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果南(カナン)
2025-07-08 05:32:05
5158文字
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さめしし
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あなたの星に願いを
さめしし+ごろさめしし。七夕の夜に優しく寄り添うお話です。昼間のフレンズの話題も出てきます。
ごろが動いています。 (初出:2025/07/07)
その晩、仕事を終えた私が獅子神の家に帰ってくると、リビングの一角が何やらカラフルなことになっていた。
「ごっご、ごろー」
「ごろ!」
ソファの傍に据えられている、観葉植物のアレカヤシの鉢。獅子神の胸元近くの高さまで伸びたそれは、艶のある細い緑色の葉が美しく、広々としたリビングにいつも落ち着いた彩りを添えている。が、今は細長い四角に切られた色紙が何枚も吊り下げられ、提灯や天の河などを模した折紙細工も所狭しと飾られて、いささか重たそうにその大きな葉をうなだれさせてしまっていた。さらに、鉢の足元では綿共が紙の輪鎖を長く繋ぎ合わせて、獅子神に何やら諭されながら、今にも持ち上げようと待ち構えている。
「
……
何事だ、これは」
鞄を置いて歩み寄ると、獅子神とごろししが振り返った。
「おかえり、村雨。お疲れさん」
「ごろー!」
私は獅子神に微笑みを返し、労いの意を表してくれたごろししを撫でてやってから、こちらを見向きもしないごろさめの頭を指先で軽くはたいた。一応、おかえりだごろ、とでも言うべきニュアンスが伝わってきてはいるのだが
——
ごろと本体の人間との間では、文字通りの以心伝心に近い現象が時々起こる。細かい情報の伝達は難しいが、この程度なら問題ない
——
礼儀を欠いた振舞いを見逃すのは、教育上よろしくない。
「
……
ご」
「何が不満だ。文句を言うくらいなら、初めからちゃんと挨拶をしろ。礼儀は大切だ」
「ごろっ」
べし、と跳ねたごろさめが膝先にぶつかってきたが、同時にちゃんとおかえり、とも言われたので、不承不承な態度はとりあえず不問に付しておいた。ごろんと床に転がったごろさめを、獅子神が傷痕のある右手で掬い上げる。
「オメーら、何でそう意地張り合うんだよ
……
本体とごろなのに」
「知らん。その綿に訊け」
「ごろ!」
獅子神に撫でられて得意げにしているごろさめを横目で睨んでから、私は小さくため息をついた。
「ご、ごろ
……
」
代わりのように、つんつんとスラックスの裾が引っ張られる。見ればごろししが可愛らしい顔で、懸命に私の脚を登ってこようとしていた。
「ああ、すまない」
私は手を伸ばし、ごろししを手のひらに乗せてやってからしゃがみ込んだ。ぷるっと体を震わせたごろししは、青い糸で形作られた綺麗な眼で、じっと私を見つめてくる。
「ごろ
……
ご、ごろ」
「あなたが心配するには及ばない。いつものことだ」
「ご。ごろろ、ごっご、ごろー」
「
……
そうだな。善処しよう」
「ごろ!」
私が譲歩すると、ごろししは嬉しそうにポンと跳ねて、私の肩の上に飛び乗った。
獅子神が苦笑しながら、私に視線を向けてくる。
「何だ」
「いや、お前ごろししの言うことなら素直に聞くのな、て思って」
「あなたの言うことも聞くだろう」
「そうかぁ?」
なおも獅子神が可笑しそうに言うので、私は不利にならないうちに話題を変えることにした。
しゃがんだままの姿勢で肩の上のごろししと共に、ありったけの色紙で飾られたアレカヤシを見上げる。
「ところで、これはどうしたのだ。随分とたくさん作ったな」
「ご!」
「ごろー」
ごろさめとごろししが、揃って得意げな声で応えてきた。
「ごっごろ! ごろろん、ごっろ!」
「七夕だから、飾りつけた? そんなことはわかっている。あなた、本体の私を何だと思っているのだ」
「ごごっ」
「ごろろー、ごっごろー。ごっご、ごろろ」
「真経津たちも、ごろを連れて来ていたのか。やはりな。さぞかし大騒ぎだったのだろう」
「あー
……
まぁ、いつも通りってカンジだけどな」
半分諦めの入った声で、獅子神が口を挟んだ。
