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果南(カナン)
2025-06-17 09:51:40
3055文字
Public
さめしし
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枯れない花を贈るには
2025.03.16の一賭千金4 / 右ししプチオンリー 王様の右に出るものなし!で無料配布したものです。会場ではA6 8pの折本でした。
美味しい花と、大切な贈り物のお話です。
「村雨、今日は紅茶でもいいか?」
食事の後に獅子神に問われ、私は頷いた。
いつも習慣のようにコーヒーを貰っているが、紅茶は紅茶で好きだ。それに、獅子神の淹れてくれるものは何でも美味しい。
「よーし、じゃあ待ってろよ」
獅子神はいつになく気合を入れた風情で、キッチンへ入っていった。薬罐で湯を沸かし始めるだけでなく、まな板や包丁も出して何かを切っている。
私は敢えてつぶさに観察することはせず、出来上がるのを待つことにした。
何かで私を驚かそうとしているのは間違いないだろうが、わくわくとそれを試みている獅子神が大変楽しそうだったからだ。そんな獅子神を眺めていれば、私も楽しい。
手元の本と獅子神を交互に見ながら、待つこと数分。獅子神がティーカップを持って、私の方へ歩いてきた。
「お待たせ、村雨」
「ほぅ
……
」
ことんと目の前に置かれたカップを見て、私は軽く目をみはった。
金で縁取られた白磁の中に、大輪のバラの花が咲いている。もちろん真の花ではないし、カップに描かれた模様でもない。皮つきのままに薄く切られた林檎が同心円状に重ねて並べられて、それが注がれた紅茶の中でふわりと開き、あたかもバラの花のような形になっているのだった。
「
……
見事だな。美しい」
賞賛すると、獅子神はにへっと嬉しそうに笑った。
「へへっ、ありがとな。でも簡単なんだぜ。リンゴを薄く切って、砂糖をまぶしてレンジで熱して、巻いて並べるだけなんだから。んで、紅茶を入れる、と」
「それを簡単と言えるのは、あなたの腕前あってのことだろう。日頃の修練の賜物だ」
実際、獅子神がティーカップに並べた林檎はとても薄く均一に切られており、それぞれの厚みもぴたりと揃っていた。だから紅茶の中で、まるで本物の花びらのようにやわらかく開いているのだろう。形の取り方、加熱の具合なども、この完成品を見ただけでは私には想像がつかなかった。
「ま、いいからさ。飲んでみてくれよ」
「そうだな、いただこう」
私はカップの把手を持って、口元へ運んだ。
澄んだ紅茶の香りを芯にして、弾けるように甘い林檎の匂いが漂ってくる。それを鼻腔の奥に吸い込んで、温かい紅茶に口をつけた。
林檎の風味と砂糖が溶けだした、とろりとした甘みの紅茶が喉をすべり落ちていく。だが、微かな酸味もあるおかげで、べったりとした感じは全くしなかった。
「美味いな
……
飲みやすい」
「おーよかったぜ」
「ブランデーなどを落としてみても良いかもしれないな。香りがいっそう立ちそうだ」
「なるほどなぁ。んじゃ、それは今度夜に飲む時にな」
頷きながら獅子神は、添えてあった小さなフォークを指差した。
「中のリンゴも、食えるから」
「
……
ふむ」
何かを待たれているらしいのは分かったので、私はフォークを手にとった。花びらの一枚に突き刺して、紅茶の雫が垂れないように注意して口に入れる。
紅茶の味が軽く染みた林檎は、思ったよりも甘かった。砂糖をまぶした、と獅子神が言っていたことを思い出す。この一杯だけでちょっとしたデザートのようだった。
さくさくと林檎を食べながら、紅茶を飲む。ほどなくしてカップが空になり、私はフォークを置いて獅子神に向き直った。
「ごちそうさま。あなたの作るものは、やはり美味しい」
「どーも」
「それで? 真意は何だ?」
問いかけると、獅子神の目元がぴくっと引きつった。
「え?」
