しい使用人たちは男に雇われてる。足りない頭でもそれくらいは考えられたんですね。それからしばらくたって、少年は家出をしました。使用人の財布からコインをくすねて、自宅跡にまでたどり着いた。けれど子供のやることですから、すぐに男に見つかってしまった。彼は傘をさしていました。そう、ちょうど今日みたいな雨が降ってた。冷たくて、身を切るような雨だった。男はその傘をさし出して言ったんです。「さあ行こう、大丈夫、君はもうひとりじゃない」って。ここが面白いところでね、それを聞いた少年は素直に家に帰ったんです。そう、彼はもう一人じゃなかったんですよ。どこまで行ったって、一人にはなれやしなかった。最初から分かっていたことなのに、馬鹿みたいだな。あぁ、家に帰ってすぐは外に出してくれなくなりました。学校もやめて、家庭教師がつくようになった。また逃げ出しやしないか心配したんでしょうね。男の生活も変化しました。書斎で仕事をする時間が増え、滅多に会社に出かけなくなった。少年はその側で教科書を読み、家庭教師の命令通り宿題をすませるのが日常になりました。書斎には造り付けの本棚があって、そこにはたくさんのアルバムと、古びたおもちゃが置いてあった。少年は一目見てそれが気に入ったらしいんですが、欲しいとは言えなかった。なぜなら男が仕事の合間にそれを撫でてはため息をつき、懐かしい思い出を反芻しているようだったから。ちょうどさっきのあなたみたいにね。男はあなた以上の仕事人間でしたけど、家にこもるようになってからは、少年と遊ぶ時間だけは決して削らなかった。彼らが気に入っていたのはかくれんぼです。ちなみに鬼の役は男で、少年は逃げる係。少年は工夫を凝らして隠れたそうですが、いつも男に見つかって遊びは終わりました。そりゃあそうですよね、だって男の家なんですから、だまし通せるわけがないんだ。檻の中を逃げてるみたいなもんですよ。そうそう、遊びの後の食事は格別だったらしいですよ。アイスクリームが乗ったメロンソーダに、いつもは使用人たちが食べさせてくれない宅配ピザ、デザートはハーシーズのキスチョコとか、レイズのポテトチップス、カッチェスのフルーツグミ。その後はテレビゲームを楽しんで、しめくくりにはヒーローティーヴィー。あぁそうだ、写真も取りましたよ。僕たちは家族なんだって名目でね。お互いをポラロイドカメラで撮影して、家族の記録を作ったんです。アルバムは書斎にあったのと同じものが使われました。皮張りの、金の糸で飾り縫いをしたやつ。アルバムはまたたくまに埋まって、それは書斎の本棚に几帳面に並べられました。少年はいくらか誇らしかったみたいですよ。その証拠にかつての夜の出来事を忘れて、男になつき始めた。でも本当は忘れちゃいけなかったんです。そうしたら、ろくでもない人生に苦しめられることもなかった。
――ん? 何です? 別に眠くなんかありませんよ。ほら、あと少しですから、もう少し我慢してください。ここまで話したんだ、途中で終わらせるなんて勿体ないでしょう? 面白いのはここからなんです。ある日、男はもっと愉快な写真を撮ろうと言い出しました。こんなんじゃあ普通すぎる、私たちは素晴らしい家族なんだから、とびきりめずらしいやつにしないかって。少年はそれに賛成しました。すると、男はまず少年に悪戯をするように言い渡したんです。もちろん少年は拒みましたよ。だって行儀良くしなきゃいけないって躾けられていましたからね。でも男はそんな少年を度胸がないと笑い、ポテトチップスをぶちまけたり、壁に落書きを始めたり、率先して悪戯を始めました。それがあんまり楽しそうだったので、少年も男に続きました。カーペットを引きずったり、カーテンにぶら下がったり、ベッドの上で飛び跳ねたりね。二人はそれを撮影し合いました。でも日がくれてくると、男はどういうわけか突然怒り出したんです。なんて駄目な子供なんだ、お前なんか引きとるんじゃなかった、あの家に戻してやるって。少年は泣きじゃくりました。あんな恐ろしい場所には戻りたくない、お父さんお母さんがいない場所に戻りたくない、いやだ、やめてって。最後には男の足にすがりついて謝った。頭をこすりつけて、いい子にするから許してください、お願いだから一人にしないでってね。すると男はため息をついて確認したんです。本当に何でもするのか、って。少年が頷くと、男は彼の服を脱がし、両腕を皮のバンドで固定しました。少年は動けませんでした。約束は破っちゃいけない、昔、父親がそう言っていたのを思い出したんです。少年はぶたれるのを警戒して身をこわばらせました。しかし、男は少年に優しく言ったんです。これは君のためなんだよって。僕は思うんですけど、少年はきっと、ここでようやく自分の運命を受け入れたんじゃないでしょうか。そうか、これは自分のためなのか、そう言えば父親におしりをぶたれたことがあるなとか、そんなことを思い出しながらね。男の仕草は優しかったですよ。以前ベッドでしたのと同じように丁寧で、いっそ哀れなくらいだった。目をつむっていれば耐えられた、だって悪い夢なんだから。体中に唇が押し付けられても、ペニスをよだれでべちゃべちゃにされてもね。お腹を押したら泣く人形みたいに声を上げて、呻き声と荒い息が過ぎ去るのを待ってた。不思議だったのは手のひらはあんなに熱いのに、唇は氷みたいに冷たかったことです。それから何分か、何時間かたって解放されると、男はおもちゃをくれました。古びた車の模型です。僕が欲しくてたまらなかった、書斎にあったおもちゃだ。よく頑張ったね、君は素晴らしい子だ、私も誇らしいよとあの人は言ったんです。それから何夜ごとかに二人きりの遊びは続きました。部屋中がおもちゃで埋まると、次の部屋が与えられました。その部屋がおもちゃで埋まるたび、少年は息が出来なくなっていったんです。最後には発作を起こすようになって、再び塞ぎがちになりました。けれど男は遊びをやめませんでした。男はいろんなものを与えてくれました。古びた車の模型、チェスの駒、テディベア、ヒーローのカード、ビーズのネックレス。もしかしたら、あなたのカードもあったかもしれませんね。あのいけてないやつ。
――どうしてそんな顔をするんです? あぁ、からかったのを怒ってるんですか? だってあのスーツ、いけてないじゃないですか。あれ、手が震えてる。どうしてそんな顔をするんですか? 大丈夫、男はもう彼に手を出せません。殺したのか、また逃げ出したのかって? あなたって過激だな。残念ながら違いますよ、男はペドフィリアだったんです。子供にしか興奮しないクズですよ。自分が腕力で負ける年になるとおじけづいて別の子供に興味を向けた。かつて僕にくれたおもちゃを新しい子供に渡しながらね。もしかしたらあなたのカードも渡ったかもしれない。どうしたんですか? あなたがしがみつくなんて珍しいな。もしかして泣いてるんですか? よしてくださいよ、まるで子供みたいだ。あぁでも、あなたはあの人と同じ香りがします。これはきっと、男の、匂いなんだ。
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