果南(カナン)
2025-06-17 10:01:47
3916文字
Public さめしし
 

笑顔の開く輪

2025.06.15の【星に願いを2025 -day1-】醒めし視界に愛は降る で無料配布したものです。会場ではA5 8pのコピー本でした。
ドーナツを作る獅子神さんと、いつも真ん中を狙う村雨先生のお話です。フレンズも登場します。さめししワンドロの2025.05.02のお題「真ん中」「書く」で、ドーナツを使いたいな…と思いつつも「書く」を組み込めずに諦めたので、それを練り直しました。



 やわらかめに作って冷蔵庫で休ませていた生地を出して、薄力粉を打ったクッキングペーパーの上に置く。麺棒で伸ばして広げ、ドーナツ用の丸い型を出して、一つずつ慎重に抜いていく。輪っかになったものは鍋のそばのバットに並べ、真ん中の小さな丸い部分は反対側に置いていった。
 ひととおり抜き終わったところで、残った生地をもう一度まとめる。その作業にかかろうとしたところで、村雨がソファーから離れてやって来た。
「その丸いのは、どうするのだ?」
 指差したのは輪っかの残り、真ん中の丸い部分だった。視線が興味深そうに生地に注がれている。
「どう、って……この残った生地とまとめて、また型で抜いて。んで、その繰り返しだな。残りの生地が型で抜けないほど小さくなったら、あとは適当に揚げるけど」
「ふむ」
 頷いて、村雨はこちらを見てきた。やってみせろ、という意味だと解釈して、オレは手を動かしていく。
 型を抜いた後の生地と、抜いた数だけ並んだ小さな丸い部分。全部まとめて両手で包んで、ひとつにして。またクッキングペーパーの上に置いて、麺棒で伸ばす。抜いて、並べて。同じ作業の繰り返し。
 あまり長くべたべた触れると、体温で生地がダレてしまう。だから手早く、なるべく最低限の動きで作っていく。こいつらがウチに来るようになってからは菓子を作る機会もずいぶん増えたから、我ながらもう手慣れたものだ。自信を持って、何処でも誰の前でもできる動作。村雨が見ていたって、緊張なんかしない。
 村雨は黙ってオレの手元を見ていたが、やがてぽつりと呟いた。
「いつ見ても、見事だな。あなたの手際は」
 小さな声だったが、感嘆が込められているのは十分に伝わってきた。褒められて悪い気はしないので、素直に笑ってみせる。
「へへっ。ありがとな」
「揚げたてのドーナツなど、久しく食べていない。しかもあなたが作ってくれるとは、大変楽しみだ。これが全て私のためのものであれば、更に最高だったのだが」
「ンなこと言うなって。今日は、みんなで遊ぶ日だろ」
 オレは村雨をたしなめながら、リビングのほうへ視線を向けた。テレビの前では真経津と叶と天堂が、対戦型のレースゲームに興じている。今は叶が優勢らしく、小気味よく上体を揺らしながらコントローラーを操っていて、天堂が分かりやすく顔のあちこちを引き攣らせていた。真経津はいつも通り、にこにこと笑っている。
 どいつもこいつも、賭場では化け物みてえな奴らだ。
 それが事あるごとにウチに集まって、はしゃいで、楽しげに我儘を言ってくる。好きに振舞って、嬉しそうにリラックスしている。
 あなたは彼らに甘すぎる、と村雨には小言を言われてしまうこともあるけれど。
 オレは、この雰囲気が結構気に入っていた。
……獅子神。私を見ろ」
 カウンターの正面から、村雨が言ってきた。
「あなたが彼らの存在を大切に思っていることは知っているし、それに文句をつける気も無い。が、私が今ここに立っている意味を、考えてほしい」
 かすかに眉根を寄せて、声音にも不満げな気配をたっぷりと纏わせている。文句をつける気は無い、と言いつつ、妬いているのは明らかだった。
 こいつも賭場では間違いなく化け物だが、こうしてオレに我儘を言ってる姿なんかを見ると、とてもそうは思えない。年上だってことも、時々忘れそうになるくらいだ。
 かわいいな、と思いながら、オレは小さくなった生地を麺棒で伸ばしていく。最後に一つ、ギリギリで型抜きできそうな大きさになった。
「獅子神」
「わかってるって。ちょっと待てよ、村雨」
 ぽん、とドーナツ型で抜いて、最後の輪っかをバットに並べた。
 顔を上げて、正面に立つ村雨に笑いかける。
「お前が、ここに来てる意味だろ? 知ってるよ、ちゃんと」
 コンロに掛けた鉄の深鍋では、既に油がいい具合に熱くなっている。生地の欠片を落とし、温度を確かめてから、最後に抜いた型の残り——真ん中の小さな丸い部分を、そっと鍋の中にすべらせた。
 じゅわわぁっ、と音がして、油の泡が広がる。ぷかりと浮かび上がる丸い生地が、膨らみながらこんがりと色づいていく。
 そうして揚げあがった最初のドーナツを、網じゃくしで掬ってバットの金網に載せる。グラニュー糖をまぶし、粗熱がとれた頃合いで、フォークで刺して村雨に差し出した。
「ほら、食っていいぜ。オメー用の特別だから」
 他の真ん中の部分は、切れ端と一緒にまとめて型で抜いてきているから、こうして丸い形で残るのは最後の一個だけだ。
 だから、村雨用にと思って、最初に揚げた。
……いいのか」
 村雨が窺うように、丸いドーナツとオレを見比べてくる。意外に慎重な様子がおかしくて、思わず苦笑した。
「いいも何も、お前それ目当てで来てただろ。真っ先につまみ食いするためにさ」
「私は、そんなに単純では」
「わかってる。だから、言ったろ?……特別だから、って」

