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ユズリハ
2025-08-30 10:45:28
2023文字
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貝の火と金剛石
共感と断絶のお話。普通にバドエンルートのちょもさに
藍色の空に、引っ掻いたような白い月が浮かんでいる。
本丸の片隅の海岸には誰もいない。岩の陰に、小さな蟹がかさりと走る。
その本丸の審神者は、たっぷりと水を湛えたバケツを両手で持って、砂浜の傾斜のなだらかな場所へ置いた。とぷん、水が跳ねる。
「っと
……
この辺にしましょうか」
「君の気に入りの場所は、随分静かだ」
「そうですか?」
白皙の男は、審神者に持たされた袋を覗く。赤い目だけが月の光を写して輝いた。
「線香花火ばかりのようだが」
「それが良いんですよ」
「どうにも、こだわりが強い」
そうかなあ。独り言のように
——
おそらく独り言なのだろうが
——
呟いた審神者が、白い手を取るようにして袋の中身を覗き込んだ。
「山鳥毛さん、何色が良いですか?」
そう呼ばれた白皙の男は、自分を見上げてそう問いかけた審神者の目を、じっと見つめた。その目は、星を写す鏡のようであった。
「
……
青がいい」
実際のところ外装の色で火の色は変わらないのだが、それを言ったところで彼女は答えを聞きたがるだろう。山鳥毛はそう判断した。
「あお、青、青
……
あった!」
小さな手ががさがさと袋の中を引っ掻き回し、ようやく取り出されたそれを受け取って、蝋燭に火の点けられるのを待った。数度、ライターを操作する音が響いた後、群青に沈む海岸に橙色の火が灯る。
「小鳥は何色にするのかな」
「え〜、何色でもいいです。変わらないので」
無粋だ。山鳥毛は先程までの己の考えを棚に上げて、そう思った。審神者が赤い線香花火を手に取るのを待ってから、火に花火を翳す。
火の弾ける音と共に、夜を写していた瞳に光が宿る。丸く艶めく瞳に、黄と橙と赤の閃光。瞬きも忘れたように火花を散らすそれにひたすら見入り、没入する目。その目は金剛石にも似ている。見る時々によってちらちらと色を変える様は、透明な中に炎が宿っているようにも錯覚させた。それでいて、見たものを素直に写すその瞳を、山鳥毛は愛している。
じゅ、と火のたち消える音と共に、手にした花火が終わる。あー、と惜しむような声が海岸に響いた。
「次、まだあるんですから」
男の愛した眼が、真っ直ぐにこちらを写して細められる。ああ。
「最後ですね」
そう言って渡したのは、残り二本のうちの片割れだった。
審神者は火ばかりを見ていた。己の手元の火が落ちれば、山鳥毛の目に宿る火を。花火を手に取っては、その火を。それが終われば、山鳥毛を。それを繰り返すうちに、群青色だった夜は漆のような黒に塗りつぶされて、辺りを照らすものはか細い月と、小さな蝋燭ばかりになっていた。
蝋燭の灯りを受け輝く赤い目を盗み見て、審神者は貝の火を思い返した。暗闇の中、赤い目の中で、色とりどりの炎が燃えている。その様は、隙間なく詰まった微粒子が角度によって色を変えるようにも見えた。美しかった。
白皙の顔を照らす花火が終わっても、その炎は絶えることなく審神者を見やった。
「む、
……
終わってしまったな」
「あはは、あっという間でしたね」
最後の燃え滓をバケツの中に放り込み、乾いた砂の上に腰掛ける。山鳥毛もそれに倣った。審神者は月を見上げる。
「たまに思うことがあるんですけど」
「ああ」
「死んだら石になりたいなあって」
山鳥毛は一つ瞬きをして、審神者の目を見下ろした。そうして、納得したように笑んだ。
「今より小さくなってしまうな」
「ええ、あなたの手のひらに収まっちゃう大きさです」
声色は互いに、死後の話をしているとは思えないほどに穏やかだ。当然だ。審神者は死後の話ではなく、夢想の話をしているのだから。
「そうしたらきっと、きらきらして、長持ちして、ずっとあなたの側にいられますよ。ああ、でも、そうなるまでには時間がかかっちゃうからなあ」
「待っている」
迷いなく告げられた言葉に、審神者は虚をつかれた。
——
死んじゃって、土に埋まって化石になって、骨の隙間に珪素が染み込んで変質するまで?
それはあまりにも気が長く、そして甘美な響きだった。たとえ、言葉遊びや睦言の類だったとしても。
「ありがとう」
ファイアオパールのような目を見上げて、審神者は笑った。
叶うなら、その目のような石になりたい。
きらきらと周囲を映す目が細められるのを、山鳥毛はうっとりとした気持ちで眺めた。彼女の言うことは、あまりにも甘美で、そして山鳥毛にとってあまりにも"現実的"であった。
彼女が、「山鳥毛の手に収まる程度の石になりたい」と言ったのだ。もちろん、息を引き取ってすぐにとはいかない。彼女の言った通り、時間はかかるだろう。だが。
「知っての通り、我々は長らくこの世にある。
……
君が石になるまでなら、共にあろう」
金剛石のような輝きを宿す目を見下ろして、笑う。
彼女は何色になるだろうか。それでも、周囲を映す、透き通った輝きは損なわれないのだろう。
そう思った。
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