「何かを伝えたいから、わざわざこの紅茶を勧めてくれたのだろう? それは何だ、と訊いている」
ぽっと頬を赤くしながら、獅子神は恐るおそる私の表情を窺ってきた。
「いや、オメー
……
てっきりもう読んでるもンかと
……
」
「さてな」
私は肩をすくめてみせた。
何となくこうだろう、という思考の流れは見えていた。が、正直なところ自信が無い。これは自分の感覚の埒外だろう、という警告のような点滅が見えていて、それで半端な読みを言葉にしたくない気分だった。
それに、獅子神の口から聴きたかった。作り始めた時の様子からして、きっと良いことを目論んでくれていたのだろう。
だったら、ちゃんと。
彼の言葉で。
「さあ、獅子神」
ずいと顔を近づけて薄青色の瞳を見つめると、獅子神はわかったよ、と呟いてからソファの隣に座り直した。
小さく深呼吸をして、まっすぐ私に視線を向ける。
「
……
バラの花。これなら枯れねえし、捨てる必要もねえだろ?」
「
……
!」
「オメー思いやりクイズの時、呪物だのストレスの塊だの散々言ってただろ。でも、食えるやつなら始末に困らねえし、オメーに贈っても迷惑にならねえかなぁって
……
」
「獅子神」
私は膝の上の彼の手に、自分の手を重ねた。ぴくりと動いた指を、逃がさないように包み込む。
「あなた、私にバラの花を贈りたかったのか」
ぼぼぼっ、と獅子神の顔が耳まで赤くなった。脈拍が増し、筋の動きもぎこちなくなる。
「いや、その! 違っ
……
わねぇけど! 別に今すぐとかじゃなくて、だから、何つーか」
「落ち着いて話せ」
「
……
贈りてぇな、って時が来ると思ったんだよ。だって、恋人同士だろ。大事な時とか記念日とかあるじゃねーか、きっと」
「
……
」
じわりと、わけのわからない感じで胸が熱くなった。自分の心拍が速くなるのが、どこか遠くで聞こえる。
獅子神が、これから先の私たちのことを考えて、心を砕いてくれて。
それがこんなにも、嬉しいことなのだとは。
「まぁ、このバラじゃ何十本も贈るってワケにはいかねーけどさ。でも、オメーの負担は」
「大丈夫だ、獅子神」
私は彼の手を引き、頭を抱き寄せた。
なめらかな金糸の髪に指を潜らせながら、愛おしく囁きかける。
「あなたに貰う花ならば、決して迷惑などとは思わない。むしろ色褪せる前にすぐプリザーブドフラワーにして、ずっと飾り続ける」
ハハっ、と苦笑しながら獅子神は顔を起こし、目を細めた。
「それだと、次の花を贈れねぇだろ。家が花でいっぱいになっても困るだろーし」
「その前に増築すればいいだけだが」
「オメーなら、やりそうだけど。でもさ、花ってのは枯れるからいいんだよ」
獅子神は大きな手で、ポンポンと私の背を叩いた。
確かに天堂も、一瞬の美だの儚さに価値があるだのと言っていたが。その点はどうも解せない。
だが、これは別に今、決着をつけなくてもいいことなのかもしれなかった。
獅子神と一緒に、ゆっくり考えていけばいい。
「どうした、村雨?」
私が黙ったままだったので、獅子神が心配そうに顔を覗き込んできた。
微笑みを返して、なめらかな頬に唇をつける。
「大丈夫だ。これは美味しかったので、また作ってほしい」
「そりゃ良かったぜ。今度はリンゴや茶葉の種類も変えてみっかな」
「ふむ。面白そうだ」
早速スマートフォンを取り出して、獅子神は林檎の味わいチャートなるものを検索し始める。私は隣でその画面を眺めて口を挟みながら、そっと獅子神の横顔を盗み見た。
薄青色の瞳はきらきらと輝いて、楽しそうに画面を見つめている。さらりと落ちかかる金の髪、淡い影が映る綺麗な額、血色の良いやわらかな頬、艶めいた愛らしい唇。
どんな花よりも美しく、生命力に溢れるあなたが、こうして私を愛してくれている。
それこそがあなたの最大の贈り物だと、今日もまた思わずにはいられないのだった。
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