「ごろ五体で走り回られると、なかなか壮観だったぜ。コイツら動いてもあんまし音がしねぇから、いきなり足元にいたりすると、踏んじまいそうになってビビるんだよなぁ」
それはあなたの注意不足だ、と言いかけたが、口に出す直前で私は思いとどまった。あの三人とごろ五体の面倒をみながら、てんやわんやの半日を過ごしたのであろう獅子神を、今そんな言い方で責めるべきではない。
それくらいの慮りは、私も身につけたのだ。
「
……
で、皆で好き放題に短冊を書き散らし、飾りも吊るしまくった、と。手近な葉を利用したのはわかるが、これならもっと大きな笹を買いつけても良かったのでは?」
「実際、叶はそうしようとしたんだけどな。片付けるの面倒だから、オレが止めた。それにあんまりデカい笹だと、コイツらが端っこまで動くの大変だし。登って落っこちても危ねぇしな」
「ごろ!」
「ごろろー」
この短冊や飾りを全て丁寧に葉から外すのも、それはそれで面倒だと思うのだが、この家には雑用係の二人もいる。まあ、問題ないのだろう。
私は腕を伸ばして、何枚かの短冊をひっくり返しながら確かめてみた。『今年こそ同接五万人!』『美味しいお菓子がいつでもたくさん食べられますように』『神』などなど、ふざけたのか本気なのかわからない言葉の数々が踊っている。
「大きなハンバーグといちごのケーキ
……
? これは、あなたのだな。獅子神に書いてもらったのか」
「ご!」
いつの間にか獅子神の頭に乗っていたごろさめが、美しい金髪の間で立ち上がって体を反らしてみせた。
「みんな仲良く、それに元気な毎日、か。これはごろしし、あなたのものだな」
「ごろー」
「殊勝なことだな。実に、あなたらしい」
私は右肩に乗っているごろししの頭を、指先でそっと撫でてやった。
銀行の賭場に立つ私たちは、多少の金ではまず困ることは無い。各々の性格も相まって、欲しいものがあるなら自ら手に入れる、そんな思考の持ち主ばかりだ。
だが、医者として言わせてもらうなら、どんなに金を積んだところで、絶対的な健康は手に入るものではない。若者を襲う病気もごまんとあるし、中には突然死を来すものだって存在する。それらの殆どは防ぎようもなく、急に訪れるものなのだ。
かつて真経津が言ったように、私たちは日々、一日分の命を支払いながら生きている。
そうしながら、祈るしかないのだ。どうか明日もつつがなく生きていますように、と。
「
……
村雨?」
隣に獅子神がしゃがんで、恐るおそる私の顔を覗き込んできた。
「何だ。どうかしたか」
「いや
……
お前が急に厳しい顔、してるから」
「私が?」
「うん。真面目っつーか、やるせないっつーか
……
ちょっと寂しそうだったから、心配になった」
「
……
そうか」
私は息を吐くと、リビングの床にぺたりと尻をつけて、脚を投げ出して座った。
ぴょん、と肩からごろししが飛び降りて、七夕仕様になったアレカヤシの鉢へと駆けていく。獅子神の頭から跳ねたごろさめも、ちらりとこちらを見てから後を追っていった。
「獅子神」
「
……
ん」
名前を呼ぶと、獅子神は心得たように隣に座ってくれた。大きな手を背に回して、私の肩を抱き寄せてくれる。
促されるままに体を預け、獅子神の肩に頭をもたせかけた。
温もりと息遣いが、伝わってくる。規則正しい心拍が、心地よく耳に響く。
健やかで、逞しい、獅子神の体。
——
優しい心。
「あたたかいな、あなたは」
呟くと、獅子神はクスッと笑った。
「オメーもだよ、村雨」
「私が言ったのは、単に体温のことだけではない。あなたは、本当に
……
」
「わーってる。それでもオレは、お前もあたたかいと思うよ」
肩を抱いてくれている手に、ぐっと力が籠った。もう片方の手が私の頬を包み、やわらかい唇が重ねられる。
かさかさと、ごろ達が色紙を弄る音が聞こえた。床に残っていた長い輪鎖の飾りを何とかしたいのだろう。
夜のリビングに響くその音を耳にしながら、少しの間、静かに獅子神のキスを受けていた。
「
……
お疲れだな、先生」
やがて唇を離した獅子神は、そう言ってそっと私の頭を撫でた。
「それは、あなたもだろう」
「え?」
「真経津たちの相手に、ごろ達の世話。飾りつけの面倒までみて、さぞかし大変だったのでは?」
私が頭を上げて、じっと見つめると、獅子神は穏やかに笑った。
「まあ、な。でも、いいんだよ。楽しかったし」