 ——村雨は。
 五人揃って仲良く遊ぶのも、十分に楽しんでいるクセに。
 そういう時にこそなおさら、オレに特別扱いされたがる。
 
 我儘といえば、まあ我儘で。愛され慣れて、甘えるのが当然なヤツは違うよなぁって、一時は僻んだりもしたけれど。
 でも、一途にオレを求めてくれるのは、嬉しいし。
 やっぱり、大好きだから。

……そうか」
 ふっ、と村雨が表情を緩めた。
 オレの手からフォークを受け取って、かりっ、と丸いドーナツの端を齧る。温度が大丈夫なのを確認して、残りをパッと口に入れた。
 もぐもぐと噛み、飲み込んでから、にっこりと笑う。
「ありがとう、獅子神。上出来だ」
「へーへー。そりゃよかったぜ」
「あなたは本当に寛大だな」
「ま、オメーの恋人やってるんだからな。寛大じゃねぇと、心身がもたねーだろ?」
 ニヤリと笑って言ってやると、村雨がムッとしたように唇を尖らせる。
 オレはカウンター越しに身を乗り出して、素早くその唇にキスしてやった。
……獅子神」
 深紅の瞳が、珍しく驚きを隠さずに丸くなっていた。他の三人がゲームに夢中とはいえ、二人きりじゃない時にオレがこういうことをするのは初めてだったからだろう。
「な、わかっただろ? オレも、ちゃんと想ってるから」
……あぁ」
「じゃ、おとなしく見てろよ。もう油がかなり温まってるから、さっさと揚げちまわないとな」
 こくりと村雨が頷くのを確認してから、オレは手を動かし始めた。
 リング状に抜いた生地を、熱い油の中へ一つずつ入れていく。じゅわじゅわと膨らみながらキツネ色に揚がっていく生地を、揚げ物用の菜箸でひっくり返して、位置を変えていく。綺麗に色づいたものから金網に上げていくと、先ほどの動揺からは抜け出したらしい村雨が、きらりと眼を輝かせてきた。
「美味そうだ」
「これは、みんなで食う分だからな! いま手ぇ出すなよ!」
……わかっている。あなた、私を何だと思っているのだ」
「何、って……
 村雨は、村雨で。

 化け物みたいに強くて、いつでも自信に満ちていて。
 真面目で、負けず嫌いで。呆れるほどの我儘っぷりで、でも可愛くて。
 オレの、大切な——

「おっ、もう完成じゃん! さすが敬一君だな!」
「揚げたてのドーナツって、獅子神さんに作ってもらわないと食べられないもんね。おいしそうー」
「ふむ、今日も見事だな。神への供物としてふさわしい。紅茶もよろしく頼むぞ」
 いつの間にテレビの前から離れたのか、三人がひょいと村雨の後ろから顔を出した。金網の上に並ぶドーナツを眺めて、てんでに言いたいことを口走ってくる。
 村雨が、露骨に顔をしかめた。
「うるさいぞ、あなた達。ゲームに戻れ」
「ちょうどひと勝負ついたんだよなー。オレの勝ちで!」
「惜しかったよねぇ、天堂さんも」
「愚か者に勝ちを譲ってやったまでだ。神の寛大さにひれ伏すが良い」
 相変わらずそれぞれが勝手で、でも楽しそうで。
 不機嫌な表情をしている村雨だって、満更でもないのが伝わってくる。

 かけがえのない、笑顔の時間。
 そこに、オレも居るんだ。村雨と一緒に。 
 
「ほら、オメーら全員ソファーに移動しろ。もう出来たから、持っていくぞ」
「やったぁ!」
「叶、エナドリは置いとけ。ジュース出してやっから。天堂、紅茶は後な。お前らが揚げたて食ってる間に、しっかり蒸らして淹れるから」
「ハーイ」
「承知した」
 三人が返事をして、ソファーに向かう。村雨も後に続きかけて、ふっと振り返った。
 眼鏡の奥から、物言いたげな視線がオレを射抜く。
 でも、これは簡単にわかるヤツだった。
「ちゃんとオレンジジュースだぞ。お前のストロー、濃い緑色にしてやるよ」
……そうか」
「何なら、小さな傘も添えてやろうか?」
 村雨がおかしそうに眼を細めた。
 にやりと唇の端を持ち上げて、満足げな表情になる。
「今日のところは、あなたのその気持ちだけで十分だ……獅子神」
「ん?」
「ありがとう」
 艶やかに笑って、村雨もソファーへ向かった。
 オレは出来上がったドーナツを白い大皿に盛り、四人分のオレンジジュースを準備する。それぞれのコップに色違いのストローを突き刺し、濃い緑色をぴんと指先で弾いてから、大皿とコップをまとめてトレイに載せて、持ち上げた。
 待ち構える四人の真ん中へ、ドーナツとオレンジジュースを運んでいく。
 そうして弾ける笑顔に加わって、オレも楽しい輪の一部になった。