「しかし、獅子神」
「料理は好きでやってるんだし。色紙の飾りは、叶や天堂がけっこう作ったんだぜ? 何だかんだ言いつつ上手いんだよなぁ。真経津は全然だったけど」
「
……
そうか」
私はそれ以上追及するのを諦めて、獅子神を抱きしめた。
強く。何ものにも奪われないように。
「村雨」
「今夜は
……
私があなたを労おう。できることは少ないと思うが」
ふは、と腕の中で獅子神が笑った。
「その気持ちだけで、十分嬉しいよ。村雨センセ」
「茶化すな。私も、あなたには健やかでいてほしいと思うのだ。獅子神」
いくら体を鍛えていても、規則正しい生活を送っていても。
突如として病に倒れる可能性、事故に巻き込まれる確率はゼロではない。私たちの場合は更に、賭場という死地に近い場所もある。
それでも、こうして隣にいることを望んだのだから。
失うかもしれない恐怖よりも、共に生きていく歓びが勝るのだから。
「オレもだよ、村雨」
力強い腕で私を抱きしめ返してくれながら、獅子神は言った。
「だから、もうちょっと筋トレ頑張ってみような。せめてストレッチとか」
「
……
可能な限り前向きに検討することを目標にする」
獅子神はまた、楽しそうに笑った。
「ま、とりあえずメシ食ってくれよな。せっかく七夕メニューで準備してるし、お前がしっかり食べてくれたほうが、オレも嬉しいんだから」
「ああ、頂こう。とても楽しみだ」
「んじゃ、すぐ仕上げるから。ちょっと待っててくれよな」
そう言って獅子神は、腕を解いて立ち上がった。キッチンへ向かい、エプロンを着けてガスの火を灯す。すぐに美味しそうな匂いがあれこれと立ち込めてきた。
私はアレカヤシの鉢へと歩いて、ごろ達のそばに膝をついて座った。
「ごろー」
「ごっごろ。ごろ!」
「ああ、わかっている。待っていてくれたことに感謝する」
私と獅子神が語り合っている間、邪魔をせずに大人しくしていたごろ達を褒めてやる。指先で頭を撫で、得意げに逸らした胴をさすってやった。こういう場合に贔屓は良くないので、二体とも同じように、交互に指を動かしていく。ごろししは嬉しそうにごろごろと転がっていき、ごろさめも満更でもなさそうにふんぞり返っていた。
ひととおり褒め終えたところで、床に残っている紙の輪鎖に眼を向ける。
「で、これはどうすれば良いのだ? 最後の飾りなのだろう?」
「ごろ!」
「ごろご、ごろー。ごろっごー」
「なるほど、全体にだな。わかった」
私は長い紙の鎖を持って、立ち上がった。
ごろ達が言ったとおりに、アレカヤシの葉の一番高いところから、螺旋を描くようにふんわりと掛けていく。他の飾りの間を縫って下へ向かえば、周囲を二回り半したところで、ちょうど反対側の端が鉢の縁に辿り着いた。
「これでいいか」
「ご!」
「ごろごー!」
ごろ達が揃って、嬉しそうに飛び跳ねる。そうして口々に、今日の昼間の顛末を語り始めた。
紙の鎖はみんなで作ったこと、歪んだ部分はやはり真経津の作であること。叶と天堂が短冊の赤を大人げなく取り合ったこと、でも獅子神には飾りの作り方を仲良く教えたこと。他の三人のごろ達の様子、遊んだ内容、食べた菓子。想像力で補って聴いていけば、鮮やかにその場の様子が脳裏に立ち上がってくる。
メシできたぞ、と獅子神が呼んでくれた時には、おかげで私もすっかり今日一日の出来事を、過不足なく共有した気分になっていたのだった。
* * * *
獅子神が用意してくれた『七夕メニュー』は、星型のハンバーグだった。つけ合わせの人参も星型で抜かれており、ブロッコリーはゼリー寄せになっていて、やはり星型に整えられている。丁寧なことにライスもわざわざ平皿に乗せて星型に盛られており、スープに浮かぶのはいつものクルトンではなく、狐色に焼かれた星型の薄切りトーストだった。ごろ達も喜び勇んで、跳ねたり転がったりしながら、それぞれに整えられた小さなプレートに向かい合っている。
遥か何億年も前に発された天の光などよりも、よほど身近で確かなその星たちに、いただきます、と手を合わせながら私は祈った。
どうか、この穏やかで健やかな時が、ずっと続きますように。
私と獅子神、それぞれのごろ達も、末永く幸せに添い遂げますように、と